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気候変動や戦争などの影響により、世界的にエネルギー問題へ注目が集まっています。先進国であっても電力の安定供給は喫緊の課題となっており、自社ビジネスとエネルギー問題の関連は、SDGsへの取り組みやESG経営の観点からも重要なものとなっています。
こうした社会情勢を意識し、エコッツェリア協会は法人会員の皆さまの交流を目的に実施している見学会のテーマを、今回は「エネルギーと環境」とし、首都圏を拠点として国内外のエネルギー問題の課題解決に取り組む「電力中央研究所(以下、電中研)」と再生可能エネルギーの導入やサーキュラーエコノミーの実践に取り組む「リビエラ逗子マリーナ」を訪問しました。視察を通じてエネルギーと環境の諸課題に対峙していくためのヒントを得られることを期待して相模湾の海風にあたりながら地球環境のことを深く考える一日となりました。
長年に渡り基礎研究を重ね日本のエネルギー研究をリードしてきた電中研、日本を代表するラグジュアリーリゾートでありながらも独自のエネルギー対策や環境対策を行い実装を果たしたリビエラ逗子マリーナを同時に訪問し、これからのエネルギーや環境対策のあり方について考えた1日をレポートします。
今回の視察ツアーには、エコッツェリアの法人会員を含め11名が参加。エネルギー問題がビジネスに直結する企業だけではなく、サステナブルな企業活動の参考にするため、海洋環境への取り組みを知るためなど、それぞれが異なる目的を携えていました。最初の目的地へ向かうバスの中では、この視察ツアーを企画したエコッツェリア協会の研究調査室長/コンサルタントで、電中研や資源エネルギー庁にも在籍していた三上己紀より、トピックスや見どころの案内がなされました。三上は、日本と同じ"島国"であるハワイのエネルギー開発を紹介しながら、エネルギー問題にどう向き合っていくべきかに触れていきます。
「ハワイは観光地のイメージが強いですが、実は再生可能エネルギー研究の最先端の場所です。それは、ハワイがすべての大陸から遠いこと、ホノルルという大都市が中心にあってそれ以外に規模の大きい都市が少ないこと、米軍の基地があることが関係しています。つまり有事の際には、化石燃料は軍関係に使用され、他所から化石燃料を調達することが難しく、民間活動を停滞させないためには再生可能エネルギーの自給率を上げる必要があります。そのために太陽光発電はもちろん海洋ヒートポンプや水素、地熱発電、海流発電など、様々な領域の再エネ研究に取り組んでいます。一方、同じく島国である日本のエネルギー自給率は2020年時点で11%ほどです。普段大丸有エリアのオフィスで働いていると感じないかもしれませんが、このエリアに本社を構えている会社では、各地の工場や研究所で節電のために省エネの努力をしています。そういったことを念頭に置きながら、人々が快適に過ごすために必要なエネルギーについて考えていただく機会になればと思っています」(三上)
日本のエネルギー問題を考える上で、電中研とリビエラ逗子マリーナを視察対象として選んだ理由は何なのでしょうか。三上は次のように話します。
「電中研は発電・送電・配電を総合的に研究している、世界的に非常に珍しい研究所で、もちろん再生可能エネルギーや環境課題についても、様々な形で基礎から研究している組織です。リビエラが経営する逗子マリーナは再生可能エネルギーや環境に関する取り組みを運営に積極的に取り入れている企業です。こうしたツアーではどちらかの領域をピンポイントで見ることが多いですが、それでは自分たちの事業のヒントにしづらい部分もあると思います。そこで、基礎研究のスタート部分から社会実装のゴール部分まで一気通貫で見ていただき、どのような流れで事業化までできるかをイメージしやすくするため、今回の企画を立てました」(同)
日本のエネルギーと環境課題を語る上で欠かせないのが、第一の目的地である電中研です。1951年に、日本の電気事業の礎を築き「電力の鬼」と呼ばれた松永安左エ門によって創設された研究所であり、今日に至るまで常に最先端の電気事業関連研究に取り組んでいます。研究所は「社会経済研究所」「原子力リスク研究センター」「エネルギートランスフォーメーション研究本部」「グリッドイノベーション研究本部」「サステナブルシステム研究本部」の5つ構成されていて、約800人の職員(うち約700人が研究者(うち約400人が博士号取得者))が働いています。特徴的なのは、電気やエネルギーを生み出す研究だけでなく、生み出したエネルギーの流通方法や効率の良い事業経営方法、災害対策、エネルギーや関連施設が自然界に与える影響など、さらに経済・社会までエネルギーが関わるあらゆる領域の研究を行っている点です。そのため、電気工学のみならず自然科学や地質学、社会経済学など、多様な研究者が在籍し、首都圏に6つの拠点を有しています。その中からこの日訪れたのは、三浦半島の相模湾側に位置する横須賀研究所です。
