エコッツェリア協会では持続可能な社会の実現に向けて、大丸有(大手町、丸の内、有楽町)地区と日本各地とを結び、都市と地域双方が共存・共栄していけるモデルづくりに取り組んでおります。地域連携事業を進める中でも、地域側の課題として「空き家の増加」や「遊休不動産の活用」などはよく挙がるキーワードであり、首都圏側からの関わり代としてよく扱われるテーマです。今回、これらのテーマについて国内でも先行地として解決に取り組んでいる地域を実際に訪問、視察し、今後の地域連携事業を進めるうえでのヒントを探りたいとエコッツェリア協会のメンバーが先進地視察として山形県を訪れました。
山形県内では、「食文化の啓発」や「不動産活用」の面において、地域ならではの取り組みが多く進んでいます。本レポートでは、今回の視察で得たエッセンスをお届けします。
東京から新幹線で約2時間半、または飛行機で約1時間。エコッツェリア協会一行は都会の喧騒を離れ、豊かな自然と文化が息づく山形県へと足を運びました。
初日のスタート地点は「おいしい庄内空港」。山形県の空の玄関口の一つであるこの空港に到着した一行は、そこから車で約30分、鶴岡市内の「鶴岡サイエンスパーク」を目指しました。移動中の車窓から広がるのは、山形の秋を象徴する風景です。収穫を終えた米どころの田んぼは枯茶色に染まり、土の表面に北からの渡り鳥である白鳥が羽を休める姿も見られました。背後には出羽三山が静かにそびえ立ち、地域の歴史と自然が織りなす荘厳な風景が、訪れる者の心を捉えます。
車で移動すること30分、鶴岡サイエンスパーク内、一面に広がる田園風景の中に浮かぶように佇むホテルは、サスディナビリティを意識した建築でプリツカー賞も受賞した坂茂氏によって設計された「SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE」です。
2018年9月に開業し、開業6年目を迎えたこの施設は、地元の農業や地域文化と深く結びついたユニークなホテルとして注目を集めています。ホテルの周囲の水田は、春は水盤、夏は稲の緑色、秋には稲穂、冬には雪原として、四季折々の魅力的で美しい風景を、訪れる人々に提供します。建物の中に入れば、天井や壁面に至るまで、紙管や木材で構成された内装が目につきます。特に紙管は、被災地支援においてシェルターの材料にもなったという、坂氏の建築を象徴する建材であるとのことです。田んぼの風景と調和した独創的な外観が目を引きます。客室は全119室。「月山G棟」「羽黒山H棟」「湯殿山Y棟」といった出羽三山の名を冠した3つの棟に分かれ、地域の自然を感じさせる空間が広がっています。また、館内には温泉施設も完備され、2021年には本格的なフィンランド式サウナを備えたスパ棟も新設されました。
お話を伺ったのは、SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE副総支配人の湯浅氏です。コロナ禍にやってきた湯浅氏は、同市内の旅館の多くが倒産に追い込まれた状況を目の当たりにし、どうすれば庄内の地に観光客を呼び込むことができるか、と頭を悩ませました。地域の観光促進に関しては、開業当初からインバウンド需要を狙っていたものの、コロナ禍による需要減少を受けたのち、現在は国内からの集客に重点を置いています。
湯浅氏の考えによれば、「ホテルはメディア」であるとのことです。その考えを表すように、SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSEは単なる宿泊施設ではなく、地域の魅力を国内外に発信する拠点としても機能しています。地元の人々には特に気に留められることもないであろう田園の風景を、魅力ある観光資源として発信し、地域に外部からの交流人口を呼び込むことはもちろんのこと、地元の食材を活かしたレストランでは、庄内の四季折々の食材をふんだんに取り入れた和洋折衷の料理を提供し、庄内の食事の魅力を発信しています。一行も、庄内豚やお米をはじめとする庄内名物の数々が並ぶコース料理をいただきました。肉やお米だけでなく、果物や野菜、さらにはお酒まで、庄内の食品生産の多様さを実感させられます。館内のビニールハウスでは、地元の農家と協力して生産された新鮮な野菜が提供されており、まさに地産地消の取り組みが体現されています。一方で、ホテルそのもののメディア露出を増やすことで、顧客の獲得にも貢献しています。特に、新型コロナウイルスの影響を受けた2020年以降は、OTA(オンライン旅行代理店)を通じたプロモーションも強化されました。スイデンテラスの取り組みは、庄内の美しい自然を生かしながら、地域経済の活性化にも寄与しており、今後もその注目度はますます高まるでしょう。
SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSEの見学を終えた次に向かった先は、隣に建つドーム型の全天候型の児童教育施設、兼学童保育施設である「キッズドームソライ」です。遊ぶことを通じて子供たちの個性を伸ばすことを目的としています。施設に入った一行は、子どもたちが体を動かすことのできるアスレチックゾーン「アソビバ」を見学しました。傾斜の造られた館内には子どもが乗ることのできるネットが張り巡らされており、土曜日ということもあってか館内では多くの子どもたちが駆け回っていました。
同施設内の「ツクルバ」では、子どもたちが大人と一緒にアートやものづくりを楽しむことができます。中には3Dプリンターなど、未就学児や小学生が普段直接触れる機会の少ない器具や機械も揃っています。一行は充実した設備を見学しながら、普段家族連れにはあまり縁のない大手町に子どもたちを呼び込むとすれば、という想像を膨らませ、意見交換を行いました。
歴史と再生が交差する温泉街、あつみ温泉の挑戦SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSEとキッズパークソライを離れた一行が向かったのは、鶴岡市の山間部に位置し、2021年に開湯1200年を迎えたあつみ温泉です。歴史深いこの温泉地では行政からの支援を得て公共施設を整備し、まちの魅力が大幅に向上、地方創生の成功事例として注目を集めました。2003年に国土交通省「くらしのみちゾーン」に選定されたのを皮切りに、湯のまちリフレッシュ事業、やすらぎの川整備事業、くらしのみちゾーン(温海川沿いのかじか通り)の整備、あつみ温泉活性化(足湯「チットモッシェ」オープン)、2006年にはかじか通りの無電柱化事業と様々に取り組んできました。地域内3か所の足湯が温泉街のシンボルとして機能し、かじか通りにソファやベンチを設置したり周辺の飲食店や土産物店との相乗効果がある等、訪れる観光客が快適に、気軽に温泉を楽しめる工夫がなされています。
しかし、かじか通りで酒屋を営む日々喜商店の齋藤裕氏によると、あつみ温泉は近年いくつかの深刻な課題に直面しています。2019年6月山形県沖地震により温泉施設が被害を受け、また新型コロナウイルス感染症の影響で観光客が激減し、あつみ温泉の観光業は大きな打撃を受けました。以前は多くの観光客が立ち寄る人気スポットが、近年では飲食店の閉業が相次ぎ、足湯も十分に活用しきれていない現状があります。
一方そんな中、コロナ禍に新しくオープンしたカフェなどもみられます。齋藤氏も、「せっかく綺麗な通りがあるのだから、新しくお店を出す人がいてくれると嬉しい」と語ります。齋藤氏からのお話を通じて、あつみ温泉には長い歴史を背景に地域の魅力を維持しつつ、新しい時代に適応していこうという意志が感じられました。また、地震やコロナ禍からの復興にあたっては、協力して状況に対処していこうとする地域住民の結束の強さも伺えました。しかし、観光資源の減少や経済的な困難に直面している現状から、新たな集客戦略と持続可能な地域開発が急務であることも明らかです。今後、地域全体での協力を通じて、あつみ温泉が再び活気を取り戻し、地方創生のモデルケースとして再評価されることが期待されます。
二日目最初に訪れたのは、出羽三山の一つ「湯殿山」にある「湯殿山神社」です。修験道に基づく山岳信仰の聖地で、参拝者が素足で御神体に触れる独特の参拝が行われています。境内では「語るなかれ、聞くなかれ」の戒めにより撮影や内容の公開が禁じられ、その神秘性が一層際立っていました。再び訪れて、独特の霊言をまた感じたいと思わせる場所です。
蔵王温泉の復活を目指す地域再生プロジェクト ~株式会社Yugeの取り組み~
湯殿山を下り、一行は鶴岡市を離れて山形市の蔵王温泉に向かいました。蔵王温泉は、開湯から1900年という長い歴史を持つ山形県最古の温泉郷であり、その名を国内外に知られる温泉地です。特に冬季には樹氷で有名な蔵王温泉スキー場を目当てに多くの観光客が訪れ、かつては高湯通りを中心に賑わいを見せていました。しかし近年では観光客の減少、事業承継の問題、さらには東日本大震災やコロナウイルス感染症の影響などにより、店舗の閉鎖や空き地の増加が顕著になり、地域の活気が失われつつあります。
こうした課題に対応するため、蔵王温泉の老舗旅館「高見屋」を営む岡崎博門氏は、都市計画専門家である井上貴文氏とともに2024年に株式会社Yugeを設立しました。同社は、高湯通りの湯気のように地域に浸透し、継続的なまちづくりを行いたいという意思を込めて命名されています。
