オープンイノベーションの必要性はますます高まっていますが、依然根強いNIH症候群(Not Invented Here Syndrome。社内でない発明を採用しない姿勢のこと)、NDAを容易に交わせない日本の商習慣、社内のセクショナリズムなどさまざまな要因のために社会的インパクトのあるイノベーションが誕生しにくいのが現状です。一部でプルアップ型のセミオープンなイノベーションを成功させている事例はありますが、完全にフラットな状態からオープンイノベーションを行い、プロダクトアウト、サービスアウトした事例はいまだ、ありません。
さまざまなプレイヤーがプラットフォームの創出、具体的なプロジェクト化などに取り組んではいますが、その中から頭ひとつ飛び出して成功させるところはどこなのでしょうか。
先を争うように多くの団体がオープンイノベーションに取り組んでいる中、今年5月に"本気"で挑む2つの団体が始動しました。日経テクノロジーオンラインを中心とした日経BP社による「リアル開発会議」と、2年の準備期間を経て一般社団法人化した「CSV開発機構」です。目指すところは微妙に異なりますが、オープンな場を作り、具体的なプロダクトアウトを目指すところは共通しています。そして何よりも、ともに現場の"本気度"が高い。いずれも大手企業が参画しており、実現すれば社会的インパクトは相当に大きいことが予想されます。両者とも「今年度中には形にする」と明言していますが、実現の可能性はどうなのでしょうか。これは今後の日本のビジネス創出の成否を占ううえでも重要な動きと言えるかもしれません。
「リアル開発会議」は、日経BP社の『日経テクノロジーオンライン』がベースになって発足したメディアであり、開発のプラットフォームでもあります。今春、課題とともに今後の指針を掲げた冊子『リアル開発会議 2014 Spring』を発行。4万部を希望する各社に頒布するとともにウェブで会員企業を募集しました。
そして5月27日には東京で初のリアルな「リアル開発会議」の事前説明会が開催されました(6月3日には大阪でも開催)。集まった企業はおよそ30社。社名等は原則公開が禁止されていますが、さまざまな分野の大手メーカーを中心に多様な企業が参集。自治体などの非営利団体からの参加があったことも特筆に値します。
開催に先立ち、リアル開発会議編集長・狩集浩志氏が挨拶に立ち、行き詰る日本のメーカー各社の現状を語り、「このままでは『ものづくり日本』がカヤの外に置かれてしまう」と危機感を訴えました。しかし、「日本にはまだまだ要素技術は多い。各社の持つ技術をうまく組み合わせ、新しいビジネスモデルを作りだすことができるはず」であるとし、そのためのプラットフォームとして今回の会議発足があると説明。
日経BP社が主宰するのは「強い情報発信力がある」「中立企業である」ことが理由であるとしています。NDAの例もあるように、秘密保持やコアコンピタンスの保護は絶対で、企業がルールを破った場合は報道されるかもしれないとの抑止力があるという姿勢です。また、利害関係外の主宰として各社の利害調整は徹底的に中立の立場を貫くとしています。加えて、医療、IT、建築など各業界にまたがる200名の自社内にいる記者の人脈を使ったマーケティングやアドバイザリーボードの創出もリアル開発会議の強みになるでしょう。
リアル開発会議の特徴は、名前にもあるようにきわめて現実的で具体的な「ものづくり」の開発を俎上に載せていることにあります。
開発テーマとして「電服」「スーパートレーニングセンター」「食の部品化プロジェクト」「フィールドモニタリングシステム」「全自動調剤監査システム『ドラッガー』」の5つを掲げ、参入可能な業種や、必要となるであろう要素技術を提示しています。
ふんわりとした「オープンイノベーション」では、参加する企業側も人や金を出しづらいという現状があります。しかし、「テーマ性が具体的にあることで、企業にとって参加しやすいところになっている」と狩集氏。当日も、テーマ開発の差配役である、多喜義彦氏(システムインテグレーション代表取締役)からの、5テーマのプレゼンの際には参加者からかなり突っ込んだ質問が飛び出すなど速い展開を予想させる熱気が感じられました。
また、「共創」のためのコンセプトとして、事業領域を共有する「フィールドアライアンス」や、各社で共同開発した要素技術や製品などのパテントを保護するための「知財プール」を提案しているのも興味深い点です。多喜氏のプレゼンテーションでの言葉が印象的です。「ここに集まった皆さんは、これからは競争相手ではなく『仲間』です。従来の護送船団方式ではなく、新たな枠組みを作り、みんなで新規事業の開拓に取り組んでいきましょう」。
今後は、テーマごとの分科会を開催し、具体的な開発会議に入っていくそうですが「主幹企業を立てるのか、並列でいくのか、進め方はテーマごとに変わるだろう」と狩集氏。しかし、「場合によっては、リアル開発会議の中から、新規事業のための法人を立ち上げるなどの可能性も視野に入れている」と、相当の本気度をにじませています。
狩集氏は、前職がメーカーという異色の経歴の持ち主。それだけにものづくりの現場を憂う気持ちは人一倍強いのです。新規事業開発の要はやはりなんといっても「人」。狩集氏の思いに、日経BP社のメディアパワー、多喜氏らアドバイザリーボードのネットワークが加わります。強力な事業開発が期待できそうです。
「CSV開発機構」は、昨年まで「CSVサーベイランスネットワーク」の名称で、主に調査事業や勉強会を中心に活動してきた団体です。昨年は青森県弘前市で「CSV大学」を開催し、地方自治体との事業創発などにも着手してきましたが、いよいよ一般社団法人として発足し、本格的な事業開発に臨むことになります。
5月28日に一般社団法人としての総会が開催され、翌6月の4日に正式なリリース、23日に第一回の全体セッションが開催されました。
