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世界的に移動が制限されている今だからこそ、グローバルに進出する意義や手段を考える「グローバルビジネス展開プログラム2020(※)」。第1回と第2回では、シリコンバレーを中心にグローバルのリアルについて学びましたが、それを踏まえ、第3回は「海外から見た日本のスタートアップビジネス」をテーマに設定。
今回ゲストとしてお招きしたのは、ウズベキスタンから日本に留学し、日本で起業したファリザ・アビドヴァ氏(Co-founder& CEO of Trusted Corporation)と、日本とドイツの二拠点生活を経験する池原真佐子氏(株式会社Mentor For 代表)です。お二人の女性起業家には、起業する上での心得、海外と日本がマッチングするための方法、多拠点でグローバルビジネスを展開する意義などについて語っていただきました。
※グローバルビジネス展開プログラム2020」は、東京都が2013年度より推進する創業支援事業「インキュベーションHUB推進プロジェクト」によるプログラムです。「インキュベーションHUB推進プロジェクト」とは、高い支援能力・ノウハウを有するインキュベータ(起業家支援のための仕組みを有する事業体)が中心となって、他のインキュベータと連携体(=インキュベーションHUB)を構築し、それぞれの資源を活用し合いながら、創業予定者の発掘・育成から成長段階までの支援を一体的に行う取組を支援し、起業家のライフサイクルを通した総合的な創業支援環境の整備を推進します。
最初に登壇したファリザ氏は、ウズベキスタンのサマルカンド国立外語大学から日本の文部科学省の奨学生として神戸大学に留学し、異文化コミュニケーション及び国際関係の研究に従事した経験を持ちます。神戸大学卒業後はウズベキスタンには戻らず、2010年にグローバル人材開発を行うSOPHYS株式会社を、2016年には社会のイノベーションを加速させるビジョンを掲げるTrusted株式会社を共同設立。現在も日本をベースに活動しています。そんな彼女が起業をしたのは「日本で就活する方法がわからなくて、起業するか帰国するか二択の状況を迫られたから」だったということですが、その背景には確固たる目的意識がありました。
「初めて日本に来た時、100年先にタイムスリップしたような感覚がありました。それくらい母国とは生活レベルが違っていたんです。ウズベキスタンだけに限らず、世界にはガスがない、水道がない、インターネットがないという国はまだたくさんあります。そうした国々に対して何か貢献したいと強く感じていました。私はエンジニアリングなど技術的なことはできませんが、異文化について研究していましたし、色々な国の人たちとビジネスをするのが好きです。それを活かして、各国の高いポテンシャルを持つ企業をリサーチし、それぞれをつなげ、イノベーションのサイクルをスピーディーに回すことで貢献できると思っています」(ファリザ氏)
一口に「イノベーション」と言っても、高い技術を持っていればいいわけではありません。一社だけでカバーできる領域は限られていますし、世界中に届けるためには多様な視点も必要になります。いいパートナーと結びつくことができても、いずれかの企業の業績が悪化したり、突然他企業から買収されてプロジェクトが頓挫してしまうケースもあります。さらには、問題なくプロジェクトがスタートしたとしても、エンジニア側と事業開発側が共通言語でコミュニケーションが取れず、溝が生じてしまうなんていうことも少なくありません。こうした課題は、日本のみならずヨーロッパでも同様です。そしてその解決には、様々な情報を収集・分析し、統合的に判断できるプレイヤーが必要であり、ファリザ氏はそのポジションを担っています。
「『いいパートナーを見つけたい』というクライアントから依頼を受けると、『セレクション・クライテリア(抽出基準)』を明確にしたり、パートナー候補企業の技術やクライアント企業との相性を分析していきます。その際、技術面だけではなく、ビジネス面や法律面の専門家からもチェックをしてもらうことで多面的に評価していき、クライアントに情報を伝えます。現在はヨーロッパを中心に、5000社ほどのスタートアップ企業のデータベースをつくっていますので、ゆくゆくはこの数や地域を増やしていきたいと考えています」(同氏)
このようにグローバルを舞台に活躍するファリザ氏ですが、日本で起業してからの10年間で、起業家として、グローバルを駆け回る一人のビジネスパーソンとして、様々なことを学んだと言います。その気づきを次の9つのフレーズとともに紹介していきました。
(1)How did it all Start?(どのように始めたのか)
