秩父宮記念公園
秩父宮記念公園
御殿場ツアーレポートの前編では、一連を概観しましたが、後編では、前編で詳述できなかった御殿場市のエコガーデンシティ、リコーの取り組みを紹介します。「エコガーデンシティ」のコンセプト、その実践の取り組み、そしてリコーの環境事業開発の概要から、次世代のまちづくり、環境関連事業の道筋が見えてくるかのようです。
まず、御殿場市が掲げるエコガーデンシティの詳細から。市が進める木質バイオマスの実証実験の現場の詳細を振り返ります。
※御殿場ツアーレポート前編はこちらから
御殿場市のエコガーデンシティ化は2017年に協議会が立ち上がり、同年から具体的なプロジェクトの推進もスタートしています。最大の特徴は「産官学金連携」を軸にしつつ、シビックプライドの醸成を重視している点でしょう。もともとは、富士山麓の豊富な水資源、自然環境を活用したエコタウン構想がありましたが、現在は『ガーデン』を加え「エコガーデンシティ」となったという経緯があったそうです。景観を活用することで、市民一人ひとりに当事者になってほしいという思いがここには込められています。市の企画部未来プロジェクト課・沓間課長は、「今の環境を守り育てるためには、市民の意識改革が必要。景観からのアプローチはその一策」と話しています。
もうひとつの特徴は、企業・研究機関との強力な連携にあります。御殿場市は水資源が豊富なことから工業団地に多くの企業の事業所、工場があることを背景に、企業との連携を積極的に進めています。一例として、リコー、JAXAが市とそれぞれ2017年に協定を交わしました。
リコーとは2017年9月に協定を交わし、「先端技術開発など産業の振興や科学教育の推進」「自然環境の保全や環境教育の推進」「再生エネルギーの普及や省資源の推進など地球温暖化対策」など7項目で協働していくことになっています。後述する「御殿場油田プロジェクト」「バイオマスの利活用推進」でリコーの果たす役割は大きく、エコガーデンシティ推進における中核事業所となっているとも言えます。
JAXAは富士山五合目で実証実験施設を持つなど長年関係があり、2017年12月に協定。地球観測衛星「だいち2号」および次期専心レーダー衛星「ALOS-4」の運用・開発のため、校正検証するコーナーリフレクターの用地を無償で貸し出す一方、観測データの供与を受けて防災、環境保全、バイオマス促進などに役立てていきます。こうしたレベルでJAXAが自治体と相互協定を締結するのは例がありません。また、市では宇宙教育にも大いに期待しており、教育の底上げ、シビックプライドの醸成を促進したいとしています。
こうした連携を取りつつ、御殿場市では10プロジェクトを発足させました。
(1)箱根山系の保全と活用
(2)世界一の桜並木の整備
(3)家・庭・コモンスペースの創造によるコンパクト・ガーデンシティ化
(4)御殿場油田プロジェクト
(5)バイオマスの利活用推進
(6)スマートファシリティ普及促進
(7)マイクロ水力発電普及促進
(8)御殿場エコファーム
(9)ドローン等利活用による環境保全・防災の推進
(10)水素ステーションの誘致
ひとつひとつの進捗状況について未来プロジェクト課・芹澤副参事から解説がありました。一部先行して進んでいるものもある一方で、実証実験段階で本格運用はこれからというものもあり、レベルはさまざま。今後の方針について、芹澤氏は「PDCAを回しながら今後の進め方を考えていきたい」と話しています。
このうち、リコーが積極的役割を果たしているのが、(4)御殿場油田プロジェクト、(5)バイオマスの利活用推進、(6)スマートファシリティ普及促進(7)マイクロ水力発電普及促進です。(8)御殿場エコファームです。御殿場油田は、リコーの油化リサイクル技術によるもので、回収したペットボトルキャップから再生油を取り出し、活用を目指します。平成28年4月から翌年6月まで約1.5トンのペットボトルキャップを集め、2018年1月31日には採油式のイベントも開催。木質バイオマスは、リコーが開発を進める木質バイオマス熱供給パッケージを、市や第三セクター(御殿場総合サービス)がチップのバリューチェーンを支援するかたちで協働。詳細は後述しますが、独自の視点で取り組んでおり、日本の木質バイオマスの未来を感じさせる取り組みとなっています。マイクロ水力は、リコー、名古屋大学、インターフェイスラボが共同開発したシステムを、2018年4月から市内で実証実験する段階に来ています。
