まちのなかの自然の魅力を発見する大丸有シゼンノコパン。今回はそのなかでも出色の探検です。目指すのはまちのなかでひっそりと生きる「コケ」の世界。道路の隙間、石垣の影、水辺の壁。普段は気にすることのないまちの「隙間」に目を向けると、そこには、驚くほど豊かなコケの世界が広がっていました。ルーペで覗くとまるでコケの森林。巨大なビルが林立する大都市でも、その隙間にはミクロな森が広がっている。しかも、その姿が可愛らしく、萌えること間違いなしの世界です
講師は、環境調査員でコケの専門家、池田英彦さん。コケについてのレクチャーと、屋外でのコケ探検で、たくさん教えてもらいました。
エコッツェリア松井によると、コケやキノコを専門に扱う研究者は日本でもあまり多くはないそう。「そんな中、池田さんは仕事ばかりか趣味でもコケやキノコのことを調べているという、とても貴重な方」だと紹介しています。
その池田さん。まずは「コケってなんだと思いますか?」と参加者に呼びかけます。
「コケというのは、大きくは蘚類(せんるい)と苔類(たいるい)という2種類のグループに分かれています。蘚類はスギゴケなどに代表される、"ツンツン"したタイプのコケです。葉と茎があって植物みたいにも見えます。種類が多くてメジャーなコケ。苔類はぺたーっとしたものが多く、ゼニゴケがよく知られています」
もうひとつ、非常に数が少ない「ツノゴケ類」という種類もあり、この3つのグループをあわせてコケ植物と呼ばれています。
コケ植物とは言いましたが、「植物」とは違います。水と日光が必要なのはどちらも同じですが、生物としてのそもそものカタチが違っています。池田さんは、その違いを「花・タネ」「根」「水分」の3点で端的に説明しています
「植物には根があり、そこから水分を吸い上げて、花を咲かせてタネを付けて、子孫を増やしていきます。しかし、コケには根がなく、体全体で水分を吸収して生活しています。花はつけず、粉のような胞子を風に飛ばせて子孫を増やしていきます」
コケは根のような構造を持つのですが、それは体を固定するだけのもので水分を吸い上げる力はなく「仮根」と呼ばれます。「根がない。だから、逆に土がないところでも生きられるということ。それがどんなところでもコケが見られる理由にもなっているのですね」と池田さん。
また、コケ植物と間違えやすいものに、小さな植物の「ツメクサ」や、地衣類があることも指摘。地衣類とは、コケ植物とはまったく違うもので菌類と藻類の共生体で、光合成も行います。木にペタッと張り付くものは昔「木毛」と呼ばれていていたので、地衣類でも「コケ」の名称を持つものも多いです。
最後に、コケを見るときの注意点を伝えて、いよいよミクロなコケ探検にでかけます。
「コケはどこにでも生えていますが、今回観察するまち会では少しずつしか生えていないので、取ったりせずに、見るだけにしましょう。それから、地面にへばりつくことになりますから、通行人の方には注意して邪魔にならないようにしましょう」
というわけで、外に出た一行ですが、その場で「このあたりに3種類のコケがあります」と池田さん。いきなりですか!
「もうこの一面にコケがいっぱいいます。光合成はするのですが、色は緑に限りません。場所によって違う種類が生えていますから、みんなで近辺を探してみてください」
どこに生えているのか。ずばり、タイル(インターロッキング)の隙間です。人はおろか自転車も走ることもある3×3 Lab Futureの前の広場ですが、そのタイルの隙間には至るところでコケが生息。ルーペを近づけてみると、小さいながらも立派に茎があり葉があり、木のようですらあります。まさにミクロの森林が広がっているかのよう。
3種類のうち、最初に参加者が目に止めたのが茶色いハマキゴケでした。
「茶色く丸まっているのは、ハマキゴケです。ハマキゴケは乾燥していると葉が丸まり、水があると一瞬で広がります。そうやって乾燥に耐えられるように活動を停止・再開するので、乾燥する場所でも生息できるんです。スプレーがあるので、水をかけて観察してみてください」
ふさふさとして可愛らしい感じなのはギンゴケ。その名の通り、白みを帯びた緑で、銀色に光っています。
「光合成するから葉緑素をもつのですが、強い光に耐えるために白くなるんです。白は光を反射する色なんですね。だからカンカン照りのところにもよく生息しています。厳しい環境になるほど白くなり、そうでもないところでは全体が緑色っぽくなります。枯れてしまうと茶色にもなります」
もう1種はホソウリゴケ。これが一番森林ぽくて可愛らしい。小さなコケの雄大な生命の森。
「ここで見た3種は乾燥に強いタイプですが、コケはこういうまち中の厳しい環境の中で生息しているから、環境変化に強いのですか?という質問をよく受けます。確かに南極でも富士山の山頂でもコケはいますが、実は特別環境耐性が高いというわけではありません。ただ、コケは他の生き物にそうそう奪われることのない場所をすみかに決めて暮らしているということ。競争の少ないところを選んでいるということ。勝負は避けて我が道をゆく、というところでしょうか」
この最初のシーンだけで20分も這いつくばって熱心にコケを観察した参加者たち。あまりにも夢中になっていたので、池田さんも申し訳なさそうに「時間がなくなるから次の場所へ行きましょう」と促します。
