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都市部のビジネスパーソンが地方で期間限定型リモートワークを実施し、働き方改革と地方創生の同時実現を目指す新しいシェアリングエコノミーの形である「逆参勤交代構想」。逆参勤交代の提唱者である松田智生氏(三菱総合研究所 プラチナ社会センター 主席研究員、丸の内プラチナ大学副学長、高知大学客員教授)は、構想の実現のために「スモールスタートをして成果や課題の集約・共有が大切」と話します。
そこで今年の丸の内プラチナ大学では、実際に3つの地域に赴いて「トライアル逆参勤交代」を実施することになりました。記念すべき最初の逆参勤交代の地は岩手県八幡平市(はちまんたいし)。同県有数の観光地として高い人気を誇る反面、少子高齢化や若者の流出といった"地方あるある"とも言える状態にある地域でもあります。
7月26日〜29日にかけて、松田氏や事務局のメンバーを含めた総勢11名が八幡平を訪れ、地域の魅力と課題を発見するフィールドワーク、それを基に八幡平の地域活性化につながるビジネスプランの発表、市民の皆さんとのワークショップなど、幾つものカリキュラムを行いました。折しも全国的に酷暑の日々が続いたこの期間。しかし、そんな暑さを超える熱さを持った参加者たちは、涼しい八幡平で思い思いの形で逆参勤交代に取り組み、自らの働き方や、地方を活性化する方法に思いを巡らせていきました。
<1日目>
盛岡駅→松ちゃん市場→課題発見フィールドワーク(地元キーパーソンとの意見交換:オークフィールド八幡平→安比高原 ロッキーイン)
午前11時、盛岡駅に集合した一行は八幡平市の車に分乗して一路八幡平市内へ。高速道路を使用すれば盛岡駅から八幡平市内へは30分ほどの距離ですが、市内の様子を見学するために、敢えて一般道を使い1時間ほどかけて向かいます。途中、八幡平で採れた野菜や加工品の販売等を行う松ちゃん市場に立ち寄って昼食に。地元で採れた食材を使った料理に舌鼓を打ちながら自己紹介を実施。「東京型の働き方しか知らないので、新しい働き方を考えるために参加した」「仕事で地方創生に関わっており、地域の人々が持つ悩みを体感したいと思っている」など、それぞれの参加動機が語られました。
昼食後、過去に実施したヨソモノ街おこしコースや八幡平分校でも活動の拠点となったオークフィールド八幡平へと向かいます。ここで出迎えてくれたのが、八幡平市の岡田久副市長、岩手県の保和衛副知事という行政の要職に就く2人。両名からは歓迎の挨拶をいただき、地域が逆参勤交代にかける期待の大きさが伺われました。
その後、オークフィールド八幡平のフィールドマネージャーを務める最上雄吾氏の案内の下、施設内を見学していきます。サービス付き高齢者向け住宅であるオークフィールド八幡平は、単なる終の住処ではなく、高齢者や移住者がやりたかったことを実現し、楽しく老後を過ごすために様々な工夫が施された施設で、日本版CCRC(Continuing Care Retirement Community。継続的な介護が付随する高齢者向け共同体)のモデルケースとしても注目されている施設です。
こうしてオリエンテーションは終了し、いよいよ具体的な活動がスタート。まずは講師の松田氏より、次のように挨拶がなされました。
「地方と関わりを持つ上で大切なのは、"続けること・広めること・深めること"の3つ。今回のゴールは働き方改革と地方創生の同時実現です。素晴らしい雰囲気のオークフィールド八幡平で実際に働いてみると仕事ははかどるでしょう。また、私たちがいきなりこの地に移住するのは難しいですが、期間限定型滞在で地元の人々と交流を深め、観光以上移住未満の関係人口としてサポートはできます。それを実現するためのアイディアを考えてもらいたいと思います」(松田氏)
