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各分野をリードする東京大学先端科学技術研究センター(以下、東大先端研)の研究者たちと、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアで社会課題の解決に取り組むエコッツェリア協会がコラボレーションする「東大先端研研究者×ECOZZERIA 未来共創プログラム」が9月2日、3×3Lab Futureで行われました。
第4回目のテーマは、「企業イノベーション×地域共創リビングラボ」。東京大学先端科学技術研究センター准教授の近藤早映氏に地域共創リビングラボの現状についてお話いただき、基調講演では、再生可能エネルギー研究の第一人者で東京大学先端科学技術研究センター所長の杉山正和氏に東大先端研が目指す未来の社会像について、株式会社REWIRED 代表取締役・一般社団法人Future Center Alliance Japan 理事の仙石太郎氏には企業と地域の連携のポイントについてお話いただきました。
過去のプログラムでは、STEAM教育、アートとまちづくり、グローバル社会の実情などの視点からこれからの社会を考えてきましたが、今回はどのような可能性が広がるのでしょうか。
まず、東京大学先端科学技術研究センター准教授の近藤早映氏による地域共創リビングラボの取り組み紹介です。
2006年から地域連携を行う東大先端研。石川県からの職員派遣が実現したのをきっかけに、2年ごとに新たな職員が派遣され、2011年までの6年間で大学運営や組織の基盤を作ってきました。学問の世界に行政の感覚やビジネス感覚が持ち込まれ、今では海外を含む全国32件の地域と包括連携協定を結んでいます。複数の分野で連携したいという自治体の声により、課題解決をリードするための組織として2018年に地域共創リビングラボを立ち上げました。
東大先端研の特徴は複数分野への横展開ができる点です。研究者のシーズと自治体のニーズを対話によって発掘・共創し、共創をマルチレイヤー化させ、社会へのアウトリーチを図ります。この流れが「共創のアプローチ」を生み出し、循環します。コロナ禍でコミュニケーションが停滞した時期もありましたが、2021年には自治体の高校との地域探求学習プログラムを行うなど模索を続けました。新たな交流がうまれる一方で、マンパワー不足や包括連携協定後の進捗に対する温度差などの問題も見えてきました。
「課題を捉え、共創の循環を支えることが役割と認識し、新しい体制をつくることができました。これからは、協定を結んだ先とどのようなことができるかを考え、地域と研究者を繋ぐハブとしての役割強化を行います」(近藤氏)
続いて東京大学先端科学技術研究センター所長の杉山正和氏による講演です。太陽光発電をはじめ、風力・水素・CO2大量資源化システムの開発など広く再生可能エネルギー研究の第一人者として活躍されている杉山氏。「持続可能な地球を作るためには人間中心の視点から別の価値観を作ることが必要」との意見を述べました。
2020年に政府が宣言したカーボンニュートラル。2050年までに二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量から植物などの吸収量を差し引いてゼロにすることが目標です。人類は18世紀の産業革命以降、石炭から石油、天然ガスと利便性を求めて資源を大量に消費しました。再生可能エネルギーへ移行するにも土地が必要で構築にも工数がかかります。
「人は資源の大量消費を含めて大きな力を持ってしまいました。これからは人間も自然の一部として共存する必要があり、視座の転換が必要です。」(杉山氏)
カーボンニュートラルにより、エネルギーの在り方が変わるかもしれないという杉山氏。化石燃料主体の現在は中央にエネルギーが集まりますが、今後は再生可能エネルギーが生まれる地方がエネルギーをもつ可能性があると話しました。
東大先端研は、時代を先読みして見出した課題を異分野の研究者と協力して解決してきた歴史を有しています。「築いた文化・歴史の上に先端を追いかける姿勢は地域でも必要ではないか」と杉山氏。現在の東大先端研と地域の取り組みとして、長崎県壱岐市におけるフグの陸上養殖に再生可能エネルギーとその副産物を無駄なく利用する例を挙げました。太陽光発電の余剰電力で水素を製造し、その過程で生じる酸素を池に送ることでフグに必要な空気を補います。また、発電時の水電解や燃料電池運用による排熱を水槽の加熱に使い、成長しやすい環境を整えています。
地域に出ようと取り組む東大先端研は他にも様々な取り組みを実施し、2024年の「高野山会議」では科学技術・アートデザイン・宗教をテーマに対話を、また、地域共創リビングラボでは物産展「連携協定自治体マルシェ」を開催しました。
「地域には様々なエネルギーの組み合わせが転がっています。新しいパラダイムを自分でつくることができるかもしれません」(杉山氏)
地域固有の課題に対して楽しみながら共創を行いたいと杉山氏。異文化融合による先端の創造は地域の現場でこそ起こるとし、これからも繋がりを作りたいと話しました。
続いて、株式会社REWIRED 代表取締役・一般社団法人知識プリンシプルコンソーシアム共同代表・ 一般社団法人Japan Innovation Network理事の仙石太郎氏が登壇し、日本のナレッジワーカーの行動原理と、知識創造の面から企業でイノベーションを起こす方法を講演しました。
