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【レポート】SMBCと東近江市の事例から学ぶ、国内で進むネイチャーポジティブ✕金融の動向会員限定

CSV経営サロン2024年度第3回2024年11月25日(月)開催

8,11

2030年までに生物多様性の損失を止め、回復に向かわせる「ネイチャーポジティブ」。目標となる期限まで時間がない中で、国際ルールの進展に伴い、自然資本の情報公開が求められるようになり、ビジネスや金融の領域にも影響が広がっています。

2024年度のCSV経営サロンでは、このネイチャーポジティブをテーマに掲げ、有識者をお招きして最新事情や日本の取り組み方について考えてきました。最終回となる3回目は、「ネイチャーポジティブと金融」を切り口に、企業のネイチャーポジティブやTNFD開示の支援を行っている企業、ソーシャルインパクトボンドを活用してネイチャーポジティブの実現に取り組む組織の担当者をゲストにお迎えし、ネイチャーポジティブとビジネスの関わり方を考えました。
その模様をレポートします。

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SMBCグループが取り組むネイチャーポジティブ促進の動き

SMBCグループが取り組むネイチャーポジティブ促進の動き

image_event_241125.002.jpeg三井住友フィナンシャルグループの勝田梨聖氏(左)と中島悠衣氏(右)

最初に登壇したのは、三井住友フィナンシャルグループの中島悠衣氏(社会的価値創造企画部環境社会グループ)と、勝田梨聖氏(サステナブルソリューション部ソリューショングループ)のお二人です。両氏からは、邦銀として初めてTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)レポートを作成・公表し、TNFD対応支援をテーマとした商品を開発するなど、ネイチャーポジティブに対する先進的な取り組みを見せるSMBCグループの動きについて紹介いただきました。

社会的価値創造本部は、顧客やSMBCグループ自身のサステナビリティ推進や社会課題解決に資する取組を所管しています。自然資本経営の推進なども行っている勝田氏は、これからの企業が自然資本経営を意識すべき理由の一つとして「レピュテーションリスク(企業の事業活動に関するネガティブな評価が社会に拡散され、信用やブランド価値が低下するリスク)」を回避するためにも重要だと話します。

「例えば再生可能エネルギーの発電所を造ることは、脱炭素の文脈では評価されます。しかし、発電所を造るために大規模な森林破壊や、生物多様性の損失が発生し、企業が回復策や回避策を取っていなければ、今後社会的に批判されるリスクがあります。そのため、脱炭素だけでなく多角的な文脈から自社事業を評価することが重要です」(勝田氏)

勝田氏が言うように、企業がネイチャーポジティブの動きを展開するためには、自社と自然資本のつながりを認識し、それを可視化することが重要です。そこでSMBCグループでは、顧客と自然資本の接点や、依存・影響関係を把握・分析し、リスク管理を行いながら、特に財務面や金融面での支援を行っています。

「我々は、気候変動や自然資本、人権といった社会全体に影響を与えるさまざまな要因がリスクドライバーになると考えています。コーポレート向け・プロジェクト向けの双方において、環境社会の観点でリスクを評価し、与信における定性的な判断要素として活用するとともに、評価結果を踏まえた顧客エンゲージメントを実施しています」(中島氏)

SMBCグループ自身のネイチャーポジティブの推進に加えて、三井住友銀行では顧客企業の支援策として、「自然資本経営推進分析融資」という融資商品を展開しています。同グループのシンクタンクである日本総合研究所と連携し、顧客事業の自然資本に関するリスクを診断・分析して課題を抽出し、対策方法を提案するなど、自然資本経営推進のサポートを行っています。
本商品では、顧客の事業を分析することで、顧客自身が気づいていない形でのネイチャーポジティブに貢献できる方法を見出したり、経営層や社内への理解浸透をサポートするなど、単なる融資の提供にとどまらない支援も行っています。

加えて、三井住友銀行は、神奈川県伊勢原市にある約220haの森林を「SMBCの森」として取得し、生物多様性の保全・回復を進めるとともに、森林由来のクレジット創出、環境教育サイトの設置や森林業の活性化に取り組む場として活用していく予定です。

さらに、MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社、株式会社日本政策投資銀行、農林中央金庫とともに、金融アライアンス「FANPS」を発足。このアライアンスでは、アカデミアと連携して、企業が抱える自然関連課題の解決に結びつく可能性のある技術の調査を行い、「ネイチャーポジティブソリューションカタログ」として公表しています。また、TNFDが推奨する開示項目への対応状況をWeb上で簡易診断し、開示に向けて取るべき対応をまとめたレポートを無償で提供する取り組みも実施。金融機関として企業のネイチャーポジティブへの転換を促進・支援する動きを加速させていきます。

