「ソトへ出よう。ソトを知ろう。」をキャッチフレーズに、東京のど真ん中で自然とつながるシリーズイベント「大丸有シゼンノコパン」が、2021年1月に試験的にスタートしました。
コパンはフランス語で「友達」の意味。シリーズを企画・運営するエコッツェリアの環境・R&Dディレクターの松井宏宇は、「皆で"新しいコト"を見つける場にしたい」と話しています。
「自然が大好きな人はもちろん、そうでない人も外に出て、みんなで"新しいコト"を見つける場を作りたいと考え、本シリーズを企画しています。毎回、各界のスペシャリストをお呼びし、普段同じ場所で見ているのに自分では気づかないような見方を入れて、新しい発見や気付きにつなげていただく時間にしたいと考えています」
第1回のスペシャリストは、軽妙な語り口で知られる樹木医の石井誠治先生。森林インストラクターとしての活動や、行政関係の審議員としてのお仕事など、自然と樹木に関わるさまざまなフィールドで活躍されています。
今回はコロナ禍のために残念ながらオンラインでの開催となりましたが、20名近い方々が参加し、樹木を楽しく学びました。
石井先生は日本各地で樹木、森林に関する講演や自然探索を行っており、大丸有でのイベントにもご参加いただいています。今回は日本文化の視点から、樹木にスポットライトを投げかけます。とはいえ、とてもフランクな語り口で、堅苦しい雰囲気は皆無。明るく楽しく、学びの多い講演となりました。
まず話の枕として、我々の生活にもとても身近な「春の七草」や、赤い実をつけるセンリョウ、マンリョウを手元に出して、「これってどういうことだと思う?」という口調で参加者の興味を引いていきます。
「この草、ナズナといいますが、別名を知っている方いますか?...そう、ぺんぺん草。実が三味線のバチに似ているからつけられた名前なんですね」
「センリョウとマンリョウ、どちらも赤い実をつけるけど、公園などでよく見るのはセンリョウのほう。マンリョウは葉の裏に実ができるから鳥に見つかりにくく、食べられないから広がりにくい。それにセンリョウは地下茎で広がって、枝が1年で10本も20本も出る。だから赤い実で売られてるのは大体センリョウ。すごく似ているけど、特性的にはぜんぜん違うものなんです」
また、センリョウの仲間のヤブコウジは、葉にある小さな膨らみの中で「葉粒菌」と共生しており、根粒菌が土と根で複雑な世界を築いているのと同様に、葉にも複雑な世界を作り上げていることや、サカキの枝を持ち出して、脇芽の付き方、枝の伸び方を注意して見ると、その枝が伸びるまでに何年かかっているかも見分けることができるなど、ちょっと専門的なことにも触れ、参加者の興味をひきつけます。
「ね? 木ってこうやって見ると面白いでしょう。目を凝らしてみると、いろいろなことが分かってくるんです」
そして、すっかり植物の世界に引き込まれたところで、本題「日本文化と植物」です。この日の講演では、お正月の門松などで季節的にも身近に感じられる梅、松、竹、節分に関連した大豆や柊、そして、冬に新酒が仕込まれることから、日本酒に関連した杉など、我々の生活、文化と、それに密接に関わる植物の特性を紹介していきます。
まず松竹梅。
梅には、紅梅と白梅がありますが、実を食べるのは白梅のみで、紅梅は観賞用といった基本的なところから、文化的には日本から中国、そしてヨーロッパまで脱線していきます。
「中国から伝わり、当初は漢方薬として使われていました。アンズと花や木はとてもよく似ているけれど、梅は寒さに弱く、アンズは強いので、東北で見かけたら、それはブンゴウメかアンズ。だからヨーロッパにもアンズは伝わったけど、梅は伝わらなかった。中国ではアンズの種を食べるけど、ヨーロッパでは実ではなくて果肉を食べる。同じ植物でも文化によって扱われ方も変わっていくんです」
松は、枝葉の硬さ・柔らかさ、見た目の違いから、どんな違いがあるのかを解説。
「枝葉が柔らかいのはアカマツで、硬いのはクロマツ。だから触ってみると分かります。見た目では、アカマツは幹の木肌が赤く剥けたようになっているし、クロマツはコルク質で厚く覆われている。アカマツの赤い肌は、下に葉緑体があるんです。樹皮下光合成を行っているので、こすると緑色が出てくるんですよ」
