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いつもより少し早起きした朝の時間を活用し、さまざまな出会いや体験を通じて新しい自分の可能性を開く学びの場として、まちの中に新しい「朝」の文化を創ってきた「丸の内朝大学」。4月13日(火)に 開催されたリレートーク第3回のテーマは、「老いとの向き合い方 介護3.0 これからの介護のとらえ方」。本質的な介護理論「介護3.0」を提唱する介護クリエイター、横木淳平氏(株式会社 STAY GOLD company 代表取締役)をゲストに迎え、これからの介護についてお話いただきました。
栃木県出身の横木氏は、中央福祉医療専門学校を卒業後、2003年に茨城県の老人保健施設に就職しました。25歳で介護長に就任し、2015年には、同県小山市の社会福祉法人丹緑会が母体の介護付有料老人ホーム「新(あらた)」の立ち上げから携わり、施設長に就任。ここで実践してきた独自の介護論を「介護3.0」と命名し、2021年3月、「目の前のお年寄りを輝かせて、自分も輝く」をビジョンに掲げる株式会社 STAY GOLD companyを創立しました。
「介護3.0と聞いて、一体何のこと?と不思議に思われている方が多いと思いますので、ご説明させてください。まず、『介護1.0』とは、介護施設を運営・管理しやすくするという経営目線の論理でつくられたシステムの中に、お年寄りをはめ込む今までの介護です。そして、『介護2.0』は、100人のお年寄りがいれば、その人たちがみな、まんべんなくサービスを受けられるよう、人手不足・業務改善など、介護業務を補完するためにテクノロジーの力を用いて解決しようとする対策です。対して、私が提唱する『介護3.0』は、介護を本質的に見つめ直すことによって生まれた"その人らしい、当たり前の生活を取り戻すためのきっかけづくり"であり"実践するための本質的なソフト"です。老いとはあきらめではなく、もう一度自分らしく輝くことであり、最後に本当にやりたい夢を叶えることです。そのために、私たちプロがいます。介護3.0が介護の新しいスタンダードとして定着し、ひとりでも多くの地域や人々が本質的に介護を捉えるきっかけをつくりたいと思い、起業しました」(横木氏)
机上にとどまらず実践できる「圧倒的ソフト」の実践者である横木氏が大切にしているポイントは2つあります。
「1つ目は、介護そのものの捉え方です。例えば、片麻痺で右手が不自由なお年寄りがいたとして、その右手の代わりになるための介助を提供するのが、従来の介護だとすれば、私たちは、右手に目を向けるのではなく、左手の可能性を伸ばすための方法を考えます。2つ目は、その人らしく居続けるための圧倒的な個別ケアを提供すること。お年寄りを画一的な集団でみるのではなく、一人ひとりに対して、私たちが介護のやり方を変えていくということです。介護3.0では、その人が、何もあきらめずに生活できる可能性を一緒に伸ばしていくことを大切にしています」(横木氏)
「その人らしさ」というと、抽象的で難しく思う人がいるかもしれませんが、それを捉えるのは、そんなに難しいことではないと横木氏は言います。
「要介護レベル、認知症レベル、糖尿病のリスクなど、こうした情報に、その人らしさは含まれていません。でも、その人がどこで産まれ、どんな学生時代を過ごし、何を生きがいに生きてきたかということに目を向ければ、その人らしさを知ることができます。これを私たちがしっかりと捉えることで、その人らしい生活を取り戻し、その人の夢を叶えることにつながっていく。それを行動として示していくのが、介護3.0のやり方です」(横木氏)
介護3.0が生まれたのは、「STAY GOLD with each other 一人ひとりがそれぞれの色で輝き続ける」という理念のもとに立ち上がった介護付有料老人ホーム「新」。光と風・自然との一体感をテーマにつくられたこの施設について、横木氏はこう話します。
「生活こそが、一番のリハビリだと考えています。例えば、最高のリハビリを週2回受けられたとしても、日常生活が寝たきりなら、体は回復しません。でも、洗濯物を干す、買い物に行く、散歩に行く、お風呂に入るといった日常の中で、その人が持つ力を最大限に活かせるハードを創ることで、新では、生活しながらリハビリができて、元気になることができます。「新」で大切にしてきたことのひとつは、『生きがい=居場所のある生活』です。その人が大切にしてきたことや今できることを見つけて、まわりの人たちに認められ、必要とされ、その人が、輝く瞬間までしっかりサポートを行ってきました。そして、結婚式を挙げていなかったので挙げたい、車椅子だが、もう一度釣りをしたいなど、一人ひとりの夢を叶えるために、一緒に本気で考えて実践してきました」(横木氏)
この表を見ると、介護3.0の介護の捉え方は、従来型の介護とは大きく異なることが分かります。横木氏は、それぞれの項目について、次のように説明しました。