続いて地元キーパーソンとの意見交換会が行われました。まず八幡平市の課題である「人口減」による影響を話したのは、松川地熱発電所の地熱蒸気を活用して造成された温泉の供給、地域活性事業などを手掛ける株式会社八幡平温泉開発の畑孝夫氏。畑氏は「八幡平温泉郷には900軒ほどの別荘がありますが、契約者が高齢となったために施設が使われず、その子供世代にも受け継がれていないことが多く、結果的に使われていない別荘が増えている。そうした別荘がこれ以上増えないように、温泉を核とした八幡平の魅力発信をしていきたい」と言います。 では逆に、八幡平の魅力はどこにあるのか。それを教えてくれたのは、祖母の介護のために八幡平に通う内にこの地域を気に入って移住を決めた地域おこし協力隊の玉木陽子氏と、東京から移住をしてきてリフレクソロジーサロン「うさぎとことり」の斎藤恵氏という外部から移住をして来た立場の2人です。
「"田舎はやることがない"と言う地元の人も多いですが、山菜採りをしたり、郷土料理を習ったり、温泉に行ったりと、私にとってはやることがたくさんあり、東京とはまったく違う経験ができます。それと、八幡平は人が少なくて静かなことが魅力だと思っています(笑)。地域おこし協力隊の活動は来年で終わりますが、その後はこの街に焼き菓子を売るお店を開店しようと、準備をしているところです」(玉木氏)
2012年に主人を病気で亡くした後、生まれ育った岩手に帰りたいという思いが強くなっていきました。その後この八幡平を訪れ、もともとやりたかった癒しのサロンを開業するにはここがぴったりだと感じ、2017年に自宅兼リフレクソロジーをオープンしました。私は車の免許を持っていませんが、生協もあるし、買い物はネットでもできますから、生活も充実しています」(斎藤氏)
また八幡平市商工会青年部の部長を務め、地域活性化や地元企業人の資質向上などを行う遠藤忠寿氏は、地方にありがちな「イベント疲れ」という実情と、それを脱するための新たな取り組みを紹介しました。
「商工会青年部では、"ハチマンタイラー"というご当地ヒーローをつくったり、全国のご当地ヒーローが集まる"IWATEハチマンタイダイナマイト"というイベントを開催しています。このイベントは毎年多くの集客ができているのですが、メンバーにかかる労力が大きく、また自分たちの事業発展にも繋がりにくいという事情があります。そこでIWATEハチマンタイダイナマイトは今年で終了し、来年からは "Little Bee of Hachimantai"という、子供たちが八幡平の産業や職業を知り・体験できるイベントを開催することになりました。このイベントを通して子供たちに学びと気づきを与え、"八幡平でも働き、暮らしていける"ことをアピールし、人材の域外流出を防ぐことにつなげたいと思っています」(遠藤氏)
人口減という課題に悩みながらも、それを改善するための取り組みを行う八幡平の人々。その一方、人が少ないからこその魅力を感じる面もあるとも話します。参加者たちも積極的に質問を行い、「八幡平のリアル」を深掘りしていきました。
4氏との交流を終えると、日本有数のオールシーズンリゾート地として知られる安比高原に場を移し、2018年からペンション「ROCKY INN(ロッキー・イン)」を経営することになった大滝克美氏に話を伺いました。もともとは埼玉県でコンサルタント業を営み、岩手県産業創造アドバイザーとしてこの地域に携わってきた大滝氏。そんな氏がペンション経営をするようになったのは、予想外の事態からでした。
「友人がロッキー・インのオーナーから"ペンションの経営をやらないか"と言われ、私はアドバイザーとして関わってきました。しかし今年の5月、突然友人が身を引くことになったのです。しかし私はこの案件に前のめりで取り組んで来ましたし、"これから先、どう生きるか"という問題意識を持っていました。本業に必要なインプットを得るという意味でも、一人の人間としてもいい機会だと考え、ロッキー・インの経営者をすることに決めました」(大滝氏)
