ハラールな食べ物であることを示すラベルの例。日本でも目にすることができる。
ハラールな食べ物であることを示すラベルの例。日本でも目にすることができる。
「ハラール」という言葉を報道で目にすることが増えています。ムスリム(イスラーム信徒)を対象にした、いわゆる「ハラール・ビジネス」を巡る報道です。"2020年東京オリンピックに向けて""世界文化遺産登録された和食を世界へ"――アジアだけでも10億人弱、世界で18億人のムスリム、200兆円とも言われるイスラーム圏市場に向けて、インバウンド、アウトバウンドの両面で「ハラール・ビジネス」は今後大きなビジネスになることは間違いないでしょう。日本文化を広く伝え、大勢の観光客を誘致することができるものとして大きな期待が寄せられています。
しかし、ハラール・ビジネスの現場から聞こえる声は、必ずしも楽観的な、調子の良い話ばかりではありません。ある中小企業の社長は「ハラール認証を取ったのに売れない」「認証制度がたくさんあるのに国や行政は何の指導もしてくれない」と嘆息します。連日の報道は"日本文化のすばらしさ"や"宗教や異文化に寛容な日本""巨大マーケットへの進出"を後景にし、非常に明るい論調に彩られていますが、実際はどうなのでしょうか。問題はそれほど単純ではなく、ある識者が指摘するように、少し間違えば宗教上の大問題となりかねない危険性もはらんでいます。今回はそんな「ハラール・ビジネス」の裏側を少し考えてみます。
※一般では「ハラル」「ハラール」という表記が混在していますが、ここではより原語の発音に近い「ハラール」で統一しています。
そもそも「ハラール」とは何でしょうか。
日本では「ムスリムの方が問題なく食べることができるもの」と思われていますが、厳密には違います。「ハラール」とは、イスラーム法(シャリーア)における「合法・許されたもの」で、食べ物だけでなくあらゆる行為に付随するものです。それは信徒の生き方の根本をなすものでいわば信仰の体現の一部です。その対義語は「非合法・ハラーム(禁忌)」と言います。
そして、ハラールな食べ物のことをより詳しく、正しくは「ハラーラン・タイエバン」な食べ物といいます。「タイエブ」とは「良きもの」「清浄、健康的」という意味も含みます。これがいわゆる「ハラール食」です。大切なことなのでもう一度書きますが、ムスリムにとって、ハラールとは信仰の表現であり、食べる物がハラールであるかどうかは信仰にかかわる非常に重要なものなのです。
そして「ハラール認証」とは、"それがハラールである"という認証のことです。今報道でよく目にするのが「○○がハラール認証を取り、イスラーム圏への売り込みを図る」というニュースです。ハラール認証は、認証機関が素材、調理法、調理道具、輸送方法など、あらゆる分野に渡ってハラールであるかを調査確認し発行するものです。多くは食べ物に対して与えられますが、サービスや清掃器具のような道具、化粧品、医療品など、対象は多岐にわたります。国際的に有名な認証機関に、マレーシアの「JAKIM」、インドネシアの「LPPOM-MUI」などがあります。
日本国内にも認証団体はあり、主要なものだけでも11団体、小さなものも含めると60団体以上と言われています。今、日本で「ハラール・ビジネスに乗り出す」とは、このハラール認証を取得する、とほぼ同義になってしまっているかのようです。
ここに日本におけるハラール・ビジネスの問題のひとつがあります。それは「ハラール認証さえ取れば売りこむことができる、売れる」と多くの人が盲目的に信じてしまっているということです。
あるイスラーム信徒がこう言います。「日本で売れないものは、認証を取ったからといってイスラーム圏で売れるわけじゃない」。まったくもってそのとおりです。イスラーム文化の普及、イスラーム圏でのビジネスをサポートする「ハラル・ジャパン協会」の佐久間朋宏代表理事は「ハラール認証は"魔法の言葉"ではない」と厳しく現状を戒めます。
ハラール認証にはほかにも多くの誤解があります。まず、すべての国に「ハラール認証」なるものがあるわけではないということ。また、ある認証機関が出した認証が、オールマイティに通用するわけではないということです。
