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2022年9月、浜松市を舞台に、丸の内プラチナ大学「逆参勤交代コース」のフィールドワークが開催されました。政令指定都市では初の逆参勤交代となった今回、「国土縮図型都市」とも呼ばれる浜松の地で、受講生たちはどのような発見をしていったのでしょうか。
前編はこちら
<2日目>
KAReN HaMaNaKo かんざんじ荘で地域の事業者、移住者と意見交換→舞阪サテライトオフィス見学→地域の観光資源視察→はままつトライアルオフィス視察→コワーキングオフィスThe Garage視察→懇親会
FUSEを見学する受講生たち
初日は大荒れの天気の中でのフィールドワークでしたが、2日目はすっきりと晴れ渡った空の中でのスタートとなりました。この日は主に浜松市のスタートアップ関連施設を巡っていきます。浜松市では鈴木康友市長の肝いりもあって、ファンドサポート事業や実証実験サポート事業など、スタートアップ企業を後押しする取り組みを積極的に展開しており、2020年には、スタートアップを生み出して発展していく「スタートアップ・エコシステム グローバル拠点都市」に認定されています。一日を通して、ヤマハ、スズキ、ホンダといった企業を生み出した「元祖スタートアップの街」におけるスタートアップ支援の実情を探っていきました。
写真左上:舘山寺の大草山展望台からの眺め。浜名湖が一望できま
写真右上:展望台でこの逆参勤交代初めての集合写真を撮影
写真左下:ぬくもりの小屋「Pao(パオ)」。家族連れに人気の部屋です
写真右下:人気の貸切風呂
まず一行が訪れたのは舘山寺エリアです。810年に弘法大師・空海によって開創された曹洞宗舘山寺や、日本で唯一の湖上を渡るかんざんじロープウェイなどが人気の観光スポットですが、2021年、新たな目玉として「KAReN HaMaNaKo かんざんじ荘」がオープンしました。かんざんじ荘は旧国民宿舎をリノベーションした体験型多用途施設で、宿泊機能や大浴場、貸切風呂、カフェ、レストラン、さらにはワーケーションや企業研修にも使えるミーティングルームも用意されています。運営に携わる高橋秀幸氏(株式会社Re-lation 代表取締役)は、国民宿舎をリノベーションしたのは「長期的なビジョンでタウンマネジメントをするため」だと説明します。
「当社はリノベーションを始めとした不動産業を展開していますが、以前よりこの舘山寺エリアが寂れてしまっていることを気にかけていました。我々も『ぬくもりの森』というファンタジーの世界観を持った商業施設を運営したり、本社でマルシェを開催したりしていますが、そうした活動も核となる場所がなくては線と線でつながりませんし、舘山寺こそがその中心となるべきだと考えていました」(高橋氏)
高橋氏は、舘山寺エリアが寂れてしまったのは「若年層に知られておらず、訪れる動機も提供できていない」「市中心部からのアクセスが悪い」「文化的価値の高い施設がない」「飲食店や宿泊施設の価格設定が高い」などが要因だと分析。さらに、「浜松の最大の弱点は、良いものはたくさんあるけれど点で終わってしまい、線にならない点」と指摘します。こうした課題を解決させるために高橋氏がスタートさせたのが「かんざんじ発酵まちづくりプロジェクト(KMCプロジェクト)」です。これは、舘山寺周辺の魅力を発信して地域のブランド力を高め、地域コミュニティの形成、移住誘致、古民家・空き家のリノベーションを行って住環境の向上などを図り、地域活性化につなげるというもので、このプロジェクトを通して浜松市とも連携しながらエリアリノベーションを実施し、舘山寺エリア、そして浜松市を活性化させていきたいとも話しました。
高橋氏に続いては、移住して浜松で起業した土井寛之氏(株式会社SPLYZA 代表取締役)より、移住者の立場から見た浜松の魅力と課題についてお話いただきました。大学卒業後、勤めていた会社で浜松に配属された経験を持つ土井氏。その後浜松を離れて別の県で働きますが、35歳になったときに起業を決意します。その際、いくつかの候補地の中から、次のような理由で浜松を起業地にしたそうです。
