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人が本来持つ「物語」の力を取り戻し、今を生きるための物語思考を身につける丸の内プラチナ大学の物語思考デザインコース。今年は「生きものとしての物語を取り戻す」をテーマに開講しています。Day3となる10月8日には、JT生命誌研究館名誉館長の中村桂子氏をゲスト講師として迎え、38億年続く生きものの物語について講演がありました。
冒頭、講座の企画を担当した服部直子氏が「人が生きものであることを再認識し、その物語を学ぶことで人生を豊かにしてほしい」と呼びかけました。続いて講師の梅本龍夫氏が「生命は38億年前に地球で誕生し、命を受け継ぎながら、進化して今の私たちがある。生きものの物語は続いていることを知ってもらう機会になれば」と述べたあと、中村氏が生命誌から生まれる世界観を静かに語り始めました。
講座の冒頭で挨拶する服部氏(左)と梅本氏(右)
中村氏はまず『サピエンス全史』を著したユヴァル・ハラリに言及し、「人は物語をつくる生きものであり、私たちの社会も物語でできている」と人と物語の関係性から始めました。そのうえで「かつて人類は自然界の物語の中で生きていたが、いつの間にか自然界の物語を忘れ、自分たちだけの物語になってしまった」と指摘。中村氏は、科学で自然をコントロールしようとする機械論的世界観が支配的になっている現代に疑問を呈し、「科学技術を否定してはいけないが、21世紀には生命誌的な世界観が必要だ。自然が語ってくれる物語を読み解いて世界観を皆さんと一緒に考えたい」と語りかけました。
「生命誌から生まれる世界観」と題して講演する中村氏
生命誌が生まれた背景として、中村氏は生物学の系譜を丁寧にたどります。人類は昔から多様性(変わるもの)と共通性(変わらないもの)に分けて生きものを考えてきました。多様性を考える学問は博物学、共通性は解剖学や生理学に発展していきます。そして19世紀に入り、多様性ではダーウィンの進化論、共通性では細胞説や生化学が登場する一方で、多様と共通の両方をつなぐ存在といえるメンデルの遺伝の法則も発見されます。20世紀になると、DNAの存在が知られるようになり、機械論的世界観と結びつくことで、生物学は一気に共通性へと傾いていきました。そのような傾向に一石を投じたのが、中村氏の恩師であり三菱化成生命科学研究所の初代所長でもあった江上不二夫氏です。江上氏は「生命科学」という新しい学問領域を提唱しました。
中村氏は江上氏の生命科学について、「生物学だけではなく、人文科学や社会科学などの学問とも関わりながら『生命とは何か』を問う学問。それまでは生物学の研究対象はネズミやハエなどが中心で、人間は含まれていなかった。しかし生命科学によって生物としての人間がわかり、ひとつの生きものとして人間を考えることができるようになった。生命科学から生きものの物語を読み解く学問が始まった」と、生命誌につながる源流であることを明かしました。
中村氏の話を熱心に聞く受講生たち
20世紀の終わりから21世紀にかけて、DNA研究は次第にゲノム研究に移行していきます。中村氏が「歴史上、初めて多様性と共通性を合わせて考えられる学問」と評するように、ゲノム研究は共通性に偏っていた生物学に変化をもたらし、さらには医学、農学、考古学などあらゆる学問領域でも活用されるようになります。そしてこのゲノム研究を起点にして、中村氏は生命誌という新しい学問分野を提唱するに至りました。
「生命科学では、『科学』という言葉に機械論が染みついており、多様性や共通性を完全に一つにできるゲノム研究の意義を伝えることができない。そこで、全く新しい学問にする必要があると考え、『生命誌』と名付けた」と中村氏は語りました。JT生命誌研究館を創設した理由として、「生命誌研究館は、コンサートホールと同じ。論文は楽譜のようなものと考えれば、楽譜があっても演奏がないと伝わらない。物語として演奏できる場所が必要だった」と、その想いを明かしました。
多様な生きものとのフラットな関係性、人類の「中から目線」を表現した生命誌絵巻
38億年前に生まれた祖先細胞から現代まで続く生きものの物語を紡ぐ生命誌ですが、その特徴は「フラットな関係性」と「中から目線」の2点と言えます。
中村氏は「かつての生物学は高等/下等生物のような呼び名があったが、生命誌ではすべての生物が40億年の歴史をもっており、それぞれの生物がそれぞれらしく生きているフラットでオープンに描く物語」と言い、「私たちが『生物の多様性』という言葉を使うときは、人間を含まず上から目線で言うことが多い。しかしそれは違う。すべての多様な生物の中に人間も含んだ『中から目線』でなければならない」と説明しました。そしてこの生命誌によって、機械論的世界観から生命論的世界観へと転換すべき時期にきていると中村氏は続けました。
「17世紀に端を発する機械論的世界観では、自然をモデル化して征服・管理することを目標にしてきた。しかし人間も実は自然の一部であり、外からではなく内部から考えるように改める必要がある」(中村氏)
