女性が企業で活躍していくための課題と、それをクリアしていくための知恵を参加者が共有した第1回、第2回。「20代女性の視点による自己実現」をテーマに、熱い議論が交わされた第3回。そして、「イタリア女性によるパーソナルヒストリーを交えた幸福論」というユニークな切り口で開催された第4回。これまで丸の内井戸端会議では、さまざまな観点から、女性がライフステージを意識したときの働き方について、本音ベースのディスカッションと交流を深めてきました。
第5回となる今回は、ダウン症を持って生まれた娘の父親として、障がいを持つ子どもたちへの理解と受容を唱え、教育現場などで社会的な権利の獲得のために奔走してきた竹村和浩さんをゲストに迎えて、「自己と社会を変革する本当のダイバーシティ(多様性)」をテーマに、セッションが繰り広げられました。
冒頭、井上氏は「女性の働き方を含め、職場や社会におけるダイバーシティは、すっかり世界基準となっているものの、その道のりは決して一本道ではありません。"ダイバーシティの本質が、自分と他者を受け入れること"だとしたら、それらはどうしたら受け入れられるのか?と考えた時、竹村さんのことが思い浮かびました。これまでも色んな葛藤を抱えて生きてこられたと思いますし、今もきっとそうであると。今日は、竹村さんの貴重なお話をもとに、参加者みんなで話し合う場を作っていけたらいいなと思います」と竹村氏を紹介。
竹村和浩氏は、現在、ビジネス・ブレークスルー大学英語専任講師として、教鞭をとるかたわら、公益財団法人日本ダウン症協会(JDS)広報・国際情報担当やアジア太平洋ダウン症連合(APDSF)事務局でも、活発に活動されています。
「15年前にダウン症を持つ娘を授かりました。公の場で娘のことをお話するのは、今日が初めてです」と、講演が始まりました。
「今日はテーマを2つに絞ってきました。"イノベーション"と"インクルージョン"です。まず"イノベーション"についてお話したいと思いますが、皆さん、家具メーカーのIKEAってご存知ですよね? 日本でも非常に人気ですが、北欧のデザインが、なぜ素晴らしいのだと思いますか?」
娘さんの話からスタートすると思いきや、意外な展開に、少し驚いた表情の参加者の姿も。驚くことに、実は、IKEAの話が、障がいと非常に深いつながりを持っているのだそうです。
「1969年に、スウェーデンで国立障がい者研究所が設立され、その後、"インクルージョン"の前の"ノーマライゼーション"(障がい者や高齢者など、社会的に不利を受けやすい人々が、社会の中で他の人たちと同じように生活し、活動することが、社会の本来あるべき姿であるという考え方)が デンマークで提唱されましたが、それを世界に広げたのが、IKEAを生んだスウェーデンなんですね。まず、職業訓練所を障がい者に開放することが、はじめの一歩でした。
国をあげて、障がいのある人を社会に受け入れる運動に取り組んだことから、イノベーションが生まれたのです。今でいう、アメリカ発のユニバーサルデザインのまさに原型になることを始めたのは、実はスウェーデンだったのです」
「すべての人にとって使いやすいデザインは何か?」と追求していった結果、見た目のスタイリッシュさや美しさだけでなく、機能性を備えたデザインが生まれ、それでいて、誰もが求めやすい価格を実現したーこれが、IKEAが多くの人々を魅了し、全世界に普及していった一番の理由だと思う、と竹村さんは語ります。
「15年前、妻が出産した直後、娘がダウン症だとすぐに分かり、医師から告知を受けました。とても細かく、丁寧に説明とアドバイスをしていただいたのですが、それが逆にショックを強めました。"退院するまでは、奥さんには話さない方が良いでしょう"と言われた時、やっぱり、男性は女性よりもずっと弱い生き物なんだと痛感しましたね」
ダウン症の子供の約半数が、心臓に欠陥を持って生まれるそうで、竹村さんの娘さんも、心臓に穴が空く心房中隔欠損症を患っていました。病気は治り、以後、幼少期は特に問題なく過ごしていましたが、「家で暮らしている分にはいいんです。でも、学校に入るなど、社会との接点を持った時、色々と大変なことが起きてくるんですね。娘と一緒に生活する中で、一番気づいたことは、"障がいを持っている人たちにとって優しい社会であれば、あらゆる人にとって、きっと優しい社会になる"ということです」
