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6年目を迎えた「逆参勤交代」構想。2022年度は、逆参勤交代の提唱者である松田智生氏(三菱総合研究所 主席研究員・丸の内プラチナ大学副学長)が「構想から実装に向かう1年」と位置づけており、過去最多の5地域でのトライアル逆参勤交代を実施しています。その4番目の開催地となったのは、美しい自然と国内有数の豪雪地帯として知られる新潟県妙高市です。妙高市での逆参勤交代の大きな特徴は、そのテーマが「未来人材育成型」という過去に例のないものだったことです。逆参勤交代初上陸の地・新潟で、逆参勤交代初のテーマに挑んだフィールドワークは、妙高市と逆参勤交代の未来を開くような2泊3日となりました。
<1日目>
上越妙高駅集合→あらい道の駅にてオリエンテーション→新井南小学校→ロッテアライリゾート→懇親会
2005年に旧新井市、旧妙高高原町、旧妙高村の3つの自治体が合併して現在の形となった妙高市は、1シーズンに3m積もることもあるほどの豪雪地帯で、市内には9つのスキー場があり、雪解け水を活用した稲作や日本酒の製造も盛んな「雪の街」として知られています。一方で、県内で最初に人口減少が始まった地域で、少子高齢化や空き家の増加、労働人口や創業比率の減少などに悩まされています。これらの課題は外部から人材を呼び込むだけでは解決が難しく、今いる人材を育成し、地域への思いを高めたり、コミュニティ活性化を図ったりすることが必要となります。そうした考えから妙高市は人材育成に力を入れており、今回のフィールドワークは「未来人材育成」がテーマとなりました。
講師の松田氏は、「街づくりは人づくりであり、未来人材が地方創生の鍵」と常に提唱していることとも親和性があります。
妙高市の未来人材育成の代表的な取り組みが、このフィールドワークで最初に訪れた妙高市立新井南小学校で行われている「イエナプラン教育」です。イエナプラン教育とは、子どもたちの個性を尊重し、主体性や協調性を育むことを目的とした教育モデルです。
新井南小学校の場合、児童が自ら1週間の学習計画を立てて学習を進める自由進度学習や、異なる学年が混ざりあって学習に取り組む南っ子学習、毎日定められた時間にクラスで車座になり、悩みを相談したり友だちに感謝を伝えたりするサークル対話などを実施しています。同校では2021年度から試験導入し、2025年度から本格開始を予定していますが、これまでに、高学年の児童が低学年の児童に自発的に勉強を教えたり、逆に低学年の児童が積極的に質問をしたりと、子どもたちの間でコミュニケーションが活性化しているそうです。加えて学力の向上も見られ、1年ほどの取り組みの中でも成果を感じられていると、同校の教員である田中洋平氏は説明しました。一方で現状はまだ「準備期間」であり、児童の評価方法、主体的に動くことが苦手な子どもへの接し方、教師側の新しい教育スタイルへの適応など、乗り越えるべき課題も少なくないと言います。それでも田中氏は「これからの子どもたちへの最適化を考えていくための教育スタイルだと思っていますので、パラダイム転換に対するストレスはありません」と、イエナプラン教育を推進する意欲を語ってくれました。
この日は実際に南っ子学習の様子を見学。イエナプラン教育の現場に触れた受講生たちは「肩肘張らずに子どもたちが主体的に学習を行う様子は、企業におけるマネジメントにも非常に参考になります」「初対面の私たちに対しても朗らかに挨拶をしてくれて、勉強以外の面でも効果があると感じられました」と、伸び伸びと授業に取り組む子どもたちを見て強く感動していました。
新井南小学校を後にした一行は、スキー場をはじめ、ホテル、スパ、レストランなど多様な機能を有するロッテアライリゾートを訪れ、地域の労働人口確保の現状を探っていきました。ロッテグループというアジアを代表する企業グループの一員にして、妙高を代表するレジャー施設であるロッテアライリゾートですが、近年は新型コロナウイルス感染症の影響もあって人材確保には苦労しています。それでも、グローバル企業であることを活かして、将来的に海外で働きたいと考える人材や、世界に通用するリゾート施設をつくるというビジョンに共感してくれる人材にアピールするなど、積極採用を進めています。では、逆参勤交代参加者のような首都圏人材が副業・複業として関わる余地はあるのでしょうか。受講生からのそんな質問に対して、支配人の中谷高士氏は次のように回答しました。