翌週に控えたオープン準備のため、前後1ヶ月間は八幡平で暮らす大滝氏ですが、「9月以降は週末営業に切り替え、月曜日から木曜日は本業であるコンサルティングの仕事をする」ということで、まさに逆参勤交代の先駆者でもあります。そして大滝氏は、本業と地域のための仕事をする中で、多くの気づきを得ているとも話しました。
「今は、自分で自分をコンサルティングしている感覚があります。コンサルタントとして仕事をしているときは"もっとこうした方がいい"ということを言っていましたが、詳細にそろばんを弾くと、自分に対して"何を無責任な"と感じることもあります。本業だけではインプットが枯渇してしまいますが、今は別の形で仕事に取り組み、多くのものを吸収し、補っている感覚があるんです」(同氏)
大滝氏の言葉からは、逆参勤交代は単にリフレッシュだけではなく、本業のスキルを伸ばすためにも効果があるのだということが感じられました。さらに、ビジネスとしての成功だけを目指すのではない大滝氏の姿勢に、参加者たちは深く感銘を受けた様子でした。実際、参加者の1人である宮前太一さん(株式会社イトーキ)は「利益以上のものを受け取っているからこそ、こうした取り組みができると感じました。先に交流した4名の方も含め、それぞれが魅力的なストーリーを持っているので、それを発信していけば触発されたり、協力しようとする人も増えてくるのかもしれない」と語りました。
こうして1日目のフィールドワークは終了。オークフィールド八幡平に戻った後、公共温泉施設「森乃湯」で疲れを癒し、岩手の地ビールをいただきながらプチ懇親会を開催。親交を深めるとともに、八幡平の感想などを語り合っていきました。
<2日目>
オークフィールド八幡平でフレッシュリモートワーク→フィールドワーク(バジルハウス、焼走り熔岩流、サラダファーム、国立公園八幡平等)→課題解決フィールドワーク(ジオファーム八幡平)→バーベキュー
2日目はフレッシュリモートワークの疑似体験からスタート。オークフィールド八幡平の眼前には雄大な岩手山が屹立しており、それを眺めながら仕事をするという、東京では間違いなくできない形で仕事に取り組むことができます。各々が東京から持ち寄った仕事をこなしながら、逆参勤交代を体験しました。
リモートワークを終えると、初日に見えてきた八幡平の魅力と課題を話し合います。魅力として上がったのは岩手山をはじめとした豊かな自然や、地熱エネルギーの活用、地元の人々の情熱、別荘地文化に由来する外部の人を受け入れる土壌といったものです。その一方、観光的な魅力や生活に根ざした情報が外部に伝わっていないことが課題であると、多くの参加者は話しました。参加者の水谷勝広さん(国土交通省)は「仕事柄これまで10回以上の転勤を経験していますが、多くの地域が行ってみないと実情はわかりません。だからプロモーションも大切だけど、実際に来てもらうことが重要だと思います」と話します。同じく参加者の藤井明子さん(株式会社三井物産戦略研究所)は「八幡平の人々は満ち足りていて幸せそうな印象を受けました。その分、外部から来た人が"ここが課題ですよね"、"こうやって改善したらいいのでは"と指摘しても、彼らがそれを真に課題として捉えられるかどうかわからないので、地元の人々が地域についてどう考えているか、もっと知りたい」と語りました。これらの魅力や課題を深掘りし、八幡平の活性化に繋げられるようなアイディアを生み出すために、一行はフィールドワークへと出発しました。
まず訪れたのは、八幡平の特色のひとつでもある地熱を活用しバジルの育成・出荷を行うスマートファームプロジェクトが行われている農業用熱水ハウスです。このプロジェクトは、IoTを活用して効率的にバジルを育成し、地域の雇用にも貢献していることから、県内外から注目を集めているプロジェクトです。その後、国の特別天然記念物に指定されている岩手山焼走り熔岩流に赴き、八幡平の魅力である雄大な自然を改めて体感します。続いては、お土産屋やレストラン、フラワーランドや動物ふれあいコーナーなどがあり、東北圏で人気の観光スポットになっているサラダファームへ行き、八幡平の名産をチェックしたり、お土産を物色するなどして小休止を取りました。さらに昼食を挟み、市の名前の由来にもなった国立公園八幡平や、日本で最初に商用発電した松川地熱発電所を訪れ、この地の魅力に触れていきました。
