「環境とまちづくりをつなげ、ビジネスにするにはどうしたら良いか。どんな要素がありえるのか。第1回目はエネルギーをテーマにしたが、今回はまちのエレメントとしての建物単体を取り上げて考えたい」――2016年度第2回CSV経営サロンは、道場主・小林光氏からの冒頭の挨拶で示されたように、活力が続いていくまちの要素としての建物、ビルをテーマに開催されました。
ゲストには、国土交通省「環境不動産普及促進検討委員会」座長を務め、UNEP(国連環境計画)のSBCI(Sustainable Buildings and Construction Inisiative)メンバーでもある東京大学生産技術研究所教授の野城智也氏、三井住友銀行環境不動産推進チーム長で、国内の環境不動産の普及促進に尽力する伊藤雅人氏のお二人をお迎えし、「環境不動産」を巡る現状と課題をお話しいただきました。
国土交通省 環境不動産ポータルサイト
http://tochi.mlit.go.jp/kankyo/
野城氏からは「環境レイティング」「カーボンファイナンス」「グリーンリース」という3つのキーワードで環境不動産の今とこれからを読み解くご講演をいただきました。
氏によると、もともと「Responsible Property Investing(RPI。責任ある不動産投資)」が意訳され、「環境不動産」として日本に導入された歴史があるとのこと。RPIは2007年のUNEP報告書で提言され、欧米では、これからの企業は自社の利益を守るためにこそ環境に配慮した投資・施策が必要であるという認識が広まりました。「環境コストはGDPの11%を占める。大きい企業ほど、自分たちの資産を守るために環境に配慮し、選択的に投資する。日本とは雰囲気がだいぶ異なる」と野城氏は指摘します。そのうち、特に「建築物」は1ドルあたりの投資で期待できるCO2の削減量が非常に大きいことから、グリーンビルディング(GB)への投資が非常に高まっていることが指摘されました。
優れたGBをどのように定義し評価するのか。それを行うのが「環境レイティング」、すなわち環境性能評価システムです。世界各国でさまざまなシステムがありますが、日本では「CASBEE(キャスビー。Comprehensive Assessment System for Built Environment Efficiency)」、アメリカでは「LEED(Leadership in Energy and Environmental Design)」が良く知られています。
このうち、LEEDはアメリカのみならず、日本はじめ世界各地で採用され、LEED認証を取得した建物は賃料が上がり、空室率も低下するという現象が起き始めています。この世界的なLEED優位について野城氏は「プロモーションが実に上手」と理由を解説。 「LEED認証は、(ビルの中で働く人の)知的生産性が向上する、健康に良い、というアカデミックなペーパーを出しており、その真偽はともかくも人々が信じる流れが生まれている。実はCO2の削減は結果として付随する形になっているほどで、このプロモーションの進め方がうまい。インフォメーション・エコノミーの好例と言えるのではないか」
CASBEEはその点「とても下手」で、ようやく健康、知的生産性についてのデータが出始めたばかりのところ。また、「MRV」の考え方が欠けていることも大きな課題であると指摘しています。これはMeasurable(計測できること)、Reportable(報告できること)、Verifiable(検証できること)という客観性の担保のことで、自己診断のCASBEEとでは「雲泥の差がある」。CASBEEが世界的な基準になるためには、まだまだ課題は多いようです。
LEED、CASBEEがグローバルスタンダードの覇権を争うような格好ですが、レイティング、環境性能評価の"ものさし"、仕組みが共有されることが今後重要になってきます。そこでUNEPでは、日本が主導して「コモン・カーボン・メトリクス(CCM)」を作成。野城氏も中心的役割を果たしました。CCMとは環境性能評価の指標で、建築物のライフサイクルコストではなく稼働中の性能に限定し、請求書などの具体的な数字を基に算出するというもの。専門家不在でも利用できるために使いやすいものになっています。
「概算になる、設計屋との対立点になりやすい、境界条件によって結果が大きく異なる」といった課題はあるものの、これが普及すればベンチマークに使える、ベースラインが引ける、マネタイズが可能といった発展が見込まれます。特にマネタイズについては「これこそ日本でやってほしい」と野城氏。IFC(International Finance Corporation)や世界銀行でCCMを利用した取引を望んでおり、「グリーンファイナンス」として広まることが期待されています。
3つ目のキーワードの「グリーンリース」は、グリーンビルディング普及のために、環境性能向上による利益を、オーナーと店子がうまくシェアする仕組みです。簡単にいえば、環境性能アップで光熱費が削減されたら、その削減分の何割かを「グリーンリース料」としてオーナーに還元するというようなもの。「予測の幅に対するリスク分担といった性格もあり、海外では盛んに進められている。新築だけでなく、運用改善(リフォーム、リノベ)でも効果が大きい」と野城氏。