「かつて浜松に配属された時にウインドサーフィンを始めて、そのおもしろさに夢中になりました。浜松で生活をすれば日常的にウインドサーフィンができるため、この地での起業を決意しました。もちろんそれだけでなく、浜松は家賃も安いのでランニングコストを抑えられることも理由のひとつです」(土井氏)
土井氏が経営するSPLYZAは、スポーツのデータを計測・可視化し、トレーニング効果を向上させたり、チームマネジメントをサポートしたりするアプリケーションの開発を行う企業です。インターネットを介したサービス提供が主であるため、無理に東京のような大都市圏にこだわる必要がなかった点も浜松での起業を後押ししたといいます。ただし、「だからといってオフィスに閉じこもっているだけではビジネスはうまく行きません。起業当初は毎週のように東京に出て人脈づくりに勤しんでいた」そうです。その際、新幹線ひかりが停まるため、東京をはじめとした大都市圏に出やすいことも大きなメリットだったとも話しました。
その反面、浜松市には課題もあると指摘します。
「駅周辺は年々寂しくなっていますし、若い人が気軽に食べられる安い飲食店も少ないと感じています。また、浜名湖を活かしきれているとは思えません。せっかくの素晴らしい湖があるのに、その周辺がにぎわっていない点は残念です。一つの企業が頑張ってどうにかなる話ではありませんが、浜名湖を中心としたまちづくりを考えてもいいくらいだと思っています。もう一つ気になっているのが、コミュニティが分断されていることです。浜松には、インド、中国、韓国、ブラジル、欧米など、様々な国籍の人が住んでいますが、それぞれのコミュニティがつながる場面がないのです。これはもったいないことです」(同)
両氏のプレゼンテーションを聞いた後は質疑応答の時間へと移ります。ある受講生からは「浜松における起業に対する支援」について質問がなされました。これに対して土井氏は「他の都市と比べてもうまく行っているほうだと感じる」と答えました。
「他の地方に行くと『浜松はすごく進んでいますよね』とよく言われます。たしかに起業する人は増えていますし、起業支援のイベントも多いと思います。先ほどコミュニティが分断されていると話しましたが、起業という観点においては、人が集まり、意見交換をしたり、アドバイスをもらったりするコミュニティはできていると言えます」(土井氏)
「コロナ以前は市長が中心となって起業家や起業志望者を集めて年に2回ほどイベントを開催していましたが、自治体におんぶに抱っこではダメだということで、現在は私を含めた起業家5人ほどが主体となって、起業志望者を応援するイベントを開催しています。また、経済産業省とJETRO(独立行政法人日本貿易振興機構)が主催する次世代イノベーター育成プログラム『始動Next Innovator』にも毎年浜松から人材を送り出そうとしていますし、実際にかなりの頻度で浜松の人材が採択されてもいます」(同)
また、「まちづくりを考える時、地区ごとに考えるのか、それとももっと広く市として考えるのか、どちらがいいか」というまちづくりに関する質問も飛び交います。
「起業という観点ではあまり小さく捉えても仕方ないとは思いますし、ミクロとマクロの両面から考える必要があるのではないでしょうか」(土井氏)
「建築不動産の観点から答えると、まちづくりは範囲を大きくするとその分難しくなると思っています。そう考えると、今日お話したように、特定のエリアをマネジメントして将来的にそれぞれを線で結んでいく形がいいのではないかと考えています」(高橋氏)
地元で育ち地元を中心にビジネスを展開する高橋氏と、移住者として暮らし浜松以外の顧客との接点が多い土井氏。それぞれ異なる視点からの浜松論は、受講生にもインスピレーションを与えたようでした。
写真左上:株式会社Re-lation 代表取締役の高橋秀幸氏
写真右上:株式会社SPLYZA 代表取締役の土井寛之氏
写真左下:質疑応答も積極的に行われました