この日のフィールドワーク最後の地は、地熱と馬ふん堆肥を活用してマッシュルームなどの農作物を栽培しているジオファーム八幡平です。営業本部長の横浜光孝氏の案内のもと、堆肥化途中の馬糞やマッシュルームの貯蔵庫など、場内を巡りました。横浜氏は、ジオファームの目指すもの、将来の展望を次のように話しました。
「ジオファームが目指すのは"競馬産業や乗馬産業以外で、馬が関わる新たな産業の創出"です。そこでこのような循環型農業を実施しています。まだまだ規模は小さいですし、もちろんお金が必要になりますが、いずれは設備や人を拡充し、八幡平から他の地域にも活動の幅を広げていきたいと考えています。そのための取り組みとして、例えば不動産施設の整備のために、クラウドファンディングで資金集めを行うといったことも検討しています」(横浜氏)
このように、細かくビジネスプランを設計し、着々と取り組んでいるジオファームですが、実はもともとは競走馬としての役目を終えたサラブレッドたちのアフターケア拠点として設立された経緯があり、「サラブレッド版CCRC」とも言える施設です。つまり「ニーズ」ではなく、「想い」が出発点としてあります。岩手県八幡平市企画財政課 地域戦略係長の関貴之氏は次のように説明しました。
「通常のビジネスはニーズがあって、そこに商品やサービスを供給する。あるいは儲けるポイントを探してそこに突き進んでいくものですが、ジオファームは"想い"からスタートしています。だから、どうやったら成り立つのかを模索し続けながらやっているという特徴があります。今ジオファームの人々が考えていること以外にもやりようはたくさんあると思います。その意味でも、外部の人からアドバイスをしていただきたい」(関氏)
おそらく、東京でビジネスを営むメンバーから見ると、「想い」からスタートして試行錯誤しながら未来を思い描くジオファームの姿は新鮮に映ったのではないでしょうか。横浜氏の説明の終了後、短い時間ながらも積極的に質問を発していく様子が印象的でした。
ここで2日目のフィールドワークは終了となりましたが、もしかすると多くの参加者がこの日に最も待ち望んでいたのは、この後行われたバーベキューだったかもしれません。会場となったコモン・ステージでは、美しく広がる星空の下で、日中の疲労も物ともせず、弾けるような笑顔で食と会話を楽しんでいました。
この開放的な雰囲気の中、参加者や地元の人々に、折り返しを迎えて感じたことや、逆参勤交代への思いを聞いてみました。「実は八幡平のことを知らなかった」という松岡直樹さん(株式会社富士通研究所)は、「もともとは地方出身で都会に憧れて東京に出た身ですが、年齢を重ねていく中で地方に戻ることも考えるようになってきました。そんな中で八幡平を訪れて多くの魅力に触れたことで、出身地以外の場所で貢献するのもいいかもしれないと感じています」と、この地に来て気づいたことを教えてくれました。また東京出身者である藤村隆さん(新生銀行)は、「仕事の関係で東京以外で生活する機会も多かったのですが、改めてこういった場所に来てみると、いかに東京の生活は貧しいものかということを再認識します。午前中に短い時間ながらもリモートワークをしてみましたが、快適で、大きな問題点も感じませんでした。もしも会社が逆参勤交代を制度化したら手を挙げたいと感じています」と、逆参勤交代のメリットに触れました。ただ、逆参勤交代を実現する上での懸念点を口にする参加者もいます。「もう八幡平のことを第二のふるさとのように感じ始めている」という藤井さんは、仕事をする上での環境の良さを感じたことを認めながらも、「逆参勤交代を導入すると、地方に行っている人の代わりに別の誰かに負担が掛かってしまうのではないか、という思いもあります」「複数の地域で活動すると視野が広がる、ということを理解する人が企業の上層部にいないと、こういった制度は取り入れづらいかもしれない」と話しました。
