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福島県の魅力を再発見し、復興を後押しすることを目指す「ふくしまフードラボ」。2022年にスタートしたこの取り組みは、2023年はDay1とDay2の2回に分けて実施されました。Day1では「福島の食と酒の魅力再発見」というキャッチコピーの下、福島県内で食や酒の製造販売等に関わる方々をお招きし、講演と懇親会が開催されました。そしてDay1に続き満員となったDay2では、「新たな福島に向けて」と題し、熱意をもって新しいプロジェクトに取り組み魅力を創っている登壇者の事例から、これからの福島県のあり方を考えていくトークイベントとなりました。
●中村正明氏(6次産業化プロデューサー、関東学園大学 教授、東京農業大学 客員研究員、大丸有「食」「農」連携推進コーディネーター)
Day2の先陣を切ったのは、1次産業と2次産業と3次産業を掛け合わせて付加価値を高める「6次産業化」をプロデュースする中村正明氏です。エコッツェリア協会ではお馴染みの中村氏は、福島の食や食文化、それらを醸成し広く発信しようとしている方々、そして今後福島が解決していくべき課題を紹介していきました。
米やキュウリ、トマト、福島牛、川俣シャモや会津地鶏、桃や梨など、多くの食材が全国的に高い評価を受ける福島県ですが、その食文化はそれぞれ気候が異なる3つのエリア「浜通り」「中通り」「会津エリア」に分けて捉えられることが多いです。太平洋に面した温暖な気候の浜通りでは、「ホッキめし」や「いか人参」といった海産物を活かした食文化が育まれています。盆地が多い中通りは「鯉のあらい」や「味噌かんぷら」といった独自の料理も発展しつつ、フルーツ王国と言われることもあります。日本海側に面して豊かな自然と歴史を持つ「会津エリア」では、Day1で振る舞われた「わっぱ飯」や「にしんの山椒漬け」などの郷土料理が知られています。このようにエリアごとにオリジナリティ溢れる食を誇る福島県だからこそ、数々の6次産業化の取り組みが展開されています。
「米以外の産物を作る米農家は少ないのですが、浜通りの『ごろくファーム』という米農家では、空いたハウスで野菜を栽培し、その野菜を活かして作った独自の切り餅を販売しています。同じく浜通りの鈴木酒造では、地元の米農家と連携して酒造りをしています。また、地元の漁業を盛り上げるために、AIを用いて旬の魚に合ったお酒を提供する魚酒マリアージュという試みも展開しています。本日のゲストでもある弥七農園の木村貴華子さんは、農業女子や野菜講座といった切り口で野菜の魅力を広めたり、生産した野菜をパウダーにして地元や都内で開催するマルシェで販売したりと、精力的に活動しています。Day1のゲストでもあった『割烹会津料理 田季野』の女将・馬塲由紀子さんは、地元の郷土料理の魅力を発信することを皮切りに、耕作放棄地の開墾や農園の収穫体験などに取り組んでいます。中通りのイタリアンレストラン『インコントラ ヒラヤマ』では、生産者と連携して規格外品を活用した料理やジェラートを開発し、大変な人気を獲得しています。このように、それぞれの産業従事者で連携することが新しい食の魅力の開発や担い手不足、後継者不足の解決につながっていくのではないかと考えています」(中村氏)
6次産業化を推進し、後継者不足や耕作放棄地、風評被害といった様々な課題を解決しながらイノベーションを起こしていこうと、福島県内の事業者たちは取り組んでいます。その中で重要となるのは、食を文化や芸術のレベルで考察する「ガストロノミー」の観点を持ち、都市との連携や基幹産業の再構築を図り関係人口を増やしていくプラットフォームを創ることです。「そうしてソーシャルビジネスを創出していくことが、持続可能な形での福島県の復興と活性化につながっていく」と、中村氏は話しました。
●北村秀哉氏(テロワージュふくしま実行委員会・委員長、かわうちワイン株式会社代表取締役)
次に登壇したのは、2014年から福島県川内村でブドウ栽培やワイン造りを手掛ける北村秀哉氏です。もともと東京電力に在籍していた北村氏は、東日本大震災後に福島県内すべての事業所の復興関連業務を統括する福島復興本社へ異動します。業務として福島県の復興に携わる中で、個人としても地域に貢献できることはないかと考え、自身が興味を持ち、かつ地域の資産を活かせるワインに着目します。
