「ヘルスケア」「健康」はパーソナルな問題から、社会的なものに変わった。ますます増大する医療費の削減、長寿命化に伴う健康寿命延伸の必要性から、生産労働人口の健康維持、就労女性の出産育児を含む総合的な支援等々、健康はすでに国の最重要課題である。厚労省のみならず経産省、農林水産省でも健康をキーワードにした活動が広がっていることからもそれは明らかだろう。
そして、それはビジネスの可能性が広がっているということでもある。この数年で爆発的に普及したウェラブル端末(センサー)、各種アプリのパーソナルユースから、大規模なシステムやソリューションまで、さまざまなプロダクト、サービスが広がった。ビジネスコンテスト、ベンチャー支援コンペ、ハッカソンの現場などでも必ずといっていいほど「ヘルスケア」は俎上に上がる。
エコッツェリア協会、3×3Lab Futureもまた同様に健康に積極的にアプローチしている。2014年から本格的に稼働した働くことと健康を考える「ワークアンドヘルス研究会」から始まり、2015年には日本ビル・3×3Laboを使った実証実験も行った。そして2016年にはフィールドをさらに拡大して、新たな事業領域を探ることになる。
今回の3×3Labo対談は、3×3Lab Futureにおけるヘルスケアプロジェクトで中心的な役割を果たしている、三菱電機の加山勉氏、シャープの吉澤秀人氏を招き、3×3Lab Future独自のヘルスケアビジネスの展望を語り合う。
田口:では早速なんですが、自己紹介を兼ねてプロジェクトに参画された経緯をお話しいただけますでしょうか。
加山:じゃあまず私から。私は社内で事業推進部に所属しており、三菱地所さんが検討している事業に対してソリューションを提供していく立場にありました。「健康」というテーマが提示された折には、社内はじめ関連会社からも候補を選び、エルゴストレングスをご紹介した次第です。
エルゴストレングスは医療用機器ですが、医療よりも"軽い"形で利用することが可能であることは、実は身を持って感じていたことなので、地所さんが取り組まれる「まちづくり」の文脈において、「まちが健康になる」ためのソリューションとして提供できるだろうと。また、そのあたりのことを一緒に考えることができたら、ちょっと面白い形になるんじゃないかなというイメージもありました。いろいろな企業がコラボして、至るところに測定場所がある街になったら、面白いじゃないですか。今は、そのコラボを取りまとめるお手伝いをしている形ですね。
田口:加山さんには、2014年のワークアンドヘルス研究会の以前にあった「働き方」のワークショップのときからご協力いただいていたんですよね。エルゴストレングスもその時からご示唆いただいていて。その当時から、単にハードを提供し、ビジネスとして売りたいというのではなく、「健康状態」を作るシステムをどう構築するのか、というところに目標を置いていたように思います。
加山:そうですね。もともとシステム屋、プロジェクト屋だったので。全体を巻きこんだ大きなモデルを作ることができればいいなとは感じていました。自社の製品を売るというのは、その先にあればいいことなんですね。
吉澤:シャープがヘルスケア、というとあまりイメージがないかもしれませんが、30年くらい前、デジタル体温計が出始めたころには、シャープでもデジタル体温計や血圧計を出していたので、私としては、シャープがヘルスケアをやることに違和感はないんです。
健康志向の高まり、高齢化社会等、ヘルスケアへのニーズは確実に高まっています。2013年10月に、CEATEC(シーテック)で初めて健康コックピットの試作品を展示することができました。
CEATECでは、かなりのご好評をいただきましたが、その一方で、計測内容は体重、脈拍くらいのもので、それぞれ測る器具はありますし、一つにまとめるメリットはどこにあるんだとご指摘いただいたのも事実です。それに対して我々が考えたのは、健康を意識してもらうのは頻繁に測ってもらうことが重要で、健康コックピットはそのためのソリューションになりうるのではないか、ということでした。
