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近年、地球規模での気候変動や生物多様性の損失が深刻化する中、海の持つ環境的価値と経済的価値が高まりを見せています。海の生物多様性の保全と持続可能な利用に向けた国際的な枠組みづくりが進み、企業に対しても海に関する情報開示や積極的な対応を求める動きが加速しています。
さらに、海の環境保全と経済成長の両立を目指す「ブルーエコノミー」は世界的に注目を集めており、企業にとって海に関わる課題は新たなリスクであると同時に、事業機会の創出につながる重要なテーマとなっています。
2026年度のCSV経営サロンのテーマが「海」に設定されたのは、こうした潮流を受けてのものです。
9月4日に開催された第1回では、「海を知り、海とともに価値を創る ~地球惑星科学の視点から見た海と藻場再生の取組に学ぶ~」と題し、地球惑星科学という壮大なスケールから、身近な地域における藻場再生と企業の連携による実践まで、海がもたらす本質的な価値とビジネスの可能性について議論が深められました。
セミナーの冒頭、座長を務める小林光氏(東京大学先端科学技術研究センター研究顧問/金城大学総合経済学部教授)は、「今日を含めて今年度は3回、海に関するセミナーを開催します。丸の内という場所は、距離的には海からはさほど遠くありませんが、ビジネスとしてはそこまで近くはありません。
そのような中で、ビジネスとしてどのように海に向き合うべきか、本質的な取り組みに迫りたいと思います」と挨拶し、登壇者への期待を寄せました。
京都大学大学院の片山郁夫氏
最初に登壇したのは、京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻教授の片山郁夫氏です。「地球惑星科学の視点から見た海」をテーマに、地球と火星の比較や、地質学的スケールにおける水と炭素の循環について講演を行いました。
片山氏はまず、約46億年前に太陽系を回っていたちりやガス、岩石といった共通の起源物質から誕生した地球と火星を比較しました。
「地球には太陽系で唯一液体の海が存在し、その水のおかげで生命が誕生しただけでなく、豊かな進化を遂げることができました。一方、現在の火星には液体の水はなく乾燥した大地が広がっています。
しかし、約30億〜35億年前の太古の火星には、地球と同じように大きな河川や湖が存在し、さらには海が存在した可能性を示す痕跡が確認されています」
かつて火星にあった液体の水は、どこへ消えてしまったのか。その疑問に対し片山氏は、NASAの探査機「インサイト」が取得した地震波データの解析結果を提示しました。それによると、火星の地下深部には、大量の液体の水が地下水として存在している可能性があるといいます。
火星は大気が薄く磁場もないため、地表には絶え間なく宇宙線や紫外線が降り注いでいます。しかし地下水脈であれば過酷な環境から守られるため、地球の生命の起源に近い微生物が今も生き残っているかもしれない----そんな夢のある仮説が紹介されました。
一方、地球では40億年以上にわたって液体の海が存在し続けてきました。火星と異なり海が失われなかったのは、地球表層の環境が安定していることで液体の水が存在し続けられたから。その安定を持続してきた鍵として、片山氏が挙げたのは「地球内部での炭素循環」です。
「簡略化して説明をすると、大気中の二酸化炭素が増えて温暖化すると雨が多く降り、岩石の風化が進んでカルシウムやマグネシウムなどの成分が水に大量に溶け出します。それが海に流れ込んで二酸化炭素と結びつき、炭酸塩鉱物として固定されることで、大気中から二酸化炭素が除去されて寒冷化へと向かいます。
私たちはこの現象を『負のフィードバック』と呼んでいますが、こうしたシステムが働いてきたおかげで、地球上では非常に長い間、気候が安定化していたと考えられています」
炭素の循環と同じように、水も地球内部で循環をしています。プレートの沈み込みによって海水が岩石と一緒に地球の地下深部に運ばれ、火山活動によって再び地球内部から水が放出されるというサイクルが繰り返されているのです。
しかし最新の研究から、こうした海の維持システムのバランスに変化の兆候が見えてきました。日本海溝などを観測したところ、プレートが沈み込む際に、従来想定していたよりもはるかに大量の海水が地球内部へと染み込み、吸収されていることが判明しました。
「現在、地球の内部へ吸収される水は、地殻部分に5億トン/年、マントルに17億トン/年、合わせて22億トン/年ほどです。一方、放出量は1億トン/年ほど。つまり、差し引き21億トン/年もの水が地球の中に吸収され続けています。このままいけば、約6億〜7億年後には地球の海はすべて干上がってしまう可能性があります。