都会で暮らしている人間でも、たけのこを食べるのが孟宗竹、竹細工や物干し竿に使われるのが真竹(またけ)、くらいは知っていますが、もうひとつ「破竹(はちく)」があることを知る人はあまり多くありません。
「破竹は中国の爆竹の由来になったもので、節目の皮膜が厚いため、火で熱すると限界まで耐えてから、パン!と音を立てて割れるんです。神前で打つ柏手に通じるものがあることから、聖なる竹として結界を作るために使ったり、どんど焼きなどの神事で使われたりするようになったのですが、現在の日本ではすっかり忘れ去られてしまった竹ですね」
実は破竹は、たけのこもアクが少なく非常に美味。しかも、孟宗竹のように土中にある状態から掘り起こす必要がなく、土上に出てから収穫すれば良いというお手軽さなのですが、収穫期が5~6月のため、江戸時代の初物食いの習慣が広まり、4月に収穫される孟宗竹のたけのこがありがたがられるようになってしまって、食べるほうでも忘れられてしまったのだとか。
比較的平易で文化的な内容をかいつまんで紹介していますが、専門的な知識やさまざまな話題に縦横無尽に移り変わり、知のジェットコースターといった楽しさです。
節分は、元来新年を迎える行事で、旧暦の大晦日に当たるものでした。新年を迎えるにあたって「魔を滅する」ために撒くのが「マメ」。
「世界には4000~5000種類のマメがありますが、食べられるのは20種くらいしかなく、大豆はアジア原産ですが、一番タンパク質と脂質が豊富なことから世界中に広まりました。日本では古くから大豆と小豆(あずき)も食べていて、大きい・小さいで区別していたんですね」
マメの原種は色素アントシアニンのためにいずれも黒っぽいのですが、これを品種改良していくことで、現在のような黄大豆や青大豆などが生み出されていきました。
そして節分の直後に立春がありますが、これは旧暦の新年であり、日本酒の新酒ができるタイミングでもあります。「立春朝搾り」という日本名門酒会の催しが行われるのもこの日。蔵元に「酒林」(杉玉)を掲げるのも、立春のこの時期です。杉が日本酒と関係が深いために始まった習慣です。
「もともと日本酒は西日本が本場で、灘の生一本を江戸前に届けるために作られるようになったのが杉の酒樽。樽前船で運ぶときに割れるのを防ぐために菰でくるむようになったのが菰かぶりで、菰樽の結び目に凝ったりすることから、お祝いに通じるものになっていったんです」
樽や桶が盛んに作られるようになったのは江戸時代になってからですが、これが庶民の生活をも大きく変えたそうです。樽によって食物の貯蔵、保存ができるようになり、さまざまな食文化が花開きました。風呂桶や手桶、洗い桶の普及は、生活の中の水回りを容易にし、衛生的な生活を実現。また、肥桶の発明と普及は、都市部の糞尿を周辺の農村に持っていくという循環型社会を生み出す原動力にもなったのです。
そして、再び舞台を現代の東京に移し、行幸通りのイチョウの特徴を説明しています。
「行幸通りは、国賓や皇室の方々が、皇居まで馬車で移動するための道なので広く、移植されたイチョウの木も、剪定されることなく、のびのびと育っています。そのため、黄葉のシーズンになると美しい円錐形を描くわけですね。特に冬のこの時期は、枝がよく見える時期ですから、いろいろなことが分かってくると思います。ぜひ、街路樹の枝ぶりなどにも目を向けていただきたいですね。また、都市部のイチョウは、街灯のために黄葉にズレが出る木もあります。ぜひ黄葉のシーズンに探してみてくださいね。
ちなみに街路樹のサクラの幹に現れる筋を見ると、成長の過程が分かるといった豆知識などもたくさん教えていただき、都会の自然に目を向ける楽しさを、たくさん教えていただくことができました。
残りの時間は、石井先生を囲んでのフリートーク、Q&Aです。講演中からチャットで受け付けた質問を中心に、トークを行いました。
Q.なぜ新酒を作ると「杉玉」なんでしょうか?
