参加者全員で記念写真
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3日間に渡って行われた丸の内サマーカレッジもいよいよ最終日。この日は台風の接近もあり急遽リアル・オンラインのハイブリッド対応を行うことになりました。午前中は講義、午後からはグループワーク、そして発表という盛りだくさんのタイムスケジュール。学生の皆さんは学びの集大成としてどんなアウトプットをするのでしょうか。
<3日目のプログラム>この日最初の講師は松尾真奈氏。地元・京都で学生時代を過ごし、農林水産省に入省後、23年4月に千葉県庁に出向。現在は販売輸出戦略課長として千葉の農林水産物の販売促進を行っています。合わせて、本省勤務時から「霞ヶ関ばたけ」という行政や民間、学生などの異なる立場の人が集まり、食や農林水産業について対話しつつ相互に学ぶ場をつくってきました。自分の気持ちに向き合い働いてきた経験やキャリアへの考え方、出産・育児と仕事の両立などさまざまな観点からお話を伺いました。
松尾氏が「自分の働くキャリア」を意識したのは大学生のときの1年間のイギリス留学。異文化で暮らすなかで「日本人であること」を強く自覚し、政治を学び、外務省による仕事体験プログラムなどに参加するなかで、日本や社会のために仕事がしたいと考え、国家公務員を目指します。
また、一方で、仕事に対して自分がどのようにアプローチしていけるのか模索し続けました。転機となったのは「あなたにとって日本の発展は何ですか」という問いかけ。そこで思い浮かんだのはイギリスで見た景色で、それもロンドンなどの都市部ではなく、のどかな田舎の風景でした。 「田舎の価値をどのように作り、同時に田舎の課題を解決していくのか」に関心を持った松尾氏は、大学在学中に京都府京丹後市・野間「田舎で働き隊!」としての活動を始めました。山間にある野間は最寄り駅から車で30分ほどの田舎といわれるエリアで、10集落に200人ほどが住んでいます。古民家に半年間一人で暮らし、村の手伝いに取り組みました。村の人達が全員で力を合わせる場面がたくさんあり、京都市内とは違う人と人とのつながりを実感した松尾氏は、農林水産業や農村の持続可能性に関わりたいとい思うようになりました。
「鍵のかかっていない家に帰ると野菜が置かれているような暮らし。頭で考えることにも勝る経験は自分のキャリアの原点になり、自分がつらい時に頑張れる原動力にもなりました」
希望を叶えて農林水産省で働きだした松尾氏は、老若男女、職種にとらわれず幅広い人への施策を考えていくためには、今の組織での環境・常識・価値観ではとらえきれないものがあるのではと思い、7年間のシェアハウス生活をしていました。仕事とは違う場所を持ち、立場に関係なく価値観を共有する場があることでアイデアが出ることや凝り固まった考えがほぐれることもありました。
一方で仕事に追われる日々が続きました。霞が関の仕事と自身の大事にしている思いがうまく接合できない時期があり、この環境ではやりたいことができないのではと迷うこともありました。そんななかで受けたコーチングがきっかけで「いろんな人を巻き込んで、食や農林水産業に関するコミュニティを作っていきたい」という目的が明確になり、やりたいことができる場所を自分で作る選択肢があると気づきました。
そこで参加したのが、月に一回、食と農林水産業に関する学びと対話を行う「霞ヶ関ばたけ」です。仕事でもなく、家庭でもなく、自分が得意でやりたいことができる場所。先輩から引継ぎ、2018年1月~2024年3月まで代表を務めることになりました。実家が農業をしている人、サラリーマンとしての関わり方を模索している人、さまざまな人が集まることで、循環が起こります。
「自分が楽しめてやりたいと思うことをすると、周りにも伝播すると思いました。大事なのは誰かに言われた仕事じゃないことをすること。何かやりたいことがあるなら、小さくてもかっこ悪くても何を言われようとも行動した方がいいんじゃないかと思います」
初めはプライベートの活動でしたが、2018年の公務員の副業・兼業解禁の時期からメディアの取材も受け、手ごたえも感じるようになりました。この経験は、さまざまな企業や生産者と一緒に事業を進める現在の仕事にもつながっています。
