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都市に人材や資本が一極集中し、地方の衰退が懸念されている現代社会を見つめ直し、都市と地方が共に発展する方法を模索するエコッツェリア協会の地方創生ビジョン検討会は、2026年1月22日~24日の3日間、島根県を視察しました。視察にはエコッツェリア協会から竹内和也、田口真司、宮村駿、一般社団法人Work Design Labから石川貴志氏と工藤翔太氏が参加し、全国的に知られる温泉街や世界遺産の現場を訪れ、地域が抱える課題や今後の展望について意見を交わしました。
検討会メンバーが最初に訪れたのは、松江市玉湯町の玉造温泉です。『出雲国風土記』にも記された日本最古級の名湯で、「にっぽんの温泉100選」にも長年選ばれてきた中国地方を代表する温泉地です。一方で、株式会社ARKカンパニー代表取締役の赤藤昭彦氏は、「最盛期には年間72万人が訪れていたが、現在は約40万人に減少し、旅館街の経営は厳しさを増している」と現状を語りました。
写真左:玉造温泉を案内してくれたARKカンパニーの赤藤氏
写真右:玉造温泉唯一の公衆浴場ゆーゆー、「経営改善が必要」との声も
温泉街を歩いた一行は、旧玉湯小学校で「ワクワク玉造温泉会議」のメンバーと意見交換を行いました。同会議には、観光・商工・宿泊など地域の多様な担い手が参加し、立場を超えた議論が交わされました。
※当日の参加者(順不同)
内田龍治氏(珈琲屋Yori荘)、北垣茂巳氏(松江観光協会玉造温泉支部事務局長)、石原忠男氏(松山南商工会観光サービス部会長)、福間達也氏(松山南商工会玉造支部長)、下山嘉真(株式会社UM INDUSTRY代表取締役社長)、内田哲夫(玉造温泉旅館協同組合事務局長)
冒頭、会長の松崎滋氏は、旅行形態の変化やコロナ禍の影響により観光客が減少したことに加え、近年の人口構成の変化を指摘します。「宅地開発による移住が進み、かつて多くを占めていた旅館関係者の割合は大きく減った。その結果、温泉街の賑わいを『うるさい』『邪魔だ』と感じる住民が増えている」と言い、このような状況に対応するためにも「ワクワク玉造温泉会議は、温泉街があってこそ、という前提を見直し、来てよし、住んでよし、商ってよしという三方良しの玉造温泉を目指したい」と述べました。
ワクワク玉造温泉会議設立の経緯を語る会長の松崎氏
多くの自治体が人口減少に直面するなか、玉造温泉を中心とした玉湯町が抱える課題はむしろ人口増加にあります。松江市全体では人口減少が進む一方、玉湯町は市内で唯一人口が増加している地域です。その背景は松江市・出雲市の双方にアクセスしやすい立地から「ベッドタウン化が進んでいる」(北垣氏)ためで、県内から移り住む20〜30代が増えています。現在約7,000人の人口は、将来的に13,000人まで増えるとの推計もあり、「新たな住民とどう関係を築き、玉造温泉を盛り上げていけるかが喫緊の課題」(赤藤氏)と語られました。
移住者たちとどのように温泉街を盛り上げていくか議論が行われました
この課題を受け、都市部人材の関与が論点となりました。石川氏は「利害関係のない第三者を交えることで議論が深まることもある」と述べ、東京を離れられないが地域に関わりたい人材の参画を提案。田口も、地域活性化企業人など制度面での後押しに言及しました。一方で松崎氏は、地域おこし協力隊の失敗事例を踏まえ、「地域側の伴走支援が不可欠」と指摘。工藤氏は、関係人口と地域双方に「入る力」「受け入れる力」が必要だと言い、接点づくりやマッチングの重要性を示しました。下山氏は人口増加が地元愛の希薄化につながっているといいます。「地域を牢獄と感じ、早く出たがる若者も増えた。今後人口が増えても、どれだけ人材が地域に残るのかには危機感がある」と述べると、議論は出身者を呼び戻すための情報発信にも広がりました。
人口が増え、若い世代の地元愛が薄れていると語る下山氏