株式会社Yugeの活動は、高湯通りを中心に進められています。遊休不動産の利活用を通じて、観光客だけでなく地元住民も気軽に立ち寄れる施設づくりを目指しています。具体例として、かつて民宿だった「丸伝」のリノベーションが挙げられます。この施設は2024年12月に新たな形でオープンし、地元食材を生かした料理を提供する飲食店として地域の新たな交流拠点となる予定です。
活動を進める中で直面している課題として、遊休不動産の所有者が関係者以外に物件を貸し出したがらないケースや、新たなテナント誘致における心理的ハードルが挙げられます。また、観光地としての活性化が進む中で、物価上昇の抑制など、地元住民の生活に負担をかけないバランスの取れた地域運営が求められます。
岡崎氏は「もう一度かつての賑わいを取り戻す前に、高湯通りを価値ある場所にしたい」と語り、地域の歴史と魅力を未来へつなぐために、根気強く取り組みを進めています。また、地域内外の人々が交流しやすい環境を作ることで、観光客と地元住民が共存できる持続可能な観光地としての成長を目指しています。蔵王温泉はその豊かな自然と歴史を背景に、かつての賑わいを取り戻す可能性を秘めています。株式会社Yugeの活動がこの地域再生の起爆剤となり、蔵王温泉が再び人々を魅了する温泉地として輝くことが期待されます。
最終日、まず一行が訪れたのは、尾花沢市に位置する銀山温泉号です。こぢんまりとした温泉街には、お土産店や飲食店がコンパクトに集まり、散策に最適な環境が整っています。銀山温泉の魅力はその街並みだけでなく、歴史を大切にした地域活性化の取り組みにもあります。遊休施設を歴史写真の展示施設へと改修し、街中に足湯を設置するなど、大正時代の情緒を現代に生かす工夫が随所に見られます。
一行が訪れた日は冷たい雨が降る秋の日でしたが、それにもかかわらず国内外から訪れる観光客で賑わい、銀山温泉の根強い人気を実感する機会となりました。天候の影響で足湯を楽しむことはできませんでしたが、再訪の際にはぜひ温泉街の足湯も味わいたいものです。
地域創生の拠点、やまがたクリエイティブシティセンターQ1
再び山形市内に戻った一行が訪れたのは、「やまがたクリエイティブシティセンターQ1(キューイチ)」でした。旧山形市立第一小学校をリノベーションしたこの施設は、「創造都市山形」というコンセプトを具体化する拠点として設立され、地域の文化や創造力を結集させる重要な役割を担っています。Q1では、映画やアート、デザイン、そして山形の伝統工芸など、さまざまなジャンルの創造的活動が展開されており、訪れる人々に山形の文化的魅力を体感させるとともに、次世代の創造活動を育む土壌を提供しています。
施設内にはギャラリーや多目的スペース、シェアオフィスが備わり、地域住民やクリエイターが気軽に集い、交流することができる環境が整っています。また、館内に設けられた飲食店やカフェでは、地場産物を使った料理が提供されており、地元住民だけでなく観光客にも人気を集めています。さらに、Q1プロジェクトプロデューサーの馬場正尊氏によってデザインされた旧校舎のレトロな雰囲気を生かした建築は、訪れる人々に温かみと親しみを感じさせ、長く愛される施設づくりに貢献しています。この施設は単なる文化施設ではなく、地域内外の交流を活性化させるハブとしての役割も担っています。例えば、ここで行われるイベントやワークショップは、地域内外からの来訪者を増やし、交流人口の拡大に貢献しています。また、地元のクリエイターによる展示やプロジェクトは、山形が持つ固有の文化資源を新たな形で発信し、地域のブランド価値を高める役割を果たしています。また、Q1の裏手には現役の山形市立第一小学校があり、地元の小学生にも馴染み深い施設となっていることでしょう。地域文化に子どもたちが慣れ親しむことは、その文化の持続的な発展に大きく寄与しているといえます。
このように、やまがたクリエイティブシティセンターQ1は、小学校としての過去の歴史と現代の創造力を融合させ、地域社会を活性化させるモデルケースと言えます。このような取り組みを通じて、Q1は地域の持続可能な発展を支える中心的な存在であり続けることでしょう。
今回のフィールドワークを通じて、地域資源を活用した創意工夫や観光地運営における課題と向き合う現場の姿勢を学びました。今ある資源に再注目し、その価値をみがきあげ唯一無二のコンテンツを作り上げる。山形県の事例に触れることで、地域ごとの独自性や取り組みの魅力だけでなく、観光振興や持続可能性に向けた努力の必要性も実感しました。これらの学びは、地域創生を考える上での視点を広げるとともに、今後の研究や実践への大きな糧となるでしょう。
(取材・執筆:河村優月)
「地方創生」をテーマに各地域の現状や課題について理解を深め、自治体や中小企業、NPOなど、地域に関わるさまざまな方達と都心の企業やビジネスパーソンが連携し、課題解決に向けた方策について探っていきます。