「寝返りは、寝たきりのお年寄りの褥瘡を防ぐための体位交換ではなく、自立・自律を促すために行うものです。どれくらいの高さと太さの手すりがあれば、自分で寝返りができるのか、どうすればその人が自分で起き上がれるようになるかを考え、その人に合わせて必要な技術を提供します。排泄は、オムツ処理ではなく、プライド。どんなに信頼する家族であっても見せずに、最後まで自分で処理していくものだと捉えると、私たちの役割は、その人のプライドを守り切ること。どうすればその人が自分でトイレに行けるようになるかを考えていきます」(横木氏)
食事、入浴、レクリエーションについてはこう話します。
「例えば、重い糖尿病を患っているお年寄りがいたとして、その人の望みが孫の結婚式まで生きることだとしたら、食事を管理した方がいいと思います。でも、人生を謳歌することが望みなら、その人が好きなものを食べた方がいいですし、誰とどこで、いつ食べたいのかという、コミュニケーションとしての食事を展開していくことが重要です。また、日本人にとって、くつろぎの時間である入浴を、単に体の清潔を保つために行うのでは、本質的な介護ではありません。どうすればその人がリラックスできるか、自分の力でお風呂に入れるのかを考え、サポートしていくことが大切です。そして、レクリエーションは、集団で歌を歌ったり、絵を描くことではなく、生活の中で、その人ならではの居場所と役割を持つことによって、生きがいを感じるための時間です」(横木氏)
認知症というと、物忘れが激しくなる、怒りやすくなる、徘徊をするなど、行動的な特徴を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、介護3.0では、認知症の意味をも本質的に見つめ直し、このように捉えています。
認知症とは、「周りの目を気にしない、自分の感情に純粋になる病気」。そして、認知症の人は「今、その瞬間を全力で生きている人」。
「認知症を問題と捉えるのか、個性と捉えるかで、私たちのやることは180度変わってきますし、お年寄り一人ひとりの人生も、介護する側の捉え方次第で、180度変わっていきます」と横木氏は言い、こう続けました。
「昼間、施設の玄関まで出てきては、職員に連れ戻されることを繰り返した末、夜になると、徘徊するようになったお年寄りがいました。これを認知症の症状と捉えると、介護する側の人は、見回りを強化し、行動を管理するべきだと考えるので、その人の生活は、どんどん制限されて、不自由になっていきます。でも、本人の立場で考えてみれば、"人目の多い日中は出られないが、夜間なら人が少ないし、これはチャンスだ"と思うのは、認知症の症状ではなく、当然のことだったりします」(横木氏)
大事なのは、行動のそもそもの理由を掘り下げることだと言います。
「認知症にかぎらず、あらゆる病気や施設といった枠を取り払い、"なぜこの人はこんな行動をするんだろう?"と純粋に考えていくと、寂しかったのかな、イライラしていたのかなと、仮説を立てることができます。そして、寂しかったら一緒にいよう、嫌なことが何だったのかを一緒に探ろう、つらいことがあったら、その人にとって楽しいことを提供しようという風に、行動に移していくことができます。その瞬間、新しいケアがひとつ生まれ、ひいては、その人らしい生活を取り戻すことにつながっていくのです」(横木氏)
今年4月、初の書籍「介護3.0 本質をつかむ捉え方」(内外出版社)を刊行した横木氏。ここで語られているのは、理想論ではなく、人間のライフスタイルを介護から問い直す、圧倒的かつ実践的な介護論です。
「介護とは、捉え方次第で、その人らしさやその人らしい生活を一緒につくっていくことができるクリエイティブな仕事だと思っています。これを実践していくことで、介護は、あきらめや管理ではなく、その人が持つ可能性を伸ばす仕事であるということを広めていきたいと思っています。目指しているのは、法律や制度を変えることではなく、一にも二にも、目の前のお年寄りを輝かせて、私たち介護人も輝くことです。それを実証していくことで、この仕事に魅力を感じてくれる人が増えれば、本望です」(横木氏)
これからは、介護「代行」の時代から、介護「応援」の時代に変わっていくと言います。
「自宅で過ごしたい人、施設に入りたい人、人それぞれに望む生活のあり方はさまざまですが、その人が最後まで自分らしく生き切ることが、介護の本質的なゴールであると考えています。それを叶えるためには、介護代行ではなく、介護応援が必要です。私たちの役割は、お年寄りやその家族と伴走しながら、一緒に考え、介護をクリエイトしていくこと。介護3.0理論をもって、地方創生の核となるような事業を展開していきたいと思います」(横木氏)
後半、横木氏(以下、横木)と、丸の内朝大学プロデューサーの古田氏によるトークセッションが行われました。
