シリーズコラム

【さんさん対談】越境経験で得た "人"と"繋がり"というかけ替えのない財産

宮村駿さん(宮崎県職員)×田口真司(3×3Lab Futureプロデューサー) 

8,11,17


宮崎県庁から2年間の派遣出向し、エコッツェリア協会のスタッフとして奮闘してきた宮村駿氏に、そもそも県庁職員を志した経緯から、県庁での現場経験で感じていたジレンマ、そして東京での出向生活における心境の変化や成長までを伺いました。宮崎県庁から4人目の出向者となった同氏は当初、大きなプレッシャーを感じていたそう。さらに、不慣れな業務の中で、地元宮崎に関する知識不足に直面し葛藤したといいます。そうした中、丸の内プラチナ大学で出会った、第一線で活躍する講師や各地域で活躍されている公務員の方から大きな刺激と学びを得、出張先では多様な地域課題に触れることで自身の視座が変化。出向での経験から得た「ゼロから生み出す楽しさ」は、若手コミュニティの立ち上げなどの挑戦にも繋がりました。東京での生活は「楽しかった」と語った宮村氏、2年間の出向で得たものとは何だったのでしょうか。

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宮崎県の現場で感じた"もどかしさ"と"会いにいく"ことの大切さ

宮崎県の現場で感じた"もどかしさ"と"会いにいく"ことの大切さ

田口 2年間の出向経験を振り返るにあたり、まずは県庁職員を志したところからお話を伺います。

宮村 なんとなく民間は考えていなくて公務員になろうと思っていましたね。大学も法学系の学部で行政法ゼミに所属し、周りも公務員に進む人が多かったからかもしれません。

田口 行政といっても、国や県、市町村とありますが、県を選んだ理由を聞かせてください。

宮村 幅広く様々なことに取り組める県庁が良いなという思いは、最初から一貫していました。国ですと省庁でジャンルが限られてしまいますし、市よりも広域的な事業ができたら良いなと思ったんです。

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田口 最初はどこの部署に配属されましたか。

宮村 最初は、県立病院を所管する病院局の経営管理課です。各県立病院の補助金の申請のとりまとめが主な業務でした。他には、看護師さんの制服貸与の規定関係の整理や病院で使用する薬の値段交渉のようなことも。県庁の中でも忙しいと言われる部署だったので、入庁したてで分からないなりにただ必死にやっていたら 2年間終わっていたという感じでした。

田口 自身に合っているか等を評価する余裕もなく、日々業務進めていくしかなかったという感じでしょうか。そうした中で、やりがいを感じることはできましたか。

宮村 例えば薬の交渉など、ある程度目に見える成果が返ってくるものはやりがいがありましたね。行政の仕事はなかなか数字で見えるというものがないので、1年目でそういう経験ができたことは良かったと思います。

田口 病院局に2年間在籍した後は、どこに異動しましたか。

宮村 次は、出先機関の土木事務所に3年在籍し、道路や河川の許認可関係の業務や、災害の対応などをしていました。すぐ近くに県民、市民の方々がいらっしゃるので、まったくのデスクワークから一転して現場の毎日でした。夏場は草刈りの要請に応えることが多かったですし、「道路の亀裂のせいで大型車が通ると家が揺れる。なんとかしてほしい」と言われたり、川に放置されている自転車を、胴長を着て拾いに行ったりなんていうこともありました。また、2022年の台風では、私が勤務していた都城も倒木で道が塞がれて道路が通行止めになり、開放までに時間がかかってしまい大変でした。

田口 土木事務所での3年間は、何か計画を作るというよりも、日々、色々な出来事に対処していくという感じですね。

宮村 はい。その3年間では「もどかしさ」がいつもありました。苦情はいつも至極最もなことで、たとえば「堤防にたくさん草が生えているから、刈ってくれ」といった、管理者である県に対する要望です。ただどうしても予算の制約があり「予算がなくて難しいです」という断り方をするしかない。県職員で県民のために仕事を始めたはずなのに、何故できないんだろうというもどかしさは、3年間ずっとありました。

その中で1つ決めていたことがあって、私は常に電話が来たら現場に行くようにしていました。電話対応で「これはできません」と言うだけですと、どうもお互いに気持ちが収まらないときがあるので、何があっても現場に行く。現場に行って話を聞くとなんとなく場が収まるものなんです。

 image_column_sm2.jpg 自らのキャリアについて話す宮村氏

田口 県からの出向があるということはどのタイミングで知りましたか。知った当時からいつかはその制度を利用したいと思っていたのでしょうか。

宮村 大学生の時にインターンで行った県庁の職場の先輩に聞き、出向制度があることは知っていました。具体的な出向先は知りませんでしたが、そういう機会があるのならばチャレンジしようと入庁する前から思っていましたね。

