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日本をはじめ、多くの国や地域が2050年までのカーボンニュートラル実現に向けて、様々な議論や研究調査、取り組みを加速させています。その一方で、カーボンニュートラルの実現には越えるべき壁が多いことも事実です。そのために私たちは何をすべきなのか。この問いに対して、「環境と共生する持続可能なまち」をまちづくりの目標のひとつに掲げる大丸有地区からも解決策を考えていくことが求められています。
そこで、エコッツェリア協会では、3月10日にエコッツェリア協会の理事を務める小林光氏(東京大学先端科学技術研究センター研究顧問、教養学部客員教授:元環境事務次官)と、大丸有地区で活動する人々の対話型イベント「環境と共生する持続可能な大丸有への対話『シン・ダイマルユウ 〜次にいこう。どこへいこう?〜 』を開催。小林氏には、氏が2021年に編著した『カーボンニュートラルの経済学』の内容をベースとして、環境対策に現状と課題、これから求められる環境×経済の融合話題提供いただき、その後参加者を交えたディスカッションを実施。大丸有や、このエリアの企業がこれからどのように環境ビジネスと向き合っていくかを考えていきました。
エコッツェリア協会 理事/東京大学先端科学技術研究センター研究顧問、教養学部客員教授である小林光氏
近年、カーボンニュートラルや脱炭素に対する注目度の高まりに比例して、環境ビジネスへの関心も深まっていますが、もともと環境はビジネスとして成立しづらいものとして考えられており、この領域に対する懐疑の目を持つ人は未だ少なくありません。しかし、小林氏は冒頭で次のように述べ、環境ビジネスへの早期の着手を推奨しました。
「『環境は本当に大事なの?』『ビジネスとどう関係があるの?』と思われる方もいるかもしれませんが、結論から言えばもちろん環境は大事です。と言うよりも、斜に構えて見ていたり、後から動いてみようとすると上手くいかないですし、せっかくならば先頭を走って開拓していく方がいいのではないか、というのが私の経験則からの考えです」(小林氏、以下同)
小林氏の意見の根拠のひとつは、日本が2050年までに脱炭素社会を実現すると地球温暖化対策推進法に明記したことです。その実現は「正直言ってかなり難しい」と見られています。そこで小林氏は、脱炭素を模索する動きがでてきて以来、公益社団法人日本経済研究センターという著名な民間リサーチ機関でいわゆるチャタムハウスルール(発言者は特定できないようにして情報を集める)の下、数年以上に渡り多くの企業にヒアリングを重ね、2050年に脱炭素社会を実現するためにはどのような取り組みが必要となり、その過程でどんな出来事が社会で起こっていくかの予測を立てていきました。その結果をレポートにして2021年秋「カーボンニュートラルの経済学 2050年への戦略と予測」を公刊し、それに基づいて下図は記されています。
脱炭素社会を実現した場合の2050年の社会の予測。エネルギー供給方法の化に伴い、様々な領域で省力化やトレンドが変わっていくと見られています
こうした経済予測を立てる重要性について、小林氏は次のように話します。
「経済は、誰かがモノを作り、他の誰かがそれを使って別のモノを作っていくという具合に、資源や作ったモノの交換によって成り立つものです。この仕組みをエコシステムと呼びます。カーボンニュートラルについて語るとき、『CO2を出せなくなるとどうなるか』と言う人がいますが、実はそれはほぼ間違っています。環境を取り巻く状況が変わることによる経済のインパクトだけを考えるのは発想として狭く、必要なのは全体を見ることです。『CO2が出しにくくなったり、炭素の価値が高まったりすると経済成長率はこれだけ落ちます』という予測は多いですが、そうではなくて、新しい投入算出の関係の下で、どのような経済生態系が生まれるのかを考えるべきです。そのためにも、環境を含めた縦割りを離れて予言と提言をしていかないと、どうしても利害にまみれてしまいます」
「また、リーマンショックやコロナショックのような社会に大きな打撃を与える出来事が起こると、従来の形で経済を回しても成長は難しくなります。それを打破するにはDXの実現や再生可能エネルギーの活用など、新しいスタイルでのアプローチや、イノベーションを通じてプラス成長を実現していく必要があります。こうした状況は『切羽詰まっている』とも言えますが、同時に『千載一遇のチャンス』とも言えるでしょう」
脱炭素社会を実現した際の各産業の生産量とCO2排出量の予測値
日本が2050年までに脱炭素社会を実現するためのキーワードとなるのは「DXの実現」です。前者の実現は、情報通信業など一部産業の成長につながる反面、石油石炭製品との関係が深い産業の激しい落ち込みを引き起こすと予測されます。ただし、DXを通じた産業の変革によっても減少するCO2は80%ほどであり、さらなる脱炭素には「本格的な炭素税の導入」も必要になってきます。こうした新たなエコシステムが成立し、個々の企業が適応していかないと、今後の日本は維持していけないものの、さらなる負担の増加が伴う未来予測は、多くの企業を恐れさせていることも事実です。その背景には、これまで日本企業が環境保全への投資を避けてきたことが関係していると、小林氏は指摘します。
