シリーズコラム

【Inside/Outside】 イノベーションの集積地からうまれる客観化フレームワークの効用とは

#1 イノベーションの聖地・シリコンバレー

シリーズコラム 「Inside/Outside」
丸の内エリアのPRを担当しながら、米国・ポートランドやデンマーク・コペンハーゲンでも活動をするクリエイティブディレクター・宇田川裕喜が、海外で仕事をする中で見つけた未来をつくるビジネスの種となる新しい動きや考え方を、現場目線でご紹介する。
第一回目は、イノベーションの聖地・シリコンバレーをテーマにお伝えします。


働き方改革法案が成立され、いよいよ個々人の働く環境が変わり始めようとしている。
しかしその法案が目指すところは、イノベーションによる生産性の向上。それは個人だけではなく、一緒に働くチームや組織構造の改善も重要となる。組織における意思決定に根強い文化が残る日本のビジネスにおいて、柔軟にイノベーションを起こすためには、何を見直し、どういった対策をとらねばならないのか。
課題発見と解決の最先端を行くシリコンバレーから、そのヒントを探る。


イノベーションを阻む人間同士の問題

シリコンバレーでは世界中から資本と人材が集まり、次なるグーグルやフェイスブックが生まれようとしている。
その中心にいるのが起業家たちだ。彼らは寝ても覚めても課題発見への意識を弱めることがない。ベイエリアの渋滞にうんざりしていたイーロン・マスクが地下高速網を実現するためにThe Boring Companyを興したように、この世にある課題の解決こそがビジネスの種になるし、資金の行き場を探すベンチャーキャピタル(VC)は、大きく育ちそうな種を探すことに余念がない。

種を見つけたあと、芽がでる課程にはいくつかのパターンがある。どのパターンにも登場するのが、「プロダクト(ビジネス)マネージャー」「エンジニア」「デザイナー」だ。根本的にはフォードが自動車を作った時代から、この3者が起業時に必要なプレイヤーになることに変わりはない。ただ自動車黎明期と大きく異なるのは、インターネットの時代においては誰にでもチャンスがあることだ。有名なフェイスブックの起業ストーリーのようにビジネスパーソン(ウィンクルボス兄弟)が持ってきたアイデアをエンジニア(ザッカーバーグ)がブラッシュアップして別のサービスにするパターンもある。
大企業でもスタートアップでもこの3者による開発が新しいサービスの基本形だ。それぞれの分野に強みをもつプロフェッショナルがしのぎを削って世界を唸らすイノベーションを起こす現場ではもちろん、当地の人気ドラマ「シリコンバレー」のごとく人間同士の問題が起こってくる。

典型的なのはこんなストーリーだ。
インタラクションやユーザーエクスペリエンスを担当する「デザイナー」であるサラは、常にサービスを使うユーザーの側に立っていたい。エンジニアはデザインが作ろうとしている価値を正しく実現してくれないし、ビジネスサイドはリサーチに費やす予算をカットするように常に要請してくる。
プログラミングを担当する「エンジニア」のジェイクは、スケジュールや納期の中で誰もが驚くようなものを作り上げたい。デザイナーは手遅れの時点になってから意見を求めてくるし、ビジネスマネージャーは必要もないのに新しい技術を使いたがる。
サービスをビジネスとして成立させる責を負う「プロダクトマネージャー」のロバートは、いつもビッグアイデアを探している。ただ激しい競争とVCの眼が光る中でしっかり目標を達成しなくてはならないから、デザインサイド、エンジニアリングチームの要望を調整することに追われてしまう。

例えば3人が新しいレストラン検索のアプリを開発する際にはこんな軋轢が起こる。
「結果が素早くシンプルに表示されることを大事にしたいです。yelpみたいに」とエンジニアのジェイクが提起すれば、プロダクトマネージャーのロバートは「雑誌でも読むみたいにiPadで大きくおいしそうな写真がでてくるようにすれば差別化がはかれるんじゃないか」と返す。いらだつデザイナーのサラは「ユーザ調査によればGoogleMapsのレストラン検索に不満を持つ人がXX%を超えています。もっとユーザ層と話す時間を作って何か抜本的な解決をしなくてはなりません」と、そもそも論に立ち返りたい。「でも今の予算からはそこまでできないよ」とロバート。「納期を加味すると、ある程度は他のサービスに似てるものにしかならないよ」とジェイクが加勢する。
これはシリコンバレーでなくとも、どこのサービス開発の現場でも起こりうる問題だ。課題解決が金脈になるこの街からは、次々にこの異なる特性の人間同士の問題を解決するアイデアが生まれてくる。

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イノベーションを阻む人間同士の問題

チームの士気を高める「ズームアウト(客観化)」

キーワードは「ズームアウト(客観化)」だ。いかに論理的に客観的に分析し、問題の本質を見つめて、より競争力のある成果を生み出せるのか。ワークショップやリサーチなど短期的な解決策の点をつないでいってゴールを目指す方法が一般的だ。日本のITの現場でも定着してきている線的な解決フレームワークのOKRも、ズームアウトのためのツールとして重用されている。

OKR(Objectives and Key Results)は単純明快だ。
Objectiveは「目標」だ。野心的で、具体的、定量的であることが求められる。 Key Resultsは「成果指標」。目標の達成のために必要なことを因数分解することで、どのチームが何をすべきかを整理できる。 前出のチームのプロジェクトに当てはめてみるとこのようになる。

