2014年8月5~7日の3日間、初めてこども対象の「サマースクール」が開催されました。主催は保育施設の運営などを行うアルファコーポレーション。朝9時から始まり、夕方の6時まで丸1日続くボリュームたっぷりのプログラムです。これは、エコキッズ探検隊とは異なり、1~3年の低学年を対象にした「学童保育」の性格を持つ新しい試みです。
エコキッズ探検隊が、子どもを通して都市のダイバーシティを実現しようとする包括的な取り組みであるとしたら、この「丸の内サマースクール」は、大丸有という日本最大のオフィス街が、保育や待機児童問題などの課題にどう貢献することができるのかという、「子育て」にクローズアップした取り組みと言えるでしょう。
初めてとなる今回、どんな取り組みが行われたのか、その狙いは何であったのかを振り返ります。
まず、丸の内サマースクールを主催するアルファコーポレーションの専務取締役・坂本秀美氏にお話をうかがいました。
「背景にある問題は、学童保育の"待機児童"がたくさんいることです。保育園の定員が仮に十分あったとしても、その数を受け入れるだけの学童保育の態勢がないのです。また、保育園は延長して夜遅くまで子どもを預かってくれても、学童保育はそこまで受け入れをしないという問題もあります。また、よしんば『小1の壁』を超えたとしても、長期休暇をどう過ごすのかは、親御さん、特にお母さんには大変大きな問題になってしまうのです」
夏休みに開催されるサマースクールはとても多いのですが、時間が短かったり、親が仕事を休んで付き添わなければならないものが大半を占めるそう。働くお父さん、お母さんが、安心して夏休みの間子どもを預けられるスクールはほとんどありません。
「丸の内には働くお母さんがたくさんいらっしゃいます。そこで、通勤時にお子さんを連れていらしていただいて、夕方帰宅するときに、また寄っていただいてお子さんと一緒に帰る。そんな働く親御さんを応援するのが今回のサマースクールのポイントのひとつめです」
一緒の電車に乗り、丸の内のオフィス街に来る。子どもにとっては、親が働いている町を知るまたとない機会。ちょっとした冒険といってもいいでしょう。さらに、このサマースクールでは「プログラムにもこだわった」と坂本氏。
「大丸有エリアでのキッズプログラムの開催に実績がある「エコキッズ探検隊」とコンテンツ連携し、楽しみながらいろいろな経験を積んでもらおうとプログラムを厳選しています。時代を鑑み、英語も積極的に入れようと考えていました。また、自由研究の役に立つものであることも意識して、工作の授業を必ず入れています」
また、「子どもたちの社会性」を重視しているのが丸の内サマースクールの特徴のひとつかもしれません。
「近年、子どもたちの社会性が欠如しているといわれます。今回、まったく見ず知らずの子どもたちが集まり1日を過ごしますが、プログラムを進めるうえでも、子どもたちがお互いに仲良くなり、社会性を身に付ける必要があります。そのため、意図的に子どもたちがお互いを意識し、能動的に関わり社会性を身に付ける"仕掛け"を盛り込んでいます」
さまざまなコンセプトをもって開催された丸の内サマースクール。次はその内容を概観します。
上が今年開催されたサマースクールの全プログラムスケジュール。一見してお分かりのように、連日最後に「こども会議」が組み込まれています。
これがサマースクールの要のひとつ。
参加生徒は30名。6名ずつのグループに分かれ、3年生の一人をリーダーに1日を過ごしますが、こども会議はこのグループごとの会議と"プレゼンテーション"の場です。その日1日、何を学び、体験したのか、そして、どう感じたのか。それをグループごとに話し合い、何をみんなの前で発表するのか、その内容も吟味するのです。
先取りしていうと、仲の良いグループ、ということはお互いに尊重し合える社会性を身につけられた子どもたちのグループでは、このこども会議が実に充実しています。もちろんプレゼンテーションの内容も面白い。「1日で社会性が身に付くのか?」という疑問もあるかもしれません。しかし、お子さんをお持ちの方はご存じのように、これくらいの子どもたちは1日でグンと成長するのです。
このこども会議は、朝に行われる「オリエンテーション」とセットで効果を発揮するよう仕組まれています。オリエンテーションで行うのは、なんと「自分たちでルールを決めること」なのです。取材した5日朝のオリエンでは、「先生の言うことを聞く」「周りのお友達が困ることはしない」「乱暴はしない」などのルールが子どもたちから提案されていました。ルールを提案させることで、グループ活動に対して能動的に関わるようになります。また、「お互いに何を嫌がるのか、それも何となく感じ取れる」と坂本氏は言っています。
「まったく知らない子どもたちのサマースクール」というと、普通は「大変そうだ」と感じるわけですが、こうした工夫を盛り込むことで、逆に子どもたちを大きく成長させるバネにすることができるのです。
次に坂本氏が「これは絶対に入れたかった」という英語の授業が毎日組み込まれています。これは、「丸善キッズクラブ」提供によるもので、子ども英語教育のスペシャリスト・ハビック真由香氏が、英語と日本語を交えて授業を行うというもの。