「福島といえば果樹栽培が非常に盛んな果樹県です。地域のポテンシャルを活かし、風評払拭や持続可能な新しい農業へとつながるだろうと思い、ワイン造りに挑戦しました。ちょうど川内村の人々も何か新しいことをやらなければならないと考えていたタイミングでしたので、一緒に耕作放棄地を土壌へと整備し、2,000本の葡萄の苗木を植えました。同時に第三セクター方式でかわうちワイン株式会社を設立し、私自身取締役に就いています。今から振り返ると無謀なところもありましたが(笑)、結果的にワイナリーもできてホッとしています」(北村氏)
かわうちワイン株式会社は2022年に初めてヴィンテージワインも出荷し、現在に至るまで順調に事業を展開しています。こうしたワイン造りと共に北村氏が力を入れているのが「テロワージュふくしま」というプロジェクトです。「気候風土と人の営み」を意味する「テロワール(Terroir)」と「食とお酒のペアリング」を意味する「マリアージュ(Mariage)」の2つのフランス語を組み合わせた造語からなるこのプロジェクトは、食中酒のワインと福島県の食材を掛け合わせてそれぞれの魅力を高め、国内外に発信していくというものです。具体的には、地域食材と福島県のお酒のマリアージュを楽しめる県内の飲食関連施設に取材して情報発信を行ったり、料理店や酒の生産者とタイアップをして福島県や東京都でイベントを行ったり、旅行会社と連携して食ツーリズムを提供したりしています。
「このプロジェクトは『究極の美味しさは産地にあり』を理念としています。今後は県内や都内だけではなく、大阪などでもイベントを開催していく予定ですので、ぜひ参加して楽しんでください」(北村氏)
●「Campus Scope」学生記者による福島取材報告:齊藤ゆきの氏(上智大学)、高橋礼那氏(上智大学)、高田彩乃氏(早稲田大学)
続いては、首都圏の大学生と読売新聞社が共同制作している学生新聞「Campus Scope」の3人の学生記者が福島県で取材を行い、その内容や感じたことを話しました。
2023年に福島県双葉郡大熊町で開校した町立の義務教育施設「学び舎 ゆめの森」や福島第一原発に取材に行った上智大学の齊藤ゆきの氏。ゆめの森で子どもたちとコミュニケーションを取り「人と人のつながりを強く感じることができた」と話す一方で、「福島第一原発で被害の大きさとエネルギー問題の重要性を改めて認識し、これからは積極的に情報を得ていかなければならない」と感じたそうです。
同じく上智大学の高橋礼那氏は、震災後の避難指示の影響で栽培が途絶えてしまった大熊町特産品のキウイを復活させようと取り組む方々を取材しました。その取り組みを推進するのは和歌山県と東京都の大学生で、「私と同年代の人たちが抱く大熊町への愛や、必ずキウイを復活させて地域を復興させるという想いに強い刺激を受けた」と語りました。
中学生の頃に宮城県仙台市で被災した早稲田大学の高田彩乃氏は、福島第一原発周辺の学校を取材。「津波や原発事故に襲われながらも助かった方々にお話を聞き、日頃の備えの大切さを実感した」と言いました。また、「悲しいイメージがあった」福島県を実際に訪れ、地域の人々と触れ合ってその温かさに感動し、「被災地というイメージのままだと福島で行われている様々な活動を見落としてしまう可能性があるので、現地に足を運び、自分自身で正しい情報を得ることの大切さも実感した」と話しました。
●木村貴華子氏(弥七農園)
4組目に登壇したのは、会津地方で弥七農園を営む木村貴華子氏です。上京後アパレルメーカーなどで18年間勤務した後、37歳の頃にUターンして実家の「弥七農園」で働き始めました。現在は一畝一畝違う野菜を育てる少量多品種生産方式を取り入れ、対面販売にも力を入れています。さらに最近では6次産業化の取り組みも推進しています。自分で生産したほうれん草やかぼちゃをパウダー状にして販売する加工食品の開発など、新たな販路開拓やフードロス削減のための工夫も行っています。こうした取り組みの背景には、「多くの人に野菜の旬を知ってもらいたい」思いがあると木村氏は話します。
