2014年11月26日、日本ビル6Fの「TIP★S/3×3Labo」にてCSRイノベーションワーキング「地域創生でビジネスチャンスをつかむ ~本業を活用した『三方よし』~」が、株式会社伊藤園常務執行役員兼CSR推進部長の笹谷秀光氏をゲストスピーカーに迎え開催されました。直前の11月21日には第187臨時国会で「まち・ひと・しごと創生法」が成立。安倍政権の重要な政策課題でもある「地域創生」に関連して企業がビジネスチャンスを掴むためのヒントを参加者全員で共有しました 。
笹谷氏は伊藤園に入る前は農林水産省に勤務し、外務省や環境省への出向経験もあります。これまでの国際経験で、さまざまな事例を目の当たりにしています。そんな笹谷氏が最初に紹介したのがフランスはパリの自転車シェアリングシステム「ヴェリブ」です。ヴェリブはパリ市が自動車排気ガスによる環境汚染を抑えるために、パリ市、自転車メーカー、メンテナンスメーカー、地元協議会に市民も巻き込んで2007年にスタートした仕組みです。30分以内の利用であれば無料のレンタルサイクルを利用できるというもの。ヴェリブによってパリ市の交通に新風が吹き、この仕組みはいろいろな世界都市、首都のみでなく地方都市にも波及しているそうです。
「ヴェリブに『ひと・まち・しごと創生』の大きなヒントがある」と笹谷氏は言います。一見、排気ガスの減少、つまり環境保全にしか貢献していないように見えるヴェリブですが、詳しく見てみると市民や観光客の足となることで「消費者課題」に対応し、消費者の理解の上で成り立っていると指摘。そのうえで、関係者の「公正な事業慣行」、人に優しい交通機関として「人権」などにも関連したものだとし、さらに最も重要なこととして、この仕組みを成功させるために必要な「コミュニティの理解」について、しっかりと合意形成がなされていることを挙げました。また、「この仕組みには参加企業の運営ノウハウ・IT技術・メンテナンス技術などが生かされています。このように複合的な社会課題に向き合い関係者の連携で全体的対応をして解決することが、『まち・ひと・しごと創生』において重要です」。
笹谷氏は企業が社会から求められていることとして、①社会対応力、②企業と社会とのWin-Win関係構築力、③社会におけるグローバル人材育成力----の3点を挙げました。これらのキーワードが目指しているのは持続可能性、つまり「サステイナビリティ」ですが、「横文字では自分事になりにくい」として、「世のため、人のため、自分のため、子孫のため、と置き換えれば皆が目指すべきものを理解しやすくなる」と説きました。
一方で、国際合意のある社会の課題設定(中核主題)として、①組織統治、②人権、③労働慣行、④環境、⑤公正な事業慣行、⑥消費者課題、⑦コミュニティへの参画および発展----の7つを挙げました(社会的責任の手引の国際規格ISO26000による)。「企業がこれらの複合的な課題に向き合っていくには一時的なフィランソロピーではなく、企業にとってもプロフィットがなければ持続的な取り組みになりにくい。それには組織の得意分野である本業を活かしていくことが最も効率的」としたうえで、「ただし、一企業だけで解決するのは容易ではないため、行政、NPO・NGO、教育現場、消費者などあらゆる組織・関係者が相互補完的なパートナーシップを結び、みんなで協働できるプラットフォーム(活動の基盤)を構築することが必要」だと話しました。
プラットフォームが目指すものとして、笹谷氏は近江商人の商慣習として有名な「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」を挙げました。ただし、笹谷氏は「ここに補正を加えたい」と言います。1つめは"学び"です。「売り手である社員の学びはもちろん、買い手とともに学ぶ、そして世間である地域とともに学ぶ」という3つの学び、ともに学ぶ姿勢の重要性を指摘しました。
2つめは"経済的な価値"です。社会的な価値の実現だけでは会社は存続できません。そこで、「社会的価値と経済的価値を同時に実現する戦略を加えたい」と言います。 3つ目は"情報発信"です。三方よしとともに心得として『陰徳善事』をよしとしていますが、今日のグローバルな社会においては、善い行いの発信を控えるような日本型行動様式では通じないとして、「行動や目標を的確に発信していく発信型の三方よしを提案していきたい」と語りました。
また、CSR、CSV、ESDの3つの要素について、笹谷氏は「これらの横文字のままでは3つのSがわかりにくい」とし、「英語から日本語に置き換え、三方よしのグレードアップ型であるとの説明をするとわかりやすい」と話し、CSRは社会対応力、CSVはWin-Win関係構築力、ESDはグローバル人材育成力と置き換えました。この3つを実行し、発信を強化してパートナーと協働しつつ経営していくのが新たな経営戦略のあり方だと提案しました。