田口は最後に「この地域の受け入れ力を強く感じた。小さくても一緒に歩みを進めていければ」と議論を締めくくりました。
玉造温泉を後にした一行は、閉校した校舎を地域活性の拠点として再生している一般社団法人大谷ひはやの杜を訪問しました。訪れたのは、築約140年の木造校舎・旧松江市立大谷小学校。最盛期には170人の児童が通いましたが、少子化により2021年に閉校しました。同法人では、クラウドファンディングによるリノベーションを通じて校舎を保存し、マルシェやコンサート、職業訓練などを行う交流拠点として活用しています。
写真左:築140年を誇る木造建築の旧大谷小学校
写真右:120年以上前のチェコ製ピアノ。木造校舎で響きがいいとのこと
代表理事の戸谷淳氏が繰り返し語ったのは、地域住民との関わり方でした。移住者が少なく保守的な大谷地区では、拠点利用者は町外からが中心で、地元民は一定の距離を保っているといいます。「応援してくれる人はいるが、双眼鏡で眺めている感覚。地元のプレイヤーが不足しており、外からの人材が必要だと感じている」と戸谷氏。自治会や青年部会では役割が多く担い手が固定化し、移住者にとって参入障壁になりやすい点も課題として挙げられました。そのため同氏は、関係性の入口を段階的に設ける重要性を強調します。「いきなり参加や運営を求めず、マルシェで買い物をする、本棚に本を置くなど、前に出なくても関われる余白をつくる。地域との関係は時間をかけて育てるもの。自分の母校を拠点に地域に新たな風を呼び込みたい」という戸谷氏の言葉で、1日目の視察は締めくくられました。
母校である大谷小学校を拠点に新たな風を呼び込みたいと戸谷氏
2日目、ビジョン検討会一行は島根県大田市にある石見銀山世界遺産センターを訪れました。石見銀山は、日本で14番目に登録された世界遺産で、来年で登録20年を迎えます。到着後は石田洋美氏の案内で展示を見学し、東京ドーム約100個分(529ヘクタール)に及ぶ登録範囲は「生産・製造・流通に関わる部分はもちろん、町並みや当時の住まい、銀山で亡くなった人を弔う五百羅漢まで含まれている」ことが紹介されました。また石田氏は展示を巡りながら露頭掘りやひ追い掘り、灰吹法といった採掘・製錬技術についても解説してくれました。
写真左:石見銀山世界遺産センター
写真右:東京ドーム100個分に及ぶ世界遺産について解説を受けました
統括責任者の武部豪氏も解説に加わり、「石見銀山の労働者は罪人や強制労働者ではなく、当時の水準で給金が良く、休業給付などもあり、生活水準の高い労働者だった」として一般に抱かれがちなイメージとは異なる歴史像を示してくれました。
強制労働のイメージがもたれる鉱山労働は石見銀山には当てはまらないと武部氏は語っていました
館内見学の後は、石見銀山の取り組みについて説明を受けました。はじめに、大田市観光振興課課長の梶野実氏が、石見銀山の観光振興の歩みを紹介しました。「石見銀山遺跡は世界遺産登録後、毎日数千人が訪れオーバーツーリズムとなってしまった。路線バスを廃止し歩く観光に移行したため観光客は減少したが、世界遺産の登録理由の一つに『今も人々が住み続けている』とあり、観光振興と同時に住民の生活を守っていかなければならない」と述べました。
世界遺産登録からの経緯を語る梶野氏
続いて紹介された石見銀山みらいコンソーシアムは2021年に、地域住民が主体となって観光も含めたまちづくりを進めている団体です。同コンソーシアムの伊藤俊一氏が新たな観光の軸「ALL AROUND MABU」として銀山の坑道(間歩)だけでなく、周辺地域も含めて当時の労働や暮らしを伝えていく取り組みを紹介してくれました。その背景について、「間歩の体験は15分ほどと短く、地下のためスケール感も伝わりにくい。産業遺産は理解の難易度が高く、周辺の関連スポットを巡って滞在時間や共感を高める必要がある」と言い、「観光収益は遺産の保全や地域の雇用、教育、福祉など社会課題の解決に還元していきたい」と展望を語りました。
