
2012年度、5年目を迎えた地球大学アドバンス、今年度は「食」の問題に焦点を当て、丸の内「食の大学」として展開しています。最終回となる第6回は「日本の食のサステナビリティ」と題し、「米」をテーマにした展覧会を計画するグラフィックデザイナーの佐藤卓氏、日本食の世界遺産化を目指す農林水産省・大臣官房政策課課長の大澤誠氏、予防医療の観点から日本人の食生活に警鐘を鳴らす予防医療コンサルタントの細川モモ氏をお招きして3月18日に開催しました。
今年度はこれまでのレクチャー形式に加えて、ワールドカフェの協力の下、参加者がワークショップを行う参加型の地球大学です。今回も「日本の食」をテーマに参加者も議論を交わしました。
デザイン「あ」などでも話題のグラフィックデザイナーの佐藤卓さんをお呼びしたのは、来年佐藤さんと「米」をテーマにした展覧会を企画しているからで、そのプロトタイプとも言える1日限りの展示を昨年開催したそうで、そのお話などをお聞きしたいと思っています。細川モモさんはアスリートやミス・ユニバース日本代表の栄養指導を行なっている方で、若い女性を中心とする食生活の現状を調査されながら、現代の若者の食生活の偏りや、過剰なダイエット指向に警鐘を鳴らし、それに対する代案も提案されています。農水省大臣官房の大澤誠さんは日本食の世界遺産化の旗を振っているリーダーであり、同時に日本の地域の食生活を再生しようという活動もされています。
今日は畑の違うお三方をお呼びして、現代日本社会の食生活食文化の危機について話をしたいと思います。日本食が世界遺産になったとしても、それを営む日本社会自身がその価値がわからなくなってしまっているのではないか、新しい医学知識の中で私たちの食生活は劣化しながら異なる方向にナビゲートされようとしている、その状況の中でわれわれはこれからどういう食生活に向かっていくのか、そういう問題意識のもとにお三方にお話いただいて、そのあとでディスカッションしていただこきます。
2001年から「デザインの解剖」というプロジェクトをはじめました。日常にあるものがどういう背景でできているのか、それを外側から内側に向かって解剖していくというものです。私たちの目の前には当たり前に「もの」がありますが、それがどういう背景でできているかということは誰も知らない、そういうものを遡ってみようと思ったんです。
デザインと言うとかっこいいものを造るというイメージがありますが、そういう特別なデザインだけがデザインではなく、当たり前のものも何から何まで誰かがデザインを決めてるわけです。そのように無意識の中にデザインが山ほどあるということに気づくべきなんじゃないかと思ったわけです。それでデザインを「メス」にして、当たり前のものを観るときにデザインの視点で見たらどうなるかことをはじめたわけです。
その中で竹村先生に出会って、水についてのお話を聞いて、いかに水について自分が知らないかということを思い知らされて、水をテーマに展覧会をしようと思いました。それで実際に2007年から2008年にかけて「ウォーター」という展覧会をやりました。この時もそうですが、展覧会をやるときは何の確信もなくても「これはやるべきだ」と思うんです。
「米」についても「これはやるべきだ」と思って、ホクレンの北海道米のブランディングの手伝いをしている関係で、ホクレンの感度の高い方に「展覧会のようなことも可能なのではないか」とお話をしてみたら、興味を持ってもらえたので、昨年「ゆめぴりか」の発表会の時に竹村先生にもお声がけをして展覧会を開きました。そこで手応えを感じることができたので、来年にでも展覧会を開催出来ればと考えています。
竹村: 形を与える行為だけじゃなくて、無自覚に与えられているものを脱構築して考える作法としてデザインというのがあるのかもしれない。水とか米といった当たり前のものを、その前に戻って、食生活や水のあり方というものを根本的に考え直してみましょうということデザインによってできるわけです。そういう意味でやってみたのがプレ展覧会です。例えば「コメの光」というランプがありますが。
佐藤: これは3000粒のコメをピンセットでランプに貼ってあります。黒い紙に穴が空いていてそこに米粒が張ってあって、米粒を通して明かりが見えるという仕組みです。
竹村: 3000粒というのはご飯一膳分でもあり、同時に米というのが太陽エネルギーのパッケージでもあるということを表しているわけですよね。
佐藤: 一粒のカロリーが米一粒に書いてあるというものもあります。米というのは日本人にとって精神的にも意味があるもので、米に文字を書くということにも意味がありました。そのことを改めて考えてみようと。さらに、わらひとつとっても、屋根だったりわらじだったり納豆の包みだったり生活のあらゆるところに使われていましたし、「気」という漢字の中はもともと米だった。米というのはもう一度よく見ていくと、生活のありとあらゆる側面に顔を出す。そういうことに今気が付くべきなんじゃないかと思うんです。
竹村: 水と米とか自明なことのように思われていますけど、水だって日本を水の豊かな国にしてきたのは長年にわたるデザインの結果。その際たるものが水田。われわれが自明と受け取っている日本の自然というのは米文化によって作られてきた。そのことをこの時代の折り返し地点で見える化して、次世代に何を引き継いでどうデザインしていくかを考えるべきなんでしょう。
