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エコッツェリア協会が運営するサードプレイス「3×3 Lab Future」が入る大手門タワー・JXビル。同ビルには、環境に配慮した先端技術が多数導入されており、『ZEB(ゼブ)』が難しいとされる大規模テナントビルにもかかわらず、見事に『ZEB Ready(ゼブレディ)』を実現しました。また、ビル内の環境フロアや3×3Lab Futureでは、オフィス就業者向けの照明・空調の省エネ実証実験を実施しており、その先進的な取り組みが評価され、建築設備技術者協会の「2018年度カーボンニュートラル賞 選考委員特別賞」を受賞しています。 今回、大手門タワー・JXビルが導入している様々な環境配慮技術やZEBへの取り組みの詳細、そして照明・空調の省エネ実証実験の結果に関する報告会が開催され、会場に詰め掛けた多くの参加者とともに、在るべきオフィスの未来像について検討が行なわれました。
ZEBは『ゼロ・エネルギー・ビルディング』の略で、エネルギーの生成と消費の収支がプラスマイナスゼロになる建物を指します。日本政府はZEBをエネルギー政策の一つとして重視しており、補助事業、認定制度、登録制度を設けて推進してきました。大手門タワー・JXビルが達成した『ZEB Ready』は、省エネの取り組みにより使用エネルギーを50%以下まで削減した建物のことを言います。 政府が示した指針では、エネルギー消費を100%削減してエネルギー収支を均衡させたり、余剰エネルギーを売電できたりするビルは純粋な『ZEB』で、75%以上削減させたビルを『Nearly ZEB(ニアリーゼブ)』、50%以上削減させたビルを『ZEB Ready』と呼んで区別しています。大手門タワー・JXビルが実現したのは『ZEB Ready』ですが、同ビルクラスの超高層ビルが実現することは極めて困難とされていることから、画期的な成果と言えます。
報告会ではまず、三菱地所・丸の内開発部ユニットリーダーの藤田文彦氏が、大手門タワー・JXビルの概要に加え、導入している環境技術について紹介しました。 大手門タワー・JXビルは2015年11月に竣工、地上22階、地下5階の高層ビルで、隣に建つ大手町パークビルディングと一体で都市再生特区制度を活用し、開発されています。皇居の濠に隣接していることから、皇居外苑の植生を意識した広場を整備し、皇居外苑濠の水質改善に寄与する大型貯留槽、高速浄化施設を導入。皇居外苑の良好な都市環境の再構築に貢献しています。また、低炭素排出を目指し、高性能外装システムや天井輻射空調など、環境に配慮した最先端エネルギー技術を導入しています。藤田氏は「最初に、環境設備導入の経緯と、実証実験のために設置した各種設備についてご紹介させていただきます」と話を切り出しました。
「昨今、オフィスでは働き方はもちろんのこと、知的生産性の向上や健康への関心が高まっています。その一方で、ZEBを目指した環境負荷低減も求められており、オフィス環境の快適性向上と省エネルギーの実現を両立させることが求められています。そうした社会的要請に答えていくため、ビル内の一部エリアに『天井輻射空調』や『タスク空調デスク (デスク組込み型パーソナル空調システム)』、『サーカディアン照明』などを設置し、その効果を測定することにより、在るべき未来のオフィスビル像について検証を実施しています」 『輻射空調』は熱輻射を利用して冷暖房を行なうもので、通常のエアコンと異なり『風が身体などに当たらない』ことを特徴とします。スイッチを切っても冷暖房効果が長く維持されることから快適性が高く、省エネにつながるシステムと期待されています。『タスク空調デスク』は、部屋単位ではなく「個人単位」の空調を可能にしたシステムで、 就業者個々のデスクに、対流、接触、輻射による空調機能を付加したものです。