写真右下:浜松産の食材ばかりを使った昼食。見た目にもおいしい料理が提供されました
かんざんじ荘で昼食をとった後は、浜松市が設置した「舞阪サテライトオフィス」へと移動します。このサテライトオフィスは市が推し進めるスタートアップ企業支援の一環として整備された場所で、コワーキングスペースのほか、企業が単独で使用できるオフィスも複数用意されています。利用期間は市外企業は5年(状況に応じて最大7年まで、市内企業は1年)という条件がありますが、市外の企業は月額使用料が2分の1に減免されるため、市外企業の誘致に一役買っているそうです。その反面、「外部から来てくれたスタートアップ企業がしっかりと定着しているとは言えない状況でもあるため、地域との連携を強めてオープンイノベーションを促進し、浜松に根付いてもらう施策が必要になる」と、スタートアップ推進課の担当者は教えてくれました。
写真左:舞阪サテライトオフィスでのディスカッションの様子
写真右:2日目は天候にも恵まれ、中田島砂丘には観光客も多くいました
舞阪サテライトオフィスを後にした一行は、南海トラフ巨大地震に備えて造られた17.5kmにも及ぶ浜松市沿岸域防潮堤、日本三大砂丘のひとつに数えられる中田島砂丘、整備中のマリンスポーツ施設の見学を経て、「Co-startup Space&Community FUSE(以下、FUSE)」に移動します。浜松駅から徒歩10分弱ほど、繁華街の中に位置するFUSEは、約2000平方メートルという広大なフロアの中に、コワーキングスペースやミーティングスペースをはじめ、セミナーやイベント、展示会などに活用できるイベントスペースなどを用意した施設です。もともとは商業施設として造られた場所ですが、空き物件となっていたところに浜松いわた信用金庫が出資。2020年春、現在の形でオープンしました。FUSEの運営に携わる渡瀬充雄氏(浜松いわた信用金庫 ソリューション支援部 新産業創造室 室長)は、金融機関がこのようなイノベーションハブ拠点を整備する理由を次のように話しました。
「これからの時代、金融機関も金融業務だけでなく総合的なソリューションを提供するプラットフォームを展開していかなくてはなりません。浜松いわた信用金庫では、2017年からシリコンバレーに職員を派遣して最先端のエコシステムを学び、地域に還元するビジネスのあり方を考え続けてきました。その中で、まずは皆が集まれる場所を提供しようと考えてFUSEを開設しました」(渡瀬氏)
オープンから1年間は無料で貸し出しを行い、2021年夏より有料化に移行。2022年8月時点で法人、個人合わせて191の会員が登録していますが、「収支としては赤字の状態」だと言います。それでも「この地域の未来に残すための事業」と位置付け、この場所から新しいい"コト"を起こしていきたいとも、渡瀬氏は話しました。
写真左:FUSEを見学する受講生たち。写真左が渡瀬氏
写真右:オープンイノベーションを起こす場だけに、デザイン性に富んだ内観となっています
FUSEの施設内を見学した後は再び移動します。次に赴いたのはコワーキングオフィス「The Garage」です。単にオフィススペースを貸し出すだけの場所ではなく、「地域のリーダーが集まる、第三のコミュニティ」というコンセプトのもと、スタートアップを支援するためのメンター制度の提供や、IT技術者育成のための学生支援なども手がけている場所です。運営に携わる杉浦直樹氏(We will accounting associates株式会社 代表取締役社長)は、The Garageの特徴を次のように話します。
「この施設にはスズキや東海理化のような大企業も入っていますが、大企業だけでなくスタートアップも学生もごちゃまぜになっています。もともと浜松にはオープンに、フラットにディスカッションする文化があり、それを根付かせていきたいという思いもあります。加えて、浜松ではスタートアップが行政に頼らず、自らの思いで行動する風土があります。決して行政と仲が悪いというわけではありませんが、自分たちで動いていった延長線上に、このThe Garageが存在しているとも言えます」(杉浦氏)