そんな折に、丸の内のまちづくりの中で、健康、ヘルスケアをテーマにした特区に認定されたという情報を聞いて、これは参加しなければと思いまして。早速コンソーシアムに参加させていただいたというところです。
田口:なるほど、そういう流れを受けてのことだったんですね。それでちょっとコンソーシアムやプロジェクトのことをお訊きしたいんです。こういった形でのオープンイノベーションについて、どう思われますか。
自社商材を売りたいという意識もおありだったかもしれないし、同業への警戒心もあるかもしれない。そんな中、加山さんにはプロジェクトオーナーまでやっていただいているわけですが。
加山:ちょっと生々しい話をしてしまうと、大丸有全体でヘルスケアビジネスにタッチすれば、いずれクラウドで使用可能なものすごいビッグデータが集積されるであろうことは予想できていました。飲食店で得られる食事のデータ、企業で計測する数々のバイオマーカー等が連携したときに、巨大なPHR(パーソナルヘルスレコード)が立ち上がるでしょう。
それが見えている中で、自社商材を売ることだけに固執することに意味があるのか? 一歩先へ進むべきではないか? 一社だけでぼつぼつとやっていたら足りないものは無数にあって、5年10年はかかるでしょう。だったらいろんなことをやっている他社さんとコラボし、融合体になったほうが早いんじゃないか。そう思うようになりました。
実際、なかなか成果が出しにくいとはいえ、この融合体のスピード感にはすごいものがありますよね。とりあえず、大風呂敷を広げたうえで、ミニマムはどんなところに落ち着くのか、小さなモデルを作るところから始めています。
田口:事業領域が多岐に渡りますから、"餅は餅屋"ということでしょうか。外から見ているととてもスムーズに動いているようにも見えるのですが、中ならではの苦労はおありですか。
加山:そうですね、今回いろいろな企業、商材をご紹介いただく中で、モデル化できそうな案件が、いくつか出てきました。この案件なら、この企業、この商材と組んで......というようなチームも作られて、いい形が出来ています。
田口:なるほど、大勢で集まったおかげで、しがらみ少なく、組む相手を選ぶことができたと。
加山:しかし、今回はハード的なミニモデルに終始しているかなと。例えば、メタボランティアさんのようなソフト的な指導や、栄養指導のような食事に関するソフト。ユーザーインターフェイスになるアプリ部分を担当する企業もなかった。今後そういったソフト面が絶対に必要になるでしょうし、それは私達メーカーだけでは集められないでしょう。苦労、ということではありませんが、ぜひ、そうした場を作っていただいて、また人や企業を集めていただきたいと思っています。
田口:言葉を選ばずに言うと、加山さんの構想力が、自社製品の枠組みを超えているということでもありますよね。
加山:いやいや、そんな大層な話じゃないですよ。確かに自社商品は売りたいし、でもシステム全体を構想して、みんな一緒に売っていけばいいし、その中で1個でも売れるものがあればいい、そんなイメージです。
田口:オープンイノベーション、「共創」という言葉で解説するとひどく難しく聞こえますけど、そうやってシステム全体で売っていくと考えると、実は意外とシンプルなのかもしれませんね。吉澤さんいかがですか。
吉澤:苦労といえば、最初から最後まで苦労しているような状況で(笑)。そもそもコンソーシアムに参加したのも遅れてのことでしたし、私自身、ヘルスケアビジネスに詳しいわけでもなく、何が議論されているのか、その言葉がすでに分からないくらいで(笑)。ついていくだけで精一杯です。
加山:その意味で、良い試しの場にはなってますよね。
吉澤:ええ。これだけ多くの企業、商材を集めて、それを評価して押し出す検証をしている場ですから、そこに混ぜてもらって、ニーズがあるもの、ないものを見極めることができればと思っています。