サーカディアン照明は、生体リズムに合わせるように1日の照明シーンを変化させる照明システムのことです。 藤田氏による概要紹介の後、三菱地所設計・R&D推進室ユニットリーダーの森山泰一氏、同社機械設備設計部ユニットリーダーの羽鳥大輔氏が、ビル内の1フロアおよび3×3 Lab Futureで実施した、照明と空調に関する実証実験結果について詳細を報告しました。最初に、森山氏が照明に関する実証実験結果を発表。近年、照明機器メーカーの創意工夫と努力によりLED照明器具の高効率化が大幅に進んでいます。それでも、「建物のエネルギー消費量のうち、照明用エネルギーが占める割合は約24%になっています」と、森山氏は説明。 「照度を下げればエネルギー消費は低く抑えることができますが、執務環境の悪化は健康への影響が懸念されますし、生産性も低下させてしまいます」
そこで大手門タワー・JXビルでは、あるフロアをすべて『次世代オフィス実証フロア』に設定し、生体リズムを合わせるように1日の照明シーンを変化させる『サーカディアン照明』、さらに、人の動きと明るさを同時に制御する画像センサを組み合わせた調光・調色制御LEDシステムを導入し、その効果を検証しました。 「サーカディアン照明では、オフィス内をより快適にし、生産性の向上にもつながる照明を目指した光の在り方を追求しました。朝の出勤時から夕方以降の退社後まで、時間帯ごとに最適な照度や色温度などを検討し、昼光の効果も勘案したうえで、就業者の感想や意見も取り込みながら、最適な照明環境を模索しました」
また、調光・調色制御LEDシステムでは、画像センサによって「明るさ」と「人」を同時に検知するコントロールを取り入れました。 「従来の主流は、熱の変化を検知して作動する人感センサ方式です。それに対し、画像センサを使ったシステムでは、『人の移動』や『人が在席(静止状態含む)』『人が不在』といった状態や場所を特定することができ、『明るさ』の検知と合わせて、自動的に最適な照明制御を行う仕組みになっています。例えば、人の『移動』を検知したときは移動に即した調光率で点灯し、人の『滞在』を検知した場合は、『明るさ』『滞在場所』の情報に基づいて、あらかじめ設定した照度になるように、照明器具を個別に調光制御します。もちろん、『不在』の場合は照度を落とします。これらの実証実験の結果、トータルで4~8%の省エネ効果がもたらされることがわかりました」
また、タスクデスクにもサーカディアン照明を導入。「当初、デスクを利用する就業者からは不満の声が挙がりましたが、試行錯誤の結果、多くの方から『快適になった』との回答をいただくことができました。省エネと快適性を両立させることは難しいのですが、実証実験としては、まずまずの結果が得られたと思います」と森山氏。「課題は、LED照明はもともと高効率なため、大幅な省エネ効果は期待できないこと」と説明して、報告を終えました。
続いて登場した三菱地所設計・機械設備設計部ユニットリーダーの羽鳥大輔氏は、天井輻射空調とタスク空調デスクに関する実証実験の結果を報告しました。 「約2,800 m 2の1フロアを次世代オフィス実証フロアと位置づけ、事務室フロア全域に水式輻射パネルを導入し、それ以外の一部をタスクエリアとして、タスク空調デスク42台を設置しました。また、ここ3×3 Lab Futureの執務室にも輻射空調と16台のタスク空調デスクを導入しています」
次世代オフィス実証フロアのタスク空調デスクは『対流式』による熱伝達方式、3×3 Lab Futureのタスク空調デスクには『接触式』『対流式』『輻射式』の3種類の熱伝達方式を組み込み、羽鳥氏らは実証実験を行いました。 『接触式』は、冷房が効いている環境下で、前腕と手を接触熱伝導により冷却することを目的としたもので、キーボードを操作するときなどに効果が期待されます。『対流式』は、着席した人物の上半身に冷気を当てることで冷房効果を狙ったもので、机上の衝立下部から室内空気を吸入し、衝立内部で冷却して上端から吹き出す機構になっているとのこと。『輻射式』は、デスク天板の表裏それぞれに組み込んだ冷温水パネルを冷却・加熱することで、人体への輻射熱伝達および自然対流による冷暖房効果を狙ったものだと言います。
