5月15日の大丸有シゼンノコパンでは「さえずりを聴る~恋のバトルロワイヤル~」と題し、実際に街に出て、プロの耳を通して鳥の声を聞き、その聞き方などを学びました。大丸有シゼンノコパンはスペシャリストと一緒に普段とは違う"見方"を知るネイチャープログラムですが、今回は目で見るだけはなく、耳を使って"聴る(見る)"プログラムとなりました。参加者はお子さんを含む約20名。人間の脳には、自分に必要な音だけを選択的に聞き分ける「カクテルパーティー効果」と呼ばれる能力があります。最初は聞き分けることが難しかった鳥の声ですが、最後には、鳥の恋の歌声である"さえずり"を、ごく自然に聞けるようになったのではないでしょうか。
ガイドは鳥の専門家、中村忠昌さん(東邦大学非常勤講師・技術士(環境部門)・ネイチャーガイド)。前半は座学で鳥の声について学び、後半は街に出て鳥の姿、さえずりを探しました。
この日の大丸有シゼンノコパンは、3×3LabFutureに集合し、まずは座学で鳥の鳴き声、特にさえずりについて学びました。中村さんは冒頭、「自然と人間の距離が離れてしまっているのでは」と話し、大丸有シゼンノコパンのように身近なところで、自然との距離を見つめ直す機会を持つことが重要であると話しています。
「(開催日の)今は愛鳥週間ですが、それを知っている人はあまりいませんし、国鳥であるキジの姿を知らない人も多くなってきました。人とリアルな自然の距離が広がってきてしまっていると感じています。自然保護、SDGsとは言うけれど、なによりもまず、足元の自然を知ることが大事なのではないでしょうか。自然観察や野鳥を見るツアーは、その意味でも大事なものだと思います」
今回のテーマは「さえずり」です。さえずりとは、繁殖期にオスがメスに対してアピールしたり、なわばりを主張したりするために鳴くもので、「大きく、遠くまで聞こえる」 ものが多いです。
「鳥の種類によって求愛の行動は異なり、ダンスを踊ったり、きれいな羽でアピールしたりしますが、さえずりは他にはないメリットがあります。遠くまで聞こえるために離れて生息している相手にも有効で、より多くのメスにアピールすることができます。また、ヤブの中から安全にアピールすることもできます。ウグイスのようにさえずりを発達させた鳥は、すごく地味な姿をしていることが多い一方、姿もさえずりも進化させたキビタキなどの鳥もいます。鳥が求愛のためにどんな工夫をしているのかを知るのも楽しいかもしれません」
鳥の鳴き声には、さえずりのほかに、雌雄も繁殖期も関係なく日常的に鳴く『地鳴き』や、外敵が来た際に鋭く鳴く『警戒音』などの鳴き声がありますが、特に地鳴きはその聞き分けが難しいそうです。
「地鳴きには特徴が出にくく、プロでも判別が難しいことがあります。それに対して、さえずりは高らかに鳴いて、遠くまで聞こえるうえに鳥ごとの個性の違いが良く出ています。身近な鳥のさえずりの聞き分けができるようになるとバードウォッチャーの初級は卒業と言えるでしょう」
さえずりを覚えるためのコツが「ききなし」(漢字で『聞き做し』)です。鳥の複雑なさえずりを、人間の言葉に置き換えたもので、一種の語呂合わせのようなものです。
「そうは聞こえないよ?という微妙なものもありますが(笑)、鳥の言葉を知ろうとする人たちの知恵から生まれたもの。鳥の習性や昔話に由来したものもあるので覚えやすく、楽しいものもあります」
例えばツバメ。
「土食って虫食って口渋ーい」
5月から6月にかけては、街の至るところで、やや早口の高いツバメのさえずりを耳にするでしょう。このききなしを早口でしゃべると、楽しげなツバメのさえずりのように聞こえては来ないでしょうか。これは巣作りで泥や藁を運ぶ姿からも連想された言葉だそうです。
ヒバリはどうでしょうか。
「日一分日一分、利取る、利取る」
