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【レポート】ベンチャー企業・株式会社アビーの30年奮闘記とこれからつくりたい未来とは

特別イベント「平成の30年を振り返り、これからの未来を考える夕べ」 第2回 2019年3月14日(木)開催

9,12

エコッツェリア協会と中小機構TIP*Sの連携イベント「平成の30年を振り返り、これからの未来を考える夕べ」は、"平成元年"に縁のあるゲストをお招きし、激動の平成30年の歩みを振り返りながら、参加者とともに今を感じ、これからの未来を考える対話の場。第2回のゲストは、『CAS(セル・アライブ・システム)』と呼ばれる革命的な冷凍・凍結技術を開発した平成元年設立のベンチャー、株式会社アビーの代表取締役社長・大和田哲男さんです。

CASは、急速冷凍と組み合わせ、7つの磁場を使用することで、解凍しても細胞を壊さず、旨味や水分が抜け出してしまう「ドリップ」の出ない冷凍方法。「冷凍した食材はまずい」という常識を覆し、香り・食感はそのまま。まさに『採れたまま』の状態で普通解凍により復元できるため、プロの料理人にも高く評価され、店舗・厨房など生産の現場では広く知られ導入が進んでいます。
鮮度を落とすことなく5年以上の長期保存も可能なハーモニック保管庫の導入により、限られた地域でしか食べられなかった食材が、品質の劣化を防いだままより広域への流通を可能とするなど、地方の豊かさにも貢献する「食の流通革命」をもたらす技術でもあります。この冷凍技術は、医療分野で応用され、他分野での利用も検討されています。

大和田社長は、現在75歳。製菓・製パンの機械を作る父親の会社から独立して会社を立ち上げたのは45歳のときのこと。大和田社長は、いかにして革新的な技術をなぜ開発できたのでしょうか?そして、この世にない技術を広めていくためにどのような苦労を重ねてきたのでしょうか?画期的な技術の利用シーンや用途を見つけ出し、これまで幅広く事業展開を進めてきた大和田社長にお話を伺いました。

イベント冒頭では、平成の30年を振り返るべく、エコッツェリア協会の専務理事を務める村上孝憲が、「丸の内の30年間」と題したまちづくりの変遷を追うプレゼンテーションを実施。その後、ゲストの大和田社長が登壇しました。

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今日の完成は、明日の未完成

今日の完成は、明日の未完成

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「冷凍」にもかかわらず「生」を超える鮮度と美味しさを追求──。アビーが生み出した「CAS」という画期的な技術に国の内外から大きな注目が集まっています。この技術を生み出した大和田氏のモットーは、「今日の完成は、明日の未完成」。過去の成果や成功に囚われることを戒める意味を持つその言葉を胸に、大和田氏は現在も独自技術の開発に余念がありません。その大和田氏がCASを開発したきっかけは、50年近く前に遡ると言います。講演は、開発の経緯を辿ることからスタートしました。

「私は1966年に製菓・製パンの機械を作る大和田製作所に入社しました。大和田製作所での仕事を通じて食品業界に携わった私は、機械を作っている職人や技術者、そして設計者が『食材』について全く勉強していないことに気づきました。私が働いていた会社がたまたまそうだっただけかと思い、大手企業の技術者から話を聞くと、どの企業の技術者も全くと言って良いほど食品素材に興味を持っていない事実に直面し、『素材を知らずに、優れた機械や装置が開発できるはずがない』と驚きを禁じ得ませんでした。そこで私は社長に『食品素材について勉強したい』とお願いしました。社長から『君は営業と開発をしているのだから月締めはしっかりとやらなければならない。月締めを守れば勉強してもよい。』と言われ大手食品メーカーの開発室の門を叩きました」

現在では世界的な食素材加工メーカーへ成長した株式会社不二製油の丸山一郎氏が大和田氏の要請を快く受け入れてくれました。

「午前中だけ勉強させてください、という自分勝手なお願いだったにもかかわらず、当時の丸山開発部長が、『面白い坊やだね。ぜひ一緒に素材の勉強をしましょう』とあたたかく引き受けてくれたんです。同社の西村社長にもご快諾いただけたことが、その後のアビーの起業につながりました。今でも感謝しています」

