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【レポート】漁業と発酵から見る、食のビジネス最前線

食ビジネス研究会【未来予測コミュニティ「第3回食の分科会」】 2018年9月7日(金)開催

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未来予測コミュニティは、アクアビットの田中栄氏による企業向けレポート「未来予測2018-2030」が提示する未来のシナリオに基づいて新しいビジネスを具体化するための「場」。「食の分科会」はその参加者の中から生まれた分科会で、食をテーマに未来を予測し、オープンイノベーションプラットフォームの構築を目指しています。

2050年に、世界人口は98億人を突破すると言われており、深刻化が懸念されている問題の一つに「食料不足」があります。食料供給体制の破綻を防ぐには、農業、漁業、畜産、生産管理、食品加工、流通、中食・外食、輸出など、食品に関わるあらゆる産業分野の抜本的な改革が必要です。そこで、それぞれの分野で既存ビジネスの延長だけでなく、企業の「やる気ある人」「他の企業と協業を進めたい人」が思いをぶつけ合い、連携し、新しいビジネスをつくりあげていく場として、この分科会が設定されています。そして2018年9月7日、その第3回が開催されました。

この日は、アクアビット・田中氏の講演に続き、コミュニティデザイン・中村正明氏、東京農業大学応用生物科学部醸造科学科准教授の数岡孝幸氏ら数名のゲストを招き、日本の食を巡る現状をそれぞれの立場からお話しいただきました。

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国内外で進む「漁業の工業化」

国内外で進む「漁業の工業化」

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最初に、田中氏から「未来予測アップデート」と題し、「生産」「物流」というフレームワークにのっとって、食の未来と世界の現状報告についてインプットがありました。かねてより田中氏は、食の供給に黄色信号が灯っていることを指摘してきましたが、解決に向けた取り組みとして『漁業の工業化』をポイントに挙げ、その動きをめぐる最前線のレポートから話は始まりました。

「考えてみれば、1次産業の中でも漁業だけはいまだに『狩猟採集』の部分を色濃く残しています。持続可能な漁業を実現するためには、『工業化』することが不可欠です。例えば近年、ニホンウナギが不漁の影響で高騰していることは皆さんもご承知のとおり。それに対し、人工養殖の試みが盛んに行われていますが、一般化にはまだまだ時間がかかりそうです」(田中氏)

そうした中で注目を集めているのが『太化(ふとか)』の取り組みだと言います。通常、養鰻はシラスウナギを1年2カ月ほど養殖池で1匹200グラム程度まで育てて出荷されますが、養殖期間を半年ほど延長することにより、2倍近くの大きさまで育てることができます。これが『太化』です。

「ニホンウナギの個体数をすぐに増やすことは簡単ではないことから、『太化』によって、食べることができる部分を増やしていく、という工夫が試みられています。ひとつのアイデアだと思います」

続いて、話題は世界の現状に移ります。田中氏が最初に紹介したのは、アメリカのアクアバウンティ・テクノロジーズ社。2017年、同社が開発した遺伝子組み換え技術を用いて養殖されたサケがカナダに出荷されました。このサケはアメリカで初めて認可された遺伝子組み換え動物。現地の環境保護団体はスーパーマーケットなどに販売中止を要請するなどの抗議活動を展開し、米コストコも販売しない方針を示しているものの、「アメリカ当局が『安全性に問題なし』と太鼓判を押しているため、そう遠くない将来に、日本市場に入ってくる可能性大」と田中氏は分析します。

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また、藻類を使った人工エビの取り組みも紹介。アメリカのバイオテクノロジー企業、ニューウェイブ・フーズ社は藻類からエビ風味の食品を作ることに成功。「味や食感、見た目はエビにそっくりで、栄養価は本物のエビよりも高いという優れもので、すでに米グーグルの社内食堂では食材として使用されています。エビアレルギーがある人も安心して食べることができるのも強みです」と田中氏。この人工エビは、環境破壊や劣悪な労働環境といったエビ養殖につきものの諸問題を解決する、サスティナブルな製造方法と言えるかもしれません。

日本企業も負けていません。田中氏は、特定の細胞を培養することで食肉などを生産する『細胞農業』に取り組むインテグリカルチャー社、藻の一種である「スピルリナ」を使用した食品開発に挑むタベルモ社を紹介。

「どちらも、動物を殺すことなく生産できる持続可能なたんぱく源として期待される、いわば『肉の工業化』の取り組み。前述した漁業をはじめ、現在の1次産業は持続可能性に問題があるように思えてなりませんが、こうした新しいテクノロジーの登場によってそれを覆す可能性が出てきていることは、非常に喜ばしいかぎりです」(田中氏)

