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2018年よりスタートした、学生とビジネスパーソンが創り上げる熱い交流の場「丸の内サマーキャンプ」。3年目の2020年は、名称を新たに「丸の内サマーカレッジ」として、8月12~14日に開催されました。今年は新型コロナウイルス感染症の流行のため、全プログラムオンラインでの実施です(配信会場:3×3Lab Future)。当初は会場枠とオンライン枠というミックスの実施も検討しており、「最後の最後までどのように実施するか悩んだが、苦渋の決断としてすべてオンライン開催を選択した」と主催であるエコッツェリア協会プロデューサーの田口真司は話します。
北は北海道から南は沖縄まで、さらには海外の学生も参加し、リアルでは考えられない幅広い地域からの参加が実現したのは、オンライン開催ならではのこと。地域がクローズアップされる「ウィズコロナ」の時代にふさわしい参加者となったと言えるかもしれません。また、昨年は高校生の部、大学生・大学院生の部と分けて実施したプログラムを今年は同時開催し、幅広い年齢層が一堂に会する多様性のあるカレッジとなったのでした。
司会は当協会の田口と、グローバル人材の育成等に取り組むB-Bridgeの槙島貴昭氏。槙島氏は参加者に年齢が近いこともあり、「お兄さん」的なポジションでファシリテーターも務めます。
<1日目のプログラム>
・オリエンテーション
長岡健氏(法政大学経営学部 教授)
・講演1「社会にインパクトを与える人物に」
新井和宏氏(株式会社eumo 代表取締役)
戸田達昭氏(シナプテック株式会社 代表取締役)
・フィールドワーク「オンライン大丸有街歩きツアー」
オリエンテーションでは、法政大学で組織マネージメント、創造的コミュニケーションを研究する長岡健氏がオンラインコミュニケーションのポイントを解説。グループワークのトライアルも行い、これから3日間に渡るオンラインコミュニケーションの"準備運動"を行いました。
長岡氏が指摘するように、オンラインコミュニケーションは、単なるコミュニケーションの問題だけではなく、ガジェット、ネットに対するリテラシーや、個々の環境整備の問題も含みます。冒頭では「周囲は明るくした方がいい」「飲み物を用意する」「軽くつまめるお菓子などを用意する」といった、環境整備についてアドバイス。そして、フーコーの「パノプティコン」を引き合いに、「コミュニケーションの場では、お互いに見える、分かることがとても大事。一方的に見える・見られるでは成立しない。そのためには、リアクションすることもすごく大切」と呼びかけました。
そして、この3日間でやることは「チャレンジ」なのだと長岡氏は話します。
「今回みなさんがここに集まっているのは、何か新しい気付きを得るためですよね。果たしてそれをオンラインで実現できるのか? みなさんは心の中でオンラインでのコミュニケーションは難しいと思っているかもしれない。でも、『リアルとオンラインは違う』という考え方をしていても始まらない。だからこそ今回は、どこまでできるかチャレンジしてみましょう」
はじめに、「オンライン上で初めて会った人とどこまで仲良くなれるのか」を実践。Zoomのブレイクアウトルームを利用して4、5人のグループに分かれ、名前とニックネーム、そして「無人島に持っていきたい缶詰ひとつ、本一冊」を理由とともに述べるという自己紹介を行いました。しかし、年齢や学校などの肩書は出さない。それを知ることで「相手のことを分かった気がしてしまう」からだと長岡氏は話します。
1人あたり1分のグループワークを、メンバーを入れ替えて2回実施し、オンラインコミュニケーションの感覚を掴んでもらうことができたようでした。
続いてのセッションでは、「グループ・ジーニアス」の概念とともに、創造的なグループワークのやり方を紹介しました。