「スキルがマッチすればあり得ます。ただ、表現が良くないのは承知の上で言いますが、地方創生は、片手間で、気持ちを東京に残したままでは実現できないと思っています。その土地に入って魅力や課題を真に理解した人からの提案と表面上だけの提案では、本気度の違いがすぐに伝わってしまうのです。もちろんこれから仕事のスタイルは多様になっていきますが、いずれにせよ『本気で地域を変えるまでやり続ける』という覚悟を持っていただくことはとても大事です」(中谷氏)
中谷氏の言葉は、副業・複業で地域へのアプローチを考える受講生たちにとっては考えさせられるものだったでしょう。
ロッテアライリゾートでの意見交換会を終えると、施設見学とスパ体験を経て宿泊施設にチェックイン。その後は懇親会を開催し、妙高市の魅力や課題について、笑顔で語り合っていきました。
<2日目>
妙高市役所にて地域支援員、特定地域づくり事業共同組合との意見交換→スノーシューツア→国際アウトドア専門学校生との意見交換→赤倉温泉街散策→懇親会
2日目は、地域コミュニティ活動や、妙高で芽生えようとしている新しい働き方に関する取り組みの状況を知り、また他地域から妙高に来て生活する若者と意見を交わすなど、地域の実情を把握する日となりました。
まずは、第三者の視点を持って地域の人々との関係を構築し、市と地域をつなぐ仕事である地域支援員を務める田原菜月氏(妙高市地域共生課)より、地域コミュニティの現状を伺います。いち早く人口減少に悩まされていた妙高市では、1973年頃から積極的にコミュニティ活動に取り組まれていました。しかし人口減や少子高齢化に歯止めが利かず、地域のつながりや連帯感の希薄化は進み、今も様々な困難が訪れています。そこで2022年、持続可能な地域コミュニティ構築のために「妙高市地域コミュニティ振興指針」を作成します。世代や立場を超えた話し合い、将来像の共有、地域状況に合った組織運営、従来の組織の枠を超えた連携などを促進するこの指針の策定以降、地域住民が主体となってコミュニティバスの運行を開始したり、防災運動会の開催をしたりと、着実にコミュニティ活動が進むようになったそうです。
こうした活動の中でも受講生たちの注目を集めたのが、コミュニティ振興指針を進める上で特定地区の住民にアンケートを実施したところ、多くの地域で90%以上という高い回収率を記録したことでした。「首都圏の場合、回収率は高くても60%ほどだろう」と、受講生たちは妙高市民の協力度の高さに驚嘆していました。アンケートの中には「進学や就職して妙高を出たら戻るつもりはない」といったような生々しい意見もあったそうですが、田原氏と共にコミュニティづくりに取り組む地域協働推進係長の丸山孝夫氏は「そうした声を真摯に受け止め、分析し、どうしたら帰って来たくなるような街にできるかを考えるための材料にすることが行政の役割であり、アンケートを通じて見えた課題の優先順位をつけて取り組んでいます」と、その意義を口にしました。
続いて登壇したのは、NPO法人はねうまネットワークの代表理事・東智隆氏です。もともと東京の企業の人事部門で働いていた東氏は、東日本大震災をきっかけに地方創生に興味を持ちます。その後、奥様の故郷である妙高市に来る度に地域の衰退を感じて「居ても立っても居られなくなり」独立を決意。妙高活性化のためにはねうまネットワークを立ち上げ、地域活性化イベントの開催、空き家や宿泊施設のコンサルティング、地域企業への経営支援、I・U・Jターンの促進などに取り組みます。さらに東氏は、人口減に直面する過疎地域で、産業の担い手を確保するためのマルチワーカーに関する労働者派遣事業を行え、かつ財政的、制度的な支援を受けられる「特定地域づくり事業協同組合」の設立を目指していることを紹介します。
