城山公園から須崎市を望む
城山公園から須崎市を望む
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2024年2月、高知県須崎市を舞台に、2泊3日のフィールドワーク「トライアル逆参勤交代」が開催されました。前週に開かれた東京講座の予備知識をもとに現地で理解を深めるとともに、地元プレイヤーと意見交換などを行い、最終日に須崎市長に対して地域活性化につながる課題解決プランの発表を行いました。市の担当者は、フィールドワークを前にして「地元住民と参加者の化学反応を期待したい」と語りました。さて、今回の逆参勤交代を通じてどのような変化を須崎市にもたらすことができるでしょうか。
高知県の空の玄関口である高知竜馬空港から出発した一行はまず、須崎市内にある魚のPR拠点「須﨑のサカナ本舗」に到着しました。
高知信用金庫地域貢献アドバイザー顧問の山本徹氏が、カンパチの養殖が須崎では盛んなだけではなく100種類以上の魚が獲れることや高知県中の人が魚を食べに来たがるまちであることを解説し、参加者一行も昼食のサカナ丼を堪能しました。講師の松田智生氏(丸の内プラチナ大学副学長・逆参勤交代コース講師)は、「高知県は高齢化、人口減少、医療費の高騰など課題の先進県といわれる。しかしピンチはチャンスでもあり、課題を解決すれば課題解決先進県になれる。そのような挑戦をしていきたい」と述べました。
オリエンテーション→移住支援と空き家活用の取り組み→まちかどギャラリーと現代地方譚の取り組み→すさきまちかどギャラリーおよび空き家活用の視察→釣りバカシティプロジェクトの取り組み→懇親会
場所を「須﨑のサカナ本舗」の2階の多目的スペース縁日だるま堂に移し、簡単なオリエンテーションを挟んだのちに、移住者支援や空き家活用の取り組みを行っているNPO法人暮らすさきの事務局長大﨑緑氏から移住施策の現状や活動内容を伺いました。須崎市は2023年末に人口2万人を割り込み人口減少に苦しんでいます。そんななか、暮らすさきへの移住相談は近年増えており、毎年20組程度が移住しているそうです。大﨑氏は2022年度移住者アンケートから、須崎への移住の決め手は住まいと自然環境の良さだったこと、食べ物と綺麗な景色、明るくて優しい地元住民への満足度が高かったことなどを解説しました。移住の一方で定住率は7割程度に止まっており今後の課題だと大﨑氏は語りました。 また、暮らすさきは、移住相談以外にも市内にある空き家や古民家を地元住民らと改修工事を行い、移住希望者に貸し出す事業を行っています。例えば、歴史ある旧上原邸を改修し、「暮らしのねっこ」という宿泊所として運営しています。「改修工事を地域住民にも手伝ってもらうことで施設や住まいへの愛着心を持ってもらうことにつながっている」(大﨑氏)と改修事業は移住者と地元双方にメリットがあると言います。大﨑氏は今後について、「須崎市がもっと移住者に選ばれる町にしていきたい。そのためには移住者が新たなことにチャレンジできる受け入れ体制を整えることが必要。移住者の『やりたい』を全力で応援していければ」と展望を語りました。参加者からも移住の決め手や高知県の2段階移住に関してなど多方面からの質問があり、参加者の関心の高さが伺えました。
続いて、アートを使った地域活性の取り組みを伺いました。オリエンテーションで須崎市のプロジェクト推進室次長である有澤聡明氏が「須崎市には美術館や博物館が無く、文化的な施設が乏しい町だが、アートという文化的なアプローチでコミュニティを活性化させたい」と期待を語るなか、「すさきまちかどギャラリー」の館長である川鍋達氏が登壇しました。