田口 東京に出向と言われた時の気持ちは。期待感と不安感、どちらが大きかったですか。

宮村 国の省庁だと思っていたので、エコッツェリア協会と知らされて驚いたのを覚えています。
当時、仕事面で不安の方が大きかったですね。ただ幸運にも、エコッツェリア協会では、他県庁からの出向者が2人いらしたので、まず自分一人じゃないという安心感はありました。仮に自分が聞き漏らしても、その2人に訊ける心持ちでいることが出来て。ですから、東京に来てからは不安無く過ごせました。

出張で得た公務員の可能性と見つめ直した働き方

田口 歴代の出向者たちは、出向最初、感情の浮き沈みがあって悩むことが多かったようですが、その辺りはどうでしたか。

宮村 最初はありました。 4月、5月ぐらいは、個人会員さんと話すのを避けてしまうというか、あまり3×3Lab Futureのコミュニケーションゾーンに出たくないと思っていました。というのも、宮崎県のことをよくきかれるのですが、答えられなかったんです。自分が知らないことを知っている方が圧倒的に多くて。自分は大学4年間以外ずっと宮崎に住んでいるのに、全く宮崎県のこと知らなかったと痛感し、とても落ち込みました。

田口 宮崎代表で来たのに宮崎のことを語れないという悔しさを感じていたのですね。それは、どう乗り越えましたか。

宮村 慣れ、というのか、知らないという現実を真摯に受け止めましたね。知らないことは勉強しながら、それでもわからなければ自分から積極的に聞くようにしました。

田口 2年目では「丸の内プラチナ大学」を担当しました。プレッシャーを感じましたか。

宮村 2年目は自分でやるという意識がしっかりしてきましたね。プレッシャーというよりも責任感というか、やらないといけないという気持ちの方が強かったです。先輩の出向者の方々や周りのサポートのおかげで、全部自分一人で気負うことなく「大丈夫」だと思えました。

田口 自分事として取り組む自覚が芽生えた2年目に、後輩スタッフが入りました。今度は教える立場になりました。

宮村 県庁の職場でも後輩がいたので、人に教えることは苦ではなかったですね。教えることはできるのですが、ただ、どうしても自分でやった方が早い。その辺りのバランスは難しいと感じていました。

田口 2年間を振り返ってみての率直な感想は。

宮村 自ら手を挙げたこともあって、ありがたいことに出張に行く機会を沢山いただき様々な地域に足を運べたことが良かったです。地方の課題ってどこも実は大差ないのですが、地域ごとに特色ある取り組みをされていることを知ることが出来ましたし、公務員でもこういう取り組み、こういうことができるんだという新しい発見や気づきをたくさん得られました。さまざまな地域を直接見たり、地元の方とお話したりした経験は、自分の今後のキャリアを見つめ直す一つのきっかけになったと思いますね。

 image_column_sm3.jpg インタビュアーを務める田口

田口 丸の内プラチナ大学逆参勤交代コース講師の松田氏や、アグリフードビジネスコース講師の中村氏らと共にフィールドワークの調整等にも取り組んできましたね。

宮村 本当に勉強になりました。プレッシャーはありつつもお二人とも優しかったです。何よりこれは本当に歴代の出向者の積み重ねがあってこそだと思っています。全体的に言えることですが、先輩がいるありがたみは、ずっと感じていましたね。だからこそ、自分で終わらせてはいけない、次に繋げなければというプレッシャーは常にありましたね。

ゼロからのチャレンジ、そして人と繋がりという大きな財産

田口 2年間、さまざまな地域を見て来たと思いますが、その経験を踏まえた上で、改めて宮崎県の特徴はどんなところだと思いますか。

宮村 今の宮崎は、国民スポーツ大会(略称:国スポ)の開催が近いということもありスポーツに力を入れていますし、食に関して宮崎は本当に美味しいものがたくさんあります。こういうことも、色々なところに行って改めて気づかされました。あとは人柄でしょうか。良くも悪くものんびりしている、ゆったりしている感じがあるので、とっつきやすい人が多い印象はあります。

田口 そういうことに気づくことができるというのは、やはり外から見ることができた、とことが大きいと思います。言葉にできない部分はあると思いますが、実際に行って、見て、感じたことというのは非常に大きいです。東京での取り組みはどうでしたか。