「そもそもタスク空調デスクの設計思想がどのようなものかと言えば、輻射空調による空間を『静穏で均一な中立環境』と考え、その空間内で様々な空調要望を持つ一人ひとりの個人が『好みの温熱環境を付け足す』ことで、環境負荷を減らしつつ、タスクエリアの就業者の満足度向上を実現するというものです。例えば輻射式では、冷温水パネルをどこに組み込むことがベストか、試行錯誤を重ねました」
また、タスク空調デスクの衝立上部にはフレーム内蔵型の照明を設置し、デスク周辺の天井と机上面を個別に照射する照明も可能にしたといいます。これにより「照度や色温度の調節が可能となり、各個人の光環境満足度も高めることに成功しました」。羽鳥氏らのチームは、実証フロアでアンケート調査を実施。フロア全域が輻射空調で、タスク空調デスクを設置したエリアと設置していないエリアの双方で調査を実施しました。
「アンケートの結果、特にタスク空調デスクのエリアの満足度が高く、『作業効率が高まった』との回答が多数寄せられました。一方で、輻射空調のみのエリアでは、快適域であったにもかかわらず『不満足』と回答する就業者が一定数存在しました。これにより、各個人の温熱環境に対する感じ方が一律でない以上、均一な温熱環境では満足度向上、知的生産性の向上には限界があることがわかります」
そして、「知的生産性を向上させるためには、各個人が温熱環境を選択できることが重要との結論に至りました」と述べて、羽鳥氏は報告を終えました。
羽鳥氏の後を引き継いで登場したのは、ダイキン工業テクノロジー・イノベーションセンター戦略室の奥川太志氏です。奥川氏は、ダイキン工業が取り組んでいる『知的生産性を高める空気・空間を実現するための共同研究』の成果について、発表を行いました。 「弊社は、温度、湿度、気流、清浄という4つの空調要素を超えた空気の持つ新たな価値創出を目指して、さまざまな企業や研究機関・大学などと連携して研究を進めています。新しい機軸のひとつとして、知的生産性の向上が求められるオフィスなどの就業空間で眠気を感じた時に、覚醒を促すために加える刺激として空調による温度刺激が有効ではないかと考え、研究を進めてきました。その結果、眠気の兆候が見えた早期の段階で刺激を与えることにより、覚醒した状態を保ちやすいことが明らかになりました」
奥川氏が発表した成果は、元をたどれば、心理学者のロバート・ヤーキーズらが発見した、覚醒レベルとパフォーマンスの間には逆U字型の相関関係が成立するという法則に基づくもの。この法則によれば、知的生産性を高めるには眠気を抑えて「覚醒度」を適切に保つことが重要で、その覚醒度から作業効率を推定できると言います。 「適切な覚醒度を保つための方法やタイミングを確かめるため、定期的に被験者の覚醒度を計測しながら、空調制御による温度刺激、照明制御による照度刺激、覚醒効果のある芳香刺激などを用いて検証しました」
覚醒度の計測に活用したのは、瞼のゆらぎ推定をベースとした顔認証技術(NEC保有技術)。その結果、温度刺激が最も眠気を抑制し続ける効果があることが明らかになったと言います。 「3×3 Lab Futureに設置されたタスク空調デスクで実証実験を行なったところ、夏季については、就業者の作業パフォーマンスが5%向上するという結果が得られました。ただ、冬季については向上は少なく、まだまだ改善の余地があると感じています」
最後に、同志社大学理工学部教授で、知的オフィス環境推進協議会会長を務める三木光範氏が、これまでの講演者の最先端の取り組みについての各報告に対してコメントを述べ、その後、自身が手掛ける『知的照明システム』や『疑似窓』の研究についてプレゼンテーションしました。 「私が提案している知的照明システムとは、一人ひとりの健康状態や仕事の内容に応じて、個人ごとの最適な照度と最適な色温度を提供するというものです。三菱地所さんなどにも協力していただきながら、10年以上前から各地で実証実験を進めてきました」