同ギャラリーは江戸時代末期から続いた豪商三浦家の店舗兼住宅だった建物で、国の登録有形文化財です。その建物が今は市民のギャラリーとなっており「三浦邸は昔の経済的な豊かさのシンボル的な建物、今後は精神的な豊かさを目指す象徴的な施設にしていきたい」と川鍋氏は語りました。2010年にオープンした同ギャラリーですが、川鍋氏が「一番思い入れがある」と語るのが現代地方譚です。現代地方譚とは、県外などからアーティストを招聘し須崎市に滞在しながら作品制作するいわゆる「アーティスト・イン・レジデンス」で、今年で第11回目の開催となります。現代地方譚が始まった2013年ごろは現代アートの展示から始めたそうですが、数年経つと地域の人たちから「創作活動に参加させてほしい」との要望があり、現在では地域住民がやりたいことを持ち寄るように変化し、市民参加の演劇や音楽活動が増えてきたそうです。「現代地方譚はアートを通じて地域課題を解決することが目的だが、課題を解決するのはアーティストではなく、アートを通じて何かを得た市民。だから市民のモチベーションを上げるために第5回目からはテーマを設定してきた」と川鍋氏は語ります。例えば、第6回(2019年)のテーマは「防災」。南海トラフ地震が起これば、須崎市では最大25メートルの津波が押し寄せるとも言われており、発災後には速やかに津波から逃げる必要があります。そのため、アーティストが作品を避難所となる高台に展示することで、作品を回遊しながら避難経路の確認ができるようにしたそうです。川鍋氏はまちかどギャラリーを運営するための文化団体すさき芸術協会を2023年に立ち上げたことを明かし、今後の方針として「市民の芸術・文化活動をより活発にできるような取り組みを増やしていきたい」と語っていました。
参加者は大﨑氏と川鍋氏の話の後、両氏が言及されていた旧上原邸(暮らしのねっこ)ならびに旧三浦邸(すさきまちかどギャラリー)を視察しました。
その後、参加者らは再び縁日だるま堂に戻り、南国生活技術研究所の代表黒笹慈幾氏から釣りバカシティプロジェクトについてのお話を伺いました。黒笹氏は大手出版社で漫画「釣りバカ日誌」の初代編集担当を務めた人物ですが、定年後「釣りがしたい」と高知に移住されています。黒笹氏は「高知の釣り資源は日本一だと思うが、一部の人にしか知られておらず、施設のおもてなしも関東や関西に比べて劣る」として、移住以来高知県に釣りを通じた関係人口や観光の創出を訴えてきました。そんな黒笹氏の意見に須崎市が賛同したことで2023年から同プロジェクトは始まりました。黒笹氏は同プロジェクトの当面の目的を「須崎市民を釣りバカにすること」といいます。「須崎市でアンケートをすると釣りをしている人は市民の30%ぐらいしかいない。県外に向けた観光振興の前に、まずは市民が釣りバカになる必要がある」と語りました。黒笹氏の言う釣りバカとは、地元の人が須崎の海の価値を再認識することだと言います。「高知県は南海トラフ地震などの影響もあって住民が海辺にいかない。高知の子どもたちも東京のように自然体験したことがない、父親と釣りに行ったこともないという。泳ぎが達者、釣りは大人顔負けな子どもが各地にいてこその釣りバカシティだ。もっと市民が海のことを考えたり、毎日海を見に行ったりといった豊かな海とともに過ごすライフスタイルを取り戻してほしい」。
黒笹氏は今後の構想として、釣りバカ日誌の主人公が作中で勤めている"鈴木建設株式会社"の須崎営業所をつくり、関連グッズなどのミニミュージアムをオープンすることや市民だけの釣り大会や釣り初心者向け教室を開催したいと意気込みを語りました。そうして市内の機運を盛り上げた上で、全国の釣りバカを呼び込むためのおもてなし方法を考えていくと言います。
須崎カンパチと釣り体験→昼食→高知大学と須崎総合高校の取り組み紹介と意見交換→ノマドワーカー誘致の取り組み→須崎観光列車おもてなし視察
フィールドワークの3日間は天候に恵まれ、日中は高知らしい燦燦とした太陽と温暖な気候が続きました。2日目の午前中はそんな最良の気候のもと野見湾に須崎カンパチの釣り体験に出かけました。野見湾は土佐湾沿岸では珍しくリアス式の漁場で、黒潮の影響から年間を通して魚の成長に適した温暖な海域となっています。参加者は野見漁業協同組合の組合長西山慶氏が操船する船に乗り込み、カンパチの養殖が行われている海域へ出発しました。今回の釣り体験は、いけすに給餌する際に周辺に集まってくる魚を釣り上げようという狙いです。カンパチ5,000匹の餌に相当する約1トン近くの魚が海に投入される横で、参加者は釣り糸を垂らしていました。船上で当たりを待つ一方で、西山組合長は獲れたてのブリをその場で刺身や炙りに調理してくれ、参加者に振舞ってくれました。