Objective:レストランアプリのベスト3に入る。
KeyResult 1:ユーザー数1500万人
KeyResult 2:レストラン登録件数100万店
KeyResult 3:顧客満足度80%以上

彼らは上で機能やデザインの話をしているが、それはKey Resultsのすべてに関わることであり、上の議論のように手段の目的化が起こることもない。
流儀は会社ごとにいろいろと異なるが、大きなプロジェクトの場合は、KeyResultを達成するために、ビジネス、エンジニアリング、デザインの各チームに部門OKRが設定される。

例えば、ビジネスチームは商品の信頼度を高めるために、「半期でレストラン登録件数30万件獲得」をまずOとして挙げれば、KRに「営業のコンバーション率を30%向上」「見込み顧客が新規獲得顧客の3倍以上に積み上げ」を挙げられるだろう。
エンジニアリングチームは、顧客満足度の高いアプリの大前提として、高いパフォーマンスが不可欠と判断すれば、「ローンチ時に大手アプリ同等のパフォーマンスを実現」をOにし、「開発途中の発見バグ数を20%削減」「ロードタイムを30%削減」をKRとするといいかもしれない。
デザインチームであれば、初回ユーザーの獲得をより確実にするために「定着率の高いアプリデザインをする」ことをOとして、「アプリのチュートリアルを7ステップ以内に収める」「ユーザー登録完了までの平均時間3分以内にする」といったKRを設定すれば、より具体的な検証を進めていくことができる。

オラクルやグーグルなど、名だたるIT企業を渡り歩いてデザイナーとしてのキャリアを築いてきたライアンは、この単純なフレームワークが相互理解と各自の仕事の意味付けに非常に重要と話す。
「チームによって異なるけど、経営レベルでは四半期に1〜2回、短期的に成果を出したいチームでは週に1回は達成度を全員で確認する。特に仕事の成果が数値化されにくいデザイナーやエンジニアにとっては評価指標として大切だし、大きなプロジェクトの中で今自分がしていることの意味やサイズ感を認識することは思っている以上に成果と密接な関係にある。士気も高まります」
ドイツの自動車大手からモビリティイノベーションの研究のためにシリコンバレーに転勤してきたマティアスからすると、これはビジネス文化の壁のストレスを軽減してくれるらしい。
「ドイツでは誰もが直接的に意見を言う。オブラートには包めないんだ。ここ西海岸では、みんなちょっとスマートに振る舞いすぎると思う。アイデアを最初は褒めていい雰囲気をつくってから、突然グサリと致命的なレビューが返ってくる。慣れてきてもストレスは感じてる。だから定期的なズームアウトは関わる人の状況と気持ちを把握するにもとても役立ちます」


ズームアウトは、日本のビジネス文化に何をもたらすか

シリコンバレーには彼のように世界中の企業や大学から人が集まっている。米国にも「郷にいらば〜」の空気はあるものの、西海岸では特に効率的に価値を生むことに重きが置かれている。
ズームアウト(客観化)が重要になるのは米国ならではの意思決定文化が寄与するところが大きい。

ビジネススクールINSEADのエリン・メイヤー教授の調査によれば、米国は「平等主義だがトップダウン型」に位置づけられる(図参照)。 主義とシステムが一致しているアジア諸国や北欧諸国は理解しやすいが、表裏が一致しないのがビジネス文化の面白さでもある。たしかに米国はファーストネームで呼び合い、フラットな関係であることが好まれるが、意思決定はトップダウンの色が強い。スピードは早いが、朝令暮改も起こりやすい。
日本やドイツは「階層主義だが合意形成重視型」とされる。米国の対局にあり、組織の階層は絶対だが、意思決定は多数決で行われる。稟議書に代表されるように意思決定には各階層における合意が必要とされ時間がかかるが、プロジェクトがはじまる時には組織として充分な準備ができているという利点がある。
OKRに代表されるズームアウトのためのフレームワークは、こうした文化やシステムの欠陥が生む軋轢を回避するために使われる。ワーカーの多様性の高い米国でなくとも、「ビジネス」「デザイン」「エンジニアリング」の各職能を持つ人たちは同じ会社にあっても性格も理想も異なる。彼らが高度に結びついてイノベーティブなプロジェクトを作り出していくには、客観化フレームワークを使いながら各自の能力を引き出し、国固有のビジネス文化をしっかり認識しながら未来型を生み出すことが必要だ。

宇田川裕喜(うだがわ・ゆうき)
株式会社バウム 代表取締役

東京都生まれ。一行の文章も商品も街も、人が関わる「場」だと捉えてブランディングやデザインを行う。2012年より米国・ポートランド、2016年からデンマーク・コペンハーゲンでも活動を開始。西海岸的な未来志向な仕事の進め方、北欧的な生活文化の価値観をもって、関わる仕事においては経済価値、個人益、社会益の鼎立を目指すのが信条。 主な仕事に街づくり「大手町・丸の内・有楽町エリア」、市民大学「丸の内朝大学」、街ブランディング「ポートランド」、コーヒー「Coffee Wrights」、アート展「BENTO おべんとう展 ―食べる・集う・つながるデザイン」、果実酒「サノバスミス ハードサイダー」、スポーツ用具「MIZUNO MADE IN JAPAN」「MIZUNO 1906」、イベント「小屋フェス」、キャンプ場「Hytter Lodge&Cabins」、書籍「発酵文化人類学」。

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