小さなネイチャーポジティブを実現に導く東近江版SIB

image_event_241125.003.jpeg東近江三方よし基金の山口美知子氏

続いて登壇したのは、東近江三方よし基金の山口美知子氏(常務理事兼事務局長)です。滋賀県東近江市での官民連携による地域課題解決事例を紹介していただきました。

東近江三方よし基金は市民コミュニティ財団であり、地域住民からの寄付などを財源として、地域のために活動する組織です。例えば、東近江市の愛東町という地域で唯一のスーパーマーケットが閉店する際、住民が協力して合同会社を設立し、スーパーマーケットを再建した事例があります。このように、東近江三方よし基金は、休眠預金や地元信用金庫と連携した制度融資などの仕組みを活用して、エリアの生活環境を維持することに貢献しています。

「私たちの基本財産は772名からの寄付によるものです。ですから、私たち自身がお金持ちというわけではありません。誰かを応援したいと思う個人や企業の方と、社会的な課題を解決したい、夢を実現したいと思っている方を、ひたすらコーディネートしてつないでいくことが私たちの仕事です」

こうした活動の中で全国の自治体から注目されているのが、東近江市版ソーシャルインパクトボンド(SIB)です。従来は行政が担ってきた公共性の高い事業や社会課題解決のために、行政と民間が連携するSIBに取り組む地域は全国にありますが、東近江市が注目されている理由はその独自の仕組みにあります。

東近江市版SIBでは、プロジェクトが立ち上がると事業者は成果指標を設定して出資金を募ります。それに対して個人や法人が出資を行い、目標金額に達すると出資金が事業者に送られます。事業終了後、成果指標が達成されていれば、東近江市が中間支援組織を通じて出資者に償還する、という流れとなっています。補助金を活用した事業の場合は事業が終了した後に資金が払われますが、東近江市版SIBでは先に資金が事業者に渡る形となっているのです。

「一般的なSIBよりも複雑な仕組みですが、このような流れを取ることによって出資者の皆さまが事業者の応援団に変わっていくのです。補助金事業では起こり得ないようなことが、東近江市では起こっています」

この仕組みを活用したネイチャーポジティブ実現に向けた取り組みもあります。琵琶湖固有種のビワマスという魚の産卵床を広げるために魚道を整備するプロジェクトです。公共性は高いものの、県が管理する一級河川であること、実現可能性が不透明であること、成果指標が定めにくいことなどから市役所の予算付けは難しいものでした。しかし、専門家や生物多様性保全に関心のある企業からの協力を募ることで実現しました。このように、ネイチャーポジティブの取り組みは、多様なプレイヤーが関わることで成立すると、山口氏は話します。

「ビワマスの産卵床を広げることで個体数の増加につながり、それによってレストランなどでビワマスを食材とする収益事業が成立します。また、トレイルのコースを整備する活動がなければ、エコツアーによる収益は得られません。自然を活かした事業は、自然を整備する事業者と、自然を収益化する事業者がそれぞれ存在することで成り立っていることを忘れてはならないのです。東近江三方よし基金は、そうした事業者を結びつけ、応援し続けていきたいですし、そのためのファンドを持つことが今後の野望でもあります」

いかにして自然資本への取り組みを通じてキャッシュフローを生み出すか

image_event_241125.004.jpegパネルディスカッションの様子

講演の後は、CSV経営サロンの座長・小林光氏(東京大学先端科学技術研究センター研究顧問、教養学部客員教授)と、副座長の吉高まり氏(一般社団法人バーチュデザイン代表理事)を交えたパネルディスカッションが行われました。小林氏からは「自然資本への取り組みは、脱炭素のような既存の問題と比べると、ファイナンスの観点から強いのか弱いのか」という問いが投げかけられました。

これに対して勝田氏は「個人的な見解」と前置きした上で次のように回答しました。
「市場の盛り上がりという意味では、自然資本領域は、気候変動領域と比較してまだまだこれからです。リスク評価や環境への効果検証のための定量データ整備が発展途上であることや、キャッシュフロー創出の観点から、自然資本関連のビジネス活動は気候変動ほど多くありませんし、自然資本の開示も、気候変動に比べると発展途上の状態です。ただ、将来的に自然資本と気候変動の統合的な開示が進む可能性もあるなか、現時点から両者の取組を統合的にとらえていく必要があると考えています。その中でどうやってお客さまに働きかけていくかというと、例えばサステナブルファイナンスを通じて、お客さまが重点的に取り組む項目のなかに、気候変動だけでなく、自然資本の要素を盛り込んでいただくことなどがあります。こうした対話を通じて、自然資本に対する取り組みを後押ししています」(勝田氏)