The Garageは、メンバー同士がコミュニケーションを交わす中で生まれたアイデアを実行に移す積極性や身軽さがあるのも特徴のひとつです。その代表例として紹介されたのが「浜松テレワークパーク構想」です。コロナ禍で多くの企業がリモートワークを導入した際、「家に個室がなくて仕事がしづらい」「自家用車の中で仕事をしている」といった声を聞いた杉浦氏やThe Garagのメンバーは、「軽自動車を改造してオフィスに見立て、公園の駐車場をコワーキングスペースとして扱えば働く場所を提供できるのではないか」というアイデアを着想。実際に形にできると感じた杉浦氏たちは、自動車メーカーのスズキやデジタル技術を有する東海理化をはじめとした企業の協力を取り付けます。また浜松市にも提案して公園を開放してもらい、実証実験を行うまでに至ったと言います。このような取り組みが民間発で生まれ、自治体も巻き込みながら展開されているのは、まさに「元祖スタートアップの街」の真髄とも言えるでしょう。
一方で杉浦氏は、浜松のスタートアップが抱えるいくつかの課題も指摘します。ひとつは「若い人が入ってこない」という点です。これに対しては、The Garageで実施している学生支援のほか、行政が中心となって高校生などに起業家教育をしていくことがいいのではないかと話しました。二つ目の課題はCFO(最高財務責任者)的な人材が不足していることです。これについて杉浦氏は次のように語りました。
「言ってしまえばありとあらゆるものが足りない状況ではありますが、中でも資金調達力のあるCFOのような存在は少ないと感じています。もともと製造業の街だからかもしれませんが、コツコツと積み上げていくのは得意ですが、企業価値を膨らませて外部から大きなお金を調達するのは苦手な地域なんです。スタートアップ経営者で集まって雑談をしているときに、『この地域は東京と違って多産多死ではないけれど、倒産するような企業が少ないのはそれはそれで問題だよね』と冗談交じりで話していたりもします(笑)。東京の姿がいいとも思っていませんが、マクロ的な視点で言えば倒産するまで突き進むという積み重ねが必要なのかもしれないですし、その辺りのバランスは考えていくべきかもしれません」(同)
杉浦氏が指摘した「今ある価値を最大化し、外部に発信していく力が不足している」という課題は、逆参勤交代参加者のような首都圏人材が協力することで解決できるポイントでもあるでしょう。
写真左上:We will accounting associates株式会社 代表取締役社長の杉浦直樹氏
写真右上:The Garageにはミーティングスペースも設置されています
写真左下:30名まで入れる広々としたオープンスペース。ビジネス書が揃ったブックスペースも自由に閲覧できる
写真右下:The Garageに展示されているオフィスカー
こうして2日目のフィールドワークは終了を迎えました。折返しを過ぎたところで受講生に話を聞いてみたところ、初日に訪れた天竜区の動きが印象に残っていると答えた方が複数いました。
「天竜区で活動している林さん、中谷さん、鈴木さんたちは世代が近いこともあって親近感を抱きました。それぞれが新しいコトを起こしていますが、ギラギラした雰囲気がなく、とてもナチュラルで、いい意味で力が抜けている点も魅力を感じます。その中でもお話を聞いていると実現したいことがはっきりとして熱量も感じますし、その絶妙な温度感がすごくいいなと思いました」(岩田結実さん/株式会社ウィル・シード)
「阿多古屋の林さんは、『どうやって地域を活性化するのか』『自分たちの地域に何を残していけるのか』という視点を持って活動をされているのを感じ、とても印象に残っています。私自身はビッグローブというインターネットを扱う企業に在籍していますが、インターネットを活用する視点を持って地域に関わっていくこともできると感じました」(飯村駿さん/ビッグローブ株式会社)