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さらに、全産業に関わるビジネスの3つの潮流の変化、「商流(マーケティング)」「物流(配送・小売)」「金流(投資・決済)」の側面からもレポートが行なわれました。 かねてから田中氏は「物流革命が食を直撃する」と表現し、「大都市圏なら、2時間以内にモノが届くことが当たり前の時代になる」と指摘してきました。例えば、イギリスのスターシップ・テクノロジーズ社が開発した無人運搬ロボットが欧米で認可を受けて稼働していることや、ECサイト「JD.com」を運営する中国・京東商城が北京市内などで無人カートによる宅配配送の正式運用をスタートしていることに触れ、「日本人の中には中国の都市部を『日本の劣化版』のような生活水準だとイメージしている人が多い印象ですが、上海や深センなどは日本よりはるかに進んでいます。むしろ日本が遅れています」と警鐘を鳴らしました。

中国ではほかに、中国版Amazonたるアリババグループがリアル店舗内の生け簀で、カニやアワビを生きたまま販売する試みをスタート。京東商城もリアルスーパーの「7Fresh」を開設し、店内に海産物の生け簀を設置して販売を開始しています。最大の特徴は、来店客が注文した生鮮食品を自宅にデリバリーしていることで、3㎞圏内なら30分以内に商品が届くといい、また京東商城は店内にロボットカートを導入して顧客を自動追尾、買い物の後はそのカートだけがレジに並び、顧客はカウンターで商品を受け取るだけという仕組みを構築しているとのこと。田中氏は、「以前までなら、日本はアメリカの先進事例を参考にしていれば事足りましたが、これからの時代は、中国の動向も注視して学んでいかなければなりません。時代は大きく変わりつつあります」と締めくくりました。

都市と地方のつながりから生まれる、食のイノベーション

続いて、大丸有(大手町、丸の内、有楽町)エリア独自の専門家視点で生産物・加工品の品評会・交流会などを実施し、同エリアのワーカー・店舗と連携を図ることで農山漁村の生産者の商品価値向上をサポートする『大丸有フードイノベーションプロジェクト』の取り組みに関して、6次産業化プランナーとして活躍するコミュニティデザインの中村正明氏による紹介が行なわれました。

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中村氏は、「少子高齢化の進展などで地方の持続可能性が危うくなっており、地方創生を実現すべく、私は6次産業化の活動に注力しています。例えば、地方で獲れた農産物をここ大丸有エリアにどのようにつなげていくかといった活動に取り組んでおりまして、『大丸有フードイノベーションプロジェクト』では、同エリアのレストランやオフィスワーカーと地方の生産者を結びつける食のコミュニティづくりを目指しています」と説明。

6次産業化とは、1次産業を営む農家が2次産業の加工や3次産業の流通などの機能を担うことによって、高付加価値ビジネスを実現して収入を確保し、事業や地方の活性化を目指す試みで、「1次産業×2次産業×3次産業」から6次産業と呼ばれています。日本では2011年に法制度化されました。

「世間一般の人が抱いている6次産業化のイメージは、『いちご農家がいちごジャムを作って、道の駅などで販売する』というものだと思いますが、実際には、地元で販売してもなかなか売上が伸びないケースが多く、『都心などの都市部で売っていきたい』というニーズが高まっています。そのため、『都市のニーズが知りたい』『都市部でダイレクトに売りたい』『都心レストランのシェフに直接プレゼンさせてほしい』という要望や相談が多く寄せられているのが実情です」(中村氏)

大丸有エリアは、4000社以上の企業とそこで働く約28万人のオフィスワーカー、そして無数の飲食店やホテルが集う食の一大消費地。 「都市部でビジネスを展開したいという地方生産者のニーズだけでなく、『地方の生産者とダイレクトにつながりたい』というワーカーやシェフのニーズも高まっていて、ウィンウィンの関係を構築して維持していくことを強く意識しています。その取り組みを推進することで、現地生産者のブランディングや6次産業化を目指す農家の活性化を実現すると同時に、大丸有エリアに集うワーカーたちのライフスタイルやワークスタイルに好影響をもたらすようなサポートができるのではないかということを考えながら活動を展開しています」と中村氏は説明します。

この活動は、全国農業協同組合中央会・農林中央金庫・三菱地所・エコッツェリア協会の4 者による連携協定が締結され、大丸有エリアにおいて「食」・「農」の分野で新たな価値創造につながる仕組み・活動づくりの一環として実施されています。
大丸有エリアのオフィスワーカーを中心に活動する「大丸有マルシェ部」の発足や高速バス活用の農産物運送サービスの開始など多岐に渡る事例を紹介し、今後の展開にも意欲を見せました。

香りや匂い、風味の定量化に挑む

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東京農業大学の数岡孝幸准教授は、『発酵と菌』というテーマで講演。話は、「私がふだん考えていることや研究活動について簡単に紹介させていただきますので、その中からビジネスにつながるヒントを拾い上げていただければ幸いです」という挨拶からスタートしました。

数岡氏は、『花』から分離した酵母を酒造りに生かすというアプローチで、酒造業界に革新を起こそうとしている研究者です。研究対象は幅広く、日本酒などの原料とそれに関与する微生物、もろみの発酵から、製品化後の流通、日本酒に対する嗜好の変化・変遷への対応まで、酒類全般を研究しています。中でも、「酵母」と「麹菌由来の抗菌物質」を専門領域にしています。