「企業が環境保全にお金を使いたがらない理由は単純で、経費が増えれば収益を圧迫し、それを価格転嫁すると売上が減るからです。個社がそう考えるのは仕方ないと言えば仕方ないのですが、環境保全への投資がマクロ経済の減速にも繋がると考えてしまうのは良くありません。一般論としては、価格水準が高くなって総需要が減少すると取り引きが成り立つ水準も小さくなると考えるかもしれませんが、現実の経済は数学モデルのように綺麗に回るわけではなく、たくさんのロスがあります。つまり、使われていない資源や無駄に使われる資源があるわけで、それらを活かす新しい商売ができると、経済は成長してしまうのです」
実際、日本でもそのようにして市場が成長した例があります。例えば自動車業界では、排気ガスによる大気汚染を規制するためにアメリカで制定されたマスキー法の影響で、世界中の自動車メーカーがエンジンの改良を余儀なくされます。発端の国であったアメリカの企業が苦戦する中、日本の企業はいち早くマスキー法をクリアするエンジンの開発に成功。日本車が世界基準の商品になるきっかけとなりました。このように、新しいビジネスそのもの、あるいは既存ビジネスに対する新しいアプローチが生まれるからこそ新たな付加価値が生まれ、経済を加速させます。だからこそ、環境への投資が今後の経済活性化には不可欠であるのです。
「過去の環境対策を見てみると、排煙脱硝装置やLNG転換、自動車排ガス浄化触媒技術など、進んで社会実装に取り組んだものは報われていますが、太陽光発電や風力発電、リチウムイオン電池、水素還元製鉄など、言い訳で時間を潰して社会実装が遅れたものは結果的に実っていません。このことからも、後ろ向きになるのではなく、割り切って大事なことにはきっちりとお金を投じ、新しい需要と供給を生み出していくことが、経済活性化につながるとわかるかと思います」
「これまでの社会は、緑の山の恵みをタダで使い、お金に換えてきました。山があるうちはそれでよかったかもしれませんが、お金に換え続けていった先に残るのはお札の山だけで、食べられませんし、使う相手もいないんです。そう考えると、人間の活動が地球の生態系の良き一部になることは必須ですし、人類が生態系と健全な関係になれるように仕事をすることが『勝ち馬』になるのだと思います」
環境への投資は負担ではなくチャンス。その意識を持つことが重要な鍵になるのです。
小林光氏との対話では、参加者が積極的に発言をしていました
小林氏のインプットトークを終えると、参加者との対話へと移ります。参加者からは、「日本における環境関連の法体系のみ整備」「環境関連のスタートアップ企業との付き合い方」「環境に関する取り組みを加速させる方法」について質問が飛びました。それぞれの質問に対して、小林氏は以下のように回答しました。
●日本における環境関連の法体系のみ整備について
Q. 環境を真正面から捉えた法体系がないことが、日本における環境関連ビジネスが思うように前進できなかったことに関係していると思っています。なぜ日本はそのような状況にあるのでしょうか。
A. 既得権益というか、『そのままでいいんじゃない?』『工夫して対応してくれ』ということが多かったのが関係しているのかなと思っています。その意味で興味深いと思っているのは、東京都で戸建て新築住宅には太陽光発電の設置を義務化しようとしていることです。元来都市計画は『みんながちょっとずつ損をするけど、全体としては得があることを、ほどほどに規制する』発想ですが、それを飛び越えてチャレンジするのはかなり画期的なことだと思います。あまりご質問に対する回答にはなっていないかもしれませんが、こうした取り組みを大丸有からやっていく手もあると思います。
●環境関連のスタートアップ企業との付き合い方について
Q. 業務の中で環境ビジネスを行っているスタートアップ企業と付き合うことが多くあります。どのスタートアップも非常に高い技術を有していますが、一方で、技術を社会に実装する方法や、ビジネス化に悩んでいる企業も多くいます。彼らの技術を活かしていくにはどのようなことを意識すればいいのでしょうか。
A. 日本の場合、スタートアップがユニコーン企業に成長していくよりも、既存企業と合弁化する形がいいのではないかと考えています。それから、実装する場所を作ってあげることです。その際に大事なのは、高くても使ってもらえるチャンスも与えることです。そうした動きは既存企業の方が得意ですから、その意味で連携がポイントとなるでしょう。大丸有にはスタートアップは多くありませんが、様々な実証実験をやっているエリアですから、うまく場所を提供できれば面白いチャンスがあると言えます。
●環境に関する取り組みを加速させる方法について