景観に注力する御殿場市らしい取り組みは、(1)(2)(3)でしょう。中でも、(3)家・庭・コモンスペースの創造によるコンパクト・ガーデンシティ化は非常に面白い取り組み。京都など歴史的建造物が並ぶエリアや観光地、大丸有や銀座などエリアマネジメントがしっかり入っている地域では景観保全の視点からこうした動きは見られますが、住宅地で行政が主導して景観構築、景観保全を行う例はあまり多くはありません。市の印野地区に宅地「星空の郷 御殿場高原・堀金」の造成を進めており、総合的な景観形成を誘導。当初の予定を早め、2017年10月から第1期の販売が開始され、すでに完売しているそうです。
続いて訪問した秩父宮記念公園では、木質バイオマスの熱供給プラントを見学しました。公園の指定管理とともにプラントを運営する御殿場総合サービスの総務部長・小野淳氏から説明を聞いています。
秩父宮記念公園は、秩父宮両殿下が1941(昭和16)年から5年ほど実際に住まわれたご別邸で、1995(平成7)年、御遺言に基づいて市に下賜され、2003(平成15)年に公園として一般公開されたもの。枝垂れ桜が名物として知られ、年間23万人の観光客が訪れる名所となりました。また、園内には宮様の防空壕が残されており、2015(平成27)年からその一部を見学もできるようにもなっています。
木質バイオマスの熱供給プラントは、その公園の一角にあり、隣の温室への熱供給、公園内の飲食施設である「うぐいす亭」の冷暖房を賄っています。施設のアウトラインは以下の通りです。
【ボイラー】オーストリアHerz製/35kW、自動運転・自動清掃システム
【チップサイロ】10立米未満
非常にコンパクトにまとめられているのが特徴です。もともと御殿場市は林業が弱く、平成26年から東京大学森林利用学研究室と共同で、森林利用のモデル事業を推進し、市内二子地域に「モデルフォレスト」を設置、本格利用の道を模索してきました。その鍵となるのが未利用材の熱利用で、森林再生・林業再生と、エネルギーの自給自足の実現を目指したいとしています。昨年から実証実験的に運用を始めています。
御殿場市の木質バイオマス熱供給事業で重要なキーワードになっているのが「身の丈」です。これは、運営する御殿場総合サービスの高橋宏二専務が一貫して主張してきたコンセプト。木質バイオマスは、かつて発電目的でブームとなり、日本各地にプラントが造成されましたが、上手く進んでいないケースもあり、それは大規模化とチップ供給の難しさに原因があったとされています。御殿場市の場合、チップ供給源となる林地が市内から非常に近く、運送費を抑え、身の丈にあった規模で熱供給が可能になります。売電などの早期収益にはなりませんが、持続可能で環境負荷の低い、エネルギー自給自足体制を構築できる可能性があります。この「身の丈」というコンセプトは、21世紀の持続可能社会を構築するうえでも重要なキーワードになるに違いありません。リコーでも、プラントの開発と平行して、理想的な規模、チップ供給体制のモデル化を進めているそうです(詳細後述)。
チップ破砕、運搬は、御殿場総合サービスのグループであるNPO法人地域活力創造センターが行っています。自社でトラック、運転手を揃えることで雇用を創出し、無理のない事業として運営できる体制を整えました。
御殿場総合サービスは、財団法人御殿場市振興公社と御殿場温泉観光開発株式会社が合流し、2008(平成20)年に成立したもの。両者とも公的施設の指定管理を主業務としてきましたが、「指定管理時代にあっても、水平展開せずに業務を深化させたことが現在の発展の基礎になっている」と小野氏は説明しています。指定管理物件を増やせば業務の拡大はできますが、「消耗戦になってしまう」(小野氏)。それよりも、御殿場総合サービスは地場産業と結びつくことで、指定管理業者としてのバリューを高める方向を選択。現在は、飲食業、農業、再生可能エネルギー、林業などの業務を手がけ、御殿場市になくてはならない存在となっています。
リコーの環境事業の歴史は長いものがあります。日本ではいち早く環境経営を謳い、1976年には環境推進室設立、1993年にはリサイクル技術が英国女王賞を受賞、1995年には御殿場事業所が日本で初めてISO14001を取得するなど、意欲的な活動をしてきました。現在は「環境経営も第2ステージ」と環境事業開発センターの冨澤聡氏は話しています。
御殿場事業所は、国内生産拠点再編に伴い、2013年に一時閉鎖されました。しかし、環境経営第2ステージのスタートにともない、環境事業の創発拠点として2016年4月にリブートし開所。現在では800名の人員を揃える一大拠点になっています。
ここでの事業は主に3点あります。
(1)リユース・リサイクルセンター
(2)環境技術の実証実験拠点
(3)環境活動の情報発信基地
