1月から行われてきた「エコのまど」制作ワークショップの成果発表会が開催されました。
CSR活動は広報が要。昨年度から、ただの"CSR報告書"ではなく、広く、分かりやすくCSRを社内外に伝えるためにパネルを制作してきました。1枚の写真を中心に、目を引くキャッチ、活動の紹介をする本文で構成されたパネルは、3月初旬に制作され、3×3Laboの壁面に展示されています。集まった会員企業が、どんな思いで、何を伝えたくて制作したのかを発表します。
また、その発表の前には、CSR・CSVにおける情報発信にはどのような意味があるのか、また正しい情報発信はどのように行うべきなのかについて、株式会社伊藤園の常務執行役員でCSR推進部長である笹谷秀光氏の講演が行われました。
笹谷氏の講演テーマは「発信型三方よし――共有価値創造(CSV)のためのコミュニケーションとは?」。日本の伝統的経営理念である「三方よし」に、「発信型」を冠したところがポイントです。
「三方よし」は近江商人の経営理念に由来しますが、「陰徳善事」という考え方も美徳としていました。「善いことは隠れて行うのが徳である」「分かる人には分かる」とするもので、現在の日本人にも受け継がれる考え方です。しかし笹谷氏は、「これからの時代は、良いことを黙っていては伝わらない。三方よしを社会に向けてアピールしていくことが重要」と指摘。逆にアピールしていくことで社会からの共感が生まれてその効果は増し、社会へのインパクトも大きくなるとして、「発信型三方よし」を提唱しました。
この「クールビス」という言葉は公募で決まりましたが、それを決める審査員にはデザイナーのドン小西氏や、漫画家の弘兼憲史氏が入っており、ドン小西氏はファッション面での知見、弘兼氏はその後漫画『島耕作』でクールビズを登場させました。
6月は「環境月間」ですがその初日には当時の小泉首相のかりゆし姿、「愛・地球博」では"クールビズファッションショー"など、インフルエンサーの効果的な使い方などが挙げられます。ファッションショーには、当時の経団連会長の奥田碩氏(トヨタ自動車会長)はじめ経済界のトップなどが集まったために大きな波及効果がありました。「クールビス」は発信を重視した小池百合子環境大臣(当時)のイニシアティブによるものです。一気に国民の認知度が90%以上になり、2005年のユーキャン新語・流行語大賞のベストテンに入りました。
クールビズというファッションを通じ、CO2排出量の削減、省エネの推進が進んだほか、オフィス環境の改善やファッション業界の活性化など、通常の「三方よし」以上の効果がありました。こうした「三方よしの構造」は黙っていてはできないというのが笹谷氏の指摘。情報を発信してはじめて生まれる構造だといいます。情報発信を行うと関係性(リレーション)が生まれ、さまざまな共有価値の創造が始まり、同時に各所で学びも起こります。クールビスもそうしたリレーションから一気に広まったのです。
また、東京スカイツリーも発信型三方よしの好例として取り上げました。プロジェクトをリードした東武鉄道グループ、建設の大林組、エレベーターの東芝、LED照明のパナソニックなどの企業がスカイツリー建設に関わりましたが、各社ともスカイツリーを紹介しながら自社の業績をアピールしています。今後の参考となるリレーションの在り方で、「これからの時代は、"お互いにほめる"という形の情報発信が、強い力を持つようになるかもしれない」と笹谷氏。
講演のまとめで笹谷氏は、CSVではコミュニケーションとPRの重要性を改めて指摘。PRとは「パブリックリレーションズ」のこと。関わる人=ステークホルダーと組織の間で関係性をつくることで、そのコツには7つあることを示しました(図1)。そして、コミュニケーションの強化で、「三方よしが発信型になり、日本独自のハイブリッドCSVを生み出すことができるだろう」と話しました。
笹谷氏の講演は2部に分けられ、その間の10分間、各テーブルで感想を話し合い、全体シェアも行いました。
後半の講演で笹谷氏が焦点を当てたのは、昨今話題の"地方創生"、「まち・ひと・しごと創生」に見る情報発信です。
長野県では、7月の第四日曜日を「信州 山の日」と制定。あまり山になじみのない年代層の方も引きつけるために若手四人組の信州ご当地アイドルグループ「オトメ☆コーポレーション」を「山ガール」として認定(写真のスライド)。自然の美しさを女性目線で語り、参加した女性たちから新たな視点からの情報発信を期待した取り組みです。例えば、美しい自然は美しいだけでなく、さまざまな課題を抱えていることを知ってもらう。今、日本の山岳地帯ではシカが増加しており、自然破壊や農作物被害も出ている現状などを知ってもらい、わかりやすく発信してもらおうというもの。長野県は、こうした活動の成果を県のホームページに掲載しています。
福井県には「里ゐずむ」というコンセプトで活動する、"SATOガール"や"SATOボーイ"という取り組みもあります。里ゐずむは、里山の自然を守り、共に生きようという考え方。SATOガール、SATOボーイの活動の様子は「里ゐずむ」という冊子で紹介され、福井県のホームページからPDF形式データでダウンロードすることもできます。
また笹谷氏は、同じ福井県の鯖江市の積極的な行政の取り組みも紹介しました。特徴的なのは、「発信型のプラットホーム」を形成しているところだといいます。例えば、JK課(女子高生課)やOC課(おばちゃん課)など、バーチャルな課を創設。市長に直接意見を送ることができる窓口となっています。また、鯖江市はメガネフレームの生産日本一で産業クラスターの形成もしており、「産官学金労言」の連携で関係者の連携による広がりを持った活動を展開しています。