その他にも、自然環境を称える声や、スタートアップに対する手厚い支援や情熱を持ってビジネスや地域活動に取り組む起業家の多さに刺激を受けたといった声も聞かれました。その一方で、課題に関してもある共通点が挙げられました。それは「大きな課題が見えにくい」という点です。事前に市役所側から聞いていたように、少子高齢化や若年層の減少といった課題、中山間地域の過疎化といった課題は見えはするものの、最もクリティカルな課題はどれなのか、どこから手を付けていくべきかがわかりづらいというのです。これは浜松が持つ魅力についても同様で、「良いもの、良い場所はたくさんあるけれど、強くアピールすべきポイントはどこにあるのかが見えていない」という声も聞かれました。受講生の一人であり、不動産業に携わる清水朝一さん(三井不動産株式会社)は、このような状況にある浜松市のことを「課題分散型の都市」と表現しました。
「旅行や出張などで地方を訪れた際、仕事柄、移動しながら頭の中に地図を描く癖が付いているのですが、浜松の場合は正確な地図が描きづらいと感じています。それは、浜松がとても豊かで魅力的な場所がたくさんあるからで、決して悪い話ではありません。しかし、それ故に一番顔になるべき浜松駅近辺の印象が薄くなり、だからこそ突き抜けられていないところがあるのかもしれません。課題に関しても同様で、一つひとつは確かに問題なのですが、課題が分散して見えることから、どこまで深刻なのかが伝わりにくいのでしょう」(清水さん)
魅力や課題が分散しているというのは、2日目に話を聞いたRe-lationの高橋氏やSPLYZAの土井氏が挙げていた「コミュニティの分断」も影響しているのかもしれません。そこで、今回の逆参勤交代を初日からアテンドしてくれた浜松市役所の勝部慎一氏(企画調整部 企画課 地方創生・SDGs推進グループ グループ長)と中田希氏(同主任)にもお話を伺ってみました。
「現在の浜松市は複数の異なる自治体が合併してできていて、どうしてもそれぞれの旧自治体ごとにコミュニティが分かれてしまっている面があると思います。合併してから随分経っているのでだいぶ改善してきているとは思いますが、物理的な広さもあって点と点がつながり切れていないところはあります」(中田氏)
こうした状況に対して、市役所としては市民協働に力を入れることで共助の活性化を図っていきたいと言います。その背景には、浜松市の自治会加入率が全国でもトップクラスであることが関係しています。
「浜松市は自治会の加入率が95%に達していると言われていて、実は町ごとの地域コミュニティのつながりはとても強いんです。明確な要因は定かではありませんが、浜松ではお祭りが盛んなことが関係しているのかもしれません」(勝部氏)
こうした風土を、いかにして広げ、組織化していくかが、より広い観点でのコミュニティ形成に影響してくるとも言えそうです。
「魅力が多いからこそ課題につながっている」「課題があることはわかっているが、深刻さが伝わりづらい」といった意見は、過去の逆参勤交代ではなかなか聞かれなかった意見でした。首都圏から近く、比較的身近な存在でありながらも、これまでとは一味違った印象を与える地域と言えるのかもしれません。
写真左:料理の説明を受ける受講生たち。写真右奥は、シェフであり、浜松パワーフード学会会長の秋元健一氏
写真右:2日目の懇親会には浜松市長も参加し、積極的に意見を交わしていました
<3日目>
春華堂スイーツバンク→浜松市地域情報センター(課題解決プランまとめ/課題解決プラン提案)→現地にて解散
課題解決プランで講評を行う鈴木康友浜松市長
3日目は、浜松のお土産の定番「うなぎパイ」で知られる春華堂の見学からスタートします。春華堂は2021年に「スイーツバンク」という本社複合施設をオープンしています。本社機能や工場、売店を有しているだけではなく、訪れるだけでも楽しいテーマパークのような世界観を演出し、浜松の新名所として人気を博しています。2021年にオープンしてから年間来場者数は40万人に達し、本社売店の売上は2.5倍にも増加。最近では近隣にある他社の店舗もスイーツバンクに似た雰囲気のデザインの建物を造っており、自然発生的なまちづくりが展開されるようになっています。
