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丸の内プラチナ大学のアグリ・フードビジネスコースは、日本の食と農の現状を知り、課題解決を目指す講座です。2024年10月に開催した本コースのDAY4では、群馬県太田市において6次産業に取り組む「太田6次産業化Lab」と、同市で農業を営みながら6次産業化などを推進する木村園芸の取り組みを紹介しました。
このように群馬県太田市では、これからの日本に求められる農業のあり方を模索するプレイヤーが多くいます。そこで2025年2月、太田市の食や農業の現状に直に触れるフィールドワークを開催。農業の活性化や6次産業化の推進にはどのようなことが必要になるのか、現地をめぐりながら探っていきました。
アグリ・フードビジネスコースの講師・中村正明氏
自動車メーカーSUBARU発祥の地として知られる群馬県太田市は、同社の企業城下町として栄える群馬の中核都市です。徳川発祥の地でもあり、歴史ファンから親しまれる観光地でもあります。そしてもうひとつの顔が、県内でも有数の農業地帯というものです。日照時間が長く、水はけのよい平坦地や利根川水系の豊富な水を有していることから、ほうれん草やネギ、小玉スイカといった特産物を栽培。首都圏の食卓を支えています。
こうした地域を舞台に6次産業化に取り組んでいるのが、アグリ・フードビジネスコースの講師・中村正明氏がコーディネーターを務める太田6次産業化Lab(以下、おおた6ラボ)です。中村氏が教授を務める関東学園大学地方創生研究所が中心となり、地元生産者や加工・製造業者、流通・販売業者、自治体による官民共創のプラットフォームで、地域課題解決と活性化を目的としています。
「全国的に6次産業化への注目度は高いですが、プログラムやイベントの企画やコーディネートができる農家は稀有ですから、単独で6次産業化は難しいでしょう。だからこそ、様々なスキルやノウハウを持った組織が連携していかなければならないのですが、6次産業化がうまく進んでいる地域は必ずしも多くありません。そこで太田市では、各所がスムーズに連携を取れるようにミニチュア版のプラットフォームを構築しています」(中村氏)
2022年に設立されたおおた6ラボは、これまで様々な取り組みを実践しています。例えば、太田市において、江戸時代に関東で初めて栽培に成功したさつまいもに着目し、「大学芋風さつまいもジェラート」というさつまいものお土産の開発やフードツーリズムの開催など、地域が持つストーリーを活かしたプロジェクトを展開しています。特にフードツーリズムは東武鉄道とのコラボレーションによって実現しており、これをきっかけにさらなる連携も期待されています。
「地域の食や食文化を紐解き、磨きを掛けているおおた6ラボを通じて、太田市の食と農を見ていくことは参加者の皆さんにとってもいい機会となるでしょう。参考になりそうなもの、足りていないもの、自分だったら実現できるパートナーシップといったことについて考えながら、フィールドワークを楽しんでいただきたいと思います」(同)
左:木村園芸のブロッコリー畑を見学する参加者たち
右:ブロッコリーの収穫も体験
定刻通りに東京駅を出発した一行は、約2時間かけて太田市に到着します。最初に訪れたのは、この地に約35ヘクタールの畑と120本のビニールハウスを有し、ほうれん草や枝豆、ブロッコリー、さつまいもなど、多種多様な野菜を栽培する木村園芸です。
木村園芸を目的地のひとつにしたのは、野菜の栽培以外にも興味深い取り組みを展開しているからです。例えば木村園芸は、将来的に野菜の栽培と販売だけでなく、収穫体験やフードツーリズムなど体験や交流を核にした農園テーマパークの開園を目指しています。おおた6ラボのフードツーリズムでも、木村園芸の畑を使ってさつまいもの種付けや収穫体験を実施しています。