一方、地元側の面々は逆参勤交代についてどう感じているのでしょうか。バーベキューに飛び入り参加した岡田久副市長は、どんな人に逆参勤交代に来てもらいたいかという問いに対して「こういう人に来てもらいたいというのは、人を色眼鏡で見ることですから、そういう考えは持っていません」と言います。
「一度来てもらって、八幡平を好きになってもらいたいですね。そうして市民の方々と打ち解けていけば、何らかのコトを起こす上での話もしやすくなるでしょうし、何より市民の方々に良い刺激を与えることにつながると感じています。かつては人口を増やすことが大きな目標と考えていた時期もありましたが、それだけではなくて、今いる人々をどうやって元気にするかも大切です。その意味で、逆参勤交代のようなものがきっかけで関係人口を増やすことは、良い効果があるのではないかと思っています」(岡田副市長)
こうして八幡平を巡り、交流を深めることで知見と理解を広げた参加者たち。3日目に開催されるのはこの旅のメインイベントとも言えるビジネスプランの提案と地元住民とのワークショップです。そこでどのようなアイディア、意見が生み出されるのか。そんな期待とともに、2日目は終了を迎えました。
<3日目>
オークフィールド八幡平でビジネスプラン検討→丸の内プラチナ大学八幡平分校(第1部:受講生のビジネスプラン発表、第2部:受講生と地元市民との意見交換ワークショップ)→交流会
3日目は、午後に行われるビジネスプラン発表へ向けた準備からスタートしました。ビジネスプランは、(1)目指すべきゴール、(2)何を・誰をサポートしたいのか、(3)どのように進めるか、(4)私は何を担うか、という4点を骨子にした上で、各々が八幡平で実現したいアイディアを模造紙に書き起こしていきます。それぞれが本格的な作業に入る前に、松田氏からは次のようなアドバイスが送られました。
「プラチナ大学として八幡平を訪れるのは今回が3年目ですが、主語を変えることが必要だと、私は感じています。今までは"東京から八幡平を変える"と、主語が東京側にありました。でも逆参勤交代者はサポーターという側面が強いものです。だから、骨子の2番目にある"誰をサポートしたいか"ということを意識して、"地元の人"を主語にしてみると実現に近づくはずです」(松田氏)
この2日間でそれぞれのメンバーが感じた八幡平の課題や魅力を、各々が持つ知見やノウハウと掛け合わせることで、この時、このメンバーでないと生まれないであろうプランを具現化していきました。全員がプランを制作したところで八幡平市役所に場所を移し、いよいよ丸の内プラチナ大学八幡平分校がスタートしました。
この日は参加者8名だけでなく、事務局の2名と桑原氏、さらには桑原氏のお嬢さんも加わった総勢12名がビジネスプランを発表。また12名の八幡平市民が参加しました。プレゼンテーションは1人4分という短い時間でしたが、それぞれが抱く八幡平への想いを発信。時には市民側からも突っ込んだ質問が飛び交い、白熱していきました。今回発表されたビジネスプランのタイトルは次の通りです。
(1)オークフィールドフル稼働計画
(2)松川一静の誕生会を松川温泉で開きたい
(3)もんずらアカデミー
(4)リゾートオフィス in 八幡平
(5)子ども八幡平留学!
(6)八幡平Beauty
(7)八幡平PREヘルスケアファンド
(8)みんなの「第2のふるさとづくり」
(9)八幡平あるモノ活用プロジェクト
(10)「地のイノベーター」と「ヨソモノメンター」による地域活性化
(11)八幡平で雄大な景色...からの...地産地消からの...