大和田氏と不二製油は共同研究をスタートさせ、平成元年に、当時画期的とされた『生クリームを使ったケーキの凍結装置』の開発に成功します。生クリームのケーキを1年以上保存できる技術に自信を持っていた大和田氏は、フランスの国立料理学校に装置を輸出。ところが、現地の料理人のMOF技術者から「お菓子には素晴らしい技術だが料理の素材には使えない。料理の素材ごとに生きるための技術開発をしないか」と言われたそう。「その声を受けて、私の職人魂に火が灯りました。だったら、実現してみせようと。できないと言われたらできるようにしたくなる性分なんです」と大和田氏。

「そこで、肉や魚、チーズや果物などの生鮮食品も鮮度を損なわず保存できる冷凍装置を作ろうと一念発起。独立して、アビーの前身となる会社を設立し、開発を進めていきました。会社を立ち上げたというと聞こえはいいのですが、何を隠そう、自宅が事務所でした(笑)」

それから約10年後の平成10年、アビーは画期的な『CAS装置』の開発に成功します。一般的な急速冷却装置は、食品内の水分を先に凍らせる結果として細胞組織が破壊され、解凍時にドリップとともに美味しさが失われてしまいます。一方、急速冷凍装置に組み込むCAS装置は、「過冷却」と呼ぶ状態を生み出すことで、冷凍中の細胞組織が破壊されるのを防ぎます。過冷却とは、水などが液体から固体に変わる温度になっても液体状態を保つ現象のこと。この過冷却を生み出すために、電磁波など複数組み合わせた機能で細胞内の水分子に揺らぎを与えて過冷却状態を実現しつつ、庫内の温度を下げた後、瞬時に凍結させて氷結晶の成長を抑えるという仕組みです。「食品は脂肪や糖度の多寡によって凍る温度が異なってきますが、CASは素材に合わせて温度や冷却速度を微調整できますし、既存の冷凍装置に後付けでCAS機能を組み込むことも可能にしました」と大和田氏は胸を張ります。

このCAS機能を使えば加工食品だけでなく鮮魚、鮮肉、チーズ、麺類、米などといった天然素材を、鮮度や食感を損なわずに長期保存が可能となり、日本全域で取れた食材を、鮮度を維持したまま海外にも輸送できます。食品を実際に扱う人たちにとって『夢の技術』とも言えるCASの登場に、漁業や貿易関係者、高級料理店などがすぐに反応。現在では全国の食品メーカーや百貨店、スーパーなどでの導入が進んでいることはもちろん、海外から熱視線が注がれ、多くの国で利用されています。農業用、漁業用、酪農用、畜産用、料理用など、各性能に合った機械の開発に成功した。
CAS開発成功のポイントとして、大和田氏は「出会いを大切にしたこと」「常に顧客の笑顔を思い浮かべたこと」を挙げました。

「私の人生は、すごくハッピーな出会いに恵まれました。不二製油さんとの出会いもそうですが、不二製油さんと生クリームの製造技術を開発した後、それが契機となっていろいろな方が『大和田に会いたい』と言ってくださり、その一つひとつの出会いを大切にしてきたつもりです。医学の先生方と接点を持つことができたのもそのおかげで、その出会いが宝になり、後でお話しする医療分野への応用につながりました。また、父からは常々、『職人はお客様の笑顔を思い浮かべてモノを作るものだ』と教えられてきましたから、それを肝に銘じて実践し続けてきたことも功を奏したと思っています」

CASは『冷凍は絶対に使わない』ことをモットーとする和食の料理人の先生方からも絶賛され、「冷凍は認めないけど、CASは認める。こんなすごいものをよく造られましたね、と言っていただけました」と大和田氏。その言葉を聞き、大和田氏は「涙が出るほどうれしかったことを覚えています」と述懐します。

様々な分野への応用とグローバル展開

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食品業界に革命をもたらしたCASは現在、多くの分野への応用が進んでいます。大和田社長の話は、他分野展開とグローバル展開に移ります。

「現在、応用が期待されている分野のひとつに、医療分野があります。私たちは人間のiPS細胞から作った幹細胞を凍結保存する技術を開発しています。ほかに、移植用臓器や抜歯した親知らずを凍結して本人に戻す『歯の銀行』などの取り組みにおいても当社の技術に期待が寄せられております。東大や京大をはじめ、32の大学、研究機関と医学分野で共同研究を立ち上げています。それらの研究が花開き、医療分野で日本が国際競争力を高めることができれば、それに勝る喜びはありませんね」

この医療分野での研究成果は現在、『食品の備蓄』という技術に進化を遂げつつあると言います。長時間冷凍しても品質を損なわないため、離島など物流面で条件的に不利だった地域で水揚げされた海産物が大都市圏への出荷が可能になったケースを紹介し、「鮮度を損なわずに世界中に食材を届けることができるようになれば、日本の農産品や水産物が世界のマーケットに打って出ることができるはずです」と大和田社長は語気を強めます。

