2020年、日本政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすることを目指す「2050年カーボンニュートラル宣言」を行いました。この宣言をきっかけに、CO2を始めとした温室効果ガスの排出量から吸収量を差し引いてその合計を実質ゼロ(ネットゼロ)とすることを意味する「カーボンニュートラル」という言葉が日本国内に広まり、今尚その機運は高まっています。
一方、同宣言が発せられるよりも前にいち早くカーボンニュートラルに対する具体的な取り組みをスタートさせていた企業があります。世界最大の都市ガス事業者である東京ガス株式会社です。2019年に「カーボンニュートラルLNG」を立ち上げ、現在では国内の多数の企業と連携しながら推進している東京ガスは、どのようなメリットを感じてカーボンニュートラルLNGの取り組みを行い、今後どのような社会をつくっていきたいと考えているのでしょうか。
同社が見据える未来を通じてこれからの私たちとエネルギーの関わり方を考えるために、東京ガス株式会社 ソリューション共創部 VPP・グリーンソリューショングループの大川里枝氏にお話を伺いました。
天然ガスはもともと環境負荷の小さいクリーンエネルギーではあるものの、バリューチェーン全体ではどうしても温室効果ガスを排出してしまいます。そこで、新興国等における環境保全プロジェクト等で創出されるCO2クレジットと差し引きすることで実質排出量をゼロとし、地球規模では、その天然ガスを使用しても温室効果ガスは発生しないとみなされるLNG(液化天然ガス)「カーボンニュートラルLNG(CNL)」を商品化しました。そして、このCNLを気化・熱量調整して供給するものを「カーボンニュートラル都市ガス(CN都市ガス)」といいます。このCN都市ガスは以下のようなフローをたどって顧客の元に運ばれていき、顧客はCN都市ガスを活用することでESGの取り組みの一環として対外的な発信等に活用することができます。
(1)環境保全プロジェクトの実施/排出削減量のクレジット化
(2)クレジットの取得とCNLの輸出
(3)CNLの輸入/CN都市ガスの供給・管理
(4)CN都市ガスの購入/ESGの取り組みとして発信
もともと環境負荷の小さい天然ガスを扱っているにも関わらず、なぜこうしたCNLの取り組みを東京ガスが行うのでしょうか。この疑問に対して大川氏は次のように答えました。
「今、脱炭素の流れは勢いよく押し寄せていて、まさしく喫緊の課題となっています。その中で2030年、あるいは2050年に向けて電気分野での脱炭素化手段は、再生可能エネルギーの普及拡大というシンプルでわかりやすいものになっています。一方でエネルギーの半分は熱を含む非電気分野です。この分野でも将来的にはガス体エネルギーそのものを脱炭素化していくべきではありますが、そのための技術を社会実装するにはまだ時間が掛かります。とはいえ、準備ができるまで何もしなくてもいいというわけでは当然ありませんから、足元でできる手段を考えたときに行き着いたのが『CNL』なんです。こうした手段は我々ガス会社だけではなく、お客様のニーズにも合っていることもあり、最近では注目を集めています」(大川氏、以下同)
CNL採用で得られるメリットは、大きく次の4つが存在します。
(1)SDGsへの貢献
環境保全プロジェクトを実行することで地球規模での温室効果ガス削減に貢献します。また、植林作業などを通じて雇用の創出を実現し、貧困削減や教育改善、あるいは生態系の保護といった副次的効果も生み出し、結果的にSDGsで定められた目標達成のための活動が行われることとなります。
(2)投資家とのコミュニケーション創出
ESG投資やSDGs投資の重要性が高まる中で、企業が脱炭素に取り組む姿勢を世の中に見せていくことは、投資を受けるために重要なポイントです。また、未来についてバックキャスティングの考え方で投資家とコミュニケーションを取ることは非常に重要となり、CNLのような脱炭素化のための活動を行っていると示すことはとても有効な手段となります。
(3)CN都市ガスの削減貢献に関する自由記述ができる
地球温暖化対策推進法では、温室効果ガスを排出する事業者に対して、自らの温室効果ガス排出量を算定して国に報告することが義務付けられていますが、CN都市ガスを使用して温室効果ガス削減・排出抑制に貢献していることを「温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度」の様式第2という報告書式に記載が可能となります。
(4)企業PR効果
CN都市ガスの使用に際しては、「供給証明書」が発行されます。プレスリリースや統合報告書等を通じてそれらを対外的に公表することで、気候変動対策やSDGsにしっかりと取り組んでいる企業であり、先進性を持っていることをPRできるようになります。
このように多数のメリットがある一方で、このプロジェクトの推進には細心の注意を払って取り組んでいると大川氏は言います。
「環境に関する商品やサービスなどの間では『グリーン・ウォッシュ*』という言葉がありますが、適当なことをしてしまうと積み上げてきたものが一気にダメになってしまう世界です。だからこそ、品質をどう管理し、適切に情報開示を行っていくかが重要になっています」
*グリーン・ウォッシュ:サービスや商品の訴求効果を高めるために、あたかも環境に配慮しているかのように見せかけること
