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地域の課題解決やイノベーション創出のために、市民・企業・大学・行政などが実生活のなかで仮説の探索や解決策の検討・検証を繰り返しながら、社会課題の解決や新しい価値を生み出すために共創してコトに当たる手法を「リビングラボ」といいます。都市計画やまちづくりにおいては、地域やそこで暮らす住民が主体的に関わりながら企業や大学、行政などとともに地域課題の解決に向けて様々な取り組みを行うことを意味し、近年ではこの手法を活かして地域活動を行う自治体が増えています。
一方で、日本においてリビングラボの成功事例と呼べるものは稀有であり、まだまだ発展途上の段階です。ではリビングラボを上手に活用してよりよい都市を形作っていくには、何が必要となるのでしょうか。今回のさんさん対談では、都市計画におけるリビングラボについて研究する近藤早映氏(三重大学大学院工学研究科建築学専攻准教授、東京大学先端科学技術研究センター准教授)を招き、そのヒントを探っていきました。
田口 近藤先生は三重大学と東京大学先端科学技術研究センター(以下、先端研)に籍を置かれていますが、それぞれどのような取り組みをされているのでしょうか。
近藤 三重大学では工学研究科建築学専攻の准教授として、学部生から大学院生までの教育にあたっています。研究面では、都市計画やファシリティマネジメントなどを学生と一緒に研究していて、最近では空き家、密集市街地、ストリートファニチャーなどのテーマに取り組んでいます。
先端研の方は研究プロジェクトが中心ですが、先端研の中でリビングラボを根付かせるミッションも持っています。そのひとつとして、研究分野を横断・融合し、新しい研究分野を開拓するための試みである「異分野連携ラボ」というリビングラボで、様々な領域の先生方とコラボレーションして地域課題解決につながる研究に取り組んでいます。
田口 もともと研究畑を歩まれてきたわけではないんですよね。
近藤 ええ。名古屋工業大学大学院を修了した後にイギリスへ留学し、その後JR東海コンサルタンツ株式会社に入社しました。
田口 イギリスに留学したのはどんな理由からですか。
近藤 大学院では建築構造を学んでいたのですが、建築や都市をもっと全体として捉えたいと感じていました。そこで海外に出ていろいろなまちや建築物を見るために留学しました。イギリスを選んだのは父の影響です。高校の英語教師だった父がプライベートでシェイクスピアの研究をしていた関係で、幼い頃からイギリスが身近な存在だったんです。
田口 実際に行ってみての印象はいかがでしたか。
近藤 田園都市論の発祥の地であり、近代的な都市の礎を作った国であることは間違いありませんし、昨今注目を集めている人間中心的な考え方の起点にもなっています。ただ、そこに至るまで様々な変遷があり、その痕跡がまちの中に残されています。それは田園都市だけではなく、例えば産業革命時代に労働者階級のために建てられた劣悪な規格住宅が今でもロンドン中心部にもあります。都市は更新されていくものですが、イギリスではその変化の過程が今でも追えるようになっていて、新しい変化も生じやすく、まだ掴みきれていない側面も多いですね。とても面白い都市だと思います。
田口 帰国後の就職先ではどのようなお仕事をされていたのですか。
近藤 JR東海コンサルタンツでは建築設計の仕事をしていました。JR東海が所有する建物や空間、出展するイベントに関する設計などを担当していました。ここでもいろいろな経験をさせてもらいましたが、施主がいる仕事ということもあり、設計者としての理想を追求することは難しくもありました。
その頃、自分の立ち位置について思いを巡らせる中で、大学で受けた都市計画の授業の面白さや、イギリスで体感した田園都市の魅力を思い出し、改めて都市計画を専門的に学び、博士号を取って都市計画の研究で食べていけるようになりたいと考えました。その立場にならないと、いくら理想論を語っても意味がないと気づいたんです。そこで東京大学の大学院に進学しました。
田口 大学院では理想の学びはありましたか。
近藤 博士課程では博士研究以外に座学で単位を取る必要がなく、また何かカリキュラムが用意されているものでもなく、学びたいことがあれば自分から学びにいくしかない環境でした。私の場合、研究室で持っていたプロジェクトに入らせてもらいました。主に地方都市の課題に対して、学生視点で解決策を提案するもので、例えば東日本大震災後の宮城県石巻市の復興プロジェクトや、茨城県水戸市の地域活性化のための駅前のリノベーションコンペ、同じく水戸市の市役所建て替えに伴う周辺敷地の活用提案などに参加しました。実際に形になったものは少なかったですが、決まった建物や空間ではなく、より広いエリアを舞台にしながら制約なく提案できることは会社員時代と違う経験で、良い緊張感を持って取り組むことができました。
田口 現在は先端研の中でリビングラボの取り組みをされているということですが、そこに興味関心を持った経緯は。
近藤 実ははじめはまったく関心がありませんでした(笑)。私が博士後期課程に進学した頃、従来の市役所の機能を超えた新しい市役所が生まれる事例が数多く生まれていたんです。例えば新潟県長岡市のシティホールプラザアオーレ長岡は、市役所だけでなくアリーナや市民交流ホールなど、市民のための空間が設けられています。こうした市民協働拠点としての市役所に興味を持ち、博士研究の題材としてその分析に没頭しました。そんな時、課程修了後に所属した研究室の上司から「リビングラボという市民協働の形がある」と教えてもらいました。同時に、先端研でもリビングラボをつくることが決まっているから私に担当してもらえないかと依頼を受けたんです。自身の研究にもつながるかもしれないと思い、ありがたく引き受けました。