笹谷氏は「PRには3つの広がりが大切」と指摘しています。 「PRを通して『地理的広がり』『時間的広がり』『情報的広がり』が生まれることで、 "人づくり"、"組織づくり"、"地域づくり"につながり、地方創生が目指す『まち、ひと、しごと創生』をもたらすことになる」
その一方で、東京はどうすれば良いかもこれからの大きな課題。笹谷氏は、「東京オリンピックに向けたレガシーづくりでも同じことが言える」と指摘します。2013年から2014年にかけて、富士山、和食、富岡製糸場、手すき和紙技術が世界遺産に認定され、さらに東京オリンピック・パラリンピックの誘致が決定しました。「これは日本にとってすごい!こと」だと笹谷氏は強調。しかし、「日本人は抑制的で、あまり騒がない。やはり、すごいときには、すごいとみんなで盛り上げていくことが必要です。そして、2020年のあとの時代にレガシーを残し伝えていかなくてはいけない」。
「今はコミュニケーション能力が問われる時代。東京オリンピック・パラリンピックのレガシー創出に向けて、インバウンドにせよ、アウトバウンドにせよ、しっかりと情報を発信していかなければならない」
また、東京には、大丸有周辺だけでもCSVの好例がたくさんあると笹谷氏。「(シェアサイクルの)ちよくるは環境問題解決、人にやさしい街づくりにつながる。先日、渋沢栄一氏の生地、深谷を訪れましたがレンガの町でもあり、深谷駅はレンガのデザインで有名で、「ミニ東京駅」とも言われます。「東京駅」もCSVの塊のような特色ある取り組みが満載で、これから進むJR東日本を中心とした東京ステーションシティ協議会の『東京駅が街になる』の計画も見逃せない」。
そして笹谷氏は、最後にCSR/CSVの情報発信手順を4ステップで示して締めくくりました。
ステップ1 方針をきちんとつくりましょう。
ステップ2 関係者を洗い出します。
ステップ3 関係者との調整(ステークホルダー・エンゲージメント)を粘り強く行います。
(パートナーシップの構築・活動の実施)
ステップ4 発信とフィードバックを丁寧に。
膨大な情報量でしたが、いつもの"笹谷節"の名調子で、楽しみながら学ぶことのできた講演。参加者も多くの気づきを得ることができたようでした。
講演の後、ワークのために用意されたテーブルは撤去し、壁面に展示されたパネルに向かって椅子だけを並べるレイアウトに変更して各パネルの発表会を行いました。運営からは飲み物が用意され、会場はリラックスした雰囲気に。発表を聞いた感想を書き込む付箋も用意されていて、参加者は各社の説明を聞きながら熱心に感想を書き込んでいました。展示されたパネルは、次の各社が製作した30点です。
旭硝子株式会社
株式会社伊藤園
株式会社イトーキ
岩手もりおか復興ステーション
株式会社ウェルシィ
エーシーシステムサービス株式会社
エコッツェリア協会
一般社団法人大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会
鹿島建設株式会社
一般社団法人企業間フューチャーセンター
小岩井農牧株式会社
株式会社サンケイビル
清水建設株式会社
株式会社ジャパンスタイル
ダイキン工業株式会社
株式会社竹中工務店
CES推進協議会
株式会社ティップネス丸の内スタイル
有限責任監査法人トーマツ
株式会社東京国際フォーラム
株式会社ニコン
日清医療食品株式会社
株式会社日本政策投資銀行
ハーマンミラージャパン株式会社
パタゴニア日本支社
日比谷花壇グループ(株)日比谷アメニス
前田建設工業株式会社
丸の内熱供給株式会社
三菱地所株式会社
ヨシモトポール株式会社
この日は、出席した14社が発表を行いました。発表は挙手した順。制作にあたっての目的や工夫した点、苦労した点などが語られました。とくに訴求力に関しては各社とも強く意識していたようで、なかでも前田建設の担当者は「前回は付箋が1つも付かなかったので、どうしたら強く印象づけることができるかをすごく考えた」そう。パネルには、「いいね!」と感じたことを付箋に書いて貼るのですが、同社の前回のパネルには1つも付箋が付かず、がっかりしたそうで、今回は人目を引くために、「写真選びに力を入れた」とのこと。採用されたのは、若手社員の植林体験時の表情に見つけた「懸命さ」が現われた写真。これは多くの参加者の眼を釘づけにしていたようです。このほか、創設者の思いが伝わる写真を選んだパタゴニアや、姫路城の大規模改修を行った鹿島建設などが、印象的な写真で人気を集めていました。
発表を終えてからは講評がありました。「エコのまど」制作のワークショップで講師を務めた篠崎隆一氏は、「内容が総論に流れると差別化できなくなり、情報発信力が弱くなる」と指導していましたが、この日の発表を見て、「一般的な社会的課題をうまく個別の事例に落とし込めているパネルが多い」と高く評価。さらに会社の事業とリンクした活動をうまく表現している数社に対しては、「活動における"ドラマ"がよく見える」と指摘しています。 また、笹谷氏は、ひとつひとつの発表を、丁寧にメモを取りながら聞いており、講評時には発表したすべての企業の名前を上げ、この日の笹谷氏の講演との対比でパネルを評価し、激賞しました。
今年は、笹谷氏の講演もあり、改めて外へアピールしていくことの大切さを感じたワークショップとなったようです。本業に直接関係ないと思われがちなCSRは、だからこそ社内・社外問わず情報を伝えることが基本とも言えますが、日本全体を含む広い視野でCSRの情報発信を行っていくことが重要だと認識できたようです。
エコッツェリア協会では、2011年からサロン形式のプログラムを提供。2015年度より「CSV経営サロン」と題し、さまざまな分野からCSVに関する最新トレンドや取り組みを学び、コミュニケーションの創出とネットワーク構築を促す場を設けています。