写真左上:スイーツバンクの外観。ダイニングテーブルセットなどを模したデザインになっており、実物の13倍の大きさがあります
写真右上:隣接する浜松いわた信用金庫も、従来の金融機関の堅苦しいイメージとはかけ離れたものになっています。写真中央は春華堂 直営部 SWEETS BANK 課長の山下広祐氏
写真左下:店内ではうなぎパイ以外にも多くのスイーツを製造・販売しており、パティシエが作っている様子も見ることができます
写真右下:売店では春華堂の商品を販売。リニューアルしてから売上は2.5倍に増加したそうです
スイーツバンクの見学を終えると、浜松市地域情報センターに移動して課題解決プランのまとめ作業に取りかかります。これまでの逆参勤交代と同様に、松田氏からは「"あなた(浜松)主語"ではなく"私主語"で考えること」「①What(何をするのか)、②Why(なぜするのか)、③Who(自分は何を担うのか)、④Whom(誰を対象にするのか)、⑤How(どのように実現するのか)を網羅すること」の2点を押さえた上でアイデアを考えるようにアドバイスが送られました。
写真左:課題解決プランを練る受講生たち
写真右:プレゼンテーションには浜松市役所の関係者が聴講に集いました
各メンバーがアイデアをまとめ資料作成を終えると、いよいよ課題解決プランの発表を行います。今回、過去の逆参勤交代のプレゼンテーションと異なる点がひとつありました。それはプレゼンテーションを受ける浜松市の鈴木康友市長が一人ひとりに対してフィードバックをすることです。これまでは前半と後半に分けてプレゼンテーションを行い、ある程度まとめてフィードバックを行うのが常でしたが、鈴木市長自身が「一つひとつのアイデアに対して、感じたことをすぐにお伝えしたい」と、この形を希望したのでした。市役所側の熱量も伝わり、ほどよい緊張感の中でのスタートとなりました。
今回提案された各プランのタイトルを紹介します。
(1)Hamamatu business schoolプロジェクト
(2)食と農から浜松市の地域を活性化プロジェクト
(3)Chill Snack
(4)ピンポイント食×SNSで浜松PR強化プロジェクト
(5)家康くん歴メシプロジェクト
(6)Food(食)とEnergy(再生可能エネルギー)の豊かさを都市ブランドとしてアピールする「FE100」プロジェクト
(7)第二住民票で、天竜地域(中山間部)に関係人口を増やす!
(8)ゆるキャン△聖地メシ
(9)はままつシニアセカンドホームプロジェクト(HSSH Project)
(10)日本のビジネスマンを健幸に!①浜松出世ワーケーション ②移住すると出世する テレワーク移住支援
(11)Hamamatsu × Miyazaki行き来イキイキプロジェクト
(12)浜松 - 丸の内事業創生プロジェクト~産業創出、人材活用を目指し~
受講生たちの発表の様子
各アイデアは、松田氏が事前に注意事項として挙げた点をカバーした上で、各々のバックグラウンドと、この二泊三日で見つけた浜松の魅力や課題をかけ合わせたものでした。今回の行程では、浜松市の食材に触れる機会も多かったことから食をテーマにしたプランが複数出されました。例えば大野遥さん(candy&PetitGift NOSTA)が提案した「(4)ピンポイント食×SNSで浜松PR強化プロジェクト」は、フードスペシャリストの資格とラジオDJの資格を持つ大野さんがYouTubeを通じて浜松の食材を使った料理情報などを紹介していくというものでした。また、「(8)ゆるキャン△聖地メシ」は、アウトドアを題材とし、浜松もモデル地として登場する人気のメディアミックス作品『ゆるキャン△』で紹介されるキャンプ料理を実際につくり、提供する飲食店を立ち上げるというものです。「漫画やアニメには疎い」という鈴木市長でしたが、「リピーターを生み出しやすい取り組みだと感じますし、地域の雇用創出にも役立つので、おもしろい視点だと感じました」と評価していました。