当初、起業のハードルは果てしなく高いものと考えていたそうですが、友人から資本金や法定費用を合わせて20万円ほどあれば起業できることを教えてもらい一念発起。人や文化をつなぐという仕事柄、身一つあればビジネスを展開できることもあって、必要最低限の資金と設備だけを揃えてスタート。このように、形にこだわらずにスタートすることも重要と言えるでしょう。
(2)Dare to Dream(あえて夢を見る)
起業後、「私なんかには無理」「足りないものが多すぎる」「ネイティブには勝てない」と言ったように、自分にリミットを掛け、できない理由を探すことが多かったといいます。しかし、経験を積んでいくことで「夢を持って少しずつでも動いていけば、誰にでも実現できる」と気づいたそうです。ステップ・バイ・ステップで挑戦していけるかどうかが、成長の分かれ目になるでしょう。
(3)Dig Deeper(深く掘り下げる)
当然ながら、経営者には「ファイナンスを安定させる」という目標の設定・実現も欠かせません。ファリザ氏自身も当初から経営安定を目標のひとつに掲げていましたが、事業が軌道に乗って来た頃、目標を叶えてモチベーションが下がってしまったり、次の目標を設定できずに立ち止まったことが多々あったそうです。こうしたビジネス的なスタックを避けるために「なぜ自分がそのビジネス・プロジェクトを進めるのか、本当に深いところまで掘り下げ、理由を明確にしていく」ことが重要だと説きました。
(4)Take Action to Find Your Passion(情熱を見つけるためにアクションする)
一意専心という言葉があるように、日本では1つのことに集中した方がいいという考えが根強くあります。しかしファリザ氏は「1つのことだけにフォーカスするよりも、面白いプロジェクトの話を聞くとすぐにやってみたくなる」タイプ。その背景には「長く続けるべきではない、モチベーションが続かないというプロジェクトも多くあるが、やってみないと本当には理解できない。だからこそ、色々なプロジェクトに携わっている」といいます。もちろん時間や予算の制限を掛けることも必要ですが、真に情熱を注げるものを見つけるには、多くのアクションが必要になるのです。
(5)Reality Check(真偽の確認)
新しいプロジェクトを興す、あるいは起業や転職など新しい環境に身を投じる時には、本当に成功する可能性が高いのか、真偽を確認してから行うべきといいます。仮に確信が持てず、しかしながら挑戦したいのであれば、現状を維持しながら限定的にリソースを割いてチャレンジしていった方がいいでしょう。もし新しい挑戦が上手く行かず、金銭的にもギリギリの生活になってしまうとメンタルを害しますし、追い込まれるとビジネスの意思決定にも悪い影響が出てしまうからです。いい仕事のためには、安定が大切ということは忘れてはならないのです。
(6)Brand Yourself with your Passion(情熱を通じて自分をブランディングする)
自分のビジョンやプロジェクト、実績などの紹介できるキーワードを使って自己紹介していくことが大切です。そうやって自己をブランディングをしていくことで、キーワードに関連した情報を提供してくれたり、人を紹介してくれたり、何らかの事業が始まる際に声をかけてもらえたりと、チャンスをつかみやすくなるからです。その際のポイントは、仮に何の結果が出ていなくても恥ずかしがらずにアピールしていくことだと、ファリザ氏は教えてくれました。
(7)Emotional Rollercoaster(感情はローラーコースターのように変化する)
経営には重責が付き物で、メンタルは日々ローラーコースターのように激しく上下することに起業してから気付いた、とファリザ氏は語ります。それによって自信を失くしたり、頑張ってもうまく行かないと思いこむこともあり、ビジネスに多大な影響を及ぼしたそうです。こうしたことを最小限に抑えるためには、息抜きや切り替えの方法を見つけたり、エモーショナルインテリジェンス(自分の感情を認識・理解して管理する能力と、他人の感情を認識・理解して影響を与える能力)を鍛えることが大切だということに気付いたそうです。
(8)Enjoy the Journey and Celebrate the Small Wins(小さなことでも祝福しよう)
社会に出ると「できて当たり前」と言われることも多いですが、ビジネスを行っていく上では些細な成功体験でも頻繁に祝福し、自己肯定感を高めていくことが大切だと言います。
(9)Tips and Tricks(ヒントとコツ)
どのようなビジネス・プロジェクトであっても、プレイヤー自身が健康でなければ成功はできません。そのため、心身ともに自分の健康に投資をすることが、ビジネス成功の大きなヒントとなります。そうやってオンとオフをしっかりと切り替えていくことで、長期的に挑戦を続けていくことが一番大事だと、ファリザ氏は力説しました。