しかし次の場所といってもすぐ横のホトリア広場の水辺です。
「水辺はコケにとっても暮らしやすい場所で、さらにコケが一種類生えると水が溜まりやすくなって、さらに暮らしやすくなる。そのためおしくらまんじゅうじゃないですけど、ぎゅうぎゅうと詰め合ってコケが暮らしています」
水際の石にはびっしりとコケが生えています。ここでも場所によって種類が様々みられ、細い枝を伸ばしているような姿はアオギヌゴケの仲間。石のうえにペターっと広がっているのはヒメジャゴケです。
「先ほどのタイルと比べるとどれも大きく成長しています。種類にもよりますがコケは成長するのにとても時間がかかるので、ここに持ってくる前からこの石についていたのかもしれません」
水辺の湿り気のあるところのコケは、一般に想像されるコケの姿に近いかもしれません。しっとりと優しく、ふさふさと柔らかい。この姿が印象的なために、乾いたところに生息できないと思いこんでしまうのかも。
そして、水辺を回り込んで林のところでゼニゴケと、まち中では比較的珍しいホウオウゴケの仲間を発見。ゼニゴケは苔類で、ヒメジャゴケにも良く似ています。ヒメジャゴケは表面の模様が蛇の鱗に似ていることからその名が付きましたが、ゼニゴケはそれよりは姿が大きく、表面の模様が蛇のようにはなっていないという違いがあります。
ホウオウゴケは、「鳳凰」の尾羽根に似ていることから、その名が付けられました。手塚治虫の『火の鳥』のしっぽ、といえば分かりやすいでしょうか。近くには土を好むコケ、ツチノウエコゴケも生えていました。こちらも胞子体を延ばしている姿を観察できました。
そして、林を出て内堀通りのほうへ。再び乾いた道路の隙間で見つけたのがヒョウタンゴケ。ヒョウタンの名前は、胞子体がヒョウタンに良く似ることから付けられたそう。
内堀通りでは、街路樹にも注目。ここではコケ植物ではなく、地衣類の「ロウソクゴケ」を観察しました。街路樹の片側に集中して生えています。
「片側にしかついていないのはなぜでしょうか。それは、コケも地衣類も明るさと水分(湿気)が必要だからです。こちら側だけについているのは、実はお濠に面しているからなのです。皇居のお濠からの湿気がふわっとくるので、道路側にはコケと地衣類が沢山あり、反対の歩道側にはごく少ないのです。これを知っていれば、湿気のある場所を予測することもできますね」
ロウソクゴケ、という名前は、昔ヨーロッパでろうそくを染めるのに使われたことにちなむそうです。
また、ロウソクゴケとともにポツポツと生えているコケもありました。ヒナノハイゴケです。こちらはコケ植物。
「街路樹ならだいたいどこでも見られるコケで、胞子体に特徴があります。帽子をかぶっているような格好で、その帽子が取れると胞子が飛びます。帽子が取れたところが、ちょっと赤くなっていて、口紅みたいだから『クチベニゴケ』とも呼ばれています」
コケ植物と一口に言ってもその姿カタチや生態は実にさまざま。しかも、小さいからといって単純なわけではなく、生きるためにさまざまに工夫しているのです。
3×3 Lab Futureの前からホトリア広場、そして内堀通りと、本当にごくごく近くを回っただけなのに、遠く奥深いところまで探検してきた気分になりました。コケの世界は深い。
3×3 Lab Futureに戻り、最後にこの日見たコケを振り返りました。季節によって姿が変わること、特に胞子体を形成すると、大きく姿が変わります。例えばゼニゴケは、普段は平たいのに胞子を作るときはヤシの木のような姿を見せてくれます。
「こうやってコケは季節によって違った姿を見せてくれます。今日は見られませんでしたが、まち中にしかいないコケもあります。昔の人はこんな小さなコケでもその姿をよく見て、特徴をよく表す名前を付けています。普段歩く道でも、隅っこや隙間に、意外とたくさんのコケが生きていると思います。
コケが気になった人は、ぜひ普段から拡大鏡とスプレーを持って、まちの中でもコケを探して、楽しんでいただけたらと思います」
コケを探すポイントは、今日のようなタイルの隙間や、マンホールのふたの周り、街路樹や植え込みの周辺など。コケの種類を同定するための図鑑などの本も出されており、コケも探しやすくなっているそうです。
終了後、取材に答えて池田さんは次のように話しています。
「限られた時間の中で、たくさんは見られませんでしたが、参加者のみなさんが熱中して、自分たちなりの探し方を身に着けてくれて、本当に良かったです。
コケが好き、もしくは気になっていただけたのなら、まずはどこでもいいので、コケがいるか探してみましょう。そして、コケを見つけたら、なぜそこにいるのか。環境がどうなっているのか、周りを観察してみてください。
そうすると、コケが暮らしている場所の法則を、自分なりに見つけることができるでしょう。それが分かるとまたひとつ、普段の生活の中に楽しみが増えると思いますし、コケのことがもっと好きになると思います」
自然を観察し、身近に触れることで感じる「センス・オブ・ワンダー」という言葉がありますが、コケほどその感覚をひしひしと感じられるものはないのではないでしょうか。大きなまちのなかに息づく小さな生命の森。ぜひあなたもコケ探検に出かけてみてください。
エコッツェリア協会では、気候変動や自然環境、資源循環、ウェルビーイング等環境に関する様々なプロジェクトを実施しています。ぜひご参加ください。