これは金貸しヒバリの昔話にちなむもの。太陽にお金を貸したものの、返してもらえないヒバリが返済を催促する声だというのです(諸説あり)。実際には「日一分」を何回も繰り返した後に、「利取る」(聞いた感じだと「りーとる」)を1,2回、といったようにさえずり方は一様ではありません。
このほか、メジロ「長兵衛忠兵衛長忠兵衛」(ピーチクパーチクの語感がぴったり)、センダイムシクイ「焼酎一杯ぐいー」(これは本当にそう聞こえる)、ホオジロ「札幌ラーメン味噌ラーメン」「一筆啓上仕り候」(いっぴつけいじょう、まではよく聞こえる)なども紹介。「口にしてみると、なんとなく分かってくるものもあるのではないでしょうか」と中村さん。
「さえずりや鳴き声を知ることは、人間にとってもメリットがあります。それは鳥を見つけやすくなるということ。野外で鳥類調査をしていても、姿を目で見つけるのは全体の3割程度。7割は鳴き声で見つけています。単純計算で、3倍は鳥を見つけやすくなるのです。今日は街の中で、さえずり、鳴き声に耳を傾けてみましょう。今日は、1つでも2つでも、さえずりの種類を覚えて帰っていただければうれしいです」
3×3LabFutureから内堀通りを南下して、行幸通りから馬場先濠までのルートを歩きました。参加者全員に、双眼鏡を貸し出して、思い思いに覗いてもらいます。途中途中で、鳥の鳴き声を聞きつけては立ち止まり、その姿を探したり、逆に最初から鳥の姿を見つけて、飛んでいく先を見送ったりと、さまざまに鳥を観察することができました。
◎大手門交差点、スズメ
3×3LabFutureを出てまず気付いたのが、チュンチュンと鳴くおなじみのスズメの声。しかし、その姿を見つけることはできません。
「多分信号機の中で鳴いているのではないでしょうか」と中村さん。都会では、瓦屋根が減り、軒下の形状も密閉式に変わっていったために、スズメが住宅に巣をかけることができなくなっています。その代わりに選ばれたのが電柱や信号機です。
「巣をかける場所が限られてきているうえ、この辺だと他に場所がありません。しかし、信号機は頑丈でカラスに襲われる心配も少ないし、ヘビが入ってくる可能性も非常に低い。スズメにとっては良い場所なのです」
◎和田倉噴水公園付近
ここでは中村氏のプロの耳が光りました。最初に気付いたのはオナガ。それからシジュウカラ、コゲラ。さえずりに気付いて、みんなで探して見つけたのはカワラヒワ。それから視認して見つけたのは、コサギ、ドバト、ムクドリと盛りだくさんです。
残念ながら、オナガ、コゲラは鳴き声が一瞬だったようで、聞きつけた中村さんのほかは、その姿はおろか、鳴き声すら確認することはできませんでした。しかし、シジュウカラの「ツーピーツーピー」「チーピピチー」といった高く力強く、可愛らしくて楽しげな声は全員が聞くことができ、その姿を探して歩き回ります。
「鳥は、基本的には安全なところを好みます。ここの場合だと、やはり木の高いところ。人との距離を取れるし、さえずりも遠くまで通ります」
梢を見上げつつ、歩きましたが、やがてさえずりもパタリと止んでしまいます。「歩き回る人間の姿を警戒したのかも」と中村さんも残念そうな様子。
しかし、公園付近から離れようとしたところで、「ビービー」「ピュルピュル」といったちょっと変わった声が。再びみんなで梢を見上げていたところ、ひときわ高い枝のてっぺんに、カワラヒワを発見しました。緑がかった翼に薄桃色のくちばしに、とさかのように少し毛羽立ったような頭頂部。身近なわりに認知度の低い鳥の代表格です。
「カワラヒワは高い木が好きで、大きさはスズメくらい。でも、すごく大きい声でさえずっています。皆さん、小鳥は小さな声で鳴くと勘違いしてしまいますが、どの鳥も体に似合わず、さえずるときは大きな声で鳴くことを覚えておいてください」