施設到着後、電中研や横須賀研究所の概要についてご説明いただき、2つの班に分かれて施設内見学ツアーがスタート。エネルギー産業技術研究の拠点である横須賀研究所は、約26万㎡という広大な敷地の中に電気・情報通信・機械・化学・原子力分野の研究施設が置かれています。まず訪れたのはヒートポンプ研究開発実験棟です。ここは空気中などから集めた熱エネルギーを、大きな熱エネルギーとして利用するヒートポンプ技術の研究を行う実験棟で、特に現在は電気と空気の熱を利用してお湯を作る「エコキュート」の研究開発が盛んに行われています。エコキュートは従来の給湯器よりも大幅にCO2排出量を削減することから多くの電力会社から注目を集めていますが、実は電中研が東京電力とデンソーと共同研究を行い、世界で初めて商品化を実現したのです。今では多くのメーカーからエコキュート製品が販売されていますが、それらの製品を電中研内にある環境試験室という温度や湿度がコントロールできる施設において試験し、カタログに示されているスペック通りに機能するか、広告通りの数値が出ない場合にはどこに原因があるのかを調査するという取り組みも展開しているそうです。
続いて燃料高度利用実験棟を訪れます。ここでは、化石資源を除いた生物由来の有機性資源で再生可能なバイオマスを利用した石炭火力発電の研究が行われています。バイオマス発電の原料は廃棄される紙や家畜の排泄物、食品廃棄物や建設発生木材、稲わら、トウモロコシの皮、間伐材など、そのままだと廃棄物になるものです。これらを活用してエネルギー化できることから、CO2排出削減に効果的なだけでなく、循環型社会の構築にもつながる「エコなエネルギー」として古くから注目されています。この実験棟では、実際にバイオマス発電の研究に利用される素材や研究器具にも触れることができ、参加者たちは興味深そうに手に取っていました。
2つの実験棟を巡り、約1時間半の視察はあっという間に終了の時間を迎えました。電気やエネルギー研究の基礎の現場に触れた参加者たちは、ここから生まれるエネルギーが今後どのように自分たちのもとに届くことになるのか、思いを馳せていました。
電中研を後にした参加者たちは、続いてリビエラ逗子マリーナへと移動します。
1971年開業当時の逗子マリーナは、もともとヨットなどのプレジャーボートを停泊するヨットハーバーやリゾートマンションなどのレジャー施設として営業をスタート。その後、料亭やレストラン、イベント会場・プロデュース、ウェディング運営などを手掛け、ホスピタリティビジネス、クラブビジネスなどを展開するリビエラグループが2001年に買収し、リビエラ逗子マリーナと改名しました。「大自然と共に心豊かに生きる」を企業理念に、ヨットハーバーだけではなく、プレステージ会員制クラブ運営、ホテル、レストラン、宴会・MICE施設など多くのコンテンツ追加を重ねながら街づくりを強化すると共に、お一人お一人に合わせた海での理想のライフスタイル提案をしています。また、全国のシーマンの憧れ的な存在として、マリンレジャー愛好家や観光客・地元に愛され、国内、世界からハイエンドを迎えています。
しかし近年この施設は、幾つかの要因から別の角度からも注目を集めています。そのひとつが、サーキュラーエコノミーの実践地であることです。施設を所有し運営を手掛ける株式会社リビエラリゾート専務取締役の渡邊華子氏は、その概要を次のように説明します。
「約20年前にマリーナ事業を手掛け始めるまで東京で料亭など飲食ビジネスをしていた私たちは、食の安心安全には大きな関心がありましたが、正直なところ環境問題までは意識をしておりませんでした。しかし、日々、船で洋上に出ていると明らかに気候に変化が生じていることを実感しました。すぐに自分たちでできる対策を始めなくてはいけないと感じ、マリーナ事業開始と同時に環境活動をスタートしました。陸と海の接合点であるマリーナ事業者ですので、陸の環境が海の環境に直結するとの想いから、CO2削減として大きく着手したのがコンポストです。施設内のレストランやバンケット施設のキッチンから排出される野菜くず等を場内のコンポストステーションで処理し、それを自社菜園や契約農家さんで堆肥として使い、野菜を作っていただくというエコサイクルを2006年に構築し継続しています。ゴミを燃やさず、車で運ばないことで、CO2排出量を大幅に削減すると同時に、食の完全リサイクルを18年間達成しています。レストランでも「コンポストは、数か月後に自社レストランに農家から届く野菜の元になっている」と意識しているため、シェフ自らコンポストステーションのスタッフと日常的に連携を取り合いながら進めています。また、オリジナルの堆肥で作られたリビエラ循環野菜は美味しいとお客様からご好評をいただいています。契約農家さんに作っていただいた野菜はすべて買い取っていますので、微力ですが地域経済にも貢献できていると感じています」(渡邊氏)
この日は実際にコンポストステーションや、そこで作られた堆肥も見学。食という身近なテーマが題材であることや、コンポストという家庭でも実施できる取り組みを長年に渡り継続し、事業化していることに対して、多くの参加者は強い興味を示している様子でした。