家庭と仕事の両立も課題です。千葉県庁への出向と同時に千葉へ引っ越したものの、フルタイムの勤務はたやすくありません。ベビーシッターのサポートを受け、週末に仕事をしてやりくりすることもあります。「それでもこれが自分のやりたい仕事の内容と大事にしたい子育ての考え方の最適解」という松尾氏。どんな働き方をするかは人それぞれ自由ですが、外の力やパートナーの力を借りる事も大切だといいます。
今は「社会を変えていくことを国や県でできる」と思えるようになったという松尾氏。「霞ヶ関ばたけ」の活動も含めて「人も組織も完璧ではない」と気づけたことが大きかったといいます。完璧ではないからこそ、自分がどういう風に変えていけるかとか、どう他の人と連携して次を作れるのかを考え、トライしたいと話します。
「社会課題は本当に複雑です。自分がいいと思っていることが逆の効果を及ぼしていることすらあります。だからこそ、常に自分の行うことにはどういう意味があり、社会の中ではどういう動きなのかを考えて人と接しています。もし常識から外れていたら誰かが話してくれるはず。そういった意味でも、仲間を持ちながら物事を進めることも大事だと思っています」
仕事と自分の思い、仕事と育児の両立に向き合い、思いをつなぐ場づくりを行ってきた松尾氏。講義は10年後、20年後の生き方を考えたい学生にも響いたようです。
続いて登壇いただくのは、合同会社ishau代表の石田祐也氏。渋谷、そして出身地・三重県四日市市の二拠点を行き来し、パブリックスペースを活用した都市再生手法に関する研究を行っています。また、建築やパブリックスペースの設計を通じて空間の公共性を再定義し、Webマガジン「ソトノバ」を運営する一般社団法人ソトノバの共同代表理事、道路に関わる行政担当者のリテラシー向上をサポートする一般社団法人ストリートライフ・メイカーズの理事も務めています。
石田氏のキャリアの始まりはアトリエ系の設計事務所。ハードに働きながら経験を積み、設計事務所を開設しました。
学生のうちから、「パブリックな空間における人の振る舞いをデザインしたい」と考えていた石田氏。高校生の頃はずっと東京に出たいと思っていましたが、田舎から東京に出てきたからこそ、それぞれの環境の良さも難しさも分かるようになったと語り、今ではまちづくりの専門家として東京と四日市を往復する生活を5年間続けています。
子どもや高齢者が多く住む四日市では、町の居場所になる空間を作ろうと文房具店に新しい要素を掛け合わせて「文房具 × 駄菓子屋 × カフェスタンド」にリノベーションしたり、他にも畳めて運べる商店街の屋台を開発したりしました。東京では、明治神宮から西側に位置する小田急線の参宮橋駅までの西参道のデザインを行いました。
Webメディア「ソトノバ」では、2018年から共同代表理事にジョインし、これまでに900記事に及ぶパブリックスペースに関する情報や、国内外の事例の紹介まで幅広く発信しています。累計300人以上のメンバーでコミュニティ活動を行い、公共空間の整備や公共空間を使うプロジェクトなどの声もかかるまでになりました。
「このなかでパブリックスペースはどこでしょうか」
スクリーンには、ショッピングモール、ニューヨークのタイムズスクエア、ヴェローナのブラ広場、2019年に閉店となった原宿の「Gapフラッグシップ」前の4つの写真が映し出されました。それぞれ多くの人が集まっていますが、石田氏によるとパブリックスペースとは「多様な人が多様な過ごし方を選択できる場所」で、この中ではお金を払わず開けており、誰もが自由に過ごせるタイムズスクエアと原宿の2枚です。
パブリック、すなわち公共という言葉には、政治学者の斎藤純一氏のテキストを引用しながら、「国家に関係する公的なもの(official)」や、「全ての人々に関係する共通するもの(common)」などの定義があると紹介します。また、「誰に対しても開かれている(open)」という意味もありますが、これらの3つ、とりわけ"open"を満たせる場所は少ないのが現状です。だからこそ石田氏は「3つの条件を満たす空間を作りたい」と話しました。
石田氏が提唱するのは「プレイスメイキング」。まちに関わる人が協働して「プレイス」をつくるプロセスを指します。従来のまちづくりは、関係者や市民が机上で意見を集め、合意形成をして進行するため時間がかかりますが、「プレイスメイキング」は体験主義です。つくったものを使う「つくる目線」から、使われるものをつくる「つかう目線」へとパラダイムシフトが起きます。ビジョンがあり、その有用性について事業主体と共に検証するプロセスを挟んでから設計や整備に入ることで、使われない施設をつくるリスクも減らせます。