宮村 2年目に「さんさんネクスト」という若手コミュニティをつくることが出来たのは楽しかったですね。一緒に取り組む方の大きな支えがあってこそ、でしたが、人前に立って話したり、人数をどの程度にするか検討したり、リピーターを獲得するために工夫したり、1年間頑張って企画運営していくということは良い経験になりました、日頃のイベントの運営の経験が活きました。

田口 企画イベントを実施していく上で、意識の変化はありましたか。

宮村 そもそもの目的を意識しよく考えるようになりました。県庁時代は、目の前のことでいっぱいいっぱいだったことを考えると、大きく変化したと思います。また、「人により添う」コミュニケーションの重要性も意識しました。

 image_column_sm4.jpg 2年間の出向を振り返り、時に笑顔を交えながら語り合う宮村氏と田口

田口 2年の出向を経て、今描く将来像、未来像とはどんなものですか。

宮村 宮崎県だけが良ければいいとは全然思っていなくて、3×3Lab Futureでは九州の方にも大勢出会い、知り合いも増えました。よくワン九州とかオール九州といいますが、自治体同士で補い、橋渡し的なこともできるといいと考えています。ほかに、宮崎県は出向者希望者が減っているという話も聞いたので「なぜ出向しているか」「出向して何が良かったのか」といったことの発信や、エコッツェリア協会以外に出向した方との情報共有をしていくことも必要で、それをさらに後輩に展開していく機会を作ることも大切だと考えています。

田口 今回の出向は、いわゆる「越境」と言われる経験ですよね。辛さも含め、振り返ってみて色々な経験値が積み上がっていると思いますが、そのあたりは皆さんにどう伝えたいですか。

宮村 出向経験を経て強く感じるのは、1つの場所だけでは見えないことが多いということです。同じ九州内でも県によって取り組みが違いますし、同じ行政でも各県で組織・規定が異なる部分もあります。もちろん法律やルールがあるので、活かせる部分、活かせない部分はあるとは思いますが、出向したことで見えてきた違いもありました。自分の組織外、地域外のことを見る重要性はぜひ伝えていきたいですね。そして、経験値の一つとして人前で話せるようになったかなと思います。2年前は、話し方に対しても色々ご指摘受けていたくらいでしたから。人前に出るのにあまり臆さずいられるようになったのは、自分の中では大きな変化です。

田口 自信がついたのでしょうか。

宮村 自信はつきました。そして、まず考えて、自分の意見を言えるようになりました。今は、こうして出向で得たものを持って帰って、何ができるかを考えているところです。

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田口 越境は行く時もそうですが、戻ってからが大変ですね。単に「東京ではこうだったからやってみよう」ではなくて、その中で自分たちはどこを取り入れたら良いのかといった、本質的な部分を伝えていってほしいなと思います。宮崎県から4人目の出向者というプレッシャーはあったかと思いますが、任期を終えた今、次の「5代目」に一言お願いします。

宮村 エコッツェリア協会では、自分がやりたいことにチャレンジできるし、そしてそれをサポートしてくれる人が無数にいます。この機会を無駄にせず、恐れずにやってほしいと思います。出張の機会があれば、行ける限り行ってほしいですし、そこの土地の人や風土、歴史に触れてほしいです。何よりここは、さまざまな自治体の方々が集まる稀有な場所ですから、同じ行政の中でも他の自治体と比べて改善できるポイントが見えることもあります。様々な人と繋がることが出来ますので、ぜひ、多くの方と交流を広げていってほしいと思います。
この2年間で得たもので一番大きかったのは「人」です。多くの方とのつながりを得たことは、大きな財産です。一度行ったところは、もう 一度自分で行くようにしていましたが、今後も続けたいですし、繋がった縁を大切に活かしていけるように、自ら考え、動いていくことで宮崎に還元できたらと思います。

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宮村 駿(みやむら・しゅん)

1996年宮崎県延岡市生まれ。2019年、宮崎県庁入庁。病院局経営管理課、県庁出先機関である土木事務所などで勤務後、2024年より宮崎県庁から三菱地所株式会社・エコッツェリア協会へ出向。3×3Lab Futureにて、「丸の内プラチナ大学」などの各種企画・運営に従事。若手コミュニティ「さんさんネクスト」の企画、運営にゼロから挑戦した。2026年度、宮崎県庁に帰任し、農政企画課に配属。

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