佐藤: いろいろなことをやってきて思うのは、デザインというのは間をつなぐものということです。間をつなぐとき、文字ひとつとってもデザインですから、デザインがかかわりのないところはひとつもない。今はやっとデザインというものがどういうものか見えてきた時代なんだと思います。
私たちは主に女性の美容と健康のために食事に注目して指導していますが、世界が評価する「日本食」とわれわれが日常食べる「日本食」の間には大きな乖離があるのではないかと考えています。
それを分析するために調査を行なっていますが、その一つが板橋区の小学生80名の写真食事記録です。これを見ると、結構な割合でいるのがおやつが食事という例。また、カレーだけ、焼そばだけというように野菜、副菜がないという傾向も強まっています。たんぱく質が欠如した食事も目立ち、子どもは大人よりタンパク質を多く必要としますが足りていないのが現状です。子どもたちの食事を分析すると、男女ともに平均で1日100キロカロリー程度、摂取カロリーが足りていません。中でも最も気になったのが海藻の摂取率で、味噌汁の出現率が非常に低くなっていて、要素の摂取量で国の基準を満たしていなかったのは男子の38.1%、女子の53.1%でした。
尼崎市では小学生に生活習慣病の検査を行い、11歳の55%で尿酸値が高いという結果が出ました。16歳から20歳の5分の1が高血圧というデータも有り、子どもたちの生活習慣病のリスクが高まっています。
もう一つ別の調査で、18から25歳の女性、妊娠前の一般女性105名でも写真食事記録を行いました。この調査からいくつかのパターンが見えてきます。一つは「アンバランスパターン」でダイエット意識の高い女性がたんぱく質を食べないというようなもの。「流行食パターン」は3色トマトづくしのような極端に偏った食事。さらに激務の女性に多い「おやつだけ」というパターンやダイエット中の女性に多い「3食野菜しか食べない」「糖質×糖質」というパターンも多く見られました。
これは貧血なども含めて非常によくない状態で、実際に日本女性は終戦直後より摂取カロリーが低下していて必要エネルギーが1983kcalなのに対して、2000年以降1861kcalというデータがありますが、われわれの調査では20代30代に限ると、1800kcalもいっていません。問題なのはこれが妊娠前の女性だということです。その結果低体重出生児が増えていますが、低体重出生児は生活習慣病のリスクが高まると言われます。今後日本は世界一の不妊大国であると同時に生活習慣病患者の増加が強く懸念されるハイリスク国家になると考えられます。そして、それは日本人全体の食卓の崩壊というのが大きな原因なのです。この国の食卓を豊かにしていくにはどうしたら良いか、それが今考えなければならないことなのです。
細川さんも言われたように20代30代の朝食の欠食が顕著で、食生活が乱れているといわれます。また、農業年齢の平均が66歳と農業従事者の高齢化も進んでいます。しかし他方で、和食ブームによって世界の食市場規模は拡大し、外国人観光客が日本で期待することの1位は食事だという結果が出ていたり、海外の日本食レストランが急増していたり、全国各地の伝統野菜の復権の動きがあったりもします。これをどう結びつけたらいいのか。
「和食の素晴らししさ」をアピールしていく中で、自然というのがひとつのキーワードになるのではないかと思っています。日本には地域ごとに多彩な食材があり、その新鮮な食材の味をなるべくそのまま味わいたいというところからお刺身や発酵文化が生まれました。それがひとつの特色で、そのように自然を味わいつくすということがバランスのいい食生活にもつながるのです。そのすべてが残っているわけではありませんが、考え方としては残っているのではないかと思います。無形文化遺産というのはいま立派だから登録しようというのではなくて、これは昔あった「遺産」として立派なものだったということであり、申請することでそれを今と照らし合わせて考えてみようということです。
あわせて、食文化を活用して地域活性化につなげるヒントを探ることも考えていて、「日本食文化ナビ」という双六のようなものを作りました。食文化を新たに発見する5つの視点を上げ、それを順番にチェックしていくことで地域活性化のために今すべきことが見えてくるというものです。具体的には、まず当たり前をリセットする事から始め、それを新しい視点で発見し新しい価値を付け加えていく。そこに外からの視点も入れてゆき、最後にそれを継承していくために再び地域に落とし込んでいく。それでも、しばらくすると固定化してしまうので、また当たり前をリセットするという過程を繰り返すというやり方です。これを活用して来年度は食のモデル地域をつくり、「日本食文化ナビ」を活用し世界に広めていくということを計画しています。そして、2015年には食をテーマにした初めての万博がミラノで行われるので、そこでもアピールしていきたいと思っています。