火星がたどった運命と同じように、地球もいつの日か乾燥した惑星になる時代がやってくるかもしれません」
40億年もの間、安定していた地球の海のバランスが、今ここにきて崩れつつあるのは、「惑星の宿命」であると片山氏は説明します。
「惑星の内部には、ウランやトリウム、カリウムといった放射性元素があり、それが熱源となっていますが、これらは時間の経過とともに減っていくため、惑星はだんだんと冷え続けていくのです。
冷却が進むと水を含んだ鉱物が地球深部で安定して存在できるようになり、運び込まれた水が内部に蓄積されやすくなります。
実際、地球よりも小さな惑星である火星は冷却が早く、先に冷え切ったことで海が消滅しました。地球の未来もまた、こうした惑星の冷却と水プールの変化の延長線上にあると考えることができます。
これが本当に起こるのか検証するのは難しいですが、地球にはどういう未来が待っているのか、丁寧に研究していきたいと思っています」
私たちはつい数年や数十年といった短期的なスケールで物事を考えがちですが、地質学的な長期視点で地球の未来像を考えることの重要性が改めて示されました。
最後に片山氏は、北海道に露出するマントルの岩石(かんらん岩)を活用した実証プロジェクトを紹介しました。
二酸化炭素を地中に注入して半永久的に固定化させるとともに、その反応過程で「ホワイト水素」を生み出す取り組みを取り上げ、工学・社会的な側面からのアプローチの重要性を訴えました。
鹿島建設の山木克則氏
続いて、鹿島建設株式会社技術研究所の上席研究員であり葉山アマモ協議会の副代表の山木克則氏が登壇し、沿岸生態系である「藻場(もば)」の再生と、企業が参画するブルーカーボン創出の取り組みについて解説しました。
まず、「なぜ今、企業が海を語るのか」という問いに対し、カーボンニュートラルに向けた新たなCO2吸収源の確保や生物多様性への投資、さらには水産業の低迷や食料危機といった経営リスクへの対応が急務になっている現状を説明します。
「海を再生することへの投資は、企業価値の向上と地域の価値を同時に生み出します。企業ばかりが利益を得るのではなく、地域とお互いにWin-Winの関係を築けるのが海の取り組みの素晴らしいところです」
その代表的な事例として紹介されたのが、神奈川県葉山町で20年にわたり進められている藻場再生活動です。
当初は手探りだった活動も、今では環境価値・地域経済・教育が一体化したモデルへと発展。カジメやワカメなどの海藻を育てるだけでなく、ブルーカーボンクレジットの創出によって自立した活動が可能になりました。
葉山町では、このブルーカーボンクレジットを民間企業が購入し、事業活動のオフセットに活用する動きが広がっています。
例えば株式会社巴商会では、自社で製造するグリーン水素を運搬するトラックの排出ガスを葉山のブルーカーボンで相殺し、純度の高いグリーンエネルギーの循環を実現しています。
また、自然電力や京急電鉄との連携では、一般参加者向けの「ブルーカーボン体験ツアー」や漁業体験、サザエの放流などを実施。訪れた人々が海の豊かさを学び、漁業者も新たな収入源を得られる仕組みを作り上げています。
こうした海に関わる体験の提供や振興は「海業(うみぎょう)」と呼ばれ、教育や啓発の面でも重要な取り組みと位置づけられています。
さらに、熊本県芦北町では地元の高校生が20年間アマモの再生に取り組んでおり、地元の地銀がハブとなって地域をまとめ、鹿島建設がブルーカーボンの創出を支援する金融機関参画型の官民金連携モデルも紹介されました。
一方で、取り組みの背景にある海の環境問題は一筋縄ではいきません。近年は、冬でも海水温が十分に下がらない状況が続いていて、これが海藻の生活史に大きく影響しています。
カジメやアラメのような大型褐藻は、冬の低水温の中で配偶体(タネ)が成熟し、発芽し、初期成長を進めます。ところが、冬季の海水温が高いままだと、この生活史の初めの部分がうまく進まず、春先に群落を形成する力が弱くなります。
さらに、通常なら冬の低水温で活動が落ちるはずのウニや、アイゴなど温暖性の植食性魚類が、海水温が高いことで冬でも活発に動き続けます。
海藻がまだ小さくて脆弱な"芽生え期"に食害が重なるため、海藻が育ちきれず、群落の回復が難しくなります。
こうした「冬に冷えない海」と「冬でも弱まらない食害」が重なることで、海藻が大きく減ってしまう磯焼けが起こりやすくなり、沿岸の生態系が長期的に劣化していく要因になっています。
「海の環境保全というと、温暖化の影響ばかりがクローズアップされがちですが、沿岸開発や地域の人口増加など複合的な要因が絡んでいます。
だからこそ、諦めずに海藻の種をまき、持続的に保全活動を続けること、そして自然本来のレジリエンスを助けることが重要なのです」