「クリスマスケーキの影響でイチゴの旬を12月だと思っている人は多いですが、旬の時期は4月頃です。また、冬にトマトを買い求めるお客さんもいますが旬は夏です。東京では一年中同じ野菜を手に入れられますが、その影響でその野菜が最も美味しい季節を知らない方が増えてしまいました。そこで、私が対面販売する時にはお客さんとコミュニケーションを取って野菜の情報をお伝えするようにしています。こうして少しでも野菜の旬に対する理解を深めて食卓に取り入れていただきたいと考えています」(木村氏)
●小泉良空氏(一般社団法人ふたばプロジェクト)
次にマイクを握ったのは、双葉町をはじめとした地域の復興や魅力を発信する官民連携組織「ふたばプロジェクト」で情報発信業務や旧双葉駅舎の案内業務、地域の伝承事業を担当する小泉良空氏です。もともと双葉町の隣の大熊町で生まれ育った小泉氏は、中学生の頃に被災し避難生活を送った後、2021年から現職に就きました。その動機を次のように説明します。
「この地域は未だに注目を浴び続けているものの、ある意味で勘違いされやすい地域とも言えます。私は生まれ育った地元が大好きなので、変に勘違いされるととても悔しいんです。その悔しさをバネに、この地域で起こっていることや、今後計画されていることを多くの人に伝えていきたいと考えています。その思いを叶えるために、地域を訪れた方々に町を案内したり、観光案内所で地域の見どころを紹介したりといった活動を行っています」(小泉氏)
仕事以外の面でも地域で暮らす同年代の人々と協力して畑を作り、地域の人同士がコミュニケーションをとれる場作りに取り組むなど精力的に活動しているそうです。小泉氏は最後に「被災地と言うとネガティブなイメージを持たれるかもしれませんが、私のように楽しく暮らしている人間もいることを覚えていただけたら」と笑顔で語りました。
●佐々木瞳氏(フリーアナウンサー、元ラジオ福島アナウンサー)
最後に登壇したのは、ラジオ福島で震災報道の取材・中継などに従事したのち、現在はフリーアナウンサーとして幅広い活躍を見せる佐々木瞳氏です。現在は東京を拠点に活動している佐々木氏ですが、「関係人口」をテーマに今でも福島県に関係する取り組みを展開しています。
「ラジオ福島を退職した後、リクルートで働いていた時期があるのですが、その頃に会社のCSR活動の一環として福島でボランティア活動を行いました。その中には今日お話に上がった川内村でのワインの植樹ボランティアなどもありました。また、現在は福島でビジネスを展開することに興味がある起業家の方を集めて視察ツアーを企画したり、福島の食材から新しい料理を考えて発信するイベントなどを展開したりしています。もともと福島に興味のある方だけではなく、より広く可愛らしさやお洒落さといった文脈も盛り込んでPRし、福島を知ってもらうきっかけづくりをしたいと考えています」(佐々木氏)
その他にもアンバサダーを務める富岡町を定期的に訪れ、地域で栽培された米を使ったオリジナル日本酒「萌の躑躅(きざしのつつじ)」のラベルの考案や、米の収穫作業の手伝いなども行っています。そんな佐々木氏は、今後は「SNSマーケティングを使った福島の発信」と「地域✕香りをテーマにしたプロダクト開発」に注力したいと考えているそうです。そして最後に、自らの取り組みへの想いを語り講演を締めくくりました。
「そもそもは福島のために何かできないかと考えて活動をスタートしましたが、今では福島に関わると面白くて楽しい、福島の人々とつながると元気が出るので続けています。もちろん『福島をより良い地域にしたい』という想いもありますが、福島に関わることでポジティブな感情が得られますので、ぜひ多くの方に福島とつながることで元気になってもらいたいです」(佐々木氏)
トークセッションが終わると、第二部では福島県の食やお酒を味わうフードセッションと懇親会が開催されました。Day1に引き続きDay2でも数々の酒蔵・醸造家から日本酒やワイン、クラフトビールが並びました。そしてこの日の目玉は、新しい食文化の醸成や食を通した交流に取り組む「Peace Kitchen Tokyo」の比嘉康洋シェフが手掛けた「福島県 山海の恵み弁当」です。福島牛や伊達鶏、会津丸茄子など、福島県の様々な食材をふんだんに使った弁当で、比嘉シェフも「イベントで振る舞われるような食材ではない」と評するほどでした。他にも福島県の食材を使ったおつまみが提供され、参加者は福島県の味を堪能しました。
トークも料理やお酒も内容盛りだくさんとなったふくしまフードラボ2023。福島県を愛する人々が集った2日間は多くの笑顔が溢れました。