「見たい」と思う気持ちは、人を突き動かす強い原動力となるのではないでしょうか。遠くを見たい、小さいものを見たい。見たことのないもの、見えないものを見たい。そんな思いが人を探究へと駆り立てます。知的好奇心が形になったものが「視る」欲望だと言っても良いかもしれません。8月21日の大丸有シゼンノコパン「夏の生き物を視る」は、そんな視る欲望を刺激し、満たすものとなりました。光学機器の最高峰、ZEISSの協力のもと、生き物の探索と顕微鏡での観察を行いましたが、それは「視る冒険」であったとも言えるかもしれません。
この日の講師は、大丸有シゼンノコパンではおなじみとなったキンちゃんこと奇二正彦さん。ネイチャーガイドとしての活動のほか、大学で自然体験と健康の関係、そしてサスティナブル社会に関する研究なども行っています。奇二さんは前半のフィールドワークを担当。もうひとりの講師が、ZEISSの田中亨さん。顕微鏡のプロであり、小さなプランクトンの一種・ミジンコの観察・研究でも知られています。前半のフィールドワークで小さな生き物たちを探し出し、それを顕微鏡で観察する後半を田中さんが担当します。
フィールドワークは定番のホトリア広場で実施。雨が降ったり止んだりするあいにくの天気でしたが、逆にそれを幸いに、雨ならではの生物観察もできました。奇二さんの案内で見た生物は、ツツジ、エゴノキ、モミジ、クスノキなど。これらはただ視るだけでなく遊びを取り入れて体験的に観察することができるものでした。
ツツジは昆虫から身を守るために葉から粘着性のある液体を分泌するため、シールのように貼ることができます。エゴノキの実には界面活性があって、昔は洗剤に使われたことも。実を削って水に濡らすとシャボンを立てることができるし、油汚れもよく落とせます。モミジの種はプロペラになって、ゆっくりと遠くに落ちることができる形質を持っています。クスノキはその匂いから虫除けの樟脳に利用されており、葉をちぎると、その匂いをよく感じることができる。こうした体験を、子どもたちと楽しく遊ぶように指導するのが奇二さんのフィールドワークの特徴です。葉の裏側で雨を避けるハバチ(ルリチュウレンジ)を見つけるという、うれしいアクシデントもありました。
顕微鏡で視るための材料探しも行いました。ノカンゾウの雄しべにつく花粉、シダ植物の裏にある胞子嚢は奇二さんが代表して採取し、その後は水辺に移り、参加者各自で小さな生き物をガサって採取しました。水辺にはエビ、タニシなどのほか、ボウフラやミジンコなど、さらに小さな生き物も多く生息しています。
後半は捕まえた生き物を顕微鏡で観察しますが、その前に田中さんから、ZEISSの歴史や顕微鏡、小さな生き物観察についてのレクチャーがありました。
ZEISSは「車で言えばメルセデス・ベンツやBMWのようなもの」だそうです。
「日本にもトヨタや日産などの優れたメーカーがありますが、ちょっと高くて性能が良い車として選ばれるのがメルセデスやBMW。ZEISSも同じで、高い性能を求める人に使われています」
ZEISSは光学機器メーカーとして176年の歴史を持つ企業。顕微鏡は17世紀に微小なものを観察する機器として開発され、ロバート・フック、レーウェンフックといった研究者・観察者によって利用価値が認められ普及していきました。
「400年くらい前に、ロバート・フックが、見たことのないような小さなものを観察して描いた絵をまとめた『ミクロフィリア』という本がベストセラーになりました。レーウェンフックが、現存最古の顕微鏡で最初に観察したのは、自分の歯についた歯垢でした。その中にうごめくものを見つけたのが、世界最初の微生物の発見とも言われています」
視る欲望は今も昔も変わらないことを感じさせるエピソードです。
19世紀になると、ロバート・コッホがZEISSの顕微鏡で結核菌・コレラ菌を発見。顕微鏡が医学でその威力を発揮する時代に。コッホはZEISSに御礼状を送っており、その手紙が今も残されています。
「細菌は顕微鏡で視ることができますが、今世間を騒がしているコロナの病原菌はウイルスで、光学顕微鏡では視ることができず、電子顕微鏡が必要です。このように、顕微鏡で視ることのできる物の大きさには違いがあります」
人間が肉眼で視ることができる限界は0.2mm程度。それより小さなものを視られるのが光学顕微鏡で、その限界は約0.2ミクロン。これは細菌などを視る限界の数字とのこと。電子顕微鏡はそれ以下、ウイルスや分子構造などナノメートルの世界を視るために使われます。