海の保全活動を続けていくうえで、ブルーカーボンはとても重要な仕組みになっています。ただ、森林が担うグリーンカーボンと比べると、コスト面で高くなりやすいという課題があります。
山木氏は「ブルーカーボンにはグリーンカーボンにはない多面的な付加価値があり、ブルーカーボンの価値が世界中で正しく評価されることに期待したい」と展望を述べ、講演を締めくくりました。
左:CSV経営サロン座長の小林光氏
右:同副座長の吉高まり氏
講演の後半では、座長の小林光氏、副座長の吉高まり氏(一般社団法人バーチュデザイン代表理事/慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授)を交えたパネルディスカッションと、参加者を交えた質疑応答が行われました。
ディスカッションでは、山木氏が講演で触れたブルーカーボンの吸収源に関する話題をはじめ、逗子など周辺地域への広域的な展開、さらには地域の遺伝子や固有種を守る取り組みのシビアさと大切さについて議論が展開されました。
質疑応答では、片山氏が紹介したかんらん岩を活用したCCS(二酸化炭素回収・貯留)プロジェクトについて、日本の優位性に関する質問が寄せられました。これに対して片山氏は、「ビジネス的にどれくらいペイできるかはまだわからない」と前置きした上で、次のように回答しました。
「かんらん岩が分布していることだけではなく、地熱が高い点が日本の優位性として挙げられます。地熱の低い地域と比べると、より短い時間で二酸化炭素が吸収される可能性があるからです。
現地では、実際にどれくらいの時間でどれくらいの量の二酸化炭素が石に吸収されるのか、科学的に検証していきたいと考えています」
また、山木氏に対しても、地域と企業の共創を進める上でのポイントが問われ、次のように語りました。
「海に関する活動を進めたいけれど、地元の漁業者との関係構築がうまくいかないという相談は多くいただきます。
葉山町はコミュニティが小さく、地域の人と漁業者、企業との距離が近いため、自然と連携が生まれやすい土地柄です。
とはいえ重要なのは、両者をつなぐ"仲介者"の存在です。葉山では、地元に暮らしながら当社でアルバイトをしていた方が最初の仲介役となり、協働のきっかけをつくりました。
意外なところに仲介者がいることも多く、そうした人との出会いも連携のポイントになるでしょう。」
地球の歴史や未来というマクロな視点と、地域住民や企業の協働によるミクロな実践が交差した今回のCSV経営サロン。 気候変動をはじめとした様々なリスクに直面する現代において、海という自然資本を守り、持続可能な価値を共創していくことの重要性を強く認識させる回となりました。
パネルディスカッションと質疑応答の様子

東京大学先端科学技術研究センター研究顧問 /
金城大学総合経済学部教授
慶應義塾大学経済学部卒(1973年)、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修士、博士(2010・2013年、共に工学)。
1973年環境省(当時環境庁)入省。京都議定書交渉の担当課長、環境管理局長、地球環境局長、官房長、総合環境政策局長、2009年から2011年まで次官を務め退官。
これまで、慶應大学教授、米国イリノイ州にて派遣教授、東京大学客員教授。その他日本経済研究センター特任研究員、国立水俣病研究センター客員研究員、地方の環境審議会委員や脱炭素対策検討の委員等を歴任。2026年から金城大学総合経済学部教授。
再生可能エネルギーを主要なエネルギー源とする資源循環型の社会を構築するために必要な価値観の転換、諸制度の整備などに取り組む。

一般社団法人バーチュデザイン代表理事 /
慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授
明治大学法学部卒、米国ミシガン大学環境サステナビリティ大学院科学修士、慶應義塾大学大学院政策・メディア科博士(学術)。
IT企業、米国投資銀行等での勤務を経て2000年より現三菱UFJモルガン・スタンレー証券において気候変動関連の資金枠組みづくり、カーボンクレジット組成などに関与。政府、地方自治体、金融機関、事業会社などに向けて気候変動、GX、サステナブルファイナンスの領域について講演、アドバイスなどを提供し、新たにサステナビリティ経済の推進の実装を図る。
2026年10月30日(金)18:30~20:00
2026年9月4日(金)18:30~20:00
2026年10月17日(土)①13:15〜14:40、②15:00~16:25
【丸の内プラチナ大学】特別連携講座 2026年5月22日(金)開催