観察中に飛び立つことがなく、「こんなにじっとしていてくれるのは珍しい」というほど。もし、飛び立つことがあれば、木の周りをふわふわと飛び回る求愛のディスプレイフライトを見ることができたかもしれません。
ここで参加者から、「さえずりやディスプレイフライトは、メスがいることを意識してやっているのか」という質問がありました。
「さえずりが遠くまで届くという意味で、必ずメスがいるから鳴くというわけではありません。ディスプレイフライトも、メスがいなくてもやることがあります。いてもいなくてもとにかくアピールするのだと思います」
中村さんが以前自宅付近で猛禽類のツミを観察した際には、プレゼントの餌を持ちながら、延々と鳴き続けているのにも関わらず、メスが一羽も来なかったということもあったそうです。男は哀しい。
◎行幸通り
行幸通りは、人通りも多いうえ、通り沿いの植栽が比較的低木ということもあって、見つけたのは都市の鳥の代表選手、カラス、ドバト。シジュウカラの「ピッピッ」という、警戒する高い声がしていたことから、もしかすると、カラスがシジュウカラの巣を狙っていたのかも、とのこと。
ドバトはごく一般的なハトのことですが、実は外来種。植え込みのカラスノエンドウが熟してはぜた実をついばんでいるメスを、オスが胸を膨らませて追いかける求愛行動を見ることもできました。
◎馬場先濠
行幸通りから馬場先濠を透かして見たところ、遠くにアオサギとコブハクチョウの姿を見ることができました。「近づくと逃げてしまうかもしれないので、まずはここから観察しましょう」と、全員が双眼鏡を覗き込みました。
「アオサギはほとんど動かず、じっと待って餌を取るタイプ。先程見かけたコサギは歩き回って餌を取るタイプ。どちらが良いということではなく、それぞれに利点がある餌の取り方です。」
遠くから眺めている間に、中継用の高性能望遠鏡はアオサギが餌を捕まえるシーンを捉えました。じっとしている姿から、首を撓めて一閃、小魚を咥える。なかなか見ることのできないシーンを見ることができた、ラッキーな一コマでした。
その後、近づいて見ると、アオサギのそばにはコブハクチョウだけでなく、カルガモの姿もありました。参加者から「こんなに近くにいて喧嘩しないのか」という質問があり、中村さんによると「コブハクチョウは首が長くより深い場所の植物などを食べることができ競合せず、一緒にいても問題ないのでしょう。それがお互いになんとなく分かるのかもしれません」とのことでした。
観察を終えて、最後に中村さんは参加者に次のように話しています。
「思ったよりも多くの鳥の声を聞いて、姿を見ることができました。水鳥は水辺にいるので姿を見つけるのが早いですが、小鳥は、今日体験してもらったように、声で見つけるのが良いことも分かったと思います。鳥の声に気をつけるようになると、今度は夏に向けて虫の声も聞き分けることができるようになっていくと思います。ぜひ、これを気に自然の声を聞くことを心に留めておくようにしてください」
鳥の声を気にするようになると、驚くくらいどんな喧騒の中でも鳥に気づけるようになります。この日の大丸有シゼンノコパンは、そのきっかけになったに違いありません。そうなると、今度はきっと、その鳴き声の持ち主が一体何なのかが気になるはず。
都市の中であっても鳥の種類は多く、鳥の生活が活発に営まれています。しかし、どんなに豊かな鳥の世界があっても、その鳴き声、姿に気付けなければ、宝の持ち腐れのようなもの。中村さんによると、都市の野鳥観察は、山野に比べて初心者でも鳥の姿を見つけやすいそうです。「足元の自然」から始めるには、鳥は格好の題材なのかもしれません。
エコッツェリア協会では、気候変動や自然環境、資源循環、ウェルビーイング等環境に関する様々なプロジェクトを実施しています。ぜひご参加ください。