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丸の内サマーカレッジ最終日。朝の講演開始前の時間では、熱心に前日のディスカッションの続きをしたり、グループを超えて談笑したり、1・2日目に比べて賑やかに過ごしていました。3日目の午前は「越境と幸せ」をテーマに二人の講師を迎え、午後からはグループワークの続きを行います。学生たちは、3日間のプログラムを通して何を感じとり、どのようなアイデアを生み出したのでしょうか。
<3日目のプログラム>
講演5「越境と幸せ」
・・・岩田結実氏(株式会社ウィル・シード)
・・・前野マドカ氏(EVOL株式会社 代表取締役CEO/慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究所研究員/一般社団法人ウェルビーイングデザイン 理事)
ワークショップ2:発表準備
ワークショップ3:発表
岩田氏は大学では音楽を専攻し、学習塾に就職。その後教育サービス企業に転職し、人材教育や教育プログラムの企画・営業・運営に携わっています。異業種メンバーが集まって話し合う場づくり・イベントも行っています。
講演は、目をつむり両手の人差し指を出して、中央で合わせる脳トレワークからスタートしました。近くの人と30秒ほど戦略を立て一斉にチャレンジしますが、会場からは「難しい」「思ったようにできない」という声があがりました。
「想像することと実際にやってみることは異なります。私の勤務している会社も『100の言葉より1つの体験を』というスローガンを大切にしています。これまでのサマーカレッジを通して、自分のできること、できないことに気づいたのではないでしょうか」(岩田氏)
自身もありのままを伝えるので、ぜひ素のままで聞いてほしいと伝え、スクリーンに映し出されたこれまでのキャリアチャートについて語りました。
「音楽が好きで、好きなことを仕事にしたいと考えていました。自分を表現するツールは歌で、努力することで人の心を動かすことができると思っていたんです。ところが、風邪をこじらせたことをきっかけに思うように歌えなくなってしまいました。昨日までの自分と同じはずなのに、身体の感覚がまるで違います。プロを目指す同期や先輩を見ていると、道を見失ったように思いました」(岩田氏)
進路に悩みつつ就職活動をすると、いきいきと仕事について語る大人が多く「自分次第で仕事は面白くできる」と思えるようになりました。自己分析の結果、人の心にアプローチでき、物事の捉え方や思考の変化に関わりたいと学習塾への就職を決めました。やる気も十分、「長く働きそう」と言われていましたが、入社後に壁に突き当たりました。
「塾の現場は、生徒指導のほかに保護者への営業要素もありましたが、どうしてもうまくいかずに退塾する人もいます。期待されていることができない自分にショックでした。組織の方針と自分実力の両方に対して、理想と現実のギャップが大きく悩んでいる日々が続きました。結果的に心身ともに疲れたこともあり、退職を決めました。(岩田氏)
一方で、人の成長が組織の成長をもたらすことも実感していました。教室作りやカリキュラム作りを通して、生徒が成長し、働く人のモチベーションが変わることにはやりがいを感じていたこともあり、社会人の研修を行い、理念にも共感できた現職に転職を決めました。とはいえ、当時の岩田氏は社会人2年目。仕事として育成者やリーダーの研修を行うにはスキルが足りない面もありました。そんな慌ただしく働くなかで、忘れられない言葉がかけられます。研修の説明をしていたお客様から「仕事をしていて面白いですか?」と聞かれたのです。後になって自分が目的よりも手段に注目してしまい、御用聞きになっていたのだとわかった経験です。
「お客様は展開や意見が欲しかったのだと思います。私は相手の反応が気になるタイプなので感情に寄りすぎてしまい、本来やるべき問題解決ができていないことに気が付きました」(岩田氏)
ちょうどその頃、営業部への異動が決まりました。お客様にヒアリングを行い「会社はなぜお金を払って研修をやりたいと思うのか。研修を行うことで何が解決されるのか」を徹底的に考え、課題設定をしてから提案に臨みました。達成に向けて協力してくれる仲間も増え、仕事がうまくいくようになり、上司から「異業種ラーニングフェス」イベントの企画設計の相談を受けるまでになりました。
「楽しく体験をして、気づいたら学べている状況になればいいなと思いました。若手のときに経験したもやもやも思い出して、人にとっても組織にとっても改革や変化が起こりやすいようにしたいと思います」(岩田氏)
ゼロからスタートする新企画は試行錯誤の連続。上司も同僚も経験がないことを進めるうえでは、自分で意思決定をする必要があります。悩んだときは未来がこうなればいいなと考えて決断し、失敗したときは考え直すようにしています。