もうひとつの代表的な取り組みが耕作放棄地の開墾です。木村園芸が所有する35ヘクタールの畑のうち約10ヘクタールは、一度は見捨てられた畑を再開墾したものです。代表を務める木村勝和氏が所有者と交渉して放棄地を取得し、数年間かけて造成し直し、畑として再生させています。再開墾までに要する費用や天災、獣害などが起こったときのリスクも、すべて木村園芸が負担していますが、それでも耕作放棄地の開墾に取り組む理由について木村氏は次のように語りました。
「オーバーな表現かもしれませんが、国土保全が理由です。せっかく農地があるならば農地として使ってあげたいですし、土地一面に野菜が生えているのを見るのは気持ちがいいですから。それに生産者がどんどんと減っている中でこの国の農業を守りたいという思いもあります。農家の子どもに生まれたからそう感じるのかもしれませんが、それが私の役割かなと思っています」(木村氏)
木村園芸代表の木村勝和氏
ただし課題も多くあります。土の状態にもよりますが、作物を育てられるまで開墾するにはおおよそ3年ほどの時間がかかるため、それまでは開墾地から収益を得られません。畑を元気にするには堆肥の活用が重要ですが、においの発生は避けられないため、住宅街に近い場合は周囲との兼ね合いが必要となります。さらに土地を取得する上でライバルが少なくないという問題もあります。
「最近ではソーラーシェアリングが活発になっていますから、太陽光パネルの設置場所として土地を売却してしまう地主さんもいます。私は決して太陽光パネル反対派ではありませんが、畑として使いやすい場所に太陽光パネルが設置されているのを見ると、行政に主導してもらって棲み分けができないものだろうかと感じます。また、海外の方に土地を売却されるケースも一部に見られます。 勿論正当な手段で交渉した末でのことなので私が何か言える立場ではありませんが、長期的に土地がきちんと活用されてほしいという思いはあります」(同)
左:木村園芸が開墾した耕作放棄地
右:木村氏の説明を熱心に聞く参加者たち
こうした課題に向き合いながらも地道に耕作放棄地を開墾し続け、地域活性化につなげていきたいと話す木村氏の姿に、参加者たちも感銘を受けた様子でした。ある参加者は「複合的な視点から地域の未来を考え、そのひとつの重要なツールとして農業を位置づけて経営しているところが特に勉強になった」と感想を述べました。別の参加者も「木村氏の思考と行動力があれば、耕作放棄地は少なくなるという希望が持てた」と話しました。中村氏からは、「たとえば有志で少しずつ資金を出し合い、木村氏と連携してプラチナ大学受講生主体の農園づくり(仮称:丸の内プラチナファーム)に取り組むといった関わり方も考えられますよね」と提案がなされ、深く頷く参加者も見られました。
木村園芸で採れた野菜や地域の特産品を使ったキャンプ料理の数々
続いて一行は、太田市ふれあい農園へと移動して昼食をいただきます。ランチ会では、プロ級のキャンプの腕前を持つという木村氏が中心となり、木村園芸で採れた野菜や地域の特産品を使った数々のキャンプ料理を振る舞ってくれました。
ランチを楽しみながら参加者同士、地元の人々との親交を深めていきました
美味しい料理に舌鼓を打ったあとは、明治8年創業という老舗の山崎酒造へと移動します。もともとは自前の蔵で酒造りをしていた山崎酒造ですが、現在は他の酒蔵に委託醸造の形を取り、販売を中心に担っています。そうしてできた余力を活かして、「お酒を飲まない人にも楽しんでもらえる酒屋」というコンセプトの下、酒蔵を改装した私設の図書館や、ワークショップや音楽イベントも開催できるカフェを開設しています。またNPO法人を設立して地域活性化や社会貢献事業にも取り組むとともに、おおた6ラボの一員として太田市における6次産業化に関する活動にも尽力しています。今回はその現状と直面する課題を知るために訪れました。
左:山崎酒造代表取締役の山崎俊之氏
右:NPO法人msk.Dreamの代表を務める山崎久美子氏
出迎えてくれたのは、代表取締役の山崎俊之氏と、その妻で社会貢献事業などを担うNPO法人msk.Dreamの代表を務める山崎久美子氏です。山崎酒造が委託醸造を開始した後に改装した酒蔵を、中村氏が関東学園大学の学生たちとともに見学に訪れたことから両者の関係は始まりました。その出会いをきっかけにおおた6ラボに参加した山崎酒造は、ラボで開発した「大学芋風さつまいもジェラート」の販売元を担ったり、フードツーリズムに携わったりと活動の幅を広げています。そんな山崎酒造について中村氏は「地域商社のような役割を担っていただいている」と評します。