「現在の妙高市では、関係人口が増えたとしても、具体的にどうやって地域に関わればいいか、どこで雇ってくれるのかといったことが可視化されていません。一方、妙高には人事機能を持たない企業や、人手不足に悩む事業者が多くありますが、十分な体力があるわけではないので、繁忙期だけ人を雇いたいというニーズがあります。両者のニーズを叶えるには、繁忙期が異なる複数の事業者を組み合わせて年間を通して安定的な雇用を生み出すことが必要です。例えば1〜3月はホテル業、4〜6月は農業、7〜9月は林業、10〜12月は酒造業といった具合です。各事業者としては繁忙期に人手を確保でき、働く側としては複数の事業者と関わることで年間を通して仕事を得られます。両者の間に立ってコーディネートするのが、特定地域づくり事業協同組合としてやっていきたいことです」(東氏)
「この仕組みは妙高に来てくれた方を単に労働力として考えるものではありません。仕事をローテーションしながら自身の興味や適正を見極め、より主体的な働き方をしていけるようなキャリアプログラムも組み込んでいく予定です。また、希望者には起業支援も行うことを考えています。ローテーションを通じて俯瞰的に地域を知ることができるのは起業志向を持つ方にとって重要な経験になるでしょう」(同)
フィールドワークの時点でこの「妙高はねうま複業協同組合(仮)」は設立前の状況だったため、ハレーションやミスマッチをどう防ぐか、組合活動のKPIをどう設定するかなどの課題は残されているとも言いましたが、東氏はこの取り組みが「地域事業者と移住者を守るためのもの」と位置づけ、推進していくことを力強く語りました。地域の課題を自分ごと化し、一念発起して拠点を妙高に移して地域に新しい風を呼び込もうとする東氏の姿勢には、多くの受講生が感銘を受けた様子でした。
地域の実情に触れた一行は、人気のアクティビティであるスノーシューツアー体験を挟み、国際自然環境アウトドア専門学校(i-nac)へ移動します。アウトドアの力を通じて自然環境の改善と人間力の向上の実現を理念とするi-nacは、日本で唯一総合的にアウトドアを学べる教育機関です。この学校では全国から集った5名の学生を交えて意見交換会を実施しました。「自然に関わる仕事がしたい」と考えて高校卒業後にi-nacに進学した学生もいれば、大学卒業後にi-nacで学び直すことを選択した学生、社会人経験を経てi-nacに来た学生など入学の背景は様々ですが、共通していたのは妙高に来て生き生きと生活している様子がうかがえることでした。ある受講生は「誰もが自ら変化を起こしてこの地に足を踏み入れていますが、全員が自分の目標に向かって歩んでいるので目が輝いていましたし、とてもハッピーに生活できていることが伝わりました。彼らにとっていい環境で学べているのだろうと感じられました」と、意見交換会の感想を語ってくれました。
地域の課題を知ると共に、地域の資産を活かした未来人材育成の場を体感した2日目は、こうして幕を閉じました
<3日目>
妙高市役所にて課題解決プランまとめ/課題解決プラン提案→道の駅見学→JR上越妙高駅にて解散
最終日は、妙高を巡った中で発見した魅力や課題を、受講生自身のスキルやノウハウ、興味関心と組み合わせて地域課題を解決するプランに昇華し、市長に提案する1日となりました。会場となる妙高市役所についた受講生たちは、3日間の感想を語り合い、時には意見を求め合いながら、「どのようなプランを誰のために行い、その中で自分は何を担い、どうやって実現していくのか」を考えていきました。
全員がアイデアを取りまとめたところで、市長へのプレゼンテーションの時間を迎えます。今回提案されたプランのタイトルは以下の通りであり、未来人材育成を核に、観光、グローバル、企業研修との親和性も示されました。
(1)「地熱をあげよう」プロジェクト♨
(2)ビジネスパーソンのイエナプラン授業参加(≠参観)による社会人の学びかた学び直しプロジェクト
(3)プラチナ構想ネットワークとのコラボ
(4)『妙高「人人人」育成』で歩む
(5)翔け、戻れ、未来人材プロジェクト フルリモート就職でUターン促進+複業
(6)インクルーシブコミュニティ妙高IX逆参勤交代プログラムプロジェクト
(7)日本にいながらグローバルが実体験できるスノー&マウンテンリゾート構想
(8)新しい教師像と共に創るコミュニティ〜未来にかけられるような共育を〜
(9)新井南小学校(先生)応援プロジェクト〜小学生の笑顔があるまちづくり〜
(10)小学生1day妙高体験ツアー
(11)企業研修型"妙高市モデル逆参勤交代"プログラム化