また、産業と結びつけ、日本的な流通システム・販売システムと一緒に海外に持って行くということも必要です。すでにタイに和食店が進出してみたら、ホッケ定食が人気になって、ホッケやミソの輸出量が増加したという事例や、コンビニがインドネシアに進出したらおでんが人気になって、おでん出汁の素材を輸出するようになったという事例があります。
今年度はワールドカフェ形式にワークショップを行い、参加者の理解をより深める試みを行なっています。今回も参加者が4人くらいの組に分かれ、まず「日本の食についてゲストのお話を聞き、現状をどう感じましたか」という話題で約10分話し合いを行いました。今回は変則的にここで感想を聞き、ゲストの佐藤氏にコメントをいただきました。
感想としては「食育というけれど、学ぶ場がないのではないか、長続きするやり方が大切」というものや「味噌というのがひとつの切り口になるんじゃないか。ローカルの視点とグローバルの視点の両方からもっと考えるべきではないか」というものが出て、佐藤氏に「デザインと文化というのは同じものなのか?」という質問も投げかけられました。
佐藤氏は「デザインという概念が入ってくる前にさかのぼると、ありとあらゆるデザインが文化と重なっているけれれど、デザインと文化がイコールかどうかは自分に問いかけたことがありませんでした。味噌はいろんなものを食べるハブになるので、味噌を徹底的に解剖していくと面白いんじゃないか。大人が面白がると子どもも興味をもつんじゃないかと今日すごく思ったので、それを面白がっているところをどう子どもに見せられるかを考えたい。学校の授業というのは科目に分けられてしまっているけど、食を基準に全て繋がってしまう、そういう楽しい授業が始まったらほんとうに楽しみです」とコメント。竹村氏も「文化とデザインの根幹として食というものがあるというのを小学生くらいから組み込んでいかないといけないのではないか。近代社会は食を合理化して時間をもっとクリエイティブなことに使うというファストフードの価値観に支配された社会だったけれど、食というのは実は食材を育て、調理師、分かち合い、片付けるまでクリエイティブなプロセス。そういうことも含めて食という切り口から現代社会をリセットする、そのために日本食というOSを使う、それを活かしてこれから何ができるのかを考えて行きたい」とコメントしました。
ワークショップの第2ラウンドは「持続可能な日本の食に向けて、私たちができることは何ですか」というテーマ。約20分の話し合いのあと「これからの日本の食」をテーマにキャッチフレーズが発表されました。出てきたキャッチフレーズは「手前味噌でつながるよ」「生産、加工、消費の3つのフェーズで日本文化を大事にしていく」「舌育、Local、世界一の味覚を持つ国の食」「大豆から世界が見える」「大人から子どもに楽しく伝える」「豆・米・要」などなど、味噌や豆といった日本ならではの食材に注目したグループが多く見られました。
発表を受けて大澤氏は「改めて食を話題にして話をするといろいろなものが出てくるのだなと興味深く話をうかがいました。当たり前のように思っていると、いいものもなくなってしまうし、私たちが当たり目に思っているものでも外国では全く違うふうに捉えられていたりするので、まず話題にしていくというのが大事だなと思っています」とコメント、細川氏は「味噌ということで言うと、人気のレシピサイトの味噌汁でいま一番人気があるのがコンソメなんです。それはそれとして、子どものときに味噌を作ってみるというのはいいと思いました。自分だけのものを子どものときに作って、家族の中でそれが育まれていくというのは子どもにとっても目を輝かせる話になる。そこから新しいミソ文化を育んでいければいいんだと思います」とコメントしました。
それを受けて竹村氏は「私たちが当たり前だと思っているのもをグローバルなテキストに置き換えると新しいことが見えてきます。大事なのは舌を育てること。でも、工業的に作られた味噌はコンソメとあうのかもしれません。自分で味噌を作るということも食べ物をどう食べるかということも『イーティングデザイン』という考え方に含まれますが、いま丸の内に『イーティングデザインコンプレクス』ができたらいいと考えています。オープンカフェがあって、食のプロトタイプを行う実験工房があって、その上にプロを養成する学校があって、プロの発想からは到底出てこないようなものが実験工房から出てきて、さまざまな企業がその成果を業態化していく、そしてスピンオフしたものが全国でコンビニ食になっていく、そんなコンプレックス、それができるのは丸の内しかないのではないでしょうか。農村風景の中のスローフードは素晴らしい動きです。でも1000万都市の中心で新しい日本食のプロトタイプがされて、世界に広がっていくという食の農土に丸の内がなっていくということがあってもいいんじゃないか。セミナーだけではなく、丸の内でしかできない地球食のデザイン、これを5年というスパンで実現していこうということを考えているので、ぜひご参加ください」と締めくくりました。
今年度の地球大学は今回で終了。来年度は「見えない安全神話の崩壊に注目する」と竹村氏。来年度の地球大学もお楽しみに!
科学研究の最前線を交えながら、地球環境のさまざまな問題や解決策についてトータルに学び、21世紀の新たな地球観を提示するシンポジウムです。「食」を中心としたテーマで新たな社会デザインを目指します。