そして、リビエラ逗子マリーナが注目を集めているもう一つの要因が、アジアのマリーナで初めて「ブルーフラッグ」という国際環境認証を取得したことです。ブルーフラッグとは、デンマークに本部がある国際NGO FEE(国際環境教育基金)によるビーチやマリーナを対象とした世界で最も歴史ある国際環境認証です。ブルーフラッグは「きれいで安全で誰もが楽しめる海辺にするために、認証基準が定められています。ビーチは4分野33基準なのに対し、マリーナは6分野【(1)水質、(2)環境教育と情報、(3)環境マネジメント、(4)安全性・サービス、(5)CSR(社会的責任)、(6)社会やコミュニティへの参画】で37の基準を満たす必要があります。2023年5月時点で世界51か国、5,036か所が取得しており、そのうちマリーナは14%のみしか取得できていません。近年、特にヨーロッパでは、旅行する際にはこの認証を取得している地が選ばれる傾向も強くなるようで、ビジネスの観点でも重要なものとなっています。渡邊氏は、このブルーフラッグの特徴的な点として、取得と維持の難しさを挙げました。
「当初は気軽にブルーフラッグ取得に挑戦しました。取得後にFEEの日本担当の方から聞いた話ですが、『日本のマリーナでは取得できないだろう』という見方が中心だったようですが、認証基準に近しい取り組みを以前から行っていたこともあり、通常では数年かかると言われるなか7ヶ月ほどという異例のスピードで取得できました。ただし、「取得したら終わりではないブルーフラッグ」と言われる通り、こうした認証制度の中には一度認証を取得し費用さえ払えば更新は簡単というものもありますが、ブルーフラッグはそうではありません。1年毎に審査に通過する必要があり、時には抜き打ち検査も行われ、そこで基準に達していないと認証は取り消されてしまいます。注目度が高い分、審査も非常に厳格です」(同)
このようにブルーフラッグの取得と維持は簡単ではないことから、利用者にも影響を及ぼします。しかし、これまで反発されるようなことはなく、むしろ称賛や感謝をしてくれる利用者ばかりだそうです。それは、自分たちが活用するマリーナがアジア初のブルーフラッグ取得という称号を得ることで、自らのステータスにもなると考える方が多いからです。また、現在日本では11のビーチでブルーフラッグが取得され、そのうち神奈川県のビーチは4つあります。環境への配慮は今後のインバウンド戦略にも有効で、より広くアピールしていきたいとも渡邊氏は話しました。
さらに、「株式会社リビエラリゾート」「一般社団法人ブルーカーボンベルト・リビエラ研究所」「神奈川県」の三者は協定を締結し、相模湾の豊かさを守り、脱炭素社会の実現に向けて活動しています。日本で初めてマリーナ内での藻場再生に挑戦し、早熟カジメを育成しています。まずは相模湾において藻場をベルト状につなげていく「ブルーカーボンベルト® 」を構築し、最終的には日本全国の沿岸に「ブルーカーボンベルト® 」を広げていくことを目指しています。また、広域な地方創生によるブルーエコノミーの発展も目指しており、「湘南ブルーカーボン® 」としてブランディングすることで水産への好循環(漁獲高・ブランド魚)に向けた取り組みも行っています。毎月、専門家や研究者、漁業関係者などと早熟カジメの育成状況を観察し、その後の対策を話し合っています。
また、海洋環境と気候変動との関連などの解明、海洋環境の保護・保全に資する活動、子どもたちを中心に海への関心を高め、大学や自治体の方々と海洋保全の理念に関する教育・普及活動なども行っています。
リビエラ逗子マリーナではこの他にもSDGsを推進するため、「NPO法人リビエラ未来創りプロジェクト」を設立し、他の企業や行政との連携強化、海の環境に対する意識を醸成するためのイベント開催、子どもたちへの教育プログラムの展開などを実施しています。特に神奈川県13市町と連携した「LOVE OCEANプロジェクト」では、G20とのコラボ等も行い、幅広く活動している。渡邊氏は「こうした活動を通じてまちとまち、人と人、そして海とまちをつなぎ、多くの方々に海を感じていただき、地球一体になっていくことを期待したい」と、今後の展望を語りました。
こうしてこの日の視察ツアーは終了の時間を迎えました。電中研でエネルギーや電気が生み出される現場に触れ、リビエラ逗子マリーナではそれらを社会実装している様子を垣間見た視察団一行。このように社会課題の入り口から出口までを一気通貫で見ることができるツアーは稀有なだけに、多くの気付きがあったことでしょう。
エコッツェリア協会では、今後も法人・個人会員の皆さまを対象としたフィールドワークや、地方でのワーケーション企画などを実施していく予定です。エネルギーや環境課題、地方創生などのテーマに興味のある皆さまの参加をお待ちしております。
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