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政府が「森林・林業再生プラン」(2009年)による木材自給率上昇を掲げてから10年以上が経ち、SDGsや脱炭素などを重視する社会の動きとともに、国産材の活用も活発になりました。森林を維持しながら、産業の活性化やコミュニティの形成などを行う事例も増え、それに伴い、人、風土、環境などの課題も見えてきています。そんな中で、このイベントは今後の国産材の活用に向け、どのような課題があるのか、木材を調達するというプロセスでどんなことが起こっているのかを地域側の目線から考える場として開催されました。
ゲストは、木材コーディネート業を行うかたわらでNPOを立ち上げ、木材全般のコンサルティング業務を行うパワープレイス株式会社のウッドデザイナー谷知大輔氏。今回は、山形県高畠町(たかはたまち)で町立図書館と屋内遊戯場を作り上げた実体験を踏まえながら、本当に地域のためになる国産材活用の方法とはなにかについて考えます。エコッツェリア協会の松井宏宇がファシリテーターとなり、大手町の3×3Lab Futureから会場の参加者と全国各地の参加者をZoomでつなぎます。
2019年7月、山形県高畠町に「高畠町立図書館」と「屋内遊戯場 もっくる」が建設されました。建物には町産のスギが使われており、図書館は木質部分の99%、遊戯場は木質部分の83%が地元の杉材です。建築物を建てる場合、一般的には材料、加工、施工の全てが地元で行われること少なく、地元に寄り添った事業を行うことは簡単ではありません。谷知氏はこの前例を見ない事業を遂行し、「タニチシステム」として、林野庁が発行する「令和2年版 森林・林業白書」でも紹介されました。
プロジェクトの始まりは、突然かかってきた一本の電話でした。
「武蔵野美術大学で教授をしている若杉浩一さんから『やばい仕事がある』と連絡を受け、内容を詳しく聞かないまま、二つ返事で仕事を引き受けました。丸太で出る町産材を製材から建物まで一括で行うため、地域を調査し、ネットワークを組まなければならないやばい仕事でした。」(谷知氏)
住宅は、モジュールがあり、寸法が決まっているため数量も多く流通し、在庫管理が可能ですが、今回取り組む公共施設は非住宅の流通です。非住宅の場合は、モジュールがなく、規格外の寸法で準備する場合もあり、流通経路のカスタマイズが必要です。在庫機能などの不要な工程を省きながら、余計な費用をかけずに木材を調達することが重要です。
さらに、図書館と遊戯場は公共案件のため、年度予算も決まっています。建築を行う場合は、ほとんどのケースで工事業者が材料を用意します。通常は、設計が終わってから工事業者が決まりますが、今回は高畠町の町産材を使い、原木の供給・製材・加工を現地で行うことが必須です。納品までに木を切って、製材して乾燥する工程を考えると、通常のスケジュールでは納期に間に合わないことが分かりました。そのため、材料を施主が買い上げ、材料と工事を分離して用意する必要がでてきました。具体的には、山に生えている木を何本切るのか、製造の寸法をどのようにして、木材の乾燥はどこで行うのかをより細かくコントロールしていきます。
そこで、谷知氏は、流通・品質・コスト・納期の管理を、このプロジェクトに携わる地域の17事業者と対話を重ねながら取り組みました。
「発注者は設計と工事業者と契約し、伐採は地元の森林組合に依頼することが多いのですが、高畠町の案件では設計と一緒に動くことになりました。地元の製材業者さんにFAXを送って、確認の電話をかけます。どんな寸法の木を何本、いつまでに欲しいのかを発注し、1週間後に進捗確認の電話をする繰り返しでした。」
地域により木材の特徴は異なりますが、高畠町の原材料はいわゆる「やんちゃな木材」でした。品質の良い材木を作るために行う「枝打ち」という作業があまり実施されておらず、幼虫が木の幹の内部に入り込み変色や腐敗を進める「トビクサレ」という状態になっているものも多くありました。