数あるプランの中でも注目を集めたアイデアが、「(7)第二住民票で、天竜地域(中山間部)に関係人口を増やす!」です。浜松市に興味を抱く人や、この地域のために活動したいという人に対して第二住民票を発行して関係人口を増やし、地域活性化につなげるというものです。「都市部と中山間部を併せ持つ浜松市だからこそ、場所を選ばない働き方はベストマッチしています。そこで第二住民票を発行できれば2拠点生活がしやすくなったり、子供の一時的な転校も可能になるので、関係人口増加を実現できると考えています」という提案でした。このアイデアに対して鈴木市長も「僕自身、以前から第二住民票を通じた関係人口創出には関心を持っていましたので、非常に興味深く聞かせていただきました。ぜひ市の担当者を交えて詳しく話をさせてもらいたい」と、前のめりの様子でした。
写真左:講評を行う鈴木康友市長。一人ひとりに対してフィードバックするのは、逆参勤交代史上初のことでした
写真右:市役所側も熱心に聞き入ります。写真は、3日間アテンドしてくれた中田希氏(企画調整部 企画課 地方創生・SDGs推進グループ 主任/写真左)と、勝部慎一氏(同グループ長/写真右)
すべてのプレゼンテーションを聞き、一つひとつ丁寧に講評してくれた鈴木市長に、今回の逆参勤交代の感想を伺いました。
「3日間の短い時間でしたが、どれも興味深く、我々としても気づきのあるご提案でした。浜松市の職員も皆とても前向きで、新しいことにどんどんチャレンジしていこうという気概を持っています。ぜひ一過性で終わることなく、継続して成果を挙げていきたいので、一緒に企画を煮詰め、ブラッシュアップをしていければと感じました」(鈴木市長)
東名阪から物理的に近く、アクセスもしやすい浜松市は、他地域に比べると今後も逆参勤交代が継続しやすい土地だと言えます。この環境を活かし、継続的な関係性を築くにはどのようなことが必要になるのでしょうか。
「こうした取り組みは『やってよかったね』『おもしろかったね』で終わってしまうケースも多いですが、そうではなくて、いかに継続していくかが重要です。100%の成功というものはありませんが、それでもトライ・アンド・エラーを繰り返し、アジャイル的な動きで成果を出していくかが大切になっていきます」(同)
「やらまいか(遠州地方の方言で「やろうじゃないか」の意)」精神を持ち、このフレーズの下で様々な先進的な取り組みを実施してきた鈴木市長らしい言葉と言えるでしょう。今回参加した受講生がこの思いにどう応えられるかは、逆参勤交代と浜松市の未来を左右することになるかもしれません。
講師の松田氏と鈴木市長
最後に、講師の松田氏に今回の総括をしてもらいました。
「都市としての完成度が高い浜松市での逆参勤交代は、過去の逆参勤交代とは違い、課題を発見するよりも既存事業を加速させるタイプのものだと位置付けていました。このようなタイプはアイデアを考えるのは楽しいですが、事業化へとつなげていく必要があるため、ある意味で『上級編』と言えるものです。ですが、阿多古地区の人々や、スタートアップ関係者の方々とコミュニケーションを取っていく中で、受講生たちの目の色が変わっていく様子が垣間見えましたし、とても良い化学反応が生まれたと言えるでしょう」(松田氏)
松田氏が話したように、政令指定都市・浜松市での逆参勤交代は、あらゆる面で過去の逆参勤交代とは異なるタイプのものでした。これは、逆参勤交代という取り組み自体が次のステップに進んだ証拠でもあるでしょう。それだけに、今回参加した受講生たちが今後浜松市とどのような関係性を築いていくか、あるいは浜松市がプラチナ大学やエコッツェリア協会を上手に活用していけるか、その逆も起こりうるかは大きな意味を持つと言えそうです。これからの逆参勤交代のあり方を占う意味でも、今回築いたつながりがどのように変化していくか、多くの方に注目していただきたいと思います。
丸の内プラチナ大学では、ビジネスパーソンを対象としたキャリア講座を提供しています。講座を通じて創造性を高め、人とつながることで、組織での再活躍のほか、起業や地域・社会貢献など、受講生の様々な可能性を広げます。