さらに踏み込んで指摘します。一般の日本人のイメージは、おそらく「イスラーム信徒は食べちゃいけないものがたくさんあって、その中にハラールとして食べて良いものがある」というものでしょう。これが大きな間違いです。厳密には「自然界にあるものは基本的にはすべてハラール」であり、明確に根拠が示され定義されたものだけが「ハラーム(禁忌)」なものなのです。それがたとえば豚肉であり酒類です。だから、「ハラール米」「ハラール卵」というのもあるのですが、厳密にはちょっとおかしい。そもそもお米も卵もハラールなのですから。
最近ようやく落ち着いた論調の報道も散見されるようになり、詐欺まがいの認証団体が取る必要のないハラール認証を薦める例が取り上げられていますが、これも上記のような誤解を逆手に取った巧妙な手口といえるでしょう。また現在国際的にも、ハラール認証自体がビジネス化しており、その恣意的な運用に眉をひそめるムスリムもいるのも事実です。
"ハラール・ビジネス"に沸き立つ日本ですが、今、必要なのは冷静にしっかり考えることではないでしょうか。
拓殖大学・イスラーム研究所の森伸生所長は、「日本には"三方良し"という考え方があるのにそれが忘れられているのではないか」と指摘します。三方良しとは「売り手良し、買い手良し、世間良し」のことで、CSR、CSVに取り組むエコッツェリア読者にはなじみのある言葉です。ハラール・ビジネスに取り組む人の多くが「売り手の都合ばかりで、買い手のこと、世間のことを考えていないのではないか」と森先生は言います。ムスリムが10億人以上で、今もなお成長傾向にある東南アジアの市場に食い込むためには、ハラール・ビジネスは必須でしょう。国内市場が飽和している今、「ハラール・ビジネスはグローバルスタンダードだ」と言い切る人もいます。しかし、「売りたい」だけでは成立しないのがハラールなのです。
確かにハラール認証は「ムスリムにとって良いもの」です。しかし、それはイスラーム教に対する理解があることが大前提です。理解のないまま認証だけ取得しても説得力はありません。「ハラール認証を取るよりも、従業員にムスリムがいるほうがよほど信用される」と前出の佐久間さんも指摘しています。つまりハラール認証の実態も知らず、ルールさえ守っておけば良いと考える、日本人の悪しき風習である「制度ボケ」がここでも出ているといえるでしょう。
「ハラール認証とは、ムスリムの信仰を助けるものだということをまず理解してほしい」と森所長は言います。また、佐久間さんは「ハラール認証は"開けゴマ"に過ぎない」といいます。ハラール認証を考えることは、イスラーム文化を理解する第一歩だということです。
あるムスリムはこう言います。「ハラール認証があるから食べるのではない。安心して食べられると信じることができたら食べるのだ」。
一神教とは縁の薄い日本は、本質的にムスリムからは信用されにくいものだと森先生は指摘しています。だからこそ制度に頼りたくなる気持ちも分かりますが、逆に制度に頼らない「心」が大事であると言えるのではないでしょうか。
では、どのように今後ハラール・ビジネスに取り組んでいくべきなのでしょうか。アウトバウンドに関しては、まず、「本当にハラール認証の取得が必要かどうかよく考えることが大切」と誰もが指摘します。イスラーム圏でのビジネスの先駆者的存在である味の素の担当者は「ハラール認証は取得するよりも維持するほうが大変」であるとし、冷静な判断をするようにアドバイスしています。
それでもなお、ハラール・ビジネスに取り組みたいのなら、しかるべき団体に相談に行き、イスラーム文化について学ぶところからはじめるべきでしょう。先述の拓殖大学・イスラーム研究所には、連日多くの相談があるそうですし、日本貿易振興機構(JETRO)でも、今年からイスラーム圏を対象にしたハラール・ビジネスのサポートに力を入れ始めました。
インバウンドに関しては「ローカル・ハラール」や「ムスリム・フレンドリー」といった言葉もありますが、何よりも「適切な情報開示が先決」と森先生は指摘しています。日本に来て、日本を感じてもらうには、やはり日本の食べ物を食べてもらうのがよく、そのためには、英語やアラビア語で原材料を明記し、食べられるものであるかを判断してもらうほうが、本当の「おもてなし」なのではないかということです。
最後に。日本人は残念ながら宗教に対して非常に鈍感なところがあります。ビジネスベースでハラールに取り組めばなおさらです。本気でハラール・ビジネスに取り組むのならば、まずイスラームの信仰とは何か。おもてなしとは何だったのか。そうしたことを考えるところから始めるのが良いのかもしれません。