参加企業はサイトでも公開されており、現時点で18社が会員に名を連ねています。いずれもその業界での最大手の企業であり、トップダウンで動いている企業も少なくありません。また、特別会員枠も用意し、自治体や学術団体、研究機関などの参加にも備えています。
理事長には、ユニバーサルデザイン総合研究所の赤池学氏、副理事長にクレアンの水上武彦氏、顧問に澁澤寿一氏という陣容。各者とも、それぞれCSR事業や、地域活性ビジネスなどで辣腕を振るってきた人物で、行政とも深いつながりを持っています。CSV開発機構自体、昨年までの活動実績を見ても、地方自治体や行政サイドとも連携を図っており、今後も地域や行政をまきこんでの事業創出が進むことが予想されます。
6月23日の第1回全体セッションでは、電通 プラットフォーム・ビジネス局の平川健司氏(CSV開発機構理事)が、「2020年に向けたCSVアジェンダセット」と題したキーノートスピーチを行いました。その中で、2020年に向けて早急且つ統合的に多方面に渡ってイノベーションを起こす必要があるとしつつも、もっとも重要なのは「ポスト2020のアジェンダ2030/2050という、より大きな成長戦略」であり、「アジェンダ2020に求められるのは、その契機になること」と語りました。
アジェンダ2030/2050では、地域活性を伴う成長戦略とアウトバウンドしていくグローバルな成長戦略を主軸に置き、1)まち・土地利用 2)モビリティ 3)教育・交流 4)農と食 5)エネルギー 6)雇用・産業の6つのフレームを設定。しかもこのフレームを個別に考えるのではなく、統合的に取り組むことが重要であるという視点が提示されました。
CSV開発機構の強みは、2年の助走期間があったことが挙げられます。現在の会員企業は2年の間に何度もセッションを重ねてきており、コンセプトの共有が十分にできています。異業種の企業間では、同じ言葉を使っているつもりでも、その実微妙に異なるために意思の疎通が十分にいかないことも多くあります。ワールドカフェ形式でそれぞれが持つ言葉の洗い出しをするのは、異なった立場の人間同士が共通言語を獲得するための準備運動に他なりません。オープンイノベーションを行う際の最初で最大のつまずきがここで、それがクリアされているのはほかに先んじた大きなメリットになるといえるでしょう。すでに、各省庁と連携し、EVインフラ整備を全国の観光地で推進したり、国産木材消費推進事業の制度設計を行うなど、具体的な成果をあげているのも、企業間協働のスキームが機能していることの証と言えます。
また、「CSV」という言葉、コンセプトを冠にいただいているのも大きな利点になると思われます。よく知られるように、CSVとはCreating Shared Valueの略で、社会課題の解決とビジネスモデルをマッチさせる=共通の社会的価値とビジネス価値を創造することを指します。2011年にハーバード大のマイケル・ポーター教授によって提唱された概念で、アメリカのみならず日本でも主要なビジネステーマになっており、行政からも注目されています。ポーター教授らが主宰するFSGとの活動連携も計画されており、こうした点も同機構のもうひとつの強みになっています。
また、CSVを旗頭にした大きなプロジェクトを、社団法人で受託し、会員企業ともに展開してというスタイルも想定されています。「CSV」という大きな船に乗った企業でビジネスをシェアしていくという格好です。
CSV開発機構は、行政、自治体、企業からの注目度が非常に高いといえます。それだけ期待が寄せられているということでもあり、事務局側では「何が何でも今年中に実績を残す」ことを最大の目標にしています。理事長の赤池学氏は各界に太いパイプを持つキーマンであり、その辣腕ぶりは広く知られるところ。すでに赤池氏の指導のもと、水面下で動いているプロジェクトがいくつかあると言われています。現時点でもっともプロダクトアウトに近いのはこのラインかもしれません。
今後はテーマ、プロジェクトに即した分科会を設定し、各企業が参加するラウンドテーブルを用意し、具体的なビジネス創出に取り組んでいくそうです。
リアル開発会議は、「ものづくり日本」を大きなテーマとして掲げ、各社のリソースを集中的に投下することで新しいプロダクト、サービスの開発を目指しています。テーマが具体的な分、参加もしやすく、コンセプトや目標の共有もしやすいという特長があります。また、日経BP社という中立的立場のメディアがサポートすることも大きな力になっていくでしょう。筆者の私見ですが、リアル開発会議は「ものづくり日本」という題目が持つ熱気と、最先端技術の集積に面白さがあります。とはいえ技術屋の集まりというわけではなく、上流から下流までの幅広い人材が集まっていて、「知財プール」とともに、人材のプールをも作り出し、より強力なオープンイノベーションの現場にステップアップする可能性を感じさせます。
CSV開発機構は、より大きなビジネスフレームを想定しているため、逆に言えば分かりにくさ、参加しにくさがあると言えますが、過去2年間の実績がそのギャップを埋めています。地域活性を主要な軸に据え、行政や地方自治体と連携している点も非常に魅力的な点です。また、良い意味でギラギラしている印象があります。「社会にとって良いことをする」という熱意とともに、それを「ビジネスにして儲ける」という貪欲さ。国、行政を巻き込んでビジネス化していくという、大きなフレームワークに参画していくことになるのも、ビジネスマンにとっては大きな魅力でしょう。
どちらが一歩先んじるか。「共創」の競争ともいえる状態ですが、この過酷なレースはどうやら見物するより一緒に走ったほうが楽しそうです。何か心の琴線に触れるところがあれば、どちらかに参加してみてはいかがでしょうか。