田口:お二人のお話を伺っていると、共通しているのが「足りない」「不足している」ということのように思います。開発していく過程で求めているものが「足りない」ときに、すでにあるものを組み合わせていけばいい、という考え方があります。ソフトの世界では、それぞれの単位をモジュール化し、足りないものがあればそれらを組み合わせてマッシュアップすればいいという考え方が一般的で、オープンな場に対して土壌があるように思います。その点ハードは、そういった組み合わせや積み上げがしにくいのかなと思うのですが、うまくシステムとして組み上げて行けているようですね。
今度は少しまちづくりの文脈のお話を伺いたいのですが、加山さんが思い描く「まちが健康になる」とういうのはどういうシーンなんでしょうか。
加山:ユーザー目線で言うと、いろいろなデータが計測されて日々見えてくるのが面白いと思っています。体重、血圧、脈拍等々のデータから、自分がどんな状態にあるかが分かると、じゃあちょっとフィットネスへ行こうかなとか、食事の量減らそうかなとか。あるいはメタボランティアみたいな活動に参加してみようかなとか。行動が変わっていきますよね。そういうデータと行動がうまく連携した形が考えている形のひとつです。
幸い大丸有には、Suicaを使った「エコ結び」のようなシステムがありますよね。買い物や食事のデータも蓄積できますから、そのIDに健康情報を入れ込んでいくと、「健康になるにはこうしたらいいよ」という情報もまた、うまく提示できるようになるんじゃないかと思うんですね。IoTの世界にリンクするにはまだまだ相当先がありますが、実現はそう遠くないようにも感じています。
吉澤:私のイメージも近いですね。
誰もが年を取ってくるとどこかひとつ、ふたつはちょっと悪いところがあるものです。年に1回の健康診断で「要経過観察」みたいな診断を受けて「1年先送りになったか」みたいにホッとする。
加山:そうですね(笑)。
吉澤:その先送りが良くないんですよね。健康診断で「あと1年は怒られずに済む」と変に安心しちゃって。
田口:なんでいい大人になっても医者の前だと子どもみたいになっちゃうんですかね(笑)。
吉澤:ねぇ、本当に(笑)。私も怒られるのがイヤだから、健診の10日前くらいは禁酒するんですけど(笑)、後の350日はほったらかしで。つまり、そのほったらかしの350日を、自然に減らすことができればいいんじゃないかと思うんですね。
継続的に計測し続けるためにも、プッシュ通知する等の仕掛けが必要だと思います。1週間ごとに催促するとか、データが歯抜けになりそうなときに、自動的に手助けするシステムがあってもいいかもしれない。
田口:我々もその「長続きさせる」ことにハードルを感じることがありますね。
加山:そうなんですよ。これまでのサードプレイスで行った、健康データを定期的に計測する実証実験も、企画しているから来るし、意識の高い人は来るけれども、身近にない人、意識がもともと低い人はそもそも来ないでしょうしね。
田口:健康に対するモチベーションが問題なんですよね。健康が楽しいとか、そういう意識にならないと、なかなか難しいんじゃないかと思います。
吉澤:この年令になると思うんですよ、誘惑に負けるんじゃなかった、飲むのを少し減らせばよかった、運動すればよかったって。
加山:薬が増えて初めて思う、やっときゃよかったと。少しでも早くそれに気づくことがポイントですよね。
田口:加山さんがプロジェクトリーダーを務めている形ですが、一企業人が、企業の枠組みを超えて大きなプラン、デザインを描くのは難しいように思います。なぜできたんでしょうか。
吉澤:そう、私も最初のプレゼンを聞いたときは衝撃的でした。
加山:うーん? いや、そう言っていただくとうれしいですけど、経験?じゃないですか? いや、もともとプロジェクト屋だったんですよ。大型プロジェクトで、地方のまちづくりに関わったことが幾度かあったんです。まちづくりは一社ではもちろんできませんし、とにかくみんなで集まって役割を分担しないといけない。大切なのは、そのときに「どんな形にするの?」というイメージを共有すること。