グループ・ジーニアスとは、アメリカの心理学・教育学者のキース・ソーヤーが提唱した概念で、集団の対話によって、個人の天才を凌駕するアイデアを出すことが可能になるというもの。近年のグループワークのトレンドになっているとも言われています。
「ただ情報伝達するだけであればYouTubeの方が簡単。Zoomで人と会話する、というのはもう当たり前のことに過ぎない。君たちに今求められているのは、創造的コミュニケーションができるかどうかです。グループワークによる協調的な対話で、創造的なアイデアを出すことができるかどうか、ということにチャレンジしてほしいと思います」
長岡氏は、そのために「フロー」状態に入ることが重要だと話します。フローとは、スポーツでいう「ゾーン」に等しい状態で、「全人的に没入」した極度の集中状態を指し、「行為と意識が一体化」、つまり考えなくても動けるようになる状態です。そしてまた、「それでいて冷静」であるのも特徴です。このフロー状態をグループで生み出すためには、10項目の条件を整える必要があるが、これは一人ひとりの意識付けによって容易に実現可能なものだと長岡氏は話します。
・適切な目標の意味づけ
・完全な集中
・不断のコミュニケーション
・先へ先へと進める姿勢
・リスクを受け入れる覚悟
・自主性
・全員が同等
・深い傾聴
・適度な親密さ
・エゴの融合
グループフローは「自立的」と「協力的」、「管理がない」と「一丸となる」、「積極的な挑戦」と「失敗への緊張感」という、矛盾した内容をはらむものでもあります。「今までは、このどちらかを選ぶという考え方だったと思う。しかし、今はこの両方を同時にやることが求められる」と長岡氏。
そして、グループフローの鍵となる「対話」について、「友好的であること」「優劣を決めない」、しかし「意見の相違は認めよう」「主語を自分で」という4つのポイントを挙げています。
「昔だったらまず一人で考えようと言っていたものだが、とにかくコミュニケーションを取り続けることが大事。もちろん新しく出会った人と話し続けるのは難しいかもしれないが、まずはチャレンジしてみましょう。パノプティコン状態を作ってはいけない。そして最後の瞬間まで突き詰めること。答えが出なくてもいいので、創造性を最後まで求めてください」
そして、グループワークのトレーニングとして、あらためて自己紹介を15分行いました。「なぜカレッジに参加したのか」「3日後にどうなっていたいか」という本プログラムへの期待を語り合うというセッションです。
グループワークの様子を覗いてみると、皆熱心に語り合う様子が見られました。当初、高校生は大学生を相手に緊張してしまうのではないか?という運営側の不安もありましたが、少しずつ慣れていき、誰もが生き生きと熱く語る様が印象的でした。終わってみると、15分のワークでは物足りなさを感じているような雰囲気で、これから始まる3日間の創造的オンライングループワークに弾みがつきました。
オリエンテーションの最後、長岡氏は次のように述べて締めくくりました
「ぜひ、チャット機能をたくさん利用しましょう。人の話を聞くのは100%の力でなくてもいい。50%で聞いて、残り50%でアウトプットする。それがインスピレーションを生むことにつながるはずです。同じ時間、同じ場所に集い、創造的なコラボレーションを生み出すことに、これからのグループワークの意味がある。この3日間、ぜひ頑張って取り組んでほしいと思います」
午後からはインプットトークとして、山梨県から日本を変えるビジネスを生み出している起業家の戸田達昭氏、新しい金融による社会変革に挑む新井和宏氏からお話を伺いました。
戸田氏は、山梨大学大学院在学中に起業した山梨県初の学生起業家で、その後14の企業の立ち上げと、20以上の事業に携わっています。
「世の中にはいろいろな課題がありますよね、それを便利にするための『ビジネス』をやるのが、僕の仕事です」
しかし、大切なのは「課題」ではなく「君がどうしたいか」ということだという。
「SDGsで言っているのは、未来世代の欲求を損なわずに、現代世代の欲求に答えるということ。でも大切なのは、国や地域が進める施策の様子をうかがうことではなくて、『君』がどうしたいかということだと思います」