古田 「親を施設に預ける時、家族としては罪悪感があったりすると思います。介護する立場として、家族の方とはどんな風に向き合っていますか?」
横木 「罪悪感を持って預けるのは、当然だと思います。そんなご家族に対して私たちが大切にしているのは、親御さんが元気になった姿、その人らしくなった姿を見せることです。そこで重要になってくるのは、ご家族の方との細かなコミュニケーションです。例えば、入所してから何の連絡もなく、3ヶ月後に突然、転倒してしまったなどで電話がかかってきたら、立腹されて当然ですよね。でも、入所してから、1週間ごとに連絡があって、「立てるようになりましたよ。ぜひ会いにいらしてください」という風に、密なコミュニケーションを取っていたら、ご家族の方も安心されます。介護を介在することで、親子の関係性が、いわば逆になるわけですが、いくつになっても、親には親の役割があり、子には子の役割があります。例えば、毎年、娘さんに年賀状を送る寝たきりのお年寄りがいます。その方は麻痺があるので、私たちが代筆するのですが、「元気にしてるの? 体は大丈夫?」と、親として年賀状を送る瞬間だけ、親と子に戻れるんですね。すごく小さなことですが、こうしたことを私たちがサポートしていくことで、親子の絆を結び直すこともできなくないと思っています。」
古田 「食事ひとつをとっても、一人ひとりが違いますよね。何を食べるのか、誰とどこで食べたいかなど、「新」では、本人が意識して選択する体制を取っていると聞きました。」
横木「そのとおりです。その人らしい役割をつくるという話をしましたが、「新」が開所してすぐに入所した元栄養士の100歳の女性がいます。「新」の新人スタッフが、ぎこちない手つきで包丁を研ぐ姿を見て、その人は居ても立っても居られなくなり、割烹着を着て、厨房に入っていったんですね。赤飯の炊き方など、この方に教えてもらったことが、今の「新」の食事のベースになっています。その人が持つスキルや知恵を伝授してもらうことによって、役割をつくれることがあります。」
古田 「 「新」の工房「@TEPPEN」についても、教えてください。」
横木 「 この工房は、男性が大好きなDIYをとことん楽しんでもらうための男の遊び場です。当初は、地域の廃材を使って、家具や本棚を作り、「新」に併設したカフェで販売していました。ここ2年ほどは、廃棄物処理会社の社長さんと一緒に立ち上げたコンポストプロジェクトを行っています。「新」で暮らすお年寄りたちが、廃材を再生してコンポストをつくり、さらにゴミを再生して土をつくるということをやっています。今年度からは、そこで得た知見を活かして、お年寄りと「新」の職員が、地域の小学校でコンポストの授業を担当することになりました。」
古田 「お聞きしていると、すべてがプロジェクトになっているように思います。」
横木 「 結婚はせず、唯一の生きがいが、両親を旅行に連れて行くことだったという末期がんの100歳の女性がいます。聞くと、「青葉山公園の伊達政宗騎馬像の前で、親子3人で写真を撮ったことが、一番嬉しかった」と言うので、もう一度行くことを提案してみました。 その人を連れて私とスタッフの3人で行き、かつてと同じ場所で写真を撮ってきたのですが、驚いたのは、その翌日、呼び出された時のことです。
御礼を言われるのかと思いきや、「あなたたち、スキーに行ったことないでしょう? 今度は、私がスキーに連れていってあげるわ」と言うんです。その時は、私たちを喜ばせようとしてくれた本当の理由が分からなかったのですが、その後、100歳の誕生日をみんなでお祝いした時の最後のスピーチで分かりました。
「私は今まで、本当にたくさんの友達に恵まれてきたけれど、今、『新』で一緒に過ごしている友達が、いちばん最高の友達だわ」と聞いた時、私たちのことを友達だと思ってくれていたことに気づきました。本当にありがたいと思いましたね。そんな関係性をつくっていくことが大事だと思っているので、確かに、仲間と一緒にプロジェクトをしている感覚にはなりますね。」
古田 「介護と言った瞬間に、その関係が介護の関係になるというか、人は言葉に引っ張られてしまうところがあると思います。もしかすると、今後、介護という言葉が変わるかもしれないですよね。」
横木 「 サービス業も、介護に近いと思っています。職種としての介護やサービスとなると、どうしても相手のニーズを捉えるところから始めようとするけれど、私は逆に、相手が何を求めているかではなく、目の前の人に対して、自分ができることを全力でやることが、介護の本質だと思っています。なぜかというと、私たちはそうやって友達や恋人をつくって生きてきたわけで、介護になった瞬間、相手のことを徹底的に調べてニーズを捉えてとなると、どうしても与える側、受け取る方という関係性になってしまうからです。」
古田 「 イタリアのミラノに「カーサ・ヴェルディ」という音楽家のための高齢者住宅があります。毎日のように音楽のイベントがあって、音楽家のための憩いの家になっているそうですが、日本でも、介護施設がコミュニティ化していくのかなと思うのですが、どうですか?」
