シリーズコラム

【コラム】持続可能な社会の実現のために、金融ができること[第1回]

インタビュー:竹ケ原 啓介氏
(日本政策投資銀行 環境・CSR部長)

日本政策投資銀行 環境・CSR部長の竹ケ原啓介さん

2011年10月、国連環境計画金融イニシアティブ特別顧問の末吉竹次郎氏を発起人とする環境金融行動原則起草委員により、「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則(21世紀金融行動原則)が採択された。
この原則は、持続可能な社会に対して、また企業のCSR、CSV活動に対して、金融業界が果たすべき役割について示したものだという。
当委員会のメンバー・21世紀金融行動原則 預貸・リースWG座長でもあり、日本政策投資銀行において環境・CSR部長として、環境格付などを手掛けてきた竹ケ原啓介さんにお話をうかがった。

「21世紀金融行動原則」を発案した理由

―竹ケ原さんは、「21世紀金融行動原則」起草委員のメンバーのお一人でしたが、これはどういった経緯でつくられたものなのでしょうか?

そもそもは、環境省の中央環境審議会の下にあった「環境と金融に関する専門委員会」において、環境対策に金融を活用できないか、という狙いからスタートしました。というのも、いくら企業が環境に対していい取り組みをしていても、お金を動かす金融側が価値を見出さなければ、事業として継続できないからです。

環境対応の取り組みは先行投資の色彩が強く、見かけ上の収益は下がることが多い。このために株価が下がったり、銀行からの借り入れレートが上がったりするようでは、企業も二の足を踏んでしまいます。委員会で議論を重ねた結果、金融の意識を変えるには、金融機関の自らの発意として何らかの原則を打ち立てる必要があるだろうということになり、できあがったのが「21世紀金融行動原則」というわけです。

―これまで、企業の環境への取り組み対して、金融の意識は低かったということでしょうか?

残念ながらそうですね。多くの企業は、さまざまなステークホルダーからの要請に応えるなかで、生産性を上げ資源効率性を上げ、CO2の排出を減らすといった地道な取り組みをして競争力を高めてきた。さらに、その延長線上で、環境保全や生物多様性といった先進的な取り組みをしています。それに比べて、金融業界は周回遅れと言わざるを得ません。

1990年代後半には、金融界でも環境対応を横断的に議論しようという自発的な取り組みは行われてきましたが、当時は企業価値に結びつけるよりも環境リスクを如何に回避するかという考えが中心でした。たとえば「土壌汚染リスクが担保物件に与える影響や信用リスク」といった、環境要因がマイナスに働くような事例についての検討が行われていたのです。ましてや「環境でこそ儲ける」などという発想はまるでありませんでした。その後CO2の排出権取引が具体化するなかで、ようやく潮目が変わってきたといえます。

ちなみに私自身は、1990年代の初めにドイツでの赴任を経験し、フィードインタリフ(FIT:再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度)や拡大生産者責任という枠組みの胎動を知り大いに影響を受けました。枠組みが整うとさまざまなプロジェクトのキャッシュフローが安定し、ファイナンスがつき、いい流れが生まれる。まさに、金融が環境に果たす役割について目の当たりにしたのです。

もちろん欧州などに比べると、日本の取り組みは後発ではありますが「21世紀金融行動原則」がつくられたことで、ようやく「環境金融」の緒に就くことができました。

持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則(21世紀金融行動原則)

モノの価値を見極める目利きだからこそできることがある

―具体的に、金融機関は環境に対して何ができるのでしょうか?

そもそも金融の本質とは、投資家や預金者の資金を、お金を必要とする人に渡す仲介機能にあります。この機能を担う金融機関には、投資や融資の適否を見定める目を持っていること、つまりモノの価値を正確に判定できる能力があることが期待されているわけです。

ご存知のように、本来そのモノが持っている価値と実際のマーケットでつけられる価格は違います。100円のモノをいかに120円で売るか、というのがビジネスの源泉です。そうしたなかで金融機関のスキルは、120円で売られているモノの価値が、本当は100円なのか、110円なのか、80円なのかということを見抜くことにある。100円の価値のモノが80円で売りに出されたら、すぐに買って、100円に戻った時点で売り、20円の鞘を抜きます。いうなれば、価値が正しく判断できるからこそ、資金運用が成り立つわけです。

Takegahara_01.jpgそういう金融機関の目利きが、環境に配慮している企業というのは潜在的に成長率が高く、リスクに対しても目配せが効くため潰れにくいということを知れば、環境経営は大きく成長するでしょう。彼らが、その会社の環境への取り組みといった「非財務価値」を正当に判断し、積極的に投資をするようになれば、放っておいても世界中の投資家が注目し、資金が流れるようになりますからね。いいことをやっている企業の株価は自動的に上がるし、銀行からの借り入れレートも下がる。これが、私たちが目指す究極のゴールです。

しかし現実には、非財務情報の価値判断というのは非常に難しい。CSRレポートを熟読している証券アナリストもほとんどいないでしょう。その現状を正していくために、まずはイニシアティブを示したということです。

もっとも、国際的にはすでに同様のものがあって、代表的なものとして国連環境計画(UNEP)の金融イニシアティブ(FI)があります。日本の金融機関でも、大手の多くはFIに署名しています。ただ、言葉の壁もありますし、地銀や地域の信用金庫など地域に密着した金融機関も含めた活動にしたいという思いから、今回、日本発のイニシアティブを呈示することにしたのです。

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地域の金融機関に向けた実践的な取り組み

地域の金融機関に向けた実践的な取り組み

―「21世紀金融行動原則」の特徴は?