昼食後は須崎市民文化会館に移動し、高知大学と県立須崎総合高等学校が2022年から協働して取り組む地域活性策を学びました。講師の松田氏はこの取り組みについて「地方創生は未来人材育成そのもので、大学生と地元高校生が地域づくりに取り組むことは非常に意義がある」と高く評価していました。高知大学次世代地域創造センター地域連携課専門員の川竹大輔氏によれば、この取り組みは同大地域協働学部の大学生が、地元高校生が総合的な探究学習で実施する様々な地域活性プロジェクトの指導やサポートをしています。大学生が教える立場に立っているように思われましたが、川竹氏は「大学生側にも高校生への課題設定の難しさや、当事者意識の醸成など大切な気づきの場になっている」と双方に良い影響があると語りました。続いて高知県立須崎総合高等学校教諭の小野口保光氏は、高校生が9つのグループに分かれて、須崎の観光の目玉を生み出そうと、あるいは高齢化した猟友会を助けようと、さらには耕作放棄地を活用しようと、地域課題解決のために新たな商品開発やコンテンツ開発を行っていることを紹介。小野口氏は「学習指導要領で探究学習の意義が色々書かれているが、教員として心から願うことは地域の汗をかいて頑張っている大人の姿を生徒に見せたいということ。そしてその頑張っている事業者と一緒に生徒を育てることで、彼らの地元愛を育み最終的には地元に貢献する人材が1人でも多くなれば」と取り組みに込めた願いを語りました。
さらに、市職員や大学生を交えた意見交換会では、先の総合的な探究学習の実例に対して「食の取り組みは面白い。もっと深堀できるのでは」という意見や「全国に開発した商品の販路ができると面白い」という意見が参加者から述べられました。全国を舞台にすることに賛同する人が多い一方で、製造物責任法などにより高校はモノを売ることができないという課題も指摘されました。そのため解決策として高校生が個人として起業してはどうかという意見や別会社を挟めば良いのではなどの提案がありました。起業のメリットとして「地元で起業できれば大都市圏への人口流出の歯止めになる」という声も上がりました。他方で逆参勤交代という「よそ者」に期待することとしては、「参加者が感じた須崎の良さや気づきを高校生たちにぜひ伝えてほしい」という要望がありました。また県外出身者が多い高知大学生が、地元の高校生に郷土愛を教えるということの難しさも議論されましたが、「郷土愛は教えられるものではない。その町に面白い人、かっこいいなと思える人がいたらその人がいる街のことを好きになることだ」との意見があり、人の魅力が地域の魅力になるということに多くの人が納得していました。
続いてノマドワーカーを須崎市に呼び込むイベントを主催している合同会社Reenaの代表水戸りいな氏が登壇されました。水戸氏自身もこの日はニューヨークからオンライン登壇でした。水戸氏は北海道出身で「大学入学まではほとんど外に出た経験がなかった」そうですが、日本の大学在籍中にフランスの大学とのダブルディグリープログラムに参加、いろんな国の人に会って影響を受け、世界の食文化を学ぶべく20か国ほどを旅して回ったそうです。大学卒業後、外資系企業に入社するもコロナ禍で全てオンラインだったため、高知県に移住し2023年6月に須崎市で起業したそうです。水戸氏は自身のモットーを「年齢、国籍、肩書、性別に関係なくひとつになることだ」といい、主催する過去のイベントではアメリカ、オーストラリア、フランス、台湾、フィリピンと様々な国の人が須崎市に集い、地元民も交じって交流していました。水戸氏は2024年の計画として、市のゆるキャラしんじょうくんの海外PRやノマド誘致事業、さらには海外アーティストとコラボして空き家のリノベーション事業を始めるそうです。そして将来的には中・高・大学の英語教育や探求型授業に携わっていきたいとのことでした。質疑応答で、なぜ移住先が須崎だったのかという質問に対して水戸氏は「自由を尊重してくれる風土と、尊敬できる人が10人以上いたことだ。この人たちの背中を見て私も成長したいと心から思ったから」と移住の理由を教えてくれました。他にも日本の教育の課題などに関する質問もあり、多くの参加者は水戸氏の行動力や考え方に感銘を受けている様子でした。