考え方としては「夢」をフレームワークにすると良い、と戸田氏は話します。
「社会課題に取り組むときには、課題、方法、行動、といったことを考えますが、それはWhatやHow。しかし、本当の物事はいつもWhyから始まるんですね。例えば何のために働くのか、勉強するのか。
でも、いつしか働くこと自体、勉強すること自体に集中し、何のためにそうしているのかを忘れてしまうことがあると思います。だからこそ、『自分はどうしたいのか、どうありたいのか』ということを常に考えてほしいと思います」
戸田氏は自身が、事業による課題解決という方法を選んだ、と話します。そこでは、「人を巻き込むことが重要」であるとし、まずコンソーシアムを立ち上げ、理念を掲げ、集まった人に役割を与えていくというやり方を採ってきました。また、「アウトプットとアウトカムを一緒にしないことが大事」というアドバイスも。「例えば、男子学生にとって文化祭は『モテたい』がアウトカム。それに対して実際にやることは、バンド活動だったりしますよね」と分かりやすい例で話します。
戸田氏の具体的な事業例として、最近軌道に乗り始めた電力事業「ヴィジョナリーパワー」、ワイン製造の廃棄物を活用した「ワインきのこ」の概要を紹介。ヴィジョナリーパワーは、エネルギー事業を軸に、地域に創業と地域活性化事業のエコシステムを構築する事業。ワインきのこは、ぶどうの剪定枝とワインの絞りかすを使い、高効率できのこを生産することに成功した事業です。
「ビジネスで重要なのは、食べていけること、ちゃんと稼げることが大切です。サステナブルなエコシステムで物質の循環を作っても、経済性を伴わないことが多いですが、それをどうビジネスとして自立・自律させるかを、僕らビジネスマンが考えて進める必要があると思います」
そして、参加者に向けて「楽しい未来を描いてほしい」と呼びかけます。
「Society5.0とありますが、それは現在のことで、皆さんの未来は6.0。ぜひ楽しい未来を描き出してほしいと思います。意識してほしいのは、日本が世界、アジアとつながっているということ。その中で、君が何をしたいのかを考えるためには、一流から学ぶことが大切です。そして、常になぜ?と問うセンス・オブ・ワンダーの視点も大切にしてください。フロンティアは遠くではなく、皆さんの近くにあります。そこから世界に挑んでいってください」
新井氏は、日本のGDPを超える金額を扱う世界最大の投資運用会社ブラックロックを経て、"社会にいい会社"に投資し、経済的にも社会的にもリターンのある新しい金融の姿を体現した「鎌倉投信」を創業。その後、新たな挑戦をするために2018年に独立し、「eumo(ユーモ)」を設立しています。この日は、氏がeumoで実現しようとしている「共感資本主義」を中心に、さまざまな思考のエッセンスを情熱的に語りました。
新井氏の最初のメッセージは「手段と目的を取り違えてはいけない」ということ。
「人はお金のために生きているのではないですよね。幸せになるために生きているはず。過ちの原因の多くがここにあると思います。ここは人として間違ってほしくないところです」
お金は常に手段でしかなく目的ではありません。しかし、「人は分かりやすさに流れる」もの。お金は金額として数値化でき、つまり他の人と比較することが可能で、「人は目に見えるものに過度に引っ張られてしまう」ために、お金を目的と感じてしまう。「本当に大切なものは目に見えない、形にならない」と新井氏は言います。
「幸福の研究においては、目に見える『地位財』は長続きせず、目に見えない『非地位財』のほうが長続きすると語られています。また、幸せには『やってみよう』『ありがとう』『なんとかなる』『ありのままに』という4つの因子があると言われています。皆さん一人一人がかけがえのない存在です。このことを忘れないでいてください」