竹村さんが今、力を注いでいるのは、2020年の東京オリンピック選手村のスマートシティ化実現の一端を担うこと。昨年より、「障がい者の視点から実施して欲しい」と色んな方に訴えかけてきた結果、ついに支援者も現れました。
「ロンドンオリンピックが成功した最大の理由は、パラリンピックの成功です。車いすで買い物に来た選手が、商品を取りやすく、見やすくするために、スーパーマーケットの商品棚を下げたり、選手村では、障がい者の視点から、さまざまな創意工夫がなされました。日本は素晴らしい先進的な技術をたくさん持っていますが、それが今、どんどん失われ、奪われつつあります。選手村に凝縮して、世界に日本の先端技術を発信できたら、国としても潤いますし、障がいを持つ人も含め、あらゆる人にとって、街全体が優しくなるのではないかと思います」
ビジネス一色の日常を送っていた竹村さんですが、ダウン症の娘さんを授かったことで、マインドセットされ、想定外の人生が始まったと言います。
「障がいを持つ子どもの親の、共通の願いは "親亡き後に、安心して暮らして欲しい"ということです。微力ながら、安心して暮らせる社会を作るために、今、親として自分ができることに取り組んでいます。もちろん色々な問題もありましたが、その度に人生のステージが変わっていくというか、ハッピーライフに恵まれていると思います。
こういう視点を与えてもらったのも、娘のおかげなのですが、今日、皆さんに、ひとつ提案したいのは、北欧はじめ、欧米のように、障がいを持つ人の立場からビジネスを考えることが、非常に高い品質の商品サービスを作り出す可能性があるということです。オリンピックという絶好の機会に、力を合わせて、新たなイノベーションの一歩を踏み出せたら、理想的。そんな風に思う今日このごろです」
2つめのテーマは、インクルージョン。英語のプロフェッショナルであることから、娘さんの通う小学校の広報担当者より、「ぜひ、ダウン症の子供を持つ親たちが各国から集まる世界会議に参加して欲しい」と連絡を受けた竹村さん。以来、アメリカやインドなど、さまざまな国に足を運ぶ中、学校教育における日本の遅れをいやというほど、思い知らされたと言います。
「世界のインクルージョン教育は、はるかに進んでいて、通常学級に障がいのある子どもたちの受け入れが、すすんでなされています。誤解を恐れずに言いますが、日本はどちらかと言うと、その反対で、まだまだ排除する傾向にあります。どんな障がいがあったとしても、通常のクラスで学べる。そういう教育制度を早く日本でも導入してもらいたいなと切に思います」
「ダウン症は個性のひとつです」と竹村さん。「感受性が非常に豊かで、鋭いんですね。例えば、一緒にテレビを見ていて、ふとイライラすることを想い出し、そのことばかり考えていると、娘はくるっと私の方を向いて、"お父さん、大っきらい!"と言うんです。言葉にしなくても、バレてしまうんですね。もう、心のバロメーターです。中でも、夫婦げんかの仲裁は一番的確で、"お父さん、ごめんなさい"と。往々にして、私の方に非があることを見抜かれているので、"お母さんに謝りなさい"と諭されるんです」
参加者たちからドッと笑いが起き、あっと言う間に、トークセッションは終盤を迎えました。
拍手喝采が響きわたる中、トークセッションは終了。たちまち、参加者からは次々と質問が飛び交い、竹村さんをはじめ、モデレーターの井上氏、ダウン症の子供を持つ男性や教育に携わる女性などを交えて、インタラクティブなトークが続きました。熱心にメモを取る人もいれば、皆の話に静かに耳を傾け、深いうなずきを繰り返す人もあり。
誰もがみな、安心して暮らせる社会をつくることが、自己であり、また他者を受け入れられる個々のダイバーシティの実現に繋がっていく――。
心がふっと温かくなるような竹村さんのトークに、そこに居た人すべてが、それぞれに心を打たれ、考えさせられたのではないかと思います。そして、これまでとはまた違った観点から、ダイバーシティについての理解や発見、認識が得られたのではないか。取材者の立場からは、そんな風に見えました。
丸の内井戸端会議では、女性が企業で活躍していくための課題とそれをクリアしていくための知恵を、参加者が共有する講座を提供しています。女性がリアルに語る"自己実現"についての講演をもとに、ライフステージを意識した時の働き方について、さまざまな観点から議論をしています。