物流ネットワークの整備が進んでいない発展途上国などでもCASは注目されており、東南アジアやアフリカ、中近東などの政府機関や企業の関係者が相次いでアビーを訪問。例えば、豊富な海産資源の輸出活用を目指すインドネシア政府は、鮮度を維持したまま食材を長期保存できるCAS技術の利用を検討していると言います。
CASは、科学技術大賞を筆頭に多くの表彰に輝くとともに、2008年にはアメリカの一流経済誌のForbesでも取り上げられ、「私は1920年代の急速凍結の発明者と比較され、『ミスター・フリーズ』と紹介されました」と大和田社長は目を細めます。
アビーと冷凍技術の歩みは順風満帆に見えますが、開発当初、国内の有識者の中には技術の信頼性や信ぴょう性に疑問を呈する人も少なくなかったと言います。そのことについて、「日本では、『出る杭』は打たれるんです」と大和田社長は振り返ります。

「率直に言って、当時はCASの技術に理論的な裏付けはありませんでした。そうしたこともあり、特に冷凍における磁場の応用という点に関して、『アビーの技術はインチキだ』と某学者からの誹謗中傷の対象になったんです。その当時、当社の年間売上高は10億円程度ですが、そのときの風評被害の影響で、売上が1億円を割り込みました。今はアビーの研究室を大学内に作り、研究者が技術の裏付けを行いようやく論文発表を行えるまでになっています。」

このとき、救いの手を差し伸べてくれたのは、共同研究を進めていた全国の医学の先生方でした。

「『このままではアビーという有望な会社とその技術が消えてなくなる』という危機感を共有していただいたのか、私たちの技術の確かさを証明する論文を相次いで発表してくれたんです。その結果、当社の業績は持ち直しました。それも、一つひとつの出会いを大切にしてきたからこそだと感謝しています」

宇宙開拓時代に不可欠な技術へ

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大和田社長の講演はいよいよ佳境を迎え、話は未来へ向かいます。大和田氏は「大きな夢がいくつもあります。ひとつは、当社の技術を使って日本の一次産業を立て直すことです」と話します。

「現在、世界人口は約73億人ですが、そう遠くない将来に、100億人を突破するはずです。そこで懸念されるのは、食糧問題や環境問題です。その解決に貢献できる国こそ、日本です。というのは、日本では少子高齢化が進み、地方を中心に過疎地や限界集落と呼ばれるエリアがどんどん増えています。裏を返せば、それは休耕地や休耕田も増えていることを意味します。その日本の休耕地や休耕田をフル回転させることによって、世界中の人に食料を供給することができるはずです。いや、しなければなりません。日本は世界の農業、漁業の輸出国でなければなりません」

大和田氏の考えは次のようなものです。生産された食物をCASで保存して海外に輸出するだけでなく、豊作時の余剰産品をCASで専用保管庫に「備蓄」し、不作時にそれを放出することによって、日本を含む世界中の消費者に対して食料を安定供給していく──。「この取り組みによる新たな産業振興を実現し、日本の一次産業を活性化させたい」と大和田氏は力を込めます。

「現在、日本の一次産業従事者の平均年収は約350万円。絶望的な状況で、これでは地域の農業、漁業、酪農、畜産の担い手が集まるはずがありません。そうした状況の中で、私たちは、限界集落や離島などでも若者たちのIターン、Uターンを促す提案を展開しています。また、障がい者や高齢者でも働くことができる職場作りにつながるような装置開発も手がけています」

実際、和歌山県にある障がい者福祉施設『コスモス作業所』では、CAS急速凍結装置を使った食材の加工作業が行なわれています。作業を担当するのは、もちろん障がい者の子どもたちです。

「コスモス作業所では、子どもたちが食材に下ごしらえを施し、CASで保存しています。その加工食材を全国の料理店が購入してくれています。どの店も『同情』で購入してくれているわけではなく、『美味しいから』『欲しいから』買ってくれています。なぜだかわかりますか?少子化の影響で、プロの料理人や板前さんを志す若者が減り、下ごしらえを担う人材の確保が難しくなっているためです。コスモス作業所の子どもたちは、その辛くて厳しい作業を嫌な顔ひとつせず引き受けてくれますし、加工食材も適正価格で販売されますから、なんと給料が今では8万~9万円とれるようになりました。ここに新しい『経済』が誕生しています」