(12)北陸新幹線で逆参勤交代プロジェクト
事務局や市側からテーマに関するリクエストがあったわけではありませんが、プランの大半が人材をテーマにしたものだったのは、それだけ妙高市の未来人材育成への取り組みが受講生たちに強烈な印象を残したからでしょう。その中でも光行恵司さん(デンソー)が提案した(11)のプランは、首都圏企業の人材がイエナプラン教育を体験するために妙高市を訪れたり、i-nacの学生を通じてアウトドア体験をして刺激を得たり、はねうまネットワークの事業に携わったりすることで、組織におけるマネジメントのあり方を学び、同時に地域に知識やノウハウを提供しながら逆参勤交代を継続化するというもので、まさに三方良しを実現するアイデアと言えるものでした。また、入部英成さん(慶應SFC)が提案した(8)のプランは、未来人材を育成する立場に焦点を当て、与謝野晶子や岡倉天心など芸術分野の偉人が多く訪れた地である妙高のクリエイティブな魅力を言語化し、新しい教師像をモデリングするというものでした。3日間の工程の中では触れられなかったクリエイティブな魅力を通じて地域活性化を図ろうとするアイデアには、市役所の人々も膝を打つ様子を見せました。
プレゼンを聞いた妙高市の城戸陽二市長は、次のように感想を述べました。
「妙高市では"人を育てるまちづくり"を掲げていますので、皆様からのご提案は参考にさせていただけるものが多くありました。イエナプラン教育は子どもたちの可能性を伸ばすことを目指していますが、1つの学校、1つの地域だけで取り組んでいては成功は難しいとも思っています。皆さんのように東京や首都圏から来た方々の力をお借りし、東京や他地域、世界の動きを知りながら地域全体でキャリア教育ができると、子どもたちの可能性はさらに広がるでしょう」(城戸市長)
一方で、プレゼンはどれも「自分主語」で語られていたものの、あくまでも受講生たちは関係人口という立場でもあるため、自らの役割を「橋渡し役」や「調整役」と位置づけているプランも少なくありませんでした。この点に関して城戸市長は「橋渡し役や調整役で妙高の人材が育つだろうかと感じましたし、皆さん自身がプレイヤーとしてもっと妙高に関わっていただきたいと思ったのは正直なところでした」とも口にしました。
「プレイヤー」というキーワードはかねて逆参勤交代構想の中で重要視しているものです。だからこそ松田氏は常々「自分主語」で地域を見つめ、提案を行う大事さを説いてきました。ただし今回の行程においては、城戸市長だけでなく、ロッテアライリゾートの中谷氏や、はねうまネットワークの東氏も同様の言葉を口にしています。もちろん首都圏人材としては片手間で臨もうと考えているわけではありませんが、いかにして地域側とのギャップを埋め、意識をすり合わせていくかに関しては、これから逆参勤交代を展開していく上での課題となるのでしょう。これに関して松田氏は「完全に退路を断って地域に移ることは簡単ではないので、都市と地方の二刀流プレイヤーのあり方をつくることが大切になります」と話しました。また、事務局の田口真司(エコッツェリア協会)は、「受講生の皆さんは素晴らしい提案をしてくれましたので、これで終わりにするのではなく、エコッツェリア協会が妙高市と継続してつながり形にしていくことが、私たちにとっての勝負所です」と、決意を語りました。
未来人材育成という前例になかったテーマで臨んだ逆参勤交代。これまで以上に地域のソフトに焦点を当てたフィールドワークを経験した受講生たちは、一様に満足気な様子でした。それは逆参勤交代そのものにとっても同様です。上述したプレイヤー目線や地域とのギャップといったものは、この構想を加速させる材料となり得る貴重なキーワードとなるでしょう。田口は会の最後に「違うアセットを持った人々が同じ方向を向くコミュニティが一番強いコミュニティ」と話しましたが、「未来人材」といったキーワードを通じて異なるアセットを持つ人々がつながることができた今回の逆参勤交代は、将来、妙高で強固なコミュニティが生まれるきっかけとなるかもしれません。
丸の内プラチナ大学では、ビジネスパーソンを対象としたキャリア講座を提供しています。講座を通じて創造性を高め、人とつながることで、組織での再活躍のほか、起業や地域・社会貢献など、受講生の様々な可能性を広げます。