田口 リビングラボは人によって定義が異なりますが、コトを起こすために住民を含めた地域を巻き込み、ラボとして活動するものだと僕は考えています。そのためには、ゴールイメージを作り上げる対話が必要ですし、それを促すためのリーダー的な存在も欠かせません。自治体が主導する場合もあれば、企業や大学が担うケースもあると思いますが、どのような形が望ましいと思いますか。
近藤 そうですね、成功事例から考えなければならないのですが、今の日本ではリビングラボの成功事例といえるものはまだ少ないですよね。
それでも積極的に取り組んでいる事例はあります。例えば、神奈川県横浜市では住民が先導してリビングラボに取り組んでいます。住民がリビングラボを主導するのは難しいと言われていますが、先導する個人にバックグラウンドがあればその限りではありません。横浜市の場合は地域に根ざした中小企業の方や、NPO法人で活動している方など、もともと何らかの形で地域活動をしてきたバックグラウンドを持つ方々がキーマンになっています。彼らは事業者と住民の両方の目線を持ち、行政も責任を持ってサポートしています。これは国内では特徴的なリビングラボの形だと言えるでしょう。
田口 日本の場合、住民はどうしても「利用者」として参画していますが、彼らが「プレイヤー」にならないと、なかなか上手くいかないですよね。
近藤 たしかに日本では、住民はあくまでもサービスの受け手にとどまる傾向にあります。それは日本の行政サービスや行政システムが行き届き過ぎたことも関係していると思っています。そこを変えられるのがリビングラボですが、横浜市のように住民主導で展開していくのは決して簡単ではありません。
田口 どんなに良いシステムであっても制度疲労は起こりますし、行政と住民をつなぐシステムを変えていかなければならない時期が来ているのでしょうね。
リビングラボを通じて解決を目指す地域課題としては、人口減少、高齢化、地域活性化などがあるかと思いますが、今後アプローチすべきテーマはどう考えたらいいでしょうか。
近藤 場所や状況によって異なるので一概には言えませんが、広い地域で見直しが必要なものとして地域自治があります。
自治会や町内会は多くの地域で形骸化していて、仕組みも旧態依然としています。しかし、本来は住民が助け合うための中心を担う機能を持っています。例えば2024年に石川県で能登地震が発生した際、金沢市内で大きな地滑りに見舞われた自治会では専用のアプリを活用することで支援物資の需要と供給を上手くコントロールできたそうです。このように、デジタルツールを駆使すれば自治会や町内会がもっとスムーズに回るようになるのではないかと考え、そのための方法を探る「自治会DX」という研究グループを作ったりもしています。
ただし、いくらデジタルツールによって情報共有がしやすくなっても、平時からつながっていないと意味がありません。現状、日本において人とつながることへの意識は非常に薄いです。つながりというのはコミュニティの中だけでなく、外部とのつながりも含まれます。地域の関係者とミーティングをしていても、なかなか積極的に他地域の情報を取りに行くまでに至らない印象を受けます。そうした垣根を壊す、あるいは越えていける人材の育成が今後大切になってくるでしょう。
田口 コミュニティが外部とつながるには、東京を含めた首都圏の人々が地域づくりへの意識をより強く持つことも必要になりそうですね。
近藤 そうですね。若い人たちが外に出ていくことを嘆く声はありますが、むしろどんどん外に出て経験を積ませるべきだと言っています。無理に押し込めることは若い人たちの思いを挫くわけで、その選択が地域の未来につながることは絶対にあり得ませんから。それに、外を経験したことで地元の良さに気づく人も少なからずいるはずです。大切なのは、そうした人々が帰ってこれるような場所を作っておくことと、常日頃から地域内外の人々とコミュニケーションを取れるようにしておくことだと思います。
田口 地域内外にネットワークを作っておけば、外に出ても地域のことを「自分ごと化」できます。
近藤 社会を構成する多くの人々を緩やかに混ぜ合わせ、多様なニーズや価値観をすくい上げるために、飲み物を撹拌するマドラーのような存在が必要です。地域内外にコミュニティを持ち、そんな存在になり得た方を、私は「ソーシャルマドラー」と呼んでいます。
ちなみに私自身は、研究などを進める中、時には反発を受けたり、落ち込むこともありますが、本物のマドラーも、グラスに入っているそれぞれの分子の反応に影響を受けないのと同様に、最近必要以上に気にしないようにしています(笑)。
田口 最後に、これから考えていきたいコミュニティの課題を教えてください。
近藤 地域の人々の参加意識やリテラシーをどう高めるかについてですね。まだ最適解は出せていない状態で、これからです。
田口 我々もぜひ一緒に考えていきたいと思います。本日はありがとうございました。
 
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士後期課程修了、博士(工学)。物理的環境の成長に軸足をおいた都市計画を問い直し、創造的で革新的な社会システム形成を目指すべく、リビングラボや空間マネジメントを研究。公共空間整備のあり方や施設再編計画、保育施設とまち、リビングラボにおける共創スキーム、公共空間の利活用メソッド、空き家対策などにも取り組む。近年は、科学的に賑わいを捉える「にぎわい学」を始動し、活動の幅を広げている。