ALL AROUND MABUで観光客の共感や滞在を充実させたいと伊藤氏
その後検討会メンバーは続いて龍源寺間歩を訪れ、伊藤氏の案内のもと、「ALL AROUND MABU」が目指す観光のあり方を実地で体感しました。間歩に入る前には、銀山労働者を束ねた山師・高橋家の存在や鉱脈の探し方、石見銀山発見の経緯などが語られ、石見銀山の採掘が物語として共有されました。坑内では、銀鉱脈の見分け方や掘削の痕跡などを確認しながら、当時の採掘の様子を解説。間歩を出た後も、鉱山の神を祀る佐毘売山神社や製錬所跡を巡り、原材料の調達から銀の生産に至るまで、石見銀山を支えた仕組み全体が紹介されました。
写真左上:貝殻と油(螺灯)で作業をしていた当時を再現するため間歩の入口もわざと暗くしています
写真右上:銀の鉱脈跡、黒くなっているところが銀鉱脈だそうです
写真下:鉱山の神を祀る佐毘売山神社 間歩を出た後でも様々な遺跡があります
龍源寺間歩を後にした一行は、昼食を挟んで大森の町並みを見学しました。街道沿いには代官所跡へと続く郷宿や寺院、歴史ある住居が立ち並び、技術者や商人、役人が行き交った往時の面影を今に伝えています。
写真左:大森町の町並み 右手の建物は昼食をいただいた群言堂
写真右:大森町住民憲章には「暮らし」のためにこのまちがあると明記されていました
街道の中ほどには、世界遺産登録時に策定された大森町住民憲章が掲げられており、住民の暮らしを守りながら石見銀山を未来へ引き継ぐことの重要性が明記されていました。伊藤氏は、「世界遺産に登録された理由は、アジア経済を動かした歴史、自然との共生、そして住民自らが町並み保存に取り組んできたことにある。この町並みも含めて世界遺産の価値を感じてほしい」と語り、生活と遺産が一体となった石見銀山の本質を強調していました。
伊藤氏が「大森町の中で一番景色が良い」という観世音寺からの眺め
石見銀山の現地視察を終えると再び世界遺産センターに戻り、今後の石見銀山観光の在り方について議論が行われました。議論には伊藤氏のほか、大田市環境振興課の近藤辰郎氏、一般社団法人太田観光協会の新和也氏、戸島美佳氏、同協会で地域おこし協力隊を務める引野妃夏瑠氏が参加しました。テーマの中心は、令和9年に迎える世界遺産登録20周年事業についてでした。
石見銀山を体感した後は20周年事業について議論を深めました
工藤氏から周年事業の方向性について問われた近藤氏は、「宿泊を伸ばすことが一つのキーワード。大田市では観光客の滞在時間や消費額が伸び悩んでいる。また20周年を一過性のイベントで終わらせず、その先に何を残すのかも課題だ」と現状を語りました。これに対し田口氏は、関係人口を生み出すための「関わりしろ」という視点を提示します。「消費や滞在を直球で打ち出すとレッドオーシャンになる。都市部には手触り感や『何かに貢献したい』という欲求を持つ人が多い。地域の課題や受け入れる土壌を示すことで、関わりたいと感じる人はいるはずだ」と述べました。
「関わりしろ」をつくることの大切さを語る田口
一方、伊藤氏は周年事業を観光客向け施策に限定することに疑問を投げかけます。「以前の戦略会議で『20周年事業は観光者のためではなく、地元の人のためにやるんだ』と言われ、はっとした」。そのうえで伊藤氏は、住民が集い、学び、関われる「サードプレイス」を地域につくる可能性を示しました。「住民にとって大森町や大田市が、ただ住むだけの場所ではなく、誇りやワクワクを感じられる場所になってほしい」。周年事業は、その土壌を育てる機会になり得ると語りました。
周年事業は住民が誇りやワクワクを感じられる場であるべきと語る伊藤氏
こうした議論を通じて、都市部と地域の強みも整理されていきました。都市部の強みは人・モノ・情報が集積する点にあり、地域の強みは歴史や文化、土地に根付いた資産にあります。両者は対立するものではなく、つなぎ直すことで新たな価値が生まれるのではないかという認識が共有されました。
