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学生や社会人など幅広い人たちが学ぶ丸の内プラチナ大学に、地方創生や全国各地域の観光創造を学べる「繋がる観光創造コース」があります。今年のテーマを「『ないものねだり』よりも、『あるものさがし』の方がずっと幸せに近づける」として、毎回各地からゲスト講師をお呼びし、その地域が本来持つ魅力を一緒に探していきます。講師は株式会社NTTデータ経営企画本部シニアスペシャリストの吉田淳一氏。吉田氏は地域創生・インバウンド観光を含めて、様々な分野で未来のエコシステムに向けた提言やコンサル支援などを行ってきました。
今回レポートするDay4は「町民総参加のまちづくり」。町長や移住者も招き、鹿児島県伊仙町の取り組みを学びます。
まずは鹿児島県伊仙町長の大久保明氏による町の紹介から始まりました。伊仙町は、奄美群島で2番目に大きな島である徳之島にあります。面積は約62,000㎡、人口は約6,200人です。伊仙町は長寿と子宝のまちとしても知られており、長寿世界一の方を輩出し、合計特殊出生率は2.81人と全国一位を誇ります。「島ではみんなで子どもたちの面倒を見るという文化がまだ残っている」(大久保氏)と言います。闘牛も有名で、徳之島で最も広い闘牛場は伊仙町にあり、「闘牛を実際に見たら迫力満点。感動する」と大久保氏もおすすめの観光資源です。他にも徳之島コーヒー、マンゴー、パッションフルーツなども名物です。犬田布岬には戦艦大和の慰霊塔があり、最近その慰霊塔修繕のためのガバメントクラウドファンディングに挑戦して話題になりました。2021年には奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島が世界自然遺産に登録されたことも記憶に新しいです。ユーラシア大陸では絶滅したと考えられていた希少なアマミノクロウサギが徳之島などでは生息しているそうで、天然記念物に指定されています。
町長に続いて、伊仙町で「徳之島ゲストハウスみち」という宿泊施設を経営する古林香奈代氏が、移住の経緯や現在取り組む事業を話しました。ゲストハウスみちは2020年7月に開業し、徳之島コーヒーや島の農産物を使った料理、イベントなどを提供しています。古林氏は宿泊施設以外にも「みちカフェ」や、デザイン関連事業「みち製作所」、旅行事業「徳之島みち旅行舎」も手掛けます。
古林氏は千葉県育ちですが、両親が徳之島出身で、伊仙町はよく知っていました。大学と大学院ではドイツ近代美術史を学び、東京都現代美術館でのインターンシップなどを経て、瀬戸内海の直島で地中美術館に就職しました。直島は「東京のような人混みの中よりは住む環境が良い」(古林氏)と感じたものの、イベント開催時に島に押し寄せる観光客に疑問を感じることもあったそうです。
ちょうどその頃、母方の祖父が遺した徳之島の民俗学の資料整理をきっかけに、徳之島の移住を考えるようになりました。当時は徳之島の世界自然遺産登録が話題になっていた時でもあり、「もし徳之島が世界自然遺産になったら直島みたいになってしまうのではないか。大きなホテルや団体旅行ではなく、徳之島に本当に滞在したい人がのんびりとした時間とともに、祖父の資料を通じて徳之島の歴史を知ってもらえるような宿を作ろう」という想いが、ゲストハウスみちの原点だそうです。
2020年4月に伊仙町に移住するも折悪く新型コロナウイルスの流行が始まった時期でした。それでも古林氏は「島の人が気軽に来られるようなカフェ」を目指し2020年6月に「みちカフェ」を、翌7月には「ゲストハウスみち」をオープンします。
コロナ禍で全く来客が無く、時間に余裕のある状況を活かし、古林氏は次々とイベントを開催していきます。まず開催したのは「夕暮れバータイム」。小高い丘の上にあるみちカフェで夕陽を見ながらビールを飲むというイベントは、その後月一で開催される人気イベントとなりました。そして、このイベントは島に住むユニークな人たちを引き寄せる役割を果たしてくれるようになりました。大工兼DJ、大学教授など古林氏の周りには次第に個性的な仲間が集うようになっていきました。
イベントを開催しているうちに、次第にイベント開催を依頼されるようにもなっていきました。特に徳之島の自然、歴史、文化を守り伝えていく活動に取り組むNPO法人徳之島虹の会や徳之島自然保護協議会からの依頼で、「未知との遭遇」と銘打った自然観察会やワークショップの企画運営を担うことになりました。古林氏は当時を振り返って「私は宿をやりたかったのに、イベント業者さんみたいに周囲に思われていた」と笑顔で振り返ります。そんな数々のイベントのなかでも古林氏の1番の想いでは、みちカフェ2周年企画の「闇鍋未知学会」です。これは古林氏が島にいる「もっと知りたい人」を招いて自由にプレゼンテーションをしてもらう企画で、エッセイ漫画家のやぶうちゅうさん、森と海の藝術楽校を主宰するのせたかこさん、南極の調査に参加したこともあるという林倫成さんをお招きしてプレゼンテーションをしてもらったそうです。このイベントも継続的に開催され人気を博しています