Q. 日本で新しい技術が社会実装に時間が掛かるのは、物事を悲観的に考える傾向が強い国民性であることが要因だと感じています。ただその反面、明確な課題を与えられた時には真剣に向き合っていくことが得意です。そうした背景を見ていると、例えば炭素税導入のように一石を投じると動き出す人が多いのではないかと思いますが、小林先生はどのような考えをお持ちでしょうか。
A. 日本で社会実装に時間が掛かるのは、供給側ばかりが先回りして考え、需要側に要望を出せないからだと思います。何か新しい商品やサービスを開発する際、供給側は文句がないだけ作り込みがちで、できなかったらやめましょうとなる。加えて、需要側に「環境にお金を払ってください」とも言えない。でも、片方だけで問題を解こうとすると延々と時間が掛かってしまいます。その中で企業の中でできることは何かと言えば、新規事業に取り組むルールづくりや、石橋を叩いてばかりいない仕組みづくり、ある程度の損は受け入れる文化をつくることなどでしょう。そういったリスクを取れる体制が大事だと思います。
参加者との対話はさらに深まります。最初のテーマは「大丸有地区は"環境でこそ"どう儲けるか?」というものです。この問いに対して、ある参加者より次のような考えが披露されました。
「大丸有エリアのビルに太陽光パネルを設置することなどはできるかと思いますが、高層ビルばかりの大丸有でそれをやるなら、もっと効率がいい地域があります。つまり、この地域が部分最適するよりも、首都圏、あるいは日本というレベルから全体最適を考え、そこに投資が為されていく方がいいと思っています。例えば東京なら、工場がだんだん少なくなっている京浜工業地帯をカーボンニュートラルのための技術開発地にするようなことも考えられると思います。一つの民間企業だけでこうしたアイデアを検討するのは厳しいので、国が音頭を取ったり、人を集める仕組みを作ったり、コーディネートしてくれる人や組織が出てくると話が進むのではないかと思いました」(参加者)
「一企業だけでできることではない」という指摘には、小林氏も首肯します。
「おっしゃるように、大丸有だけですべてのことができるわけではありません。他の地域との関係性や、環境に対する取り組みのルールづくりも必要です。そのためにも、人々の価値観を変えることから始めていくべきだと言えるかもしれませんね」(小林氏)
続いてのテーマは「大丸有エリアで環境への取り組みを実装する方法」です。まず出されたのは、「大丸有の人々が排出するCO2の可視化」というアイデアです。
「例えば、食べ物にカロリー表示が記されるようになってからカロリーを意識する人は増えたと思いますが、それと同じように、大丸有エリアのオフィスワーカーが、このエリアで活動している時にどれだけのCO2を排出しているかを可視化する仕組みというのはどうでしょう。そうすれば需要側の行動を変えるきっかけになりますし、大丸有にいる28万人をアセットとして捉えられると考えています」(参加者)
このアイデアに対して、小林氏は次のようにコメントしました。
「大丸有全体で28万人の合弁会社のように捉えるのは面白いですし、本当にやってみていい取り組みだと思いました。エリアのCO2排出量を可視化できれば、炭素税が本格的に導入された際にはエリアにおける減少量も出せるわけですから、その分を還元してもらって大丸有の人々に分配したり、他の取り組みに投資をしたりもできますよね。それはすごい付加価値になるでしょう」(小林氏)
このアイデアは、いわば大丸有をスマートシティ化していくものです。これが実現できた時、他の地域への展開も可能となります。さらに、人と環境の関係性が自動的に可視化されると、意識の高い人以外の行動を変える可能性が出てきます。
「我慢せずに何となくできるようになると、意識の高い人や、お金を払ってでも環境への取り組みをしたい人以外にも波及していくと思います。そういったところにスマートシティの技術を使っていくと、街の特徴を出したり、差別化につなげられたりするのではないかと思います」(参加者)
このように、小林氏と参加者のディスカッションを通じて様々なアイデアが出され、大丸有発の環境ビジネスの可能性が示されていきました。最後に小林氏は次のようなコメントで、この日のセッションを締めくくりました。
「皆さんとの対話を通して、夢がたくさんあって幸せだと思いました。私は37年ほど環境省に勤めていましたが、辞めてしまうと外から評論家のような立場でしか関われません。やはり組織の中で物事を実現できる立場にいる内が花なので、今日お話したようなことを近い将来実現していただきたいですし、実現するまで辞めないでもらいたいと思います。明確な答えはまだありませんが、消極的にならずに行動してみてください」(小林氏)
このイベントには、平日の昼間でありながらオンライン、オフライン合わせて70名以上の人が参加しました。それだけ多くの人が環境ビジネスへ興味を示しているのです。エコッツェリア協会では、今後も環境やまちづくりに関心がある皆さまと有識者の方々との対話を通して、新しい取り組みのきっかけを作っていきます。どうぞこれからもご注目ください。
エコッツェリア協会では、気候変動や自然環境、資源循環、ウェルビーイング等環境に関する様々なプロジェクトを実施しています。ぜひご参加ください。