「日本酒ブームと言われて久しいですが、残念なことに日本酒の消費量は減少の一途をたどっており、酒蔵数も減り続けています。少子化の進展で、国内における日本酒需要の伸びはもはや期待できません。ワインのように、世界のさまざまな地域で現地生産され、各国で飲まれるようにならなければ日本酒が生き残ることは難しいでしょう。私は酒蔵の減少ペースを遅くする、あるいは、酒蔵を消滅の危機から救いたいという一心で、研究に打ち込んでいます」

聞けば、日本で生産される清酒の9割は、日本醸造協会から頒布される「協会酵母」と呼ばれる酵母を使用して作られているとのこと。「製造技術の改良もあって、酒蔵で造るお酒はどれも美味しくなりました」と話す一方で、数岡氏は「どの蔵のお酒も、味わいが似通ってきています。つまり個性が失われつつあるわけです」と指摘します。日本各地の酒蔵が受け継いできた酵母にはそれぞれ個性があることが普通で、それが日本酒の風味の幅を広げてきました。酒蔵が激減する、あるいは消滅してしまうと、必然的に酒蔵ごとに育ってきた唯一そこにある酵母が失われることを意味します。酵母の種類が少なくなれば、個性ある日本酒を味わう楽しみも減ってしまいます。数岡氏はそれを危惧しています。

「近年では、欠点がないお酒、すなわち非個性的なお酒が『おいしいお酒』とされて重宝がられてきましたが、今後はかつてのように、個性豊かなお酒が支持されるようになる、あるいは、指示されるようになることが、日本酒復興のカギを握ると思っています。というのは、最近になってから日本酒を嗜み始めた人は、ワインを通じて日本酒に入ってきた人が多く、以前であれば『欠点』として敬遠されていた要素に、むしろ美味しさや魅力を感じるに違いないと思っているからです。このように、時代の移り変わりとともにお酒の評価軸も少しずつ変わりつつあります」

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「そこで数岡氏は、花から分離した『新しい酵母』による清酒づくりの試みで、日本酒の世界に新風を吹き込もうとしています。この取り組みは、「地域創成」につながる可能性もあるようです。

「例えば、三菱地所さんはCSR活動の一環で、花酵母を使った『大手町焼酎』なるお酒を造っています。花酵母は、清酒だけでなく天然酵母パンやクラフトビールの開発にも使用できますから、新たなご当地商品の開発に役立てることができるかもしれません。酵母を分離する技術には自信を持っておりますので、ご要望いただければ、好みの酵母を取り出します。もちろん受託研究費を出していただければの話ですが(笑)」(数岡氏)

また、数岡氏はお酒の「成分分析」にも力を入れており、聞けば、1年間に分析するお酒は約600種類にのぼるとか。分析した数値をもとに、数岡氏は「消費者の味覚をデータや数字で表現できるようにしたい」と話します。

「さまざまなお酒の成分の濃度を調べることで、消費者が風味などを何で判断しているのか明らかにしたいと思っています。成分値の相関関係を調べることにより、支配的な要素を明らかにできるはずです」

「現在の日本酒の人気は属人的な傾向が強く、『あの人がおいしいと言ったから』という要素が評判や売上につながっていたりします。そういった人間の感覚によらず、風味の似ている・似ていないを客観的に表示できるようにしたいと考えています。成分データをAIに分析させることでも、新しい何かが見えてくるかもしれません」

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さらに数岡氏は、着手したばかりの「香り」に関する研究についても簡単に触れました。

「例えば、『味』は苦みや酸味など7つの基準の味に分類され、定量化も進んでいます。しかし『香り』についてはほとんど進んでいません。なぜなら、香りは種類が多すぎるからです。一説には、数万種類にのぼると言われています」

例えば、「色」はシアン・マゼンタ・イエロー・ブラックの4種類の組み合わせで表現されます。その数値をもとに合成すれば、世界中のどこでも同じ色を出すことができます。数岡氏は、「色と同じことを、香りでも実現したい」と意気込みます。

「現在まで、香りに関する研究は成分分析が主流でしたが、成分で分類すると細かくなりすぎてしまうという欠点があると同時に、存在比の高い成分が香りや匂いの主体とは限らないという問題もあります。そうではなくて、『人がどのように感じるか』という軸で、香りや匂いを評価できるようにしたいと願っています」

この研究を推進することにより、お酒の香りの可視化はもちろんのこと、消臭剤の開発、食品の香りや匂いの計画的な設定、未知の香りの探求など、さまざまな用途に役立てることが可能だと言います。最後に、「人の嗅覚細胞は人種などによっても異なりますので、商品のローカライズなどターゲットを絞った開発に役立てることができるかもしれません」という興味深い話で、数岡氏の講演は終了しました。

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その後、ネクスティエレクトロニクスによる、電子部品専用ECサイト『ネクスティ・チップワンストップ』の紹介、キリンビバレッジによる『キリン iMUSE レモンと乳酸菌』(2018年10月30日にリニューアル発売)などのPRが行なわれ、会は盛況のうちに終了しました。


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