丸の内プラチナ大学のアートフルライフコースは、「アートの持つ様々な魅力を体感し、人生を豊かにする自分らしい感性を磨く」ことをコースの目的に開設されています。今年度の第8期は「身体で感じて、響きあう!」がテーマ。AIではなく生身を使うことの面白さやめんどくささ、そして可能性をアートの切り口で体感できる内容となっています。講師は臼井清氏。臼井氏はメーカーでのマーケティング職を経たのちに、2014年にビジネス創出やキャリア開発に向けた学びをプロデュースする「志事創業社」を設立して独立。アートに関連する各種イベント企画や企業研修の実施、対話型鑑賞のファシリテーターとしても活躍されています。
同コースのフィールドワークが12月14日に開催されました。このフィールドワークでは東京ステーションギャラリーの建築特徴を学び、展覧会の内容について学ぶことを目的としています。東京ステーションギャラリーは、駅を通過点としてではなく文化の場として提供しようという想いのもと、1988年に東京駅丸の内駅舎内に開設された美術館です。テーマごとの展覧会を開催するだけでなく、東京駅丸の内駅舎の歴史を伝える資料も常設展示しています。フィールドワーク実施時には「みちのく いとしい仏たち」と題して青森・岩手・秋田で信仰の対象になってきた民間仏の展示が行われていました。臼井氏は今回のフィールドワークの狙いについて「アートが趣味、アートは高尚だと思っている人以外も、美術館に来ればいろいろなものを得ることができる。例えば東京駅というストーリーの中に美術館があること、展示にも工夫をしていることなどを一緒に感じてもらえればうれしい」と語りました。
今回の参加者約20人は閉館後の館内に案内され、エントランスに入ると東京駅の象徴ともいえる煉瓦を積み上げた壁がすぐ目に入りました。参加者も今から始まるフィールドワークを楽しみにしている様子がみてとれました。本日案内をしてくれるのは東京ステーションギャラリー学芸員の半澤紀恵氏と柚花文氏。半澤氏からは重要文化財である東京ステーションギャラリーの歴史や建築的特徴を解説していただきました。また柚花氏は展覧会「みちのく いとしい仏たち」のご担当としてお話をしていただきました。半澤氏によると、閉館後にこのようなイベントを実施するのは初めてだそうです。
まず半澤氏は「東京駅が何年に開業したかご存知でしょうか」という質問とともに歴史を振り返りました。東京駅は1914年12月20日に開業し、東京ステーションギャラリーがある場所は当時待合室として使われていたとのこと。東京ステーションギャラリーは1988年、現在よりも丸の内中央口寄りにオープンしていましたが、2007年から始まった東京駅丸の内駅舎保存・復原工事に合わせて一旦休館し、2012年にリニューアルオープンしました。
エントランスで駅の歴史などを振り返ったのち、参加者一行は展覧会が行われている3階に移動、実際に駅舎を活用した展示を目の当たりにしました。2007年からの工事は単なる再建工事ではなく、丸の内駅舎を創建当時の姿に戻した復原工事でした。
3階の展示空間は駅舎の形状がそのまま反映されており、1914年当時は切妻屋根であったため天井に傾斜が見て取れます。東京ステーションギャラリーは別名「煉瓦の美術館」と言われますが、3階の壁は煉瓦ではなく白い壁です。なぜ煉瓦でないかというと、ここは復原工事によってつくられた新しい建屋だからです。東京駅は創建時3階建てでしたが、戦災の被害を受け戦後に2階建ての駅舎として建て直しが行われました。2007年からの改修工事によって駅舎は再び3階建てに戻されることとなり、参加者一行が訪れた東京ステーションギャラリー3階部分は復原されたエリアのため、白い壁となっているのです。
しかしながら、展示室の脇にある階段や2階の展示室は煉瓦が壁として使われています。館内のらせん階段で2階に降りる際、階段の壁をよく見てみるとキズが付いているのが目に入りました。このキズは1945年5月の東京大空襲によって大きなダメージを受けた東京駅を戦後に建て直す際、モルタルや内装材が食いつきやすくするためにつけられたものだそうです。半澤氏は「この壁のキズひとつとっても東京駅の歴史を伝える貴重な証拠」だと、駅舎の味わいを伝えてくれます。他にも壁には内装材を釘で打ち付けるための木煉瓦跡や耐震補強のための鉄骨なども見ることができました。東京駅は当時では珍しい鉄骨煉瓦造りだったため、開業から9年後の1923年に起こった関東大震災での被災を免れ、被災者の受け入れなどができたそうです。