(12)「湯馬」再び
発表された各プランからは、「ツナゲル」というキーワードを抽出することできました。八幡平を知らない人と八幡平という地域をつなげるために逆参勤交代を推奨したり、コンテンツツーリズムを実施するといったアイディア。あるいは関係人口となった人と八幡平を継続的につなげるためのメンター制度を提唱したアイディア。はたまた、域内の遊休施設などを活用し、人や組織同士をつなげる仕組みやツールを構築・導入して地域コミュニティを活性化するというアイディア。今回のトライアル逆参勤交代を実施するにあたって、関氏が掲げたテーマは「ツナガレ逆参勤交代、ツナガル八幡平!」というものでした。そこには、丸の内プラチナ大学と八幡平を「ツナゲル」ことはもちろん、八幡平市民同士を「ツナゲタイ」という意図も込められています。参加者も、2日間に渡って八幡平という地域に触れる中で、何よりも「ツナゲル」ことの重要性を感じていたからこそ、こういったアイディアが生まれてきたのかもしれません。
休憩を挟み、参加者たちと地元市民のワークショップに移ります。ワークショップは4つのテーブルに分かれ、(1)ビジネスプランに対する良いところをあげる、(2)あえて課題やボトルネックをあげる、(3)ビジネスプランをもっと良くするために必要なことをあげる、という3段階で進んでいきました。ワークショップで印象的だったのは、いい意味での暑苦しさを感じたことです。こういったワークショップは予定調和になりがちで、褒め合って終わりになってしまうことも往々にしてあります。しかし、特に地元市民の人々からは、八幡平に欠けていることや外部から来る人への想いなど、より実情に沿った、ある種生々しいとも言えるような意見を出し合っていました。
また、各テーブルから共通して上がった課題は、「担い手をどうするか」という点です。いかに面白い、実現性を感じるアイディアであっても、それを誰がやるかということが大きな問題となっていると皆が感じているのです。これに対して松田氏は、「262の法則(働きアリの法則)」を用いて、「地域を変えようと考える上の2割の人々が、中間層の6割の人々を引き上げて担い手を増やすしかない。そのための特効薬はなく、しつこくしつこく関わり、続けていくしかない」と話しました。この松田氏の説明に対して、地元市民からは次のような意見が出ました。
「実際には、6割の人を引き上げる人は、2割もいないのではないかと思っています。もっと数が少なくて、1%にも満たない"尖った人"が、リスクを考える前に面白そうなことに飛び込み、他の人を巻き込んでいくことでコトが起こるのではないでしょうか。だからこそ、そうした尖った人をサポートして、その輪を広げていくことを考えていくことが大切で、そうした状況ができてから、仕組みがついてくるのだと思っています」(地元市民)
地方創生を実現するためには「ヨソモノ・ワカモノ・バカモノ」が必要であるとよく言われますが、中でも突破力を持つ「バカモノ」の存在は、この八幡平においても重要なものだと言えるのでしょう。最後に松田氏は次のように八幡平分校を締めくくりました。
「地方創生を考える上で、"プロジェクト"と"プロセス"は大切ですが、その上に"ビジョン"がなくてはなりません。今回で言えば、八幡平はどうあるべきか、全市民が納得できるようなビジョンが必要なのです。ただ、プロセスだけでは人は付いてきませんし、ビジョンだけでは具体的なものはできません。これらが三位一体で回さなければならないのです」(松田氏)
「実際に動かしていくためには"プラットフォーム"を構築し、"スモールスタート"でやってみることが必要です。そして"エビデンス"を蓄積し、共有していく。こうしたキーワードを理解した上で、"続ける・深める・広める"ことを意識し、これからも地方創生、逆参勤交代について考えを巡らせていってもらいたいと思います」(同氏)
こうして八幡平分校は終了の時間を迎えました。終了後、八幡台の柏台地域から参加した相馬大介氏(柏台地域青年会)は、今回のワークショップの感想を次のように語りました。