古林氏はその後も一風変わったイベントを開催していきますが、注目すべきはイベントチラシです。学生時代はデザインを手がけたことはなく、見るばかりだったという古林氏ですが、これらのチラシはすべて古林氏の自作。学生時代に見た映画ポスターや古い美術作品のイメージを、それぞれのイベントコンセプトに合わせてアウトプットしているそうです。例えば、楽しく生きるための考え方ややりたいことを兼ねる生き方を教えてくれる「壁を乗り越えるためのワークショップ」のフライヤー。文字を絵のように大胆に配置することで「壁」を表現しています。また島内のマッサージ、占い、お茶など専門家が集まる「癒しのマーケット」では平安時代の絵巻物の一部を切り取ったかのような和のスタイルを創り出しています。そして点描のアボリジナルアートを実践するなど「点々で宝の地図を描く」では一転して子どもが興味を持ってくれそうな不思議な字体で興味を引き付けてくれています。
「人の縁だけで仕事をしている」と古林氏はこれまでを振り返って言います。徳之島では人とつながりを持つことを「結い」と、人のために何かしたらその人が何かを返してくれる、そんなコミュニティのことを「結いわく」と言うそうです。「面白い知り合いのために苦労してイベントしたらすごく楽しい」(古林氏)という言葉に象徴されるように、古林氏の事業はどれも「結いわく」から生み出されているようです。そして2023年になってコロナ禍の終わりも見えてきたころ、「島の外の人にもイベントに参加してほしい」との思いから「徳之島みち旅行舎」を開業するに至りました。しかし直島の経験を踏まえ、徳之島みち旅行舎では団体旅行は取り扱っていないそうです。「徳之島の自然保護と観光を両立することを目的としているため、本当に来たい人たちだけに見てほしい」と古林氏は今後の旅行事業への想いを語りました。
古林氏の講演の後、講師の吉田氏は、徳之島でコーヒー栽培を手掛ける宮出珈琲園や、2017年から伊仙町と生産者、コーヒーメーカー、大手商社の4社で推進する「徳之島コーヒー生産支援プロジェクト」、長崎県の小値賀島という離島における外国人スタッフ兼SNSインフルエンサーの活躍で、島の魅力を発見・発信している取り組みを紹介しました。これらの事例をもとに、吉田氏は、繋がる観光創造コースのテーマである「あるもの探し」の重要性について話します。
新型コロナウイルス感染症の5類移行後、各自治体はインバウンド旅行客を呼び戻す取り組みを進めていますが、その際訪問客数を追い求めてしまいがちです。吉田氏はこの状況を、オーバーツーリズムの原因になり、旅行客の満足度やブランド力の低下を招きかねないと警鐘を鳴らします。それより大事なのは、旅行先でいくらお金を使ってくれるかという消費額です。毎年多くの外国人が訪問する京都ですが、都道府県別の旅行者一人当たりの消費額は31位だそうで、数は集められているがお金が落ちていない状況です。一方、埼玉県は外国旅行客数が24位と低いものの、一人当たりの消費額は4位(74,000円)です。埼玉県はクレヨンしんちゃんの舞台として、また酒蔵の見学体験ツアーも人気が高く、マニアックな消費や体験には惜しみなく出費するためだそうです。吉田氏は「今のインバウンド旅行客は最先端の街というよりは「のんびり」や「懐かしさ」、昔の昭和の雰囲気を体験できるということを求めている人が非常に増えてきている」と言い、徳之島のように、人との触れ合いができるような体験は貴重な観光資源だと語りました。つまり、各自治体や観光産業は、コロナ禍前のような爆買いの再来を期待するよりも、地域の個性を生かしリピーターを獲得できる付加価値の高い地域づくりを目指すべきだといえます。
最後は、ゲストの大久保氏が次のように語り、締めくくりました。
「私たちも観光客が消費してくれる金額を上げていくということには気が付かなかったです。島の良いところを理解してもらって、来てくれた人たちが癒しを得て帰ってもらえるように考えていきたいです。人は気持ちが通じたら、またもう一回来てみたいと思うだろうし、そういった関係性を提供できるようにしていきたいです」(大久保氏)
講義後は五感で伊仙町を感じるべく、伊仙町産の島豚やヤギの肉、夜光貝、青パパイヤ、生姜を用いた料理やお酒をいただき舌鼓を打ちました。ゲストや受講者同士の会話も大いに弾んだようでした。
丸の内プラチナ大学では、ビジネスパーソンを対象としたキャリア講座を提供しています。講座を通じて創造性を高め、人とつながることで、組織での再活躍のほか、起業や地域・社会貢献など、受講生の様々な可能性を広げます。