三木教授によれば、従来のオフィス照明は問題が少なくないと言います。 「これまでオフィスでは机上面の明るさが750ルクス以上に設定すべきとされてきました。これがオフィスワーカーに適した照明とされていたのです。しかしそれは、パソコン作業を伴わなかった時代の基準で、PC作業が当たり前となった現在では、照度は下げるべきです」
三木教授が言うように、多くのオフィスの照明は、JIS基準に則って、色温度が4200~5000ケルビン、照度が机上面で750ルクス以上に設定されています。ただ蛍光灯は2~3年で照度が70%程度落ちることから、ランプ交換時の明るさは1000ルクスを超えています。ちなみに、ケルビンは色温度を表す単位で、光源が発する色のこと。色温度が高いほど寒色、低いほど暖色になります。ルクスは、照度を表す単位です。 「現状のオフィス照明は照度が強すぎで、執務に適しているとは言えません。今後は、各就業者が照度と色温度を自由に調節することによって使用エネルギーを抑えるとともに、好きな環境を自分で作り出し心地よく仕事をすることによって、生産性の向上に結びつくようなオフィス環境の構築が必要だと考えています」
実際、知的照明を取り入れたオフィスで実験したところ、そこで働く就業者は曜日や時間によって照度を変えて仕事をするようになり、多くの人が照度を750ルクス以下に設定したと言います。 「人によって、色の好みは分かれます。以前は、5000ケルビンがオフィスに最適とされましたが、率直に言って、これはかなり刺激が強い白色です。知的照明の体験者は、3000ケルビンの赤みの混じった暖かさを感じる色、4000ケルビンという中濃度の色を好む人もいました。このことからわかるのは、人の色の好みは千差万別で、従来のオフィスは明るすぎ・白すぎで、過剰な刺激を就業者に与えていたということになります」
さらに、三木教授は「照明の色温度を上下させることで、人の体感温度が変化する」という驚くべき研究成果を発表しました。 「照明の色温度を変えることで、体感温度に2℃程度の影響を与えることがわかったんです。例えば、『涼しくしたい』場合には、空調で室温を下げなくても、色温度を上げれば涼しさが体感として得られるのです。暖かくしたい場合はその逆で、もし『もっと涼しくしたい』『もっと暖かくしたい』という場合は、室温を0.5℃だけ上下させれば、より強い涼暖感を得ることができます。この結果から言えることは、もはや空調だけで室温をコントロールする時代ではないということです。空調と照明を連動的に制御することで、生産性向上と省エネを同時に実現することが望ましいのです」
最後に、三木教授は京都にある『けいはんなオープンイノベーションセンター』や同志社大学内に設置したラボで実施した、4Kディスプレイを使った『疑似窓』の研究成果について触れ、プレゼンテーションを締めくくりました。 「疑似窓は、4Kカメラが撮影した当該建物外の景色映像を液晶ディスプレイで眺めることができるバーチャルな窓です。地下室やフロアのコア部分など窓を設置できない空間でも快適さを実現するための研究の一環として、取り組んできました。窓のない空間では知的生産性が低下するため、その改善に役立てられるのではないかと期待しています。実際、ある病院に協力していただき、集中治療室にその病院の8階からの映像を流す疑似窓を取り付けたところ、患者さん、看護士、医師それぞれから好評でした。特に看護士や医師は『疑似窓のおかげで、夜明けがわかるようになった』と笑っていました。今後も、照明、空調、そして擬似窓などで環境を変化させることによる、知的生産性の高いオフィスの創造を目指して、研究を推進していきたいと思っています」