「外部の人たちとコミュニケーションを取ることで、これまで気づかなかった八幡平の良さや課題に気づくことができましたし、実際にやってみたいと感じるアイディアもありました。例えば災害が起こった時に、地域に増えている空き家などを活用して被災者を受け入れるというようなことはすぐにでも検討することは可能だと思うので、自治会や市役所などとも話をしていきたいと思っています」(相馬氏)
「こういった取り組みは、私たちにとっても気づきを得られるので歓迎したいと思います。ただ、首都圏から八幡平に来る人たちに対しては、難しいことは考えず、まずは楽しんでもらいたいというのが一番です。そこでいいなと思ったらまた来てくれるでしょうし、続けていけば、何かをやりたいと思った時に一緒にやりやすい環境になっていくのではないかと思っています」(同氏)
ワークショップは、東京から訪れた参加者たちにも新たな視座を与えたようです。その1人の宮前さんは、今回のワークショップを通して「簡単には解決できない問題がある」と感じたそうです。
「地元の方々も手をこまねいているわけではなく、いろいろなチャレンジをしていることがわかりました。そこで問題なのが、やはり担い手です。リーダーシップを発揮してコトを進めていても、その人に対するサポートが不足している部分があると、話を聞いていて感じました。リーダーが孤独になってしまうことは、東京や企業の中でもありがちなことではありますが、人口が少ない分、より難しさを感じます。自分でも、何ができるのか考えていきたいと思います」(宮前さん)
宮前さんが話した問題は、八幡平に限ったことではなく、他の地方でも抱えるものです。松田氏も話したように、担い手の問題に対しては諦めずに取り組んでいくことが重要ですが、逆参勤交代でその地を訪れるヨソモノにはそこを突破するためのきっかけを作ることが求められるようになってくるのでしょう。この点は地元側も痛感しており、関氏も次のように今後の展望を話してくれました。
「参加者の方々が主体となって八幡平のことを考え、プランをご提案いただいたことにまず感謝したいと思います。それぞれのアイディアを具現化していくということも大切ですが、今後も八幡平のことを考えてもらえるような関係を築いていきたいと思います。そうやって"ヨソモノ"の人々と関わりをもっていく中で、市民の中にもやる気に火がついたり、やり方を学んで、"一歩を踏み出す勇気"を持ってくれる人が出てくるんじゃないかと期待しています」(関氏)
地域戦略係長として八幡平の明日を考え続ける関氏ですが、実は現在の部署は3年目。今後いつ異動になってもおかしくありません。行政担当者が異動するとそれまでの取り組みが霧散してしまうことも少なくないだけに、関氏の異動を危惧する人は多くいます。しかし関氏は、力強く次のように話しました。
「今後、私の異動がどうなるかはわかりませんが、後進もいますし、この取り組みは続けていきたいと思っています。これは個人的な考えではありますが、関係人口を増加させるためのプロジェクトチームを立ち上げたいと思っています。そこに自分が入れば、継続的に取り組んでいくことができますから」(同氏)
逆参勤交代を進める上で、首都圏側の企業や人の努力は欠かせません。ただ、むしろ受け入れ側が逆参勤交代のことをより深く理解し、そのメリットを自分たちの地域に活かす仕組みを構築していくことが、この構想の実現には重要なのかもしれません。そのためにも、突破力を持った個人の努力だけではなく、それをサポートする組織的な動きが求められているのでしょう。