IMD「世界競争力年鑑」によると、日本の総合順位はおよそ世界30位で、低い位置のまま20年以上変わらないが、何が問題になっているかと言うと、企業の俊敏性(63位)・起業家精神(63位)など、イノベーション組織に求められている最も重要な要素が欠けている。再生のカギを握るのは、日本企業からすっかり姿を消してしまった「ダイナモ(=発電機)」人材であり、彼らをエンパワーすることが今後の鍵を握ると語りました。
「仕事の効率性や正確性、真面目な勤務態度といった日本企業の持つ古い強みだけでは、これからの時代に太刀打ちできません。経営状況の複雑化に伴って、何をするにもトップの承認が必要になり、結果、何もしない管理職やリーダーが蔓延ってしまったこともイノベーションが起こらない理由かもしれません。事実に基づく客観性を持ち合わせながら、自らのWillに忠実に、志を貫く姿勢は大事です」(仙石氏)
仙石氏によると、組織には目的を持ち、自律的・精力的に働く「ダイナモ」、社内を遊覧する処世術を身に付け、要領よく立ち回る「クルーザー」、組織や業務に適応できない「ルーザー」の3タイプの人材が存在します。企業のうち15%ほどがダイナモ、60%がクルーザー、25%がルーザーです。知識経済では自律自導で知の創出を最大化することが求められますが、この要素を備えた組織は全体の25%前後しかなく、実際に実践度が高い組織は10~15%程度です。(知識プリンシプルコンソーシアム調べ)
今後はダイナモ人材のもつ、目的に尖る、巻き込む力などの行動様式と、論理思考や相手に寄り添い何を望むのかを考えるデザイン思考・何を成すためにここにいるのかを考えて実行するコンセプト思考などの思考様式が必要だと話されました。 未来のリーダーに必要なのは「存在しないものを見せる構想力、すなわち妄想を生む想像力と実行に移す力です」。電気の力で暗闇のなかでも人々が不便なく生活できる社会を作った125年前のエジソンから、新興国の飢餓と先進国の飽食が同居している歪みを正そうと動きだしたユニリーバのフードシステム改革、会社のために頑張る人ではなく、社会を変えるため意欲的な人材を役員に登用するネスレの取り組みなどを紹介していただきました。
「これからはどうリスクを取るかを考えた経営が必要です。リーダーシップとは社会問題の解決に向けて人を動かし、実践し、人々が変革を乗り切れるようにサポートすることです」(仙石氏)
最後に、デンマークのイノベーションビジネススクールの一つであるKAOSPILOTが提唱する「リーダーシップの半分は自分に向けるもの。残りの25%を上司に、20%を同僚に、5%を部下のリードのために使いなさい」という変革期のリーダーシップの言葉を取り上げました。これからのリーダーシップは身の回りだけでなく、社会に対しても発揮するべきという仙石氏。企業がイノベーションを起こすために必要な要素を語りました。
続いて3名が再度登壇し、パネルディスカッションが行われました。司会を務めるのはエコッツェリア協会の田口です。
田口:大量生産・大量消費の成功体験を引きずってしまうのは学術機関・地域社会にも通じるところがあると思います。
杉山氏:かつては高度成長を支える人材を育てるのが日本の教育の大きなゴールでした。状況の変化を人材育成の場にどのように還元するかは大学にいる人間として大きな課題。悲観論に陥らずに新たな方向性を考えたいです。
近藤氏:仙石さんから、社内を遊覧する処世術を身に付け要領よく立ち回るクルーザー人材のお話がありました。現在はクルーザー人材がマジョリティだとしても、変われると信じています。変わるためには、どんなことをすると良いでしょうか。
仙石氏:この20~30年は「何もするな」という話が上層部からおりてきました。お金は使わないと減らないけど、使わない(投資をする)と増えません。使った責任(レスポンシビリティ)に基づいて、説明責任(アカウンタビリティ)を堂々と語れるようにするとよいのではと思います。
田口:地域と絡んで何かをしようという企業がまだ少ないと思いますが、地域連携という点でのお考えは。
仙石氏:産官学で見た場合、ヨーロッパの市民は生活者でありながら、立派な一人の研究者であることを自覚しています。だから政策形成も早いです。こうした点を見習って、市民をもっと巻き込むのが良いのではないでしょうか。スウェーデンのように、離島にAEDを積んだドローンを飛ばす、緊急車両を誘導するなどの特例を実験することで、緊急時の備えや蓄えができると思います。
また、問題解決に新しい技術や発想を使うためにも、フィールドワークが重要ですね。
近藤氏:地域には地域の価値観やスピード感があることも考えていく必要があると思います。
田口:本日、再生可能エネルギーの話がありました。必要性を感じない人はほぼいないと思いますが、実際に地元が盛り上がるかというと必ずしもそうではないこともあります。
杉山氏:どこまで自分事で語れるのかが非常に重要です。例えば、風力発電だと、いくら身近な環境を提供して得たエネルギーであっても大きな電力系統の中に入ると自分事としての感覚が薄れてしまいます。法律を遵守する人の集団から、顔が見える地域のなかで、協調して働けるような社会をつくっていくことが重要だと思います。
地域と企業との共創を図る上では、未来に向かって意思を持ち、既存の枠組みから一歩を踏み出すことが必要です。各々の立場を理解し、地域の資源を活かしつつ新しい組み合わせを楽しむことも必要ではないでしょうか。「東大先端研研究者×ECOZZERIA 未来共創プログラム」。今後はどのような視点で未来が語られるのか、期待が膨らみます。