「地球規模での新たな社会のデザイン」を主軸とし、地球環境のさまざまな問題や解決策について多角的に学ぶ21世紀のシンポジウムの場、地球大学。今回は、今年5月から半年にわたり、イタリアで開催される万博史上初・食と農に焦点を当てた『ミラノ博』を特集。同博・日本パビリオンの展示企画・全体監修を手がける竹村真一氏をナビゲーターに迎え、いわば"日本館プレビュー"のような形で、その全体像が提示されました。
日本パビリオンのテーマは、「共存する多様性」であり、「日本食は未来食」「食をつくり、地球をつくる農」といったコンセプトを打ち出していく、と竹村氏は語ります。
「今こそ、地球人の食の再設計が必要だと考えます。"食をもう一度デザインし直す"とも言い換えられます。世界中で気候変動や土壌劣化が進行するなか、2050年には90億を超えるといわれる人口を養えるのか? また肥満と栄養不足、地球的な"食の不均衡"といった問題をどう解決できるのか?こうした地球的な課題に対し、日本は伝統からハイテクまで全方位の"16ソリューション"を提案します。今日はプレビュー的にお話しながら、皆さんと共に考えていきたいと思います」
ゲストには農学博士の横山和成氏、農林水産省の山口室長など多彩な面々がそろい、「今後、日本がどのように地球の"食"と"農"の課題解決に貢献しうるか?」というテーマで、世界の土壌劣化を食い止める画期的な土壌微生物研究や、世界に広がる「うま味」文化など、日本の「食」「農」文化が多角的に紹介されれました。会場には熱心にメモを取る人が多く見られ、熱のこもったセッションとなりました。ミラノ博特集の充実の2時間について、ご紹介してまいりましょう。
人口増加と食糧危機、食の不均衡、気候変動危機に瀕する世界の農業、食の偏在化。これら4つの主な地球規模の問題の中でも、「大きな課題のひとつは、"土"です。土の健康が今、どんどん失われる一途にあります」と竹村氏。
「土を生き返らせる水田というシステムを作り、急峻な地形であるにも関わらず、水がゆっくりと海に流れていくような仕組みを日本人は1000年以上かけて作ってきました。美しい農村風景、あれは決して最初からあったものではないのです。日本の自然は、人間と地球の共同作業の成果物。そのことをミラノ博ではきちんと訴えていきたいと思いますし、また、人々が協同して作ってきた共同体を維持できる仕組みをいかに作っていくかということは、これからの私たちにとっての課題といえるでしょう」
次に登壇したのは、独立行政法人 農研機構・中央農業総合研究センター上席研究員(現:尚美学園大学・尚美総合芸術センター)の農学博士の横山和成氏。北大大学院農学研究科を卒業したのち、米コーネル大学、ノルウェー国立大学客員研究員を歴任し、現在は、農水省管轄 独立行政法人・農研機構の上席研究員として、土壌微生物研究に取り組んでいます。「今日は微生物の素晴らしさを私自身が体験したことを元に、お話をさせていただきたいと思います」。
人類の生命を育む土壌の研究を続け、土の中にいる微生物のバランス構造を計測できる画期的な技術を編み出した横山氏。スライドに映しだされたのは銀河を彷彿させる1枚の写真でした。
「これはノルウェーのベルゲン大学で撮影した"土の中の世界"です。青白く光って見えるのは微生物由来のDNA。数えてみたら、なんと1グラムの土の中に1兆個もありました。当初、私たちが想像していた100~1000倍以上で、10グラムの畑の土の中に1グラム分の生き物が存在することを表しています。まさに、土は生物の塊なんです」
その後、微生物のえさの食べ方をデータベース化する技術を生み出し、"土壌微生物多様性・活性値"という単位で土の豊かさ、貧しさを数値化することに成功した同氏。「世界約20ヶ国の土を調べてきましたが、数ある先進国の中で、唯一"土が壊れていない"のが、日本です。日本の土の多様性は群を抜いています。有機農業の土と言われるフランス、オーストラリアなどの土とは大きな開きがあります」。
「見えなくしているだけで、我々は飢餓と共に生きていると自覚するべきではないかと思います。文明の後には砂漠が残るとよく言われますが、日本には未だ森が残っていて、水田稲作の文化があります。人類の増殖と共に起きる食糧危機をまかなうためにも、このことを全世界に指し示していくのが、今回のミラノ博での日本の使命ではないかと思います」
横山氏は2004年より始まった『緑ちょうちん運動』の仕掛け人でもあります。「作り手(生産者)、使い手(調理者)、そして私のような研究者や医師などの語り手を三つ巴とし、その"わっか"を回し続けることで、本当に良いものが残っていく仕組みづくりを目指しています」。他にも、豊かな土の新指標と題して、今までになかった新しい手法で農地の土壌を分析し、生物性豊かな土壌で育てられた農産物に「SOILマーク」シールをハリ、安心・安全な農産物選びの目安を提供するなど、めざましい活躍が目立ちますが、「最終的には人材育成に尽きると思います」と清々しいまでのひと言。
「日本は"モノづくり大国"と言われてきましたが、本当の意味でそれを担える人材を作れてきたかと言えば、自身の経験を含めて問いなおすべき部分が多くあります。日本を世界になくてはならない国にするのは、他ならぬ日本人です。微生物があって、植物があって、動物があって、人間が存在する。この関係性の中で、日本の農家の人たちは微生物を一生懸命に活性化している縁の下の力持ちです。今年から、尚美学園大学(川越市)に舞台を移し、各地の農業高校の学生たちとタッグを組み、さまざまな活躍の場を提供し、ひいては人材を育てていきたいと思っています」
日本の「食」と「農」を中心に数々のスペシャリストが集結した今回の地球大学には、JA全農(全国農業協同組合連合会)の杉山氏や、農産物をあますことなく素材そのものをピューレにする新しい食品開発で注目を浴びるネピュレ株式会社の三浦氏なども登壇し、興味深い議論が繰り広げられました。
中でも、味の素株式会社の二ノ宮氏による日本発信の"うま味"についてのプレゼンテーション中、場内は一段と熱気に包まれました。私たちがうま味と認識しているものの正体が一体何なのかを分かりやすく説明した上で、今回のミラノ博の期間中、同市内にて開催される『PIAZZA AJINOMOTO』を紹介。 「うま味を知る、料理は変わる」、「食を通じて未来にチャレンジ」の2つのテーマで、業界で活躍するトップシェフ、うま味エキスパートたちから、"うま味"を知ることで料理が変わること、次世代に伝えていくことの大切さをそれぞれの体験をもとに語り伝えるシンポジウムをはじめ、映像、うま味を味わうビュッフェ体験など、「地球に食糧を、生命にエネルギーを」をテーマにした盛りだくさんの内容を紹介してくれました。
「ミラノ博は、私たち日本人自身が日本の食文化の素晴らしさを再発見できる絶好の機会です。先人たちから受け継いだバトンを今こそ握りなおし、食と農の分野において、自国の持つ数々の利点を世界のお役に立てることで、地球をサステイナブルにしていく。今回のミラノ博でのチャレンジは、日本人が自らの「食と農」のOSを地球的なコンテクストで再発見する機会にもなるはずです」という竹村氏の熱の込もった言葉と共に、大盛況のうちに幕を閉じました。
科学研究の最前線を交えながら、地球環境のさまざまな問題や解決策についてトータルに学び、21世紀の新たな地球観を提示するシンポジウムです。「食」を中心としたテーマで新たな社会デザインを目指します。