(注) CSR( Corporate Social Responsibility 企業の社会的責任)、CSV (Creating Shared Value 共有価値の創造) 、ESD (Education for Sustainable Development持続可能な開発のための教育)
これまでは社会の課題に対して、環境は環境の視点で、人権は人権の視点で、消費者課題は消費者の視点というように各論的に対応しがちでした。笹谷氏は「現在の複雑化した課題にはこれまでのアプローチは通用しなくなっているのかもしれません。また全体的・複合的なアプローチを考えることで、企業にとっても新たなビジネスチャンスが生まれる可能性もあります」と述べました。「まち」「ひと」「しごと」の3つのカテゴリごとに笹谷氏はいくつかの事例を挙げ、ビジネスチャンスをつかむヒントを紹介しました。
「まち」の事例
・ 高知県の「リョーマの休日--高知家の食卓--」 「高知家」というコンセプトのもとで、観光と食を主軸に総合対策を組み、「高知龍馬空港」を活用し高知県全体のインバウンドを活性化させている。
・「道の駅」活用 地域振興・観光を学ぶ大学生に対して「道の駅」で就業体験してもらい、まちおしを考えてもらう事業が、来年度より本格実施されるそうです。
・淡路市の「具1グランプリ」 淡路市ではご当地キャラの「あわ神・あわ姫」も活用しておむすびコンテストを実施、コンビニ賞では入賞おむすびを限定商品化するなど特色ある「地産地消」。
「ひと」の事例
・タリーズコーヒージャパンのコミュニティ・カフェ 「タリーズピクチャーブックアワード」の入賞作品の絵本によるお子様への「読み聞かせ会」を店舗やイベントで行い、子育てママさんの着実な集客につなげている。
・タクシー会社の車椅子タクシー 宮城県大河原町の有限会社中央タクシーは通常のタクシーに加え、車椅子のまま乗れるタクシーを導入した人にやさしい会社。(2014年版中小企業白書より)
「しごと」の事例
・株式会社いろどりの「葉っぱビジネス」 徳島県の野山の木の葉や草花を高級料亭の盛り付けなどに使用される「つまもの」として利用できることに着目して事業化に成功。
・栃木県のご当地キャラ「とちまるくん」と「伊藤園」のコラボレーション ご当地キャラの効果的な活用事例の一つ。とちまるくんの防災バージョンで県の政策をアピールしつつ非常時備蓄用にもなり、いざというときは手回しで飲料が供給できる付加価値自動販売機。
・伊藤園の茶産地育成事業 九州で行われている茶葉調達の一部を農家・行政との連携で茶畑から育成する新産地事業では地元の雇用創出につながっている。
笹谷氏は、地域創生とビジネスを考えるときのヒントとして、「本業を使う」「バリューチェーン全体を見て考える」「消費者の意見を聴く、参加してもらう」「応援してもらうため、活動の狙いを理解してもらう」「相手のことをおもんばかる」を挙げて、まとめにしました。
笹谷氏のプレゼンテーションを受けて、グループにわかれて感想をまとめ、次のような意見を全員でシェアしました。
○ みんなで三方よしをやろうとしたときに、つなぐ役割、つなぐ機能が必要になる
○ B to B企業なので、消費者課題に取り組む必要が頭ではわかっていても、消費者目線でなかなか考えられない、近づけない
○ 新たに本業創出するのではなく、いままでやっていることの見方を変えるとCSVにつながっている
○ CSRとブランドは部署が異なり、壁がある。発信型三方よしは壁がないということが伝わった
感想の発表に続いて行われたワークショプでは、地域とどのような関わりが持てるのかという課題に対して、次のような意見が出されました。
○ 地域の素晴らしい技術を子どもたちに伝えていく
○ 異業種が一緒に社会課題を考える際の壁は時間。時間外にやるのか休日出勤までしてやり遂げるのか、そこまでの意識を持てるかどうかが大きい
○ 無理なく等身大で進めることが重要、得意分野でいかに共創できるか
○ 地方で地元のこと、マーケット、この2つをわかっているヒトを育てるのが重要だが、それには企業の枠を超える必要がある
○ お金のいらない生活、貨幣価値の必要ない社会をつくって活性化させる
最後に笹谷氏は、三方よしの可能性は身近にあるが気づいていない、あるいは気づいたとしても従来の企業の価値観とは時間軸が違うため、すぐに収益につながらないなどの特性があるということを指摘したうえで、「我慢してねばり強く続けていると芽が出る。芽が出たら育てる。育ったものが認められれば共感「いいね!」が生まれ、活動の理由が理解されることで「なるほどね!」に、そして継続的活動につながる「またね!」を得られるサイクルをつくることが必要」との感想で締めくくりました。
終了後の懇親会では、さらに深い意見交換が進み盛り上がりました。
エコッツェリア協会では、2011年からサロン形式のプログラムを提供。2015年度より「CSV経営サロン」と題し、さまざまな分野からCSVに関する最新トレンドや取り組みを学び、コミュニケーションの創出とネットワーク構築を促す場を設けています。