そのため、谷知氏は独自の検品見本の作成を地元業者と共に取り組みます。通常は木の根元はA材、曲がりなどが多い真ん中部分をB材、上の部分をチップ用のC材として分けますが、仕分けを行う地元の業者と一緒に、既存の選別方法と異なる仕分けを行いました。 「選別工程を経て、木材の歩留まりを高めることを意識しました。図書館の天井の高さはおよそ9メートルあります。そのため、この天井部分に『やんちゃな木材』を使用しました。図書館に入って、高い天井を見て過ごす人はいないはず。なので、ここでは節があるもの、トビクサレがあるものなどを積極的に利用しています。」 さらに、室内遊戯場では遊び心のある設計が取り入れられています。子どもはもちろん、大人も面白いと思えるような仕掛けをつくりたいと、すべり台などの遊具にも力を入れました。また、高畠町は、『泣いた赤鬼』や『竜の目の涙』などの作品で有名な童話作家・浜田廣介の出身地でもあります。絵本の物語をモチーフにした壁紙やオブジェ、アイランドキッチンやテーブルなどにもこだわり設計されています。こうした設計の想いにも、町産材で実現できるように調整し、通いたくなるような建築に仕上げられました。ここまで見てきたように「タニチシステム」は地場産業の活性化と、そこに住む人々の交流にこだわって業務に取り組まれ、それだけにとどまらず、木材流通システムの最適化もされています。
通常、建築工事を行う場合は、伐採・製造・乾燥・加工などの一連の流れは分断された作業となり、「その寸法でその木を使うといくらになるかという、お金だけの話になってしまいます。分断された作業では、「仕入れ先から安く仕入れて顧客に高く売る」ことが善とされます。スペックと量、納期などを優先とし、刹那的で機械的に仕事が進み、生産性が重視される状況です。しかし、一貫して町産材を流通させようと思うと、その裏では多くの手間や、人間関係が絡んできます。そのため、プロジェクトに関与する意味は、仕入れ先の先にも存在する仕入れ先のことまで考え、全体のバランスを取ることにあります。谷知氏は、「地域に愛される建築物をつくるためには、プロセスにも愛が必要」だと言い、地域へのコミットにこだわります。
たとえば、そこに暮らし、働く人のプライベートや仕事などの未来に向けての想いを想像し、地域の産業や暮らし・文化・風土から生まれてくるものを理解し、さらに過去の歴史にも想いを馳せます。なぜここの地域にはどんな歴史があって、こんな人がいるのか、どんな人間関係があるのかまで考えます。現在・過去・未来を踏まえて地域全体に目を向け、地域に暮らす人と対話をして、木材を調達する。この過程を強く意識しているのです。そのためには、現地に足を運ぶことも欠かせません。
「高畠の場合は、山に行きました。最初は断られましたが、訪問してしっかりとそこで働く人の話を聞きに行きました。印象的だったのは、冬に丸太が凍ってしまうこと。その期間製材所はお休みだそうですが、そうすると納期には間に合わなくなってしまいます。なんとかしてもらおうと、月産生産量の3分の1でいいからと製材をお願いしました。3分の1で生産した場合を想定して、トラックの手配などを考えていたころ、製材所からの電話でもうできたと連絡がきて、結局当初の目的通り3分の3の量で納品ができたこともありました。」
また、プロジェクトの成功に欠かせないのがお金の話です。
谷知氏は「タニチシステム」で、適正な価格で木材を流通させ、みんなが納得できる金額で仕事をすることを目標にし、各業者から見積もりをもらった上で積算を行います。限られた地域の材を使うと木材の単価が高くなってしまうので、谷知氏が一貫して流通監理を請け負うことで一般管理費を抑えて木材調達費用全体のバランスを取り、関わる業者への適正価格での参画を優先的に行っています。
地域に入り込み、文化や人間関係を理解して仕事を行うことは決して簡単なことではありません。
施工方法を標準方法ではなく、イレギュラーにしたときに木が反ってしまったこと、事前の確認不足で木の割れに対する認識の違いが起こるといった失敗もありました。
逃げたくなるほど大変なときは「武士道」の考えで乗り切ります。
武士には「義」「勇」「礼」「誠」「仁」「名誉」「忠義」7つの徳があります。
自分が信じるものに邁進するのが「義」、なにか起こっても動じない「勇」の気持ちで課題に向き合います。協力してくださる方々には「礼」を持ち、自分一人では解決できないときに「誠」の心で正直に伝えて助けてもらう。そして、相手が困っているときには「仁」の心で助ける。
逃げたくなったときは、「名誉」でふんばり、高畠の町民やともに仕事に取り組むチームのために「忠義」を持つ。決して逃げない思いで取り組むと状況が変わるということでした。
建設には多くの人が関わりますが、できるだけ製材、山から木を切る人、二次加工する人、設計者、発注者が現場に集まって現物を見て、「これをみんなで使おう」と気持ちを同じにします。こまめにどういう風にやっていくか打ち合わせも行うことでプロジェクトをうまく進めていくのがコツということです。