「6次産業化は地域商社の機能を有したプラットフォームの構築が重要となりますが、その役割を担えるプレイヤーを見つけることは簡単ではありません。おおた6ラボの場合、酒造会社として販売、マーケティング、プロモーションなどのノウハウとコネクションを持つ山崎酒造さんがその機能を担ってくれているおかげで回せています。その他にも、東武鉄道とコラボしたフードツーリズムに関しても山崎酒造さんに関わっていただいています。農家さんではこうした役割をこなすことは難しいでしょう」(中村氏)
一方で課題もあります。本業との兼ね合いと人手不足です。6次産業化への取り組みを担当する久美子氏は次のように話します。
「おおた6ラボを通じて様々な取り組みに関わることができていますが、本業の繁忙期と重なってしまうと、どうしても対応が後手になってしまうことがあります。かといって、それを理由に6次産業化の取り組みが疎かになってしまうのは本意ではありません。私が代表を務めるNPO法人に商社機能を持たせていくことも考えてはいますが、収益事業を展開するならば法人税を払わなくてはなりませんから、すぐにその体制を整えることも難しい。このままではおおた6ラボの動きも停滞してしまいますから、人手不足は喫緊の課題だと思っています」(山崎久美子氏)
こうした悩みに対して、普段から大企業で働いたり、組織を運営して地域活性化に取り組んだりする参加者たちからは、様々な共感の声や意見が寄せられます。自身もNPOを運営するある参加者は「地域を活性化し、地域をつなぐ活動に重きを置くのか、収益事業にシフトするのかという悩みは私も経験していますし、常に意識しているところです。いずれにしても山崎酒造さんのように拠点があることは非常に重要です。場所があるから人が集まってくるし、コミュニティが作っていけるので、この場はこれからも大切にしていただきたいと思います」と、山崎酒造の独自性を称賛しました。
また、別の参加者は、「今日のランチ会では地元の主婦の方々が料理を作ってくれましたが、彼女たちのように元気でコミュニティを楽しむ方々の協力を得ることができれば、リソース不足の解消になるのではないでしょうか」と提案しました。これに対して久美子氏は、「実際に彼女たちとはお互いにやりたいことを語り合っていて、今後なにかできないかと可能性を感じています。一歩踏み出したいと考えている人は確実に地域にいるので、そうした人とのつながりを大事にしていきたい」と、地域が持つポテンシャルを口にしました。
議論は大いに盛り上がりを見せ、フードプラットフォームに必要なものや、地域が抱える課題を浮き彫りにすることができました。酒蔵を改装してオープンした「24節喜Café」でディスカッショ
すべてのプログラムを終えて東京に戻る車中で、中村氏は次のように述べてフィールドワークを締めくくりました。
「今日見てきたように、太田市では熱意を持った人々が精力的に活動する一方で、人材不足は大きな課題となっています。特に専門知識を持った人々とどのようにつながりを持ち、地域商社機能の維持と発展をなし得るかは重要なテーマとなっています。そこで、皆さんのように多様な経験やスキルを持つ人々に関わってもらいながらアイデアやご意見をいただき、様々なチャレンジをしていけたらと思います」(中村氏)
この日のフィールドワークが太田市、そして日本の食と農の活性化につながることを期待したいと思います。
丸の内プラチナ大学では、ビジネスパーソンを対象としたキャリア講座を提供しています。講座を通じて創造性を高め、人とつながることで、組織での再活躍のほか、起業や地域・社会貢献など、受講生の様々な可能性を広げます。
2025年6月27日(金)~29日(日)
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