A.もともとは、一箇所で始まったものが流行したものだそうです。杉で樽を作った余りものを使ったのでしょう。江戸時代は無駄なものを出すことを嫌ったことから始まった習慣かもしれません。杉の枝ごと丸く束ねて吊るしますから、最初は緑色です。緑のうちは新酒があるということ。実はお蕎麦でも杉玉を作るんですよ。新そばができたときに。ただこちらは鼓型で、今ではほとんどやっているお店はなくなりました。高尾山のそば屋で一軒、出しているお店を見たことがありました。
Q.樹木医を目指しているのですが、手始めにやるべき勉強は何でしょうか。
A.過去問を徹底的にやるのが一番かと思いますが、樹木医のスタートは、試験に受かってからかと思います。受験勉強以外に何をやったらいいかと言ったら、木を見ること。今日も枝をお見せして、芽がどんな出方をしているかを説明しましたが、そのように、木をよく見るといろいろなことが分かります。動物の細胞はどんどん入れ替わって死んだら終わりだと思っていますが、木は生き方がまったく違います。幹が一番古い部分で、常に枝の先端に良い栄養がいって成長する。常に若返りをしているのが木だと言ってもいい。同じ生物でも動物と木はまったく違うわけです。ですから、木をよく見て、どんな生き方をしているのかを知ること。枝先や葉っぱを見れば、どんな生き方をしているかがよく分かる。たくさんの情報が書き込まれているのです。
でもそれは、個々の事例でみんな違うので、いかに目の前の木に向き合うかが、とても重要なことです。人間の病院では、あっちで検査してこっちで検査して、あとはコンピューターで見てというのが主流で、顔色を見たり、じっくり話を聞くことが減っているそうですが、逆に木はじっくり向き合わないといけない。それをすることで、木が訴えていることが分かるようになる。そういうものだと思ってください。
Q.冬の木の水やりはどうしたらいい?
A.あまり難しく考える必要はないかと思います。木の大小、落葉樹か常緑樹かで反応は違いますが、基本的に水が足りなくなるのは、葉がある木だけです。落葉している木は休眠状態ですから、あまり気にしなくいい。常緑樹で葉が茂っている、鉢やプランターでしたら、水をやったほうがいいですね。根の周りの土は、50%は空間、つまり空気があったほうがいいんです。だから水やりは、ちょろちょろではなく一気にやる。すると、土中の空気を一気に押し下げて、古い空気は下から外へ、上からは新鮮な空気が土中に取り込まれる。これがいい。たくさんの水で空気の入れ替えをするように心がけてください。
他にも、基本的な質問から専門的な質問まで、さまざまな話題が飛び出し、最後まで白熱し楽しいトークの時間となりました。専門家がいて、新しい視点を教えてくれて、分からないことには何でも答えてくれる。子どもの好奇心にすぐ答えることが、やる気を伸ばすために重要だと言われますが、大丸有シゼンノコパンは、まさにそんな場になっていると言えそうです。都市の中の自然に向き合う新しいインターフェイスとして、ぜひご利用いただきたいと思います。
エコッツェリア協会では、気候変動や自然環境、資源循環、ウェルビーイング等環境に関する様々なプロジェクトを実施しています。ぜひご参加ください。