その後、会場を市内の繁華街である大更に移して懇親会を開催しました。会場となったのは居酒屋「やまちゃん」。「初日、2日目と八幡平の味覚を楽しんでいただいたので、今日は敢えていわて三陸の味覚を楽しんでもらいたい」(関氏)と、海の幸を中心としたメニューが並びました。地元市民を交えた懇親会は大いに盛り上がり、地方創生のあり方を議論したり、この場で新たなビジネスプランを生み出すといったことも起こっていました。やまちゃんでの交流会が終わってからは、オークフィールド八幡平で二次会へ。メインイベントのビジネスプランの発表とワークショップを終えた充実感と、交流会を通して芽生えた新たな課題感と八幡平への想い。それらを抱えながら、参加者たちの八幡平最後の夜は更けていきました。
<4日目>
八幡平を満喫する1(松川温泉松川荘)→八幡平を満喫する2(産直の朝採り野菜でつくるBLT!)→八幡平を満喫する3(安代地区をめぐる不動の滝&試食の旅)→4日間の振り返り(オークフィールド八幡平)→澤口酒店→盛岡駅にて解散
いよいよ迎えた最終日は観光からスタート。まずは「八幡平の秘湯」と呼ばれる松川温泉へ。1743年に開湯されたと伝えられる歴史あるこの温泉は、源泉100%かけ流しで、自然を眺めながら露天風呂に浸かれる贅沢な場所です。白濁の湯に浸かりながら思わず「帰りたくない」とつぶやく参加者も。オークフィールド八幡平に戻ったあとは、初日にも訪れた松ちゃん市場から仕入れた朝採れ野菜を使ってBLTサンドをつくります。爽やかな青空の下での朝食に、前日のお酒も何のその。皆が旺盛な食欲を見せていました。
食後には、リンドウの生産量日本一などで知られる安代地区を巡ります。「縁結びの木」という恋愛パワースポットがテレビコマーシャルにも使われ、最近人気が高まっている不動の滝や、味噌専門店の味噌茶屋、豆腐専門店のふうせつ花といった人気のお店を巡り、今一度、五感で八幡平の魅力を感じました。
観光を終えてオークフィールド八幡平に戻った一行は、この旅の総括を行いました。論点は(1)これから八幡平市とどう関わりたいか、(2)逆参勤交代が普及するために必要だと思うこと、の2つです。
(1)については、「今回提案したビジネスプランを具現化するために地域のキーマンにプレゼンテーションをしていきたい」「友人や家族、会社などに今回の逆参勤交代のことを伝えていきたい」「ペーパードライバーを卒業して再び遊びに来て、今度は自由に八幡平を巡ってみたい」といった声が上がりました。
(2)については、「人事部のキーマンに逆参勤交代を体験してもらうこと」「働く場所が整備されているという確証を企業に与えること」「企業制度を変えるのは難しいので、プロジェクト化すること」などが上がりました。中でも印象的だったのが、実際に八幡平と東京を行き来する桑原氏の言葉です。
「私は実際に2地域で活動していますが、八幡平はアクティビティ的な魅力も多いので(笑)、必ずしも効率化が進むわけではないとも感じています。その一方で、魅力が多いからこそ、仕事にも活かせる新たな視点を得られることは間違いありません。効率や生産性という点だけで見ていくと企業は尻込みをしてしまうかもしれないので、業務面だけではない、プラスアルファで社員を評価する基準を生み出すことが必要だと感じています」(桑原氏)
桑原氏の言葉が象徴するように、逆参勤交代には数字だけでは表せない効果があると言えます。ただし、それだけでは企業が実行に踏み切りづらいのもまた事実。だからこそ、目には見えない価値を見えるようにすることが必要になるのです。そのためにも、一歩を踏み出す勇気を広げ、逆参勤交代への理解を促進することが鍵になってくるのでしょう。今回、実際に一歩を踏み出して逆参勤交代に参加した人々は多くの財産を得たはずです。彼らが今後どのように八幡平と関係を持っていくのか。市民の方々が八幡平でどのような動きを見せていくのか。そして、逆参勤交代がどのように社会に浸透していくことになるのか。期待し、注目していきたいことが山ほどできた3泊4日のトライアル逆参勤交代となりました。
丸の内プラチナ大学では、ビジネスパーソンを対象としたキャリア講座を提供しています。講座を通じて創造性を高め、人とつながることで、組織での再活躍のほか、起業や地域・社会貢献など、受講生の様々な可能性を広げます。