「振り返ると、たくさんの人と出会ったことが大きな機会でした。未来を自分でつくる目線をもつ大人たちと一緒に考え、アウトプットしたいと思っています。もっと学びにエンターテイメントを入れていきたいです」と岩田氏。
等身大のエピソードは学生にも響いたようです。「仕事で大切にされていることは何ですか」という質問には、「仕事には工数がかかるので、意味のないことはやらないようにして、一緒に働く人が作業者にならないようにしています」と周囲への気遣いがうかがえます。また、「『私』を主語にして考えて、違和感があれば言葉にして提案しています」との主体的な姿勢に、学生たちが頷く様子も見られました。
「愛とウェルビーイング(well-being)にあふれた世界を作りたい」という想いのもと、会社を経営しながら幸せについて考え、慶應義塾大学大学院で「幸福学」を研究している前野氏。コンサルティング会社で働き、結婚後は子育て中心の生活を送ってきました。PTAの役員などを通して、異なる環境にいる人をまとめて同じ方向を見て協力する方法はあるのか考えていたときに幸福学の考えに出会いました。
「幸せは、主観によるものであり、自分の判断で『幸せ』と決めることができたらそれで良いのです。大事なのは自分で何が幸せだと思うのかを感じること。目の前の物事を取り入れて、受け入れながらワクワクして生きてほしい。自分の人生を世の中と自分のために過ごしてほしいです」(前野氏)
初めに、参加者同士で「幸せを感じる瞬間」について語り合います。テーマが幸せということもあり、会話のなかには笑顔が見られました。
「幸福を感じる人が多いといわれるデンマークやフィンランドに視察に行って『幸せな時ってどんな時ですか』と聞いたことがあります。すると、全員が家族や自分の仲間とリラックスして語り合えるときが幸せと答えたのです。自分が誰かを信じ、誰かから信じてもらえることがとても大事です」(前野氏)
前野氏は、他の人の関わりだけではなく、「自分を信じる力」も大切だと話します。これは、今描いている夢は絶対にいつか叶えられると信じることです。フィンランドでは、周りの大人たちが子どもに対して「あなたは幸せになる権利がある」と伝えるため、自分の可能性を信じることができるのだといいます。
続いて「幸福度診断」が紹介されました。ウェルビーイングサークルという幸福に関する捉え方の要素が散りばめられた項目で、自分の状態が分かります。
ウェルビーイングという言葉には幸福、健康、福祉などの意味がありますが、体と心が良い状態はもちろん、所属している地域社会が良い状態のことも指します。ハッピーやハピネスは感情としての幸せで、ウェルビーイングは長期的な幸せです。
幸福学は統計学と心理学をベースにした学問であり、幸福感があると創造性・生産性が上がること、地位や物、お金による幸せは長続きせず、安心や健康、心の状態による幸せが長く続くというデータも出ています。お金を稼ぐことによる幸せにも上限があり、ある一定の年収になると幸福感は変わらなくなります。
「幸せになるために必要なのは「幸せの4つの因子」です。自己実現と成長の『やってみよう』、つながりと感謝の『ありがとう』、独立した自分らしさである『ありのままに』、前向きと楽観の『なんとかなる』、この4つが大事です」(前野氏)
続いて、「幸せの4つの因子」について52の質問がカードになった「ウェルビーイング・ダイアログ・カード」を用いたワークショップが行われました。チームに分かれて、カードに書かれた質問をもとに自分の考えを共有します。無意識のうちに考えていることを言語化し共有する機会は普段なかなかありません。「テーマを見たときにどうしようと思ったけれど、1分間話していると形になりました」「自分の考えも整理できたし、相手が何を考えているかもわかりやすかったです」と場が盛り上がりました。
「質問に考えて答えることで、自分自身の引き出しも増えていきます。少しずつ自分のスタイルを決めて、意識し続けることで変わることができます」(前野氏)
前野氏は、自分や相手を許すことで、自分を解放でき、愛で包まれると話します。自分を愛することが苦手な人も多いですが、自分のことを愛せる人は人を愛することができる。自分の幸せを見つけてほしいという想いを伝えていただきました。
最後に、お二人からエールが送られました。岩田氏からは「偶発性も楽しんで、考えるよりも先に行動してほしい。出会いから得られること、チャンスがあります。うまくいかないことがあっても自分を否定せず、目の前に来たことを楽しんでキャリアを描いてください」と、前野氏からは「ウェルビーイングな状態でいるとどんな学びもチャレンジもできるようになります。自分の心が疲れていて、悩みがあると素晴らしいコンテンツも響かなくなってしまいます。自分のことを大切にして、やりたいことに挑戦してください」とお話いただきました。昼食後はいよいよプレゼンテーションに向けて大詰めです。