国内でCNLを推進していく上で重要な役割を果たしていくと見られているのが、いち早くCNLを導入した15の企業(2021年3月時点)によって結成された「CNLバイヤーズアライアンス」です。東京ガスの他、アサヒグループホールディングス、いすゞ自動車、オリンパス、三菱地所など、業種に関わらず名だたる大企業が参画するこのアライアンスは、CNLの認知・市場形成を目的としたプロモーション活動、CNLの評価向上の取り組み、各種制度への働きかけなどを行うことを目指しています。3×3Lab Futureとの関係性で言えば、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアのエネルギーを支える丸の内熱供給もこのアライアンスに名を連ねていることも特徴的に映ります。
「丸の内熱供給さんはCN都市ガスのファーストバイヤーでもあります。2021年11月にはさらなる脱炭素化のために、大丸有エリアほか、運営するすべての地域冷暖房プラントで使用する都市ガスの全量をCN都市ガスに切り替えていただくなど、非常に積極的な活動をしていただいています」
このようにCNLは、アライアンス参画企業を中心に徐々に国内に浸透しています。また昨今では、サプライチェーン全体で脱炭素化に取り組む機運も高まっていることから、大企業だけでなく中規模の企業でもCN都市ガスを導入するところが増えているそうです。年々、気候変動対策の重要度が高まる現代にあって、CNLに対する注目度はさらに上がっていくことは疑いようがありません。その中でスムーズに普及させていくには、CNLバイヤーズアライアンスの各企業の発信や対話が重要になってくると言えそうです。
CNLのような方法を通じて気候変動対策に取り組むことは、次世代のためにも重要です。東京ガスとしてもその考えがCNL推進の根底にあると大川氏は話します。その一方で、企業が環境活動を展開する上で欠かせないのが経済性と社会性のバランスを取ることです。経済性を損なうと事業として成り立たなくなりますし、社会性を損なえば上述のように積み上げてきたものを失ってしまうことになります。この点について東京ガスではどのように折り合いを図っているのでしょうか。
「確かにCN都市ガスは通常の都市ガスよりも高い価格で買って頂いています。各々のお客さまと相対でお話をさせて頂き、価格決定は契約期間や契約量、その他の契約条件など、様々な要素に基づき決定しています。お客様のお考えになる経済性と社会性のバランスを尊重しながら、丁寧に交渉しているつもりです」
認知度こそ高まっているものの、定量的な評価による実利的なメリットの享受が追いついていないことは今後のCNL推進のためには乗り越えていかなくてはならない壁になっています。大川氏は続けます。
「例えば、丸の内熱供給さんは年間約3400万㎥のCN都市ガスを使用していただいていますが、今の段階ではそれが排出量から控除できるわけではないんです。それでも熱事業者が果たすべきエリアへの貢献として、やるべき価値があるとご契約をいただいたわけですが、今後公的に位置付けられるだろうというお客さまからの期待値をひしひしと感じています。その目標達成のためにも、バイヤーズアライアンスにご加盟いただき、国内外での各種環境諸制度での評価という、次なるステージに向けて一緒に活動しています」
環境に関する様々な枠組みの中でCNLのプライオリティが高まっていけば、日本の脱炭素化は新たなステージに進めるのかもしれません。ただし、CNLの取り組みはあくまでも「現段階で示すことのできる実行手段」であると位置付けられています。
「脱炭素化の根本的な対応には技術革新が必要ですし、将来的には新たな手法に置き換わっていくと思います。世の中的には、ヒエラルキーアプローチと言って、『カーボンオフセットは最後の手段』という見解が多勢ですし、私たちもこの取り組みのみを実施していればいいとは思っていません。東京ガスの中でも技術革新をミッションとしているチームがありますし、将来的にはこういった技術と組み合わせたり、上手く橋渡しをしていけたら良いと考えています」
言い方を変えれば、CN都市ガスは「100点満点の商品」というわけではありません。日本企業の場合、どうしてもリスクを嫌って発展途上の商品やサービスを忌避する傾向にありますが、特に環境問題に関する商品・サービスで完璧を求めて立ち止まるわけにはいきません。そこで、最終形ではないものでも期待値が高ければ導入し、経済性と社会性のバランスを取りながら活動していくという慣習を付けることが必要になってきます。人々の意識をそのように変えていく上でも、CNL、CN都市ガスが果たす役割は大きくなってくるのです。
最後に大川氏は、今後の展開に関して次のように抱負を語りました。
「何事も一足飛びには行きませんし、CNLも100点のものではありません。それでもエネルギーを供給する会社として脱炭素の動きは進めていかなくてはなりませんし、同時にエネルギーセキュリティを担保していくことも求められます。そのような状況下で、経済性と社会性のバランスを取るために皆で知恵を出しながら、助け合い、巻き込み合い、合意形成をしながら進んでいきたいと思います」
脱炭素化の動きは否応なしに加速していき、今後は国内でも多くの企業が取り組みを進めていくことになるはずです。その中でパイオニアである東京ガスがどのように旗を振るのか、そしてCNL、CN都市ガスがどのように価値を高めていくことになるのか、大いに注目です。