また、会場からは山口氏に対して、「東近江SIBのような取り組みを他の地域でも実施するために、参考となるポイントや必要なポイントはどんなところにあるのか」という質問がありました。

「仕組み上必要な組織はありますが、私自身はどこの地域でも実施できるものだと考えています。自治体の方からは『うちの地域では、市民が市民を応援するという雰囲気がない』という声をよく聞きますが、実際に調べてみると、自分たちの地域の取り組みを応援したいと考えている人は多くいることがわかります。例えば、愛媛県西条市では同じ仕組みで取り組みが進められていますし、検討を進めている地域も増えています。やはり、自分の暮らす地域をよくしたいと考えている人はたくさんいるはずですので、そこに注目してみると良いと思います」(山口氏)

その他にも参加者からは積極的に質問が行われ、ネイチャーポジティブというテーマに対する関心の高さが伺えました。

image_event_241125.005.jpeg写真左:CSV経営サロンの座長・小林光氏
写真右:同じく副座長の吉高まり氏

最後に、小林氏と吉高氏は、次のような言葉でこのセッションを締めくくりました。

「東京都世田谷区では、ふるさと納税をすると『寄付金は何に対して使われることを期待しますか』と聞かれます。私はいつも『気候変動対策』に入れているのですが、そのような形で、納税者に選択肢を与える自治体が増えると、自然資本の盛り上がりにつながるのではないでしょうか。SMBCグループと東近江三方よし基金のお話を聞いて、そんなことを感じました」(小林氏)

「企業版ふるさと納税のように、プロジェクトに紐づけられる寄付金ができると、自治体は支援を集めやすくなりますし、関係人口が増えることにもつながります。そうやって、地域が外の人から褒められる流れを作ると地域の人々は頑張れるので、そうした仕組みの活用がひとつのポイントになるのではないでしょうか」(吉高氏)

こうして、2024年度のCSV経営サロンはすべての回を終えることとなりました。第3回目でも触れたように、ネイチャーポジティブの領域は、注目度と緊急度が高まる一方、ビジネス的な視点ではまだまだ発展途上といえる状況です。それだけに、早い段階から情報収集に努め、自社事業との関連性を分析していくことが推奨されます。

CSV経営サロンは、2025年度も引き続き開催していく予定です。乞うご期待ください。

image_event_241125.006.jpeg多くの参加者から質疑応答が行われ、盛況を博した

CSV経営サロン

2011年からサロン形式でビジネスに関する様々なプログラムを提供。発足当初から小林光氏に座長を、2017年からは吉高まり氏に副座長をお願いし現在に至っています。
2015年度からは「CSV経営サロン」と題し、さまざまな分野からCSV経営に関する最新トレンドや取り組みを学び、 コミュニケーションの創出とネットワーク構築を促す場として取り組んでいます。

小林光氏

座長:小林光 氏

東京大学先端科学技術研究センター研究顧問 /
教養学部客員教授

慶應義塾大学経済学部卒(1973年)、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修士、博士(2010・2013年、共に工学)。
1973年環境省(当時環境庁)入省。京都議定書交渉の担当課長、環境管理局長、地球環境局長、官房長、総合環境政策局長、2009年から2011年まで次官を務め退官。
慶應大学教授、米国イリノイ州にて派遣教授、2016年から現在まで東京大学客員教授。その他日本経済研究センター特任研究員、国立水俣病研究センター客員研究員、地方の環境審議会委員や脱炭素対策検討の委員等を歴任。
再生可能エネルギーを主要なエネルギー源とする資源循環型の社会を構築するために必要な価値観の転換、諸制度の整備などに取り組む。


吉高まり氏

副座長:吉高まり 氏

一般社団法人バーチュデザイン代表理事 /
東京大学客員教授/
慶慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授

明治大学法学部卒、米国ミシガン大学環境サステナビリティ大学院科学修士、慶應義塾大学大学院政策・メディア科博士(学術)。
IT企業、米国投資銀行等での勤務を経て2000年より現三菱UFJモルガン・スタンレー証券において気候変動関連の資金枠組みづくり、カーボンクレジット組成などに関与。政府、地方自治体、金融機関、事業会社などに向けて気候変動、GX、サステナブルファイナンスの領域について講演、アドバイスなどを提供し、新たにサステナビリティ経済の推進の実装を図る。

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