3日間に渡る丸の内サマーカレッジメインプログラム。集大成となるプレゼンテーションに向けて、準備が行われました。ワークシートをもとに、将来の夢や取り組みたいことについて語りながら、チームごとに内容をまとめます。ホワイドボードを使って意見をまとめるチーム、模造紙だけではなく紙やふせんを使いながら準備していくチーム、初日の長岡氏の講演のように一度組み立てた構想を白紙にして急ピッチで調整を行うチームなど、進め方はさまざまです。時折先輩たちがサポートに入り、課題点を一緒に整理する姿も見られました。
時間の許す限りそれぞれの意見を伝え合いまとめた各チームは、いよいよプレゼンテーションに臨みます自分たちが社会に対して何ができるか、3日間の各講演からのインプットも活用し、様々なアイデアが披露されました。
各グループの発表テーマは下記の通りです。
1)I wanna be
2)価値観を共有できる心友をつくる
3)Abnormal to Newnormal
4)Dream Delivery
5)リビング
6)貯めて使おう!リサイクルポイント
7)「未来の自分」探しの旅
8)えんむすび
9)移動時間を居場所に-TimeTrain-
10)海辺のChildhoodシネマ
11)食で地域をマッチング
12)みんなでつくる!ヒミツキチ
思い思いのスタイルで、音を使った演出や、小芝居を取り入れるものもあり、プレゼンテーション前は緊張の面持ちだった学生たちにも笑顔が見られました。自分たちも楽しみながら相手に伝える方法を模索してきた様子が伝わります。
講評は、株式会社REWIRED代表取締役の仙石太郎氏と三重大学大学院工学研究科建築学専攻准教授の近藤早映氏のお二人からいただきます。各グループのアイデアに、時に励まし、時に気づきにつながる質問を投げかけ、学生たちは更に思索を深めることができそうです。
「皆さん、知識に飢えているのかなと思いました。予測不可能な未来をどう切り拓くか、そのためにつながりや場所をつくりたいというのは、全ての発表の共通事項だと感じました。実際はその知識や情報を整理する人が必要ですが、会社や学校でも補足ができなくなっている。そんななかでも前向きな気持ちになれる発表が多かったです」(仙石氏)
「同じく、出会いが欲しいのかなと思わせる発表が多かったです。コロナ禍があり遠隔でのやり取りが多いので、リアルのコミュニケーションが求められているのかな。サマーカレッジに参加している皆さんだけではなく、まだ一歩を踏み出せていない周囲の人に皆さんのエネルギーを伝えていけるように、ここでの発表で終わりではなく、継続的に続けてほしいと感じました」(近藤氏)
会場にはかつてサマーカレッジに参加した先輩が駆けつけてくれました。第1回、第2回と参加した伊藤氏は「社会に対する課題意識や、思いの強さを感じました。今日ここに集まっている皆さんは未来に向かって積極的に踏み出せる人なので、ぜひ今後も友達や仲間を連れて3×3Lab Futureに遊びにきて、面白い人と出会っていければ良いのかなと思います」と、今後もさまざまな人との交流を楽しんでほしいと話しました。
初日に講演していただいた長岡氏からもエールが送られました。
「皆さんにとって3日間の総括となるコメントはなんですか。私は『give』だと思いました。キャリアを考えたときに大人と子どもの違いは明確で、『与えられる』のが子ども、『与える』のが大人だと思います。社会に出ると『あなたは社会に対して何を与える人ですか』と聞かれるようになります。『与えられる』存在から、『与える』存在になるんです。これから何を与えていけるか考えましょう」
長岡氏は、サマーカレッジの講師の皆さんももれなく「与える人」だったのではないか、与えることで自由になると同時に成功者に近づくことができるというお話もされました。自分に何ができるかを考えて働きかけることでネットワークが広がり、より大きなチャレンジができるようになるので、ぜひ皆さんも挑戦して欲しいと伝えました。
最後に、司会の田口が総括のコメントが述べました。
「3日間お疲れさまでした。学んだこと、良かったことはぜひ積極的にシェアして、皆さんが『与える』側になってください。また、登壇された講師の方々はお忙しいなか二つ返事で参加を承諾いただきました。学生たちが集まる機会があれば、ぜひ貢献したいと仰ってくれました。そんな想いも感じていただいて、これからに活かしてほしいと思います」
閉会後も話は尽きることが無く、チームごとに集まったり、互いの感想を述べたりと盛り上がりました。初めて出会う人や、自分自身との対話を通して、これまでとは異なる考えやあり方を探すことができたのではないでしょうか。『与えられる』側から、『与える』側へ。今後社会に出る学生たちが、この3日間の経験を糧に活躍していくことを期待したいと思います。