横木 「 介護施設は、どこを選ぶかによって、過ごし方がまったく変わってきます。自分の親を施設に入れなくてはならなくなった時、どう選ぶかも重要ですが、見に行けるなら、やはり行った方がいいと思います。どれだけ理念が素晴らしく、施設がきれいでも、そこで暮らしているお年寄りが輝いていなければ、厳しいと思います。また、窓口になるソーシャルワーカーの方たちが、病状や病院だけでなく、昔の職業や趣味まで聞いてくれるのか、どこまで捉えてくれる人なのかということも、重要なポイントです。」
古田 「介護のあり方も、もっと多様化してもいいはずですよね。」
横木 「 今までは、個別でケアできないので、集団で捉えようという施設が多かったと思いますが、これがもう通用しない時代になってきています。コロナ禍の安全性を考えても、一人ひとりを見るということからは逃げられなくなってきた時に、画一的なケアではだめで、より個別ケアが重視されるとなると、一人ひとりの食事や入浴、排泄、やりがいや楽しみの質を求められるわけです。
今、本当に求められているのは、どの範囲までのお年寄りを介護するかという広さではなく、どこまで一人ひとりのお年寄りを支えられるかという深さだと思うんですね。そうなった時に、地域や私たちのようなプロの協力が必要になるということです。」
古田 「地域の高齢化率が高まる中、老老介護も増えていて、介護施設で解決する話ではなくなってきていますよね。」
横木 「行政が力を入れているのは、認知症や麻痺にならないための介護予防です。これはこれで大切なことですが、認知症や麻痺になっても、輝けるまちをつくることも大事だと思います。その時に、自分らしく生きられるかどうかが、すごく重要になってくると思います。」
古田 「前半、横木さんがおっしゃったように、認知症とは、決してネガティブなものではなく、その人が初めて自分らしく生きている可能性があるのではないかと思います。真面目な人ほど、認知症になって、わがままになるというのは、本質的には、その人の人生の中で最も自分らしく行動できているのかもしれないですよね。」
横木 「逆に、「私たちの方が、気を遣って生きているのでは?」と思う時があります。居場所というと、場所のイメージが強いと思いますが、居心地のいい空間や世界観に近いなと思っていて。例えば、夕方になると「帰る!」と叫んでいたお年寄りが「新」にいます。でも、その人の世界観に入ってみると、「新」が市役所で、自分は職員として働いていたんですね。だから、夕方に仕事を終えたら、帰るのは当たり前。そこで、彼女のために宿直という新しい職種をつくりました。すると、毎日、泊まってもらえるようになりました。その人が持っている世界観の中に、居場所があればいいと思っています。」
古田 「その人が、その人らしく生きていると感じるのはどんな瞬間ですか?」 横木 「 何かひとつ、行動を起こしてみた結果、次の課題が見えてくる時は、気持ちのいい瞬間であり、やりがいを感じますね。」 古田 「人生って、きっと最後の瞬間まで探求できるものですよね。ワンダーな旅をし続けるというか、発見もあるし、新しい成長もあるし、そうあるべきだということですよね。」 横木 「おっしゃるとおりです。終末期において、その人が望む場所に連れて行ったり、その人がやりたいことをしようとすると、当然、反対も受けます。でも、その人が天国に逝ったあと、「あの時、やってもらって本当に良かった」とご家族の方は納得されますし、私たちも心からそう思います。そこを見据えて、無謀と言われても、チャレンジしていくことが大事だと思っています。」 古田 「真摯に向き合っているからこそ分かるその人の夢を、叶えるために行動していくということですね。介護が、若者の目指す職業ナンバーワンになるといいですね。」 横木 「 そこを目指していきたいです。介護を「自分ごと」として考えていく時代に変わりつつある中で、よりいっそう介護の質が求められるようになると思うので、これからも精進していきたいと思います。今日、ご参加くださった皆さんにとって、「もっといい介護があるかもしれない」「自分の親には、もっといい介護を受けてもらいたい」と少しでも考えるきっかけになれたとしたら、これほど嬉しいことはありません。」 100名を超える参加者からはトーク中も多くのコメントが寄せられ、介護というテーマへの関心の高さがうかがえました。古田氏からは「この状況が落ち着いたら、みんなで実際に「新」を訪ねてみたいですね」と、新たな学びの展開について思いが語られました。朝の時間、大手町・丸の内・有楽町をキャンパスとして活用し、生き方、働き方、遊び方を自分なりにデザインすることを目的に開講する市民大学。 受講者数はのべ2万人を超え、共感や共創から生まれるつながりを大切に、チャレンジのきっかけと新たな価値を生む場を提供しています。