その後、参加者らは市民文化会館を後にして、観光列車のおもてなしを視察するために須崎駅に向かいました。観光列車はJR四国が運行するものがたり列車です。四国では現在瀬戸内、四国山地、土佐の3か所で列車が走っており、高知駅と窪川駅の間を走る電車は「志国土佐 時代(トキ)の夜明けのものがたり」として幕末の志士の軌跡をたどるコンセプトになっています。須崎駅にも午後4時ごろ列車が到着し、約19分間停車しました。その停車時、降りてきた乗客を地元住民らがおもてなしするために歌や踊りなどのパフォーマンスが行われ、その熱量に影響されたのか乗客たちも一緒に踊りはじめホームは大いに盛り上がりました。須崎市観光協会の事務局長である奥田史雄氏は「19分間は観光客とふれあいができる貴重な時間だ。積極的におもてなしをすることで今後須崎に来てもらうきっかけにもなる」と語っていました。
2日目の日程を終えた一行は懇親会の会場へ。会場には市長をはじめ、本日の登壇者の方々も参加してくれました。市長から乾杯の発声で始まった懇親会では、参加者から2日間の感想を聞くことができました。多くの人が観光列車のおもてなしぶりに感銘を受けたようで「感動した」「人情に厚い町だと思った」などの感想がありました。また探究学習に関しても「充実した内容が衝撃的」との感想も聞かれました。
課題解決プランまとめ→須崎市長へのプレゼンテーション(縁日だるま堂)
3日目の最終日は、須崎市長への提案が行われました。提案は「須崎市が○○すべき」ではなく、「私が〇〇する」という自分主語の提案を行うことになっています。まずはグループで2日間の振り返りを行ったのちに、提案内容を形にしていきました。
昼食後、市長の楠瀬耕作氏も到着しプレゼンテーションが始まりました。発表は以下の通りです。
参加者からの提案(タイトルのみ)
1) "芸術のまち"須崎市プロジェクト
2) 須崎市生き方発信プロジェクト
3) 四国活性化プロジェクト
4) 海外の観光客に向けて英語で須崎市をPRする
5) "須崎もてなし魚(うぉ)みやげ"プロジェクト
6) おてつたび須崎市連携プロジェクト
7) 「バーチャルUターン関係人口創出プロジェクト」のためのノマド教育プロジェクト
8) 「釣りバカの家」プロジェクト+職人たちとリノベ旅行
9) 須崎市に国内外のアーティストを招聘し、「豊かに生きること」の意味を問い直す
10)スサかんフェスの開催
11)ちょっとおしゃれな出張レストランを須崎に提案するプロジェクト
12)海のまち「竜宮城」プロジェクト
意見交換会の様子
市長は参加者からの発表を受け次のようにコメントしました。
「私は現代地方譚2号に『須崎は過疎化が進んでいるが、心の過疎にはならないでおこう』ということを書いた。そこで書いたように市民の心を豊かにしていくためにも、本日の提案を実現し交流を増やしていくことができたらと思っている。これから地方では人口が増える要素はない。質や豊かさを住民に実感してもらいながらどのように地域を創っていくかが重要で、須崎は須崎らしい豊かさを追求していきたいと思う」
最後に松田氏は次のように述べて締めくくりました。 「私たちは年間80万人も人口が減少する社会に直面していますが、これからは都市と地方の人材の争奪ではなく、人材の循環や共有が大事な時代になっている。今後は『着眼大局 着手小局』という観点を大切にし、出来ることから始めて行きたい。そしてこれを一過性のイベントにせず毎年続けること、また今日出てきたアイデアを実現し深めること、さらには参加者が属する他地域との広域連携で広めていくことに取り組みたい」。
終わりに
フィールドワーク終了後、須崎市特別顧問の堀見和道氏は「海と共に生きる須崎市民の活力が受け継がれていくことが大切で、その活力をよそ者視点で引き続き盛り上げてほしい」と、今後の期待を語ってくれました。今回のフィールドワークで印象的だったのは、質疑応答や意見交換が活発に行われ、参加者から前向きな感想もたくさん聞けたことでした。須崎の空気や人と「水が合う」と感じた参加者は多かったはずです。須崎に住む人々と一緒になって地域活性に取り組む姿が見られるのもそう遠くないのではないでしょうか。
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