現在は「森林資源の価値をいかに可視化するか」をテーマに、若杉先生や学生とともに武蔵野美術大学で、宮崎を舞台とする産学協同プロジェクトにも取り組んでいます。
若杉先生の授業のなかでは、「今の流通は一方的で、生産者が置き去りにされていないか」という議題が挙げられます。効率を重視し、いかに安くするかを優先するあまり、消費者のことを考えない傾向があるのではないかということです。消費者も共創者であり、ひとつの円のなかですべてが循環するように仲間・共同体として互助関係をつくり、みんなで使い方を考えていくのがこれからの時代ではと提示しています。谷知氏は今見える価値ばかり求められているものの、これから必要なのは、見えない価値であり、予測しがたくとも長期的な視点で物事を見ることが必要という仮説を立てて、現在の「見える価値」とこれから重要視されるであろう「見えない価値」の中心でバランスを取っていく方法を考えています。
学生と宮崎を訪れ、活動をするなかで出てきた「人の人生半分ほどをかけて木が育てられているということに、私たちは気づいていない、意識していないので、それこそ伝えないといけないことじゃないですか」という言葉は、谷知氏にも新たな気づきを与えました。50年前に人が植えた木があり、50年後にたとえ自分が亡くなったとしても、きっと人は木を植えているに違いない。そのつながりを絶やしてはいけないという思いが強くなったそうです。他の学生からも、「プリミティヴなつながりから山や人とのつながりを考えることが大事なんじゃないですか」という声が上がり、あらためて人、地域のつながりを意識するきっかけとなりました。
「足の引っ張り合いで瞬間的な利益を求めている場合ではない」と考え、建築建材展では同業他社と一緒にブース展示を行いました。原材料は同じ「木」であるなら、その良さを伝えることに注力し、お互いに情報交換をし、お互いを高めたいという思いがあります。競合でありながら協働することを大事にしたいという思いがあり、広い視点で人と木のつながりをデザインすることを続けていくようです。
「僕が木にかかわっているのはたまたまであり、僕にとっては手段です。
目的は、地域のたくさんの魅力的な人をたくさんの人に知ってもらうこと。そのための手段が木であり、どうやって繋がりをデザインするかを行ってきたのがタニチシステムです。森と木、木と暮らしの繋がりから未来をつくりたいと思います」
最後に、質疑応答の時間も設けられました。普段から谷知氏とお付き合いのある方の参加も見られ、「タニチシステムの話は何度聞いても発見がある」、「地域とのつながりが肝だが、日本企業を使うというのが難しいがコーディネーターが入ることで林業に対するアドバンテージを増やしたい」などの感想が挙げられました。
また、質問も飛び交います。「タニチシステムは谷知氏だからこそできるのでは」という質問にたいしては、「システム化すると抜け落ちることもある。そもそも広げようとは思っておらず、地域の人とちゃんと話をしていくことで、私が介在しなくてもできることだと思っています」と明快に語ります。「高畠町の事例に関して、単発のプロジェクトとなってしまうのではないか」という質問に対しては、「確かに単発の仕事ではあるが、町産材を使って建物ができたという実例ができる。すると、今後の町の仕様書に町産材を積極的に使うことと書くことができるので、仕事の創出につながる第一歩が踏み出せた」と回答。「なかなか発注者から理解が得られない、上流と下流を繋ぐ事に苦労している」という質問に対しては「なるべく現場に足を運ぶようにしてもらい、五感で感じてもらう。お互いが互助関係で、共同体になるためには、見て、聞いて、匂いや空気を感じることがいちばん」と、仕入れ先に気を遣うからこその現場主義の視点を貫く姿勢が見えました。
今回の講演では、国産材を活用するために地域とどう関わっていくかという話を、実例を元にわかりやすく解説していただきました。まだまだ課題はありますが、国産材が持つ可能性は広がっています。エコッツェリア協会では、引き続き環境問題についてのイベントを開催していきます。興味のある方は、ぜひチェックしてみてください。
エコッツェリア協会では、気候変動や自然環境、資源循環、ウェルビーイング等環境に関する様々なプロジェクトを実施しています。ぜひご参加ください。