(1)のリユース・リサイクルセンターでは、年間8万台の複合機を回収し、リユース。2万台を再生・再販しています。(2)はさらに細かく、以下のような業務に分かれています。
1.省資源(代表的なもの)
・廃プラスチック油化
・未利用資源からの水素製造
・静脈物流の最適化
2.創エネ(代表的なもの)
・木質バイオマス活用
・マイクロ水力
・室内光環境発電素子
3.省エネ(代表的なもの)
・調光型LED
・照明・空調制御システム
・ビル・工場向け省エネ設備制御システム
・マシンビジョンシステム
※EV、ドローン、道路点検
・次世代型栽培システム
こうした環境事業の開発を進め、センター内で実証実験、そして御殿場エリアで試行し、商用化、全国展開の可能性を探っています。これを「御殿場モデル」と呼び、リコーは新規事業開発のフィールドとして御殿場市を活用する一方、御殿場市は先進的な環境事業導入地としてのプライオリティを高め地域活性化につながるという、Win-Winの関係ができつつあります。
以下、写真に準じてセンター内の様子をかいつまんで見ていきます。
【木質バイオマスエネルギープラント】
チップサイロは9トン。ボイラーは小山田工作所製の200kw、500kwの2基を導入しています。Herz同様の遠隔操作が可能なうえに、今後は、複合機の遠隔診断システムの応用利用も検討し、ユーザービリティを向上させていく予定。
木質バイオマスはチップの供給が鍵になるため、リコーではチップ供給のサプライチェーンまでを考慮し日本全国に提案・販売しています。すでに東海・信越地域で導入が決まっており、本格運用を待っている状態。他にも全国から問い合わせが来ており、販売を促進していきたい考え。
導入メリットは、直接的には空調のコストダウン、間接的には企業のアピールにもなること。冨澤氏は「環境負荷低減、CO2削減という環境面とコストダウン、両面を訴求して販売を広げたい」と話しています。環境面では年間237tのCO2排出、コウトダウンでは削年間470万円ものコストダウンが実現しております。
24時間可動する工場や、周辺が林地であるような地域で導入すると効果が得やすいそうです。
御殿場総合サービスで見たように「身の丈」がこれからの木質バイオマスのキーワードであるとしたら、コンパクトサイズのリコーのパッケージは将来性が高いかもしれません。本場であるオーストリアでも、コンパクトな木質バイオマス熱供給事業がエネルギーの自給自足を支えている例がよく見られます。今後の動きに注目したい事業のひとつです。
【御殿場油田】
もともとは複合機のトナーカートリッジのリサイクルから始まった油化リサイクル。これを御殿場市若林市長が御殿場油田と呼びました。まだ実証実験レベルで本格運用まだ至っておりませんが、昨年1年弱で1.5トンのペットボトルキャップを回収し、約30kgの再生油を得ることができました。「都市油田」「都市鉱山」のひとつとも言えるもので、都市に限らず全国で利用できるモデル構築に期待がかかります。今年1月31日には市長も参加しての採油式が開催され、エコガーデンシティ御殿場を印象づけました。ここでリサイクルされた再生油は軽油に近いもので、4月7日からの桜まつりライトアップに使われる予定だそうです。
【コラボレーションスペース】
センター未来棟の2階には、開発中・実証実験段階・実装待ちといったさまざまな段階の技術を展示。見学する企業にコラボレーションを呼びかけています。マイクロ水力用に、3Dプリンタで成形されたプロペラや、センサー付きLED照明などが並んでいます。
【環境棟】
環境棟の1階ではコメットサークルに準じたリユース・リサイクルが実際に行われています。場内には回収された複合機が整列、機器の程度に応じたカラーバーコードが付けられており、天井に付けられたカメラと、AGV(Automated Guided Vehicle。無人搬送車)で、管理・運搬されるシステム。リコーが販売しているAGVは市販の黒色テープで稼働するため、工程変更などが行いやすい特徴があります。場内ではリユースの複合機の組み立ても行われており、環境負荷低減情報が可視化されるなど、さまざまな工夫がされています。 リコーでは、これらに限らず共創・共働のパートナー企業や研究機関・学校等を求めており、環境事業の知見がより広がり、深まることを期待しているそうです。
さまざまな企業、自治体が「エコ」や環境事業を進めるなか、御殿場市、リコーの取り組みは参考になる技術、コンセプトも多いのではないでしょうか。前編と併せてお読みいただき、これはと思ったものがあったら、ぜひアプローチしてみてください。