田口:なるほど、そこにオープンイノベーションのヒントがありますね。まずみんながアグリーできる大きなテーマを設定すること。アグリーはするけど、やっぱり一人じゃできないから、みんなでやろうという気持ちになる。小さな目標を立ててしまうと、結局自分たちだけでやっちゃおうという気持ちになっちゃいますよね。
加山:そうそう。自社商品を売りたいという生々しい欲を持ちつつも、大きい枠組みの中で、みんなでつながってチャンネルを構成して、みんなで売ろう、そう考えることが大切です。
吉澤:オープンイノベーションの秘訣を、もうひとつ加えるとしたら、「フラット」であること、というのもあるように思います。健康コックピットも、言ってみればただ体重計と脈拍計速ができるだけのシンプルなものなんですが、だからこそ、使いたい、と言って頂ける。これは面白いと思いましたね。
田口:みんなが乗れるプラットフォームのような印象ですよね。アメリカはそういうプラットフォーム事業がとても上手ですが、日本ではなかなか......。
吉澤:「コンティニュア(健康機器、ヘルスケア商品間の相互接続のための共通規格)」の手前のプロトコルは、シャープと三菱電機さんが中心になってやったんですけどね。
田口:システムは他社協業が前提なので、それが普通ですもんね。ハードでは、どうしてもそのハードを使う前後しか見ず、広い流れを見ようとしていないから、協業しようという発想が生まれにくいのではという気がしますね。
田口:ここでちょっと、今3×3Lab Futureで動いているもうひとつのプロジェクト「丸の内プラチナ大学」に無理やり絡めたい(笑)。若年層がソーシャルビジネスに興味を持つのは良いことですが、悲しいかな、大きなシステムを構想するだけの経験と力がどうしても欠けています。そこをお二人のような経験豊かな方がいると、とてもスムーズに物事が進んでいくと思うんです。
加山:結局プロジェクト・マネジャーなんていろいろな交渉事を積み重ねることが一番の仕事ですから。何かをするために、周囲の人たちに納得してもらって、あるいは、利益を提供する体制を整えて、ひとつひとつ組み上げていく。それをこなすには、確かにある程度の経験は必要なんでしょう。
田口:3×3Lab Futureとしては、今後さらに加山さん、吉澤さんのような方々に出てきてもらいたいなと思っているところです。
それで、このプロジェクトの今後について伺いたいんですが、次にどんなステップを踏んでいくべきなのか、お考えがありましたらお願いします。
加山:私としては、最終的なゴールは決して諦めることなく、足元の実証実験を進めていくこと。サードプレイスでの試験から、今度はセカンドプレイス=オフィスでの実証実験を計画しています。これがうまく回って行ったら、次にテーマになるのが「接続」でしょう。「食事」「運動」「買い物」......そういう周辺情報へ、健康情報を接続し、広げた大風呂敷の中い着地させる。そのためには、今プロジェクト内でそれぞれで活動しているチームが、もう一度同じフィールドに立つことも必要かもしれません。
具体的には、オフィスでの実証実験と、データをクラウド化し、有効活用するための仕組み作りです。1、2年で動いているモデルを作らないと、その後の展開も難しくなるでしょうね。
吉澤:最初から思っているのは、どこをマネタイズポイントにするかなんです。システムやハードを作って、個人にお金を出していただくのか、それなら1人1カ月いくらなら出せるのか。1000円で1万人なのか、1万円で1000人なのか。それとも、企業の健康保険組合がターゲットになるのか、企業が投資として利用するのか。その辺りが実はまだふわっとしている感触があります。
田口:そうなんですよね、マネタイズは大きなポイントだと認識しています。今日は、お二人とも、広い視野で語っていただけて、次のステップアップに向けていいヒントをたくさんいただけました。ぜひ2016年も、ヘルスケアのプロジェクトを一緒に盛り上げていただければと思います。今日はありがとうございました。
※本インタビューは、2015年9月4日に実施しました。
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