大丸有シゼンノコパンで使う光学顕微鏡は、この日は実体顕微鏡、光学顕微鏡の2種類が用意されました。実体顕微鏡は、倍率5~20倍程度で、立体的に観察するのに適しています。光学顕微鏡は一般的な光学顕微鏡を指し、プレパラートにのせた標本を観察できるもの。倍率は50倍~1000倍と実体顕微鏡よりも高くなっています。レクチャーのあとは、この2種類の顕微鏡を使って、採集した生き物たちをそれぞれで観察します。
「ぜひ両方の顕微鏡を試してみてください。今日視るものが、世紀の大発見につながるかもしれない。その意味で、今日はノーベル賞受賞のスタートの日。そんなつもりで、顕微鏡を覗いてみてください」
顕微鏡での観察は、参加者がそれぞれに視ることができるものに加え、モニターに接続して皆で確認できるものも用意してあります。参加者は、プラスチックケースから見たいものをスポイトで選び出して小さなトレイに移し、そこからさらにプレパラートに移すという手順で進めました。実体顕微鏡の場合は、そのまま置いて視ることもできます。そうして最初に視たのが、カタバミについたヤマトシジミの卵でした。シダの胞子嚢も実体顕微鏡でリアルな姿を視ることができました。
視たいものをトレイ、プレパラートに移していくところで、参加者、特に子どもたちが一苦労しているようでした。目には見えないものだから、何を視たいのか分からない。比較的大きいエビやケシカタビロアメンボなどは、それを視ようと思って選び出すことができますが、視えないものをどうやって選り分ければ良いというのか。難しいところではありますが、そこが逆に楽しいところでもあります。田中さんや親御さんの手を借りながらではあっても、頑張って視たいものを探し出す姿は、すでに立派な研究者であったと言えるでしょう。
生き物だと思ったらゴミだったということも多かったかもしれません。しかし、カイミジンコ、イトミミズの仲間などを視ることができ、大満足の観察会となりました。
観察会の終わりに、田中さんは「目には視えない世界がある、いろいろなモノがあるということを覚えておいてほしい」と参加者に呼びかけました。目には視えなくてもそこにある世界を意識することは、より豊かな自然観察の第一歩かもしれません。
ある参加者はカイミジンコを初めて知って楽しかったと感想を話しています。
「ミジンコは一種類だけかと思っていましたが、カイミジンコというのがいるのかと。それもよく動く(笑)のでびっくりしました。大都会にも、こんな小さな大自然があって、ちいさな生き物がたくさんいて、豊かな草の世界もあることを知ることができて良かったです」(※注 カイミジンコはミジンコと呼ぶがミジンコとは別の種類の生物)
職場が近くということもあり、「地方に行かなくても、こんなにも楽しい自然観察ができるのはうれしい」とも話していました。
別の参加者からは、「顕微鏡はほぼ初めてで、こんなにも鮮明に見えることに感動しました。視たいものを視ることができる楽しさにも目が開かれた思いです」という感想もありました。
田中さんは、顕微鏡の楽しさを知るためには、「できたら良い顕微鏡を選んでほしい」と話しています。
「学校には顕微鏡がありますが、家庭ではなかなか手に入れにくいでしょうし、一般に売られている顕微鏡の多くは、性能があまり良くなく、きれいに視ることができないために興味が削がれてしまうということがよくあります。ちゃんとした顕微鏡で観察すると、楽しさがよりはっきり分かるはず。小学校4年生より上の年齢になれば、学術的な楽しさにも気づいてくれるようになります。敷居の高いものに思われるかもしれませんが、ぜひ、良い顕微鏡を使って小さな世界に親しんでほしいです」
ZEISSがこうした社会貢献活動に取り組むのは光学技術の発展と次世代の向学心へのサポートのためであり、「ブランドアイデンティティ」だと話すのはZEISS サスティナビリティコーディネーターの田丸さん。同社は20世紀初頭に世界に先駆けて社会保障制度や、8時間労働などを確立するなど、非常に社会意識が高いのが特徴です。
「事業会社ではありますが、科学や光学学を広めていくことは、ZEISSのミッション・ビジョンで、特にサステナビリティに注目が集まる昨今は、社内でさまざまな社会課題に取り組む機運が高まっています。自然科学教育はそのひとつで、学年、年齢に応じたプログラムを実施しています」
2023年は、自治体と協力してサマーキャンプなども実施する予定とのことで、今後さらにさまざまなタイアップをしていきたいとも話しています。エコッツェリア協会「大丸有シゼンノコパン」とのコラボレーションもこうした流れに沿うもの。「東京の中心部で、企業連携でこうした取り組みができることは、ZEISSとしても心強い」と話していました。
エコッツェリア協会では、気候変動や自然環境、資源循環、ウェルビーイング等環境に関する様々なプロジェクトを実施しています。ぜひご参加ください。