「使い手とともに、さまざまな過ごし方ができるよう工夫し、場所の魅力を維持向上するスキームを組み立て、手軽に、素早く、安く始めること。丸の内の仲通りなど、街中の空間で小規模の実験・検証をし、仲間を巻き込んで空間を変えていきます」
続いて、石田氏が取り組む3つの事例が紹介されました。まずは、路上駐車場(parking)に公園(park)を作る、「Park(ing)Day」。路上駐車スペースを公園に変える取り組みで四日市や山形など地方都市も含めて15都市で行われました。道路使用のために警察や行政へ許可申請することもあり、これらのノウハウをまとめた「プレイスメイキング・ガイド|パーキングデー」もネットで公開しています。2023年10月には、東京・八重洲で車道と歩道の一部を活用して「YAESU st.PARKLET」を実施。歩行者空間を拡充するデッキスペースを設置し、当該エリアに不足している滞留空間を設けたほか、キッチンカー誘致、演奏会などの多くの取り組みが行われました。
「普段はないものがいきなり街中に出てきたとき、外から眺めてもなかなか中に入るのは難しい。初見の人も利用しやすいように植栽を置き、PC 作業ができる電源コンセントも用意しました。バリアフリーを意識して階段上に座れるスペースをつくるなどの工夫もしています」
3年前から始めた「四日市エリアプラットフォーム」では国交省の官民連携まちなか再生推進事業の補助を得て、地元の商店街や企業、市役所と協業し、四日市の街の未来を考えています。ここでも「プレイスメイキング」を導入し、「SUWA MOBILE MARKET」などコミュニティの場づくりや、カフェスタンドの設置、街中のお掃除大作戦などの取り組みを実施、行政や商店街のほか、組織に属さない地域のプレイヤーを巻き込んで空間の可能性を模索しました。使われなくなった電話ボックスに小さな図書室をつくる「USED BOOK BOX」の試みもDIYで費用を抑えて行われました。
「寂れていく商店街をなんとかしたい」という相談から始まり、滞在時間を延ばしたり、リピーターを呼んだりと工夫をするうちに誰もが「住民のためのまちづくりが大事」だと思うようになり、2023年度には「四日市まちなか未来ビジョン」を制定。ビジョンが明確になったことで、仲間も増えてプレイヤーが自走するようになりました。
「多くの人を巻き込む上で、デザイナーとして、文字ではなくイラストで表現しました。ワークショップだと言葉が先行し落とし込むのが難しいこともあるので、共通の言語として絵で見せることはとても大事でした。『着火する』お手伝いをさせていただいているのかなと思います」
建築や空間デザインを通して人の振る舞いや、街中で動きやすくなるための仕組みもデザインも求められているように思う、と石田氏。初日に丸の内エリアの街歩きをした学生たちにとっても、まちづくりの過程を知れたことは刺激になりました。
メインプログラムの講義はここで終了です。この日も講師二人に「家庭と仕事、自分の思いを叶える方法は」といったものから「まちづくりにおける多様性の捉え方」まで多くの質問が投げかけられました。見て、聞いて、知ったことを自分ごとに掘り下げて、アウトプットする意識づけができているように感じられました。
お昼ご飯を食べながらもホワイトボードを眺め、ここまでまとめた内容のチェックを行う学生たち。最終日の発表に向けて最後まで考えて動き続けたいという思いが伝わります。最終日の午後は発表に向けラストスパートをかける時間です。2日目に記入したワークシートをもとに、それぞれがやってみたいこと、できることなどを持ち寄り、意見をまとめて提案を組み立てました。当日会場参加できなかったメンバーには、自宅と3×3Lab Futureをオンラインでつなぎ、会場の参加メンバーが模造紙に記入するなどの役割分担を行う姿も見られました。話し合いに時間をかけて、一気に模造紙に書き込みを行うチーム、ある程度まとまったところで軌道修正を加えるチームなど、取り組みはさまざま。最後まで粘り強く工夫を凝らした学生たち。いよいよ発表タイムです。
18組のグループ発表の順番はくじ引きで決まりました。3日間の学びを経て考えた「自分たちが社会に対してできること」について、いよいよ発表が始まります。各グループの発表テーマは下記の通りです。
R It's a community world!!