次に向かったのは丸の内北口改札の上にある回廊。そこには三つのジオラマが展示されていました。ジオラマは駅開業の1914年、50年後の1964年、100年後の2014年それぞれの時点での東京駅と丸の内エリアの様子を再現しています。これらのジオラマは2014年に開業100年を記念して「東京駅100年の記憶」という展覧会を開催した際に、鹿児島大学、京都工芸繊維大学、日本大学の三つの大学に依頼して作ったものだそうです。ジオラマを見比べてみると、開業当時三菱地所の「一丁倫敦(いっちょうロンドン)」以外は空き地だった丸の内エリアが、1964年には様々な建築様式の建物が一定の高さで立ち並んでいます。これは当時の丸の内が法規制によって高さ制限があったためです。しかしそのような法規制が撤廃された後は2014年のように超高層ビルが並ぶ現在の様相に変わっていきました。ジオラマ以外に半澤氏が紹介したものは、丸の内北口改札の床のデザインです。普段歩いているとなかなか気づかないですが、回廊2階から丸の内北口改札を見下ろすと格子状のデザインになっていることが見て取れます。これは1947年という戦後すぐの物資も資金もない時代に先人たちが苦労して建てた丸の内駅舎の天井ドームのデザインをこの駅舎の記憶をどうにか残せないかと考えて2007年からの復原工事で床のデザインとして採用したそうです。まさに東京駅の記憶の一部と言えます。
再度東京ステーションギャラリー内に入ります。そこで半澤氏は煉瓦を一つ取り出して見せました。その煉瓦は、東京駅開業時の壁に使われた煉瓦と同じ時期、同じ工場で作られた煉瓦だそうです。煉瓦の裏側には「上敷免製」という刻印が押されており、日本初の大量生産が可能な機械式煉瓦工場があった埼玉県深谷市上敷免で作られたことを示しています。東京駅にはこのような構造煉瓦のほかに化粧煉瓦も外壁に使われています。参加者は煉瓦を手でなでてみたり持ち上げたりして実際に自分の肌で東京駅の歴史を実感することができました。
特異な体験ができる美術館である一方で、歴史的な建築物をそのまま活用している東京ステーションギャラリーは、他の美術館には無い難しさもあるそうです。例えばエレベーターと展示室の距離です。半澤氏によれば、文化財にとって有害な害虫はエレベーターなどの温かい場所を好むため、本来は展示スペースとエレベーターの距離は離れていた方が良いそうですが、東京ステーションギャラリーは構造上その距離を確保することが難しく気をつかうそうです。また柚花氏は、展示においても煉瓦の壁に釘を打つようなことは一切できないため、ピクチャーレールを仕込んだり煉瓦の前に大きな木の壁を立てて打ち込みをしたり、特殊な粘着剤を使ってキャプションやパネルを留める等の苦労があると教えてくれました。難しさの一方で煉瓦壁の空間ではどのような展覧会でも作品が映えるという利点もあるようで、「同じものでも、他の美術館の展示と違って見えるのは煉瓦マジックに感じる。お客様も展示する場所によって変わって見える作品の表情を楽しんでいただけるのではないかと思う」と柚花氏。半澤氏は「展示に工夫が必要な空間ではあるけども、作品との出会いでいうと作りごたえはある」とやりがいについて語ってくれました。
最後に柚花氏から開催中の展覧会「みちのく いとしい仏たち」について解説をしていただきました。実は東京ステーションギャラリーで仏像などの展示を行うのは初めてだそうです。この展覧会は、お寺の本堂などではない場所に祀られている仏様や神様、いわゆる「民間仏」を岩手、青森、秋田の3県から130体ほど借りてきて展示しています。通常の仏像は仏師と呼ばれる専門家が煌びやかに作るのに対して、民間仏は仏師ではない主に大工や木地師などが彫った仏様、神様です。東北地方の貧しい地域にいる人々は家庭の悩みやひもじさへの苦悩などをこの素朴な仏様や神様に聞いてもらうべく、祈りをささげていたそうです。民間仏は東北地方に限ったものではありませんが、東北の民間仏は「よく見るとちょっと口角が上がっていて、優しい目をしたものが多く」(柚花氏)特に可愛らしいのだそうです。今回は展示をじっくり見る時間はありませんでしたが「お時間のある時にぜひご覧ください」と柚花氏。
集合場所のエントランスに戻る際、半澤氏は参加者からの質問に応える形で「展示する作品の材質や所蔵者からの指定によって照度を調整している。私たち美術館は社会教育施設としての使命があり、資料や作品を末永くみられるように保存・管理することが仕事なので、展示するときもそれに対応していく」と多方面の配慮を語りました。
今回のフィールドワークでは東京駅という誰もが知っている場所の歴史や建築物としての魅力をまさしく体感することができました。東京駅の歴史はまさに日本の近代化の歴史だといっても過言ではないでしょう。芸術的な建築物ともいえる東京駅の空間で美術作品を"五感で感じる"というのはなんとも贅沢な時間です。皆様も一度足を運んでみてはいかがでしょうか。
丸の内プラチナ大学では、ビジネスパーソンを対象としたキャリア講座を提供しています。講座を通じて創造性を高め、人とつながることで、組織での再活躍のほか、起業や地域・社会貢献など、受講生の様々な可能性を広げます。