授業では、絵本『A Rainbow of My Own』(Don Freeman)を使います。まず最初にみんなの前で先生が絵本を読んでいきます。もちろん英語だから、子どもたちもすべてを分かるわけではありません。しかし、日本語でうまくサポートしながら絵を追っていくため、なんとなく意味は伝わります。その後、今度は子どもたちに1冊ずつ絵本を手渡して、一緒に朗読します。
そのあとは、絵本のタイトルにあるように「My Own」な虹を描きます。パステルを使っているため、こすれば絵の具のように色を混ぜることができます。英語朗読というインプットと絵を描くというアウトプットを合わせることで、子どもたちの「英語体験」が楽しいものとして記憶に残されます。講師のハビック真由香氏は「"英語の記憶"を残すことが大切です。1日1時間だけの英語学習では、本当に英語を身に付けることはできないでしょう。でもきっと、家に帰って『今日英語でこんなことをやったんだよ!』と話すと思うんですね。そうした記憶が英語を学ぶ意欲につながっていく」と話しています。
また、ここでも社会性を身に付ける配慮がなされていました。英語の授業はオリエンのすぐ後。まだ子どもたちが初対面のままなじめない時間帯です。このときに何かトラブルがあると「先生~」と子どもたちは訴えかけてきます。しかし「このとき、『はいどうしたの?』と答えていると、"何か困ったことがあったら先生がなんとかしてくれる"と思うようになってしまいます。これでは"自分で問題を解決する"力を身に付けることができません。そこで、ちょっと冷たいようですが『自分でなんとかしてみなさい』と突き放してしまうんです」とハビック真由美氏。確かに、授業の最初は落ち着きのない子どもたちでしたが、絵を描き終わるころには、すっかり落ち着いて、仲の良いグループができはじめていました。
もうひとつ、レギュラープログラム化されていたのが「工作」です。「自由研究の課題として利用できるように」との配慮からで、8月5日に開催されたのは"捨て方をデザインする"企業・ナカダイプロデュースの『こわして作って自分だけのPCロボ』。廃棄される"ゴミ"を有効に再利用するためにさまざまな取り組みをしている企業で、PCロボ制作も工作しながら「廃棄」と「リサイクル」を考えるというものです。これは知る人ぞ知るコンテンツで「子どもがこれをやりたいと言ったので(丸の内スクールを)受けに来た」という親子もいたほど。
PCロボの制作は、まずパソコンを分解し、分解したパーツ、その他の用意された部品を組み合わせてロボットを作るという二段構成になっています。
パソコン分解はドライバー1本で行います。小1の生徒にはちょっとハードルが高いようですが、生徒4人に1人以上の先生が常時付いて指導するため、最初はドライバーを回せなかった子どもでも、最後は自分で思う存分分解できるようになっています。中には楽しくなってしまって、「そこまで分解しなくていいよ」というところまで徹底的に分解している子もいました。それにしてもその顔の楽しそうなことと言ったら!
ロボット組立には、ホットボンド(熱で速乾性の接着材を溶かして接着する工作機械)を使います。驚いたのは、最初は恐る恐る先生たちにやってもらっていた子どもたちが、慣れてくるとわれ先にと自分たちでホットボンドを使うようになったことです。うっかり触ってしまうと「あちっ!」というくらいで大けがに至ることはないものの、「大丈夫かな~」とちょっとハラハラ。しかし、年長の子が「ここ熱いから触っちゃダメ!」「こうやって置かないと危ないよ!」と年少の子に注意するシーンも見られ、けがをする子はいませんでした。何よりも、自分が作りたいように作るには人の手を借りるよりも自分でやったほうが早い!ということでしょう。「壊す(分解)」と「作る」という行為が創造性だけでなく自発性を育てるのだということを目の当たりにできた瞬間でした。
最初は見本のロボットを見ながらおそるおそる作っていた子どもたちでしたが、最後は本当にのびのびとオリジナリティあふれるロボットを作っていて、大人の目から見ても「かっこいい!」と思えるものがたくさんありました。
初日の終了時に指導にあたった先生のひとりにうかがうと「1日だけのサマースクールは、生徒のテンションが高く落ち着きがないため、実はなかなか大変」だそう。「一人ひとりの個性に合わせて声掛けをしていかないと、その日1日、そこで過ごすのが苦痛になってしまうので、最初のひと時が大切」。アルファコーポレーションでは、顔なじみの生徒たちを集めた1週間のサマースクールの経験はあったものの、毎回初対面の子が集まる1日のサマースクールはこれが初めて。しかし、「来年も良い場所があればぜひとも続けたい」と意欲を見せてくれました。
企業や地域に望むことはありますか?と尋ねると、「開催するエリアによって子どもたちの特性も違います。『人にかかわる力』が強い地域などがありましたが、丸の内に集まる子どもたちは、『ものにかかわる力』がとても強いようです。このように、ゆるやかに共通性を持つ共同体でサマースクール、学童保育を行うと、比較的スムーズにできるように思います」。丸の内は「地域」でもあり「企業の集合体」でもあります。そう考えると、新しいサマースクールの形、学童保育のあり方も浮き彫りになってくるような気がします。今後の丸の内の「子育て」の活動にも期待したいところです。