機械論的世界観から生命誌的世界観への転換の必要性を語る中村氏
しかしながら、機械論的世界観は私たちに定着しており、そこから脱却するのは容易ではありません。「私たちは『つくる』という言葉を日常何気なく使っています。自動車をつくる、米をつくる、子どもをつくるなど。しかし稲と子どもはつくるものではなく、稲は育てるもの、子どもは生まれるものという感覚を持たなければいけない。経済と科学技術だけで社会を考えるから、少子化問題に対してお金で解決しよう、労働力不足になるから子どもを増やそうという発想になる。しかし本来、生きものとしてはただ可愛いから子どもが生まれてほしいということだけのはずだ。機械論が追い求める『早くできる』『手間が省ける』『思い通りにできる』という目的は生きものには全く合わない。花であれ、子どもであれ育てるのはむしろ手がかかるし、思い通りになんてならない。でもそこに喜びがあり、思いがけない面白さもある」と、機械論と生命誌の違いを示してくれました。
この現代に蔓延る機械論的世界観に対して、中村氏は「重ね合わせること」を提案します。「今は多くの人が、経済や科学技術から機械論的な世界観で未来像を描くことが多い。もちろんそれも大事だが、私は生命論も一緒に考えるときだと思う」と述べ、その重ね合わせを実践している「生きものとしての土木研究会」でのエピソードを話しました。
「例えば、これから家を建てます、でもここには森がありますとなったときに、どのように生きものや生態系を守っていけばいいのか、科学だけでわかることとわからないことがある。このわからないことは、伝統技術を探れば智慧があって、両者を合わせれば新しい技術を生み出していける。科学技術を否定してはいけないし、伝統技術だけでもいけない。科学だけでやると傲慢な考え方になるが、伝統技術はいろんな考え方があり謙虚に考えることができる。この自然に対する謙虚な態度こそ大事なことだ」(中村氏)
最後に中村氏は、特に若い世代に対してのメッセージとして「『生きものの中の私』からスタートさせる社会をつくっていって欲しい」と語ります。
「多様な生きものの中のたった1種類、ホモ・サピエンスという人類が80億ほどいて、アフリカから日本列島までやってきた祖先がいて、いま私がいる。私という存在を、日本人や、仲間や家族という括りの中だけで考えるのではなく、ホモ・サピエンス固有の能力である共感力を働かせて、私は生きものだ、というところから改めて今の社会を見つめなおして欲しい」(中村氏)
講師の梅本氏が中村氏と共に再登壇し、質疑応答の時間が始まりました。梅本氏は「中村先生が語るエネルギーそのものが生命誌のようだった」と振り返りました。中村氏は微笑みながら「知れば知るほどDNAより不思議なものはない。神様でもつくれないのではと思うぐらい不思議。その不思議さを忘れないことが大切」と応じ、梅本氏は「その不思議を探求するためワクワクして旅を続けている姿がまさに生命誌のようだ」と笑顔で対話しました。
講演後に感想を述べる梅本氏(右)とそれに応じる中村氏(左)
質疑応答の時間には、会場の参加者から「生命の源は一体何なのか」という質問があがりました。中村氏は「今の研究では無から生まれたとされているが、私にもわからない。今はまだ答えはない」と率直に答えます。そして続けて「でも、わからないことを抱えているというのは、むしろ良いことだと思う。今は『答えがあること』が価値とされる時代かもしれないが、私は『答えのないことに耐える力』、すなわちネガティブ・ケイパビリティが大切だと思う」と語りました。それを受けて梅本氏も「物語思考デザインコースでも、どこへつながるかわからない、答えがない物語を共に紡ぎながら、新しい世界を探索していこうとしている」と共感を示しました。
また別の参加者からは「科学は学べば学ぶほど謙虚になるものだと思うが、今はそうなっていない気がする」との感想が寄せられます。中村氏はこれに対し、「最近お会いしたAI関連に強い若い方が『AIはなんでもできる』と仰っていた。本来、科学技術は万能ではないはずなのに、今の社会は『できる』と言い切る若者を生み出している。それは『できる』と断言しないと競争社会において勝てないからだと思う。そういう状況にあることを考える必要があるのでは」と静かに問題提起して、講座は終わりの時間を迎えました。
質疑応答はネガティブ・ケイパビリティと謙虚さが話題になった
38億年の生命の物語を見つめることは、人類を生きものとして再確認し、これからの私たちの生き方を問い直すことだと感じました。私たち一人ひとりの中にある「生きものの物語」を取り戻すことが、豊かに生きる未来への第一歩なのだと感じさせられる時間でした。
中村氏の話にインスパイアされ、公演中に白紙から描き上げた絵を説明するファシリテーション・グラフィック・アーティストの吉田顕(ひかり)氏

丸の内プラチナ大学では、ビジネスパーソンを対象としたキャリア講座を提供しています。講座を通じて創造性を高め、人とつながることで、組織での再活躍のほか、起業や地域・社会貢献など、受講生の様々な可能性を広げます。