そして、大和田氏はコスモス作業所の先生から受け取った感謝の手紙を紹介。「ここに書いてある一文を見て、私は1時間近くも涙を流してしまいました」と大和田氏。

「手紙には、障がいを持つ子どもが綴った『給料をたくさんもらったら、お母さんを楽にしてあげたい』という一文が記されていました。障がいに苦しんでいる子どもたちでも、ちゃんと親のことを考えているんです。日本全国には、こういう子どもたちがたくさんいます。彼らが気持ちよく働けてたくさん稼ぐことができるような環境を整備することによって障がい者の社会復帰を支援するとともに、壊滅寸前の日本の一次作業を復興するお手伝いができるはずだと信じています」

大和田氏の構想は、さらに飛躍します。
「地球の人口は永遠に増え続けることはできません。資源も限られていることから、このままのペースで人口増が続けば、いずれ人類は別の星に移住しなければならないでしょう。仮に人類が『第二の地球』を目指すようになったとき、アビーの技術で貢献したいと思っています。具体的には、ヒトの受精卵と大量の食糧をCASで凍結・保管して宇宙船に搭載し、『第二の地球』に到着したら解凍する。生まれてくる子どもには、ヒトとしての両親は存在しませんが、彼ら彼女たちをお世話するのは、未来の父や母になるAIロボットたちです。今から30年前にこういう話をしたら一笑に付されていたに違いありませんが、ようやく、このような夢を語れるところまで来ました。私たちの技術はこれからもさまざまな用途開発が行われるはずですし、CAS自体も技術革新によってどんどん進化していきます。日本と世界の発展にCASの技術が貢献する。それが私の夢であり喜びです。これからも『今日の完成は明日の未完成』をモットーに邁進していきたいですね」

展開される壮大な話に、参加者は圧倒されている様子でした。そして大和田氏の講演は、次のようなポジティブなメッセージで締めくくられました。
「先ほどもお話ししたように、日本には『出る杭は打たれる』という言葉があり、実際に、CASという『出る杭』は打たれました。旧世代の人間は『出過ぎるようなまねはするな』と言いますが、これから社会を引っ張っていく皆さんは、ぜひ『出過ぎる人材』になっていただきたい。一時期、CASは日本で叩かれましたが、世界がその価値を認めてくれました。現在はグローバル時代ですから、むしろ『出過ぎる人材』として突出するべきです。当社はこれからも技術開発を続けていきます。お互いにがんばることで、輝ける未来をともに作っていきましょう」

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講演終了後、参加者と大和田氏との間で質疑応答や意見交換が行われ、実りある対話の場となりました。参加者からは「①そもそもなぜ生クリームを凍らせようと思ったのか。技術を追求し続けられる秘訣は何か」「宇宙ビジネスの構想に衝撃を受けた。発想の源は何か」「③地域再生や社会貢献に積極的なのはなぜか」など矢継ぎ早に質問が浴びせられ、「①私一人の力ではなく、不二製油さんの協力があってできたことです。秘訣は、『できないのは当たり前と開き直りつつ、とにかくやってみること』。やりもしないうちから『できない』と言い訳することが嫌いで、その積み重ねでここまで来ました」「②宇宙飛行士やこれから宇宙を目指す人たちに、『美味しいお鮨を食べさせてあげたいな』とふと思ったことがきっかけ。現時点では宇宙では生食は無理ですが、技術革新でなんとか実現したいと思っています」「③父の甥っ子が福島の実家を手放したときに、『俺には帰るところがなくなったよ』と寂しげな様子で漏らしたことが記憶に残っていて、それが原体験となって、田舎を元気にしたいと思うようになりました。都市部だけ元気でも日本はやっていけません。地方が元気だからこそ日本の活力は高まります。『故郷をつぶしてはならない』という一心でがんばっています」と回答、イベントは盛況のうちに終了しました。

その後、大和田氏を囲んだ懇親会が行なわれ、リラックスした雰囲気の中、参加者はそれぞれに対話や食事を楽しみました。今日の完成は明日の未完成──時代が移り変わろうとも、一人ひとりの人間の弛まぬ努力と切磋琢磨だけが世の中を前進させる――大和田氏の姿勢からはそのような強いメッセージが伝わり、参加者はそれぞれ、新しい時代を生きていくためのヒントやブレない指針を得たようでした。エコッツェリア協会と中小機構TIP*Sの連携イベント「平成の30年を振り返り、これからの未来を考える夕べ」の今後の展開にご期待ください。

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