ファリザ氏が紹介した9つのポイントは、起業家のみならず、そして舞台の違いに関わらず、多くの社会人にとって目からうろこが落ちる情報だと言えるでしょう。
続いては登壇したのは、女性の「社外メンター」を育成・マッチングする事業を中心に、組織開発や経営戦略立案などを手掛ける株式会社Mentor Forの代表を務める池原氏です。池原氏はまず、自身の起業のきっかけを次のように説明しました。
「イノベーションには異質な人が混じり合うことが必要です。『異質』と聞くと国籍や人種・民族が異なる人ばかりを思い浮かべがちですが、性別もそれに当たります。しかし日本ではマネジメント職に就く女性の数はとても少なく、これで本当にイノベーションが起きるのだろうかという課題意識があったんです」(池原氏)
「ただ、私自身、会社員の時にリーダーになれと言われたら断っていたと思います。周囲に女性リーダーのロールモデルがいなかったからです。参考になる人もいないのに想像でやれと言われても無理ですよね。それならば、全国からロールモデルを探してみようということで始めたのが、現在の女性メンターのマッチング事業です」(同)
これを起点に、効果検証を繰り返し、人を巻き込み、時にはより良い方向へと転換しながら事業を発展させてきた池原氏。現在では、多様な属性を持つ人々を内包するダイバーシティ&インクルージョンの視点を経営に取り込んでいくビジネスも展開しているといいます。
そんな池原氏は、起業し、妊娠・出産を経た後、パートナーの海外転勤に伴って生活の拠点をドイツに移します。一方で、Mentor For の主要顧客は日本企業であるため、当然ながら本社機能は日本に置いたままビジネスを継続する必要があり、ドイツと日本の2拠点生活がスタートします。当初は月に1,2回の日本出張とリモートワークを組み合わせながら業務を実施し、現在は新型コロナウイルスの影響でリモートワークが中心になっているそうです。つまり池原氏は、現在日本社会でも注目度が高まっている多拠点生活の先駆者でもあります。その経験から、起業家が多拠点生活をする魅力について語っていきました。
「拠点を置く場所に関係なく、多拠点生活をすると、世界観が広がり価値観が一変します。生活の場所が変わると『こちらの当たり前があちらの当たり前ではない』わけで、前提から問い直されることも多々あります」(同)
こうした"違和感"は決してネガティブなものではなく、むしろ新しいビジネスのアイデアにつながると言います。
「例えば現在の日本では、少子高齢化やデジタル化などが大きな社会課題であり、これらの解決に向けたビジネスが注目されています。一方ドイツでは、エネルギーや環境に対する比重が大きく、これらをテーマにしたビジネスが成立しています。このように、地域ごとの課題を突き詰めていくとビジネスのアイデアが広がると感じています」(同)
現地の人々とは異なる視点を持って地域に入っていくからこそ、溝を埋める役割ができるということなのでしょう。さらに多拠点生活は、「メンタル」と「ブランディング」の観点でも好影響を及ぼすとも話します。
「ファリザさんも指摘していましたが、起業家や経営者は常に恐怖心との戦いですから、如何にして心の安定をつくるかが大切です。多拠点生活は、職場とは離れた場所に住むことでもありますから切り替えしやすい環境とも言えます。また、離れていることを利用して敢えてアイデアを寝かせると、より良い考えが生まれたりもします」(同)
「ビジネスを成長させる上で、起業家自身のブランディングはとても大事です。多拠点生活をしていることは生き方の証明でもありますから、その点を上手に魅せていくと、『こういう生活をしている人ならイノベーティブな発想ができる』と周囲に感じてもらうこともできる可能性があります」(同)
一方で、多拠点生活には不安も付きまといます。池原氏が挙げたのは「信用の喪失」と「健康」に関してです。
「拠点を変えることでお客様が離れてしまったり、信用されなくなってしまったらどうしようという思いはありました。『ドイツにいる人には任せられない』と思われてはならないので、顧客に不信感を与えないようにメールはすぐに返信するようにしていますし、私に連絡が取れないときのバックアップ体制も構築しています。特に、ゼロから1を創り出すフェーズでは信用力は皆無な状況と言ってもいいので、少しずつ少しずつ信用を積み重ねていくよう、日々心がけています」(池原氏)
「私の場合、主要顧客が日本企業ということもあり、どうしても時差が生じてしまいます。特にコロナ禍でオンライン会議が増えた結果、日本時間に合わせて動くので、ドイツ時間の午前2時に起きて会議をするということもあります。もちろん健康が第一ですが、それでもお客様に対してやると言ったことは死ぬ気でやるのが責任だと思っていますから全力で臨んでいます。ですが、これが続くと体力的に厳しいですね(苦笑)」(同)