O コミュニティ 人との繋がり
D ゆったまろん
N Iam a ______
B α-日常に+α
G ときめき Divershareworld
M Connect Labo
H 個性を尊重し合い夢であふれる世界
J わたしの素
Ⅰ まつり桃太郎
K 体験格差のない社会
A みんなでシェアハピ!!祭
Q 丸の内バレー大作戦
L 誰もが安心するなにかを持っている世界!
P 日本ヤバイ → 日本最近ヤバイっ!
F 地方に住む人たちが地元に愛着を持てる世界
E 共創共育
C 駄洒落
アプリを作って課題を解決したい、たくさんの人が楽しめる場をつくりたい、素の自分でいられる場所をつくりたい、それぞれの好きを否定しない世界にしたい。3日間で学んだこととそれぞれが目指す未来が混ざり合い、さまざまな提案がなされました。
講評は株式会社REWIRED代表取締役・一般社団法人Future Center Alliance Japan 理事の仙石太郎氏、三重大学大学院工学研究科建築学専攻 准教授・東京大学先端科学技術研究センター 准教授の近藤早映氏を迎えました。発表を受け止め、良い点・伸ばせる点、もっと工夫できる点などを優しく、ときに厳しくアドバイスいただきました。
「皆さんの社会課題解決の意欲に感銘を受けました。私の方が学ばせていただきました。発表のなかで多様性を認め合うという話がありました。これからはより生物多様性が重視されるとも言われます。発表で終わるのではなく、アイデアをさらに深めてぜひ実現できるように挑戦してみてください」(仙石氏)
「皆さんの発表にもあった『個性を認める』ことは大事ですね。ただ、もし、大人の受け売りで全体最適解を求める提案をしていたとしたら少し危機感を持っても良いかもしれません。リスペクトをしつつ、批判的な立場で物事を見て、自分たちがどうしたらいいかも考えることで良い未来が待っているんじゃないかと思います」(近藤氏)
最後に、田口より総括のコメントがありました。
「講師を引き受けていただいた方々は、学生の皆さんと一緒に社会を作っていきたいという気持ちを持っている人ばかりです。こういう人たちの熱量高い話が聞けたのはいい経験だと思います。ぜひこの経験を近くの人に伝えて、少しでも実現しようという流れを作ってください。活力のあるメンバーと知り合えたことは皆さんにとっても財産ですから、ぜひ活かしてください」
サマーカレッジ終了後は、連絡先を交換したり、学んだことをさらに活かしたいと講師への質問をしたりという姿も見られ、閉会後も話は盛り上がりました。
「自分で考え、発言する」を目標に、自分自身と向き合い、初対面の仲間たちとの対話を通して、互いの違いを認め合う視点も育むことができたのではないでしょうか。それぞれの発表からも、互いの個性を認めつつ、たくさんの人たちと出会いたいという前向きなエネルギーを感じました。一人ひとりが持つ思いを再確認し、未来の自分も想像した3日間。この3日間の経験を通して成長した学生の皆さんのこれからの日常生活・未来での活躍に期待します。