こうしてお金の多寡に社会が支配されるようになり、世界の富豪26人が、38億の人間と同等の資産を持つという極度な格差が示すように、資本主義が「息切れ」を起こしていると指摘。それは資本主義が悪いわけではなく、副作用が大きすぎるとも言える。ではどうするか。その答えのひとつが「共感資本主義」です。
「昔は人と人が密に繋がり共生していましたが、それは面倒もあるうえ、不自由も多かった。それが都会の暮らしのように、何でもお金で解決できるようになると、今度は自由だが孤立するという状況になった。だから、今必要なのはお金を介さずに自由に繋がれる『自由な共生』なのだと思います。そしてそれを実現するのが『共感資本主義』です」
「共感」は、『道徳感情論』のアダム・スミスから、現代ではマイクロソフトCEOのサティア・ナデラもその重要性を指摘するように、時代を超えて普遍のものであり、改めて今その重要性が認識されつつあります。新井氏は、その共感を中心に据えた、新しい経済のあり方を模索しようとしているのです。
そして、そんな社会の実現に向けて皆さんに伝えたいことは、「考える力を持つこと、答えのない社会を楽しむこと」だと新井氏。
「今の社会では、金融機関に入ったお金がどこへ行っているのか、どこに使われているのか、見通すことができません。そこに興味関心を持たないでいると、社会はどんどん悪くなる。だから、考える力が重要です。常識に飲まれ、効率を追い求めてしまうと考える力は失われます。常識は変わりますが、本質は変わらないはず。常識を疑い、常に考えて臨んでください」
また、考える力を養うためには、「良い問い」に出会うことが重要だともしています。新井氏は学生時代に出会ったとある金融機関の人から「お金とは何かを考え続けなさい」と宿題をもらったことで、その後の生き方、あり方が変わったそうです。
講演の後半では、「変えられるものと変えられないものをきちんと理解すること」「あなたの価値は、あなたの周囲にいる人の価値の総和に等しい」「短期最適の連続は、長期的な最適にはならない」「『対処』とイノベーションは違う」等、新井氏が培ってきた、生きるうえでのエッセンスが紹介されました。
この後グループワークを実施しましたが、お二人の話の熱量、内容に圧倒され、深く感じ入った参加者が多く見受けられました。また、非常に強い刺激にもなり、感想の共有が次第に熱の入った議論に移り変わっていくグループもあるなど、今後のステップアップに向けた好材料も見られました。
初日最後のセッションは「オンライン大丸有街歩きツアー」です。今回、事前ワークとして、「私のお気に入りの大丸有(大手町・丸の内・有楽町)スポット」をテーマとした写真を参加者に送ってもらい、当日はそれを皆に共有しながら理解を深めるプログラムを展開。これは、学生たちがどのような視点で街を見ているのかを互いに共有し合うこともひとつですが、写真を撮る行為を通して、考える、気づくというプロセスへ至ることにも期待していた、とエコッツェリア協会理事の村上孝憲は話します。
「写真を撮るとは『見る』ということ。そして、見るとは、考える、気づくということでもあります。そうやって考えを巡らせながら街を歩くと、いろいろな発見につながると思います」
そして、大丸有の町並みの変遷を、主に1970年代に始まった「にぎわい創出」とまちづくりの観点から解説。その後、大丸有の各地からスタッフが中継で現地の様子をレポート。コロナ禍とはいえ街に繰り出す人も少なくなく、ライブな街の様子を見ることができました。
熱いオリエンテーションから始まり、内容の濃いインプットトークが2題、そしてグループワークを経て落ち着いた雰囲気のオンラインツアーで終了となった初日。
オンライン開催となった今年のポイントとして、円滑なコミュニケーションのために必要なある種の親密さを生み出すために、事前に運営事務局側から参加者に密に連絡をとっていたこと、そして長岡氏の熱量高いオリエンテーションが参加者の心の壁を溶かしてくれたことなどが相まって、「オンラインでのプログラムに可能性を感じている」と話すプロデューサーの田口。2日目以降のコンテンツにも期待がかかります。