その他にも、金融機関や自治体での手続きなどはまだまだリモートでは難しく、日々苦労を続けていると言います。それでも、先に紹介したメリットや現地で得られるネットワークはビジネスに大きな好影響を与える上、新型コロナウイルスによって日本にもリモートワークの波が訪れている今こそ、多拠点生活に踏み出すチャンスだと口にした上で、その際の心得を伝授しました。
「正直なところ、多拠点生活でビジネスを進めると思い通りいかないことの方が多いです。理想を描くのは大事ですが、期待値は上げすぎずに、目の前のことをコツコツやっていき、柔軟な発想で要所要所でピボットしていくことが大切だと心得るといいでしょう。また、何のために自分は仕事をしているのか、そして何のために多拠点生活をしているのか、価値観を明確にしておくといいでしょう。逆に言うと、自分の根底の部分が言語化できていないとハードワークに耐えられない可能性もあるので、しっかりと考えることをオススメします」(同)
そして最後に、池原氏が仕事と人生の中で大切にしたことを紹介し、講演を終えました。
「私は、自分の情熱を記した旗を立てることを大切にしてきました。起業家や会社員だけでなく、主婦の方や退職した方でも何かしらの情熱は持っていると思います。その旗を立てて行動していくことで仲間は増えますし、何らかの対価を得られます。これが人にとっての『ブランド』と言えるものだと思います」(同)
「仕事と私生活の関係を『ワークライフバランス』と表現しますが、この言葉からは『自分(セルフ)』が抜け落ちていると感じています。仕事(ワーク)も家庭や家事(ライフ)も大切ですが、本当はその真ん中に自分(セルフ)があるべきだと思うんです。とある人類学者の先生が『ここ数十年の間に日本人にとってのセルフとアイデンティティの概念が変わってきた』と話していましたが、確かに社会的にその傾向がありますし、特に女性の間でセルフに対する意識が強くなってきていると実感しています。このセルフを維持する時間を意識して人生を設計していくべきだと考えています」(同)
二人の講演を終えたところで、幾つかのグループに分かれて感想をシェアし、質疑応答へと移ります。ある大手企業でヨーロッパ向けの事業を展開するために、現地企業との連携を検討しているという参加者からは、ファリザ氏に対して次のような質問がなされました。
「マッチングを検討している企業では、研究部門と他部門で意思疎通が上手く行っておらず、互いが何をやっているか理解できていない状況にあります。こうしたとき、どうすればうまくマッチングできるのでしょうか?」(参加者)
ファリザ氏は「評価システム」と「ビジョンやコンテンツの共有」という言葉を挙げて解決策を提示しました。
「同様の課題はよくありますが、問題は会社のシステムにあります。他企業や他部門との連携によって社員には負担が増えるわけですが、それがどうやって評価につながるのか、インセンティブが生まれるのかなど、制度を用意できない会社も多いんです」(ファリザ氏)
「制度の整備以外で効果的なのは、研究部門が行っている研究はどのようなビジョンやパッションを持っているのか、世の中をどう変えていくことになるのかといったことを動画などに落とし込み、誰にでもわかるように発信していくことです。そうすることで他部門の興味を誘い、理解を深めていけるでしょう」(同)
池原氏には「人を巻き込んでいくにはどのようにアプローチすればいいのか」という質問が飛びます。これに対して池原氏は次のように答えます。
「以前の私は『全部自分でできます』というタイプでしたし、今でもチームメンバーにタスクを割り振れなかったりします。しかしそういうスタンスでは限界が来ますから、ある時に『これ以上はできません』とオープンにしたんです。そうしたところ、たくさんの方が助けてくれました。だから、完璧であろうとしないことが大切なのかなと思います。その前提として、自分が何を成し遂げたいか、どんな未来を見ているのか、ビジョンの旗を立てておくことが大切です。そのビジョンに対していいねと言ってくれる人が助けてくれるはずですから」(池原氏)
この日、ファリザ氏と池原氏が語ったのは、起業やグローバルビジネスのいい面だけではなく、"リアルな苦労"も多々ありました。これからのニューノーマル時代がグローバル進出の好機であることは間違いありません。しかし同時に、先が見えない時代だからこそ多くのリスクも予見されます。リスクを最小限に止めるには過去の事例を知って対応策を練らなくてはなりません。そのためにも、このグローバルビジネス展開プログラムのようなセッションに参加し、情報を仕入れていくことが第一歩となるはずです。