実施のためには、「環境性能の見える化が重要」で、そのためにはHEMS(Home Energy Management System)、BEMS(Building Environment and Energy Management System)などの可視化ツールを「賢く使い、省エネ性能を予測できるようにしなくては」と野城氏は指摘しています。今、照明はLEDの導入など比較的検証しやすいのですが、空調設備については検証が不十分で、今後の研究が待たれるところです。
講演の最後に、野城氏は「今はあせりと感じている」と危機感を語りました。技術はあるのに世界的主導権を握れない日本。欧米では環境課題を「crisisではなく、opportunityと捉えて」おり、「世界の市場競争の原理が変わりつつある。そこに日本はついていけるのか」と話し、締めくくりました。
続いて伊藤氏からは、「環境不動産情報と付加価値の可視化に向けて」と題したご講演をいただきました。
伊藤氏は、まず国内外の環境不動産を巡る法整備や制度化の概略を解説。世界的には「愛知目標」(2010)、「パリ協定」(2015)、「SDGs」(2015)などをバックボーンに、UNEPが中心になって、PRIやESG投資の普及に努めてきたこと、ヨーロッパでは、2009年に「グローバル不動産サステナビリティ・ベンチマーク(GRESB)」が設立され、ESGに基づいた不動産投資が広まっていることなどが説明されました。このGRESBには日本の不動産投資法人J-REITから30社が参画しています。また、パリ協定を受けて新たなフレームワークが成立されたことなども紹介されました。
日本国内では、2015年に「建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律」(建築物省エネ法)が公布され、2017年から義務化、2020年からは新築すべてが適合対象になります。この他東京都では、「環境確保条例」(2010年)が施工され、2019年までに7割以上が達成されることなどが説明されました。
こうした潮流に対し、日本のCASBEEは「ガラパゴス化していた」と伊藤氏。その後、UNEP SBCIが主導するCCMの動き、UNEPの金融イニシアチブ不動産ワーキンググループからの提言を受けて作成されたのが「CASBEE-不動産」(2010年)でした。「既存不動産に対応すること、分かりやすい制度にすることが課題」であったため、世界を意識してMRVの原則を守り、非常にシンプルな仕様。また、「レイティング(性能評価)だけでなく、性能表示(パフォーマンス)も数値化し、ツールとして使いやすいこと」を目指したものになっています。認証数は、2010年から13年までは38件でしたが、2014年以降認証機関が拡大したことで、2016年の100件にまで伸びています。
そして、今年大手百貨店が既存店舗でまとめて認証を取得した例を挙げて、「資産価値向上のツール、企業が取り組む建築物改善のアピールとして使われるようになっている」とトレンドを解説するとともに、「さらに環境性能の可視化とともに経済価値、経済効果を明確に示す必要がある」と展望を語りました。現に「スマートウェルネス研究委員会」(事務局:一般社団法人日本サステナブル建築協会)では、「CASBEE経済効果調査」を立ち上げ、CASBEE認定取得の建築物の市場価値を相関性についての検証をスタートしています。
それによると、CASBEE認定を取得しているビルは東京、名古屋、大阪で全体平均よりも高い賃料になっていることが確認されているほか、重回帰分析(複数の要素で傾向を分析する)で、「CASBEEのどの辺が"効いている"のかもだんだん分かってきた」とし、環境性能よりは「サービス性能」が高く評価される傾向にあることなどを説明。 さらに、「さらに経済価値を高めるには、透明性、情報公開性が重要」と指摘。こうした調査結果のみならず、各建物で、CASBEEを導入したことで生じたメリットやリスク回避などの細かな実績も開示していくことの重要性を訴えました。
お二人からのご講演を受けて、小林氏がポイントの整理を行い、各テーブルで行うグループワークへと移りました。また、グループワークを進めるうえでのヒントとして、「テナントがエコビルを魅力に感じるには」「オーナーがエコビルへのモチベーションを持つには」といったアイデアラインを提示。まちづくりに環境不動産をビジネスとして実装するための方法を検討しました。グループワークの最後には、各テーブルから提案、または質問をするようにと呼びかけもありました。
今回出席した会員企業のみなさまは、必ずしも不動産に近しい企業とは限りませんでしたが、講演で環境不動産の考え方や潮流が理解できたうえ、各テーブルには環境課題を専門にする大学生、院生が加わったために、非常に中身の濃い議論ができたようでした。
ワーク後の提案・質問では、欧州と日本の風土・文化の違いから、エコビルの作り方、考え方も変わるのではといった質問、議論や、環境不動産を資産として"埋蔵金"のように扱い、可視化・顕在化することはできないかといった提案も見られました。また、広く住宅まで見渡すと、まだまだ環境性能評価が一般ユーザーにまで浸透していないといった課題も指摘され、CO2のエミッションだけではなく、広く環境不動産の価値を可視化していくことの重要性が改めて再確認されたのでした。
非常に熱の入った議論となり、最後は時間を押しながらの終了となりました。最後に小林氏は「今回の議論で、改めてイノベーションの生産性、環境性能というものが"まちの性能"として機能するものだということが分かった。今後勉強すべき方