石川氏は、石見銀山の歴史そのものが都市部の企業や人材を惹きつけると指摘します。「石見銀山には地方創生の未来像となり得る下地がある。銀の生産・製造・流通を通じて、利己ではなく共同体や社会全体に価値をもたらす利他的な理念が培われてきた。この考え方に共鳴する都市部の企業や人は必ずいる」。田口もこれに同調し、「石見銀山は今で言う産業の6次化を町全体で実践していた。現代が学び直す点は多い」と述べました。
石見銀山や大森町の理念は、都市の企業や人材も興味をもつはずと石川氏
こうした伊藤氏からの問題提起や議論は、都市部でも試みられています。その具体例として竹内は、自身が関わるエコッツェリア協会の取り組みを紹介しました。竹内は20周年を迎える同協会の周年事業に触れ、「大丸有には約35万人の就労者がいるが、私たちの大丸有のまちづくりの取り組みは十分に知られていない。だからこそ周年を機に、改めて大丸有にアプローチし、今よりももっとインタラクティブなまちづくりを進めている」と説明しました。
近藤氏も「温泉津では住民が100年後に残したいものを考える『100年会議』が始まっている。ほかの地域でも、後世に何を残すかを住民自身が考える場が必要だ」と述べ、都市と地域の双方でインナーマーケティングに取り組む動きが広がっている現状が示されました。
都市でも地方でも対内的な取り組みの重要性が共通項となっていました
この他にも観光協会では地元民が地域を深く知るための謎解きや対外的な情報発信など話題は広がり、活発な議論のうちに2日目の視察は終了となりました。
3日目は島根県出雲市へ移動し出雲神社へ参拝しました。検討会メンバーは、単に参拝するのではなく、まず神々を迎え縁を結ぶ神事の所作として稲佐の浜で砂を拾い、その砂を大社へ奉納する習わしに則った参拝を行いました。単なる参拝ではなく、出雲という土地が持つ神話的世界観と人の営みの関係性を身体的に理解することができました。
写真左:出雲大社に奉納する砂を拾う検討会メンバー
写真右:稲佐の浜の砂は、出雲大社の素鵞社の床下に奉納します
続いて訪れた島根ワイナリーでは、出雲神話の文脈と結びつけながら、国産ぶどうによるワインづくりを軸に、食・体験・物販を統合する地域拠点の在り方を確認しました。信仰や物語を現代の産業・交流へと翻訳する試みとして、示唆に富む事例でした。
写真左:島根ワイナリーは試飲、購入、食事ができる体験型施設でした
写真右:「出雲」「神話」を前面に出した商品展開も島根ワイナリーの特徴です
その後、一行は松江市へ移動。城下町の構造を水上から俯瞰できる堀川めぐりや、小泉八雲記念館を通じて、近代以降の文化的蓄積と都市形成の関係性を視察しました。最後は松江城を訪れ、城下町全体を貫く歴史的文脈を改めて確認し、全行程を終えました。神話から近代文学、城下町文化に至るまで、島根が有する「土地に根付いた資産」の厚みを立体的に捉える最終日となりました。
写真左上:堀川めぐりでは、船頭さんが周辺の歴史や文化について解説してくれました
写真右上:堀川めぐりの船から見た島根城
写真左下:朝の連ドラにもなっている小泉八雲の記念館は多くの人が訪れていました
写真右下:黒い外観ゆえ別名「千鳥城」とも呼ばれる松江城が視察の最終地点となりました
今回の視察を通じて見えてきたのは、「価値ある資産をどう見せるか」という従来型の問いかけではなく、「誰と、どんな距離感で資産を持続させていくか」を問いかけている点だったと思います。一朝一夕で答えが出る問いではないですが、都市と地方のこれからの関係を考えるうえで、多くの示唆を与えてくれた3日間だったと感じました。

「地方創生」をテーマに各地域の現状や課題について理解を深め、自治体や中小企業、NPOなど、地域に関わるさまざまな方達と都心の企業やビジネスパーソンが連携し、課題解決に向けた方策について探っていきます。
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