先述したように、今回のイニシアティブには、大手金融機関だけでなく、地域に密着した小さな金融機関や生保、損保、リース会社など、さまざまな金融機関が署名しています。一口に金融機関といっても、業態も中身も、環境への捉え方もさまざま。そういう多様な金融機関が集まって、一つのプラットフォームをつくったことが最大の特徴といえるでしょう。原則は7つの短い文章ではありますが、あらゆる機関をカバーできたことが最大の意義です。

また委員会に各金融機関だけでなく、オブザーバーとして全国地方銀行協会や第二地方銀行協会が参加したほか、環境省、金融庁、経産省などの省庁が横並びで参加したことも画期的でした。金融セクター間の壁だけでなく、省庁の壁も越えた先進的な取り組みになったと思います。

―採択から1年以上が経ちましたが、成果はいかがですか?

現在、原則には188の金融機関が署名しています。今後の課題は、これにどうやって魂を入れるか、ということです。
事務局である運営委員会の大きな課題として、188の機関のうち圧倒的に多い地域の小さな金融機関に、いかにして原則を実践していただくか、ということがあります。これに関しては、まだ解はありません。

一つの取り組みとして、年に数回、業態別のワーキンググループごとにワークショップを開催しています。昨年は、UNEPのノウハウを日本語に訳してお伝えするという試みをしたのですが、残念ながらあまり関心を寄せてもらえなかった。UNEPが開発した教材は、プロジェクトファイナンスにおける環境デューデリジェンス(価値やリスクの査定)の簡易版といったものだったのですが、中小企業へのコーポレートファイナンスを主に行っている地域金融機関にとっては、ピンとこない話だったのでしょう。そこで、今年はもっと実践に即した話を扱っていきたいと考えています。

具体的には、フィードインタリフに関連して、たとえば小規模の太陽光発電事業や小水力発電事業、温泉や工場の排水を活用したバイナリー発電事業(地中の蒸気・熱水から取り出した蒸気で発電する)などのプロジェクトに対して、どういったファイナンスをつけるのか、またそこにどういったリスクがあるのかを検討します。本来、環境といえば、省エネも生産効率の向上もゴミの削減も、いわゆる企業を強くするためのありとあらゆる取り組みを含むわけですが、まずは目の前の課題である環境プロジェクトへの与信を対象としたワークショップを開催することにしています。

それからもう一つの課題が、セクターを越えた実例をいかにして増やすか、ということ。というのも、原則自体は全機関共通なのですが、ガイドラインは「運用・証券・投資」「保険」「預金・貸出・リース」「不動産」と業態別に分かれていて、まだまだセクター間の結びつきが弱いためです。

DBJの「BCM格付」(上)と「健康経営格付」(下)のロゴマーク そこで、ワークショップについても、業態をまたがった内容を取り入れていこうとしています。たとえば、東京で開催するメガバンクなど大手主体となるワークショップでは、環境不動産と融資をテーマにする予定です。

じつは現在、私が所属している、日本政策投資銀行では、「環境格付」と並んで「BCM格付」(防災について先進的な取り組みをしている企業に対する格付)や「健康経営格付」(従業員の健康の維持・増進と会社の生産性向上に取り組む企業に対する格付)を手掛けているのですが、これらの格付では、損保や生保との連携が実現しています。これと同様に、環境経営においてもセクター間を結びつけることで、より現実に即した活動につなげていくことができればと考えています。

非財務価値を見極められる人材を育てることの難しさ

―社会の持続可能性を考えてみると、環境経営も災害への取り組みも、健康マネジメントも、人権に配慮した雇用も、すべて一連でつながっているといえるのでしょうね。その中で、金融機関が果たす役割はとても大きいということに、改めて気づかされました。

おっしゃるとおり、我々が行っている「環境格付」も「BCM格付」も「健康経営格付」も、企業の持続可能性をさまざまな面から見ているだけで、実は根は同じものといえます。

Takegahara_02.jpgただ、こうした非財務価値を数字として表すことはじつに難しい。結局、かなりの部分を目利きの判断に委ねることになってしまいます。しかも、環境経営に対して感度の高い金融マンがいたとしても、人事異動のリスクは常につきまといます。後任者が同じ情熱をもって引き継いでくれるとも限りません。大手なら専門の部隊を持つこともできるでしょうが、小さな組織では人的な制約も大きい。そういう属人的なものを、いかにして組織の力に変えていくのか、ということがまさにこれから問われていることだと思います。

一方で、環境プロジェクトの与信というのは、実は普通のプロジェクトへの与信と大きく変わるものではないんですね。プロジェクトがエコに関するものだというだけで、特別なリスクがあるわけではない。そういった意味では、現状、我々が扱っているワークショップだけではまだまだ不十分です。将来的にはもう一歩進めて、目に見えない企業価値をどう捉えるのか、いかにして目利き能力を磨いていくのかという環境金融の本質的なところまで追求できたらと考えています。

第2回に続く

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竹ケ原 啓介(たけがはら・けいすけ)
日本政策投資銀行 環境・CSR部長

1966年、静岡県生まれ。89年、一橋大学法学部卒業後、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)へ入行。94〜97年、フランクフルト駐在員となり、対日投資の促進業務などを担当。その後、調査部、政策企画部などを経るなかで、土壌汚染やリサイクルなど、環境ビジネス動向に関する調査、環境格付融資制度の創設などを手掛ける。また、2005〜08年秋まで、2度目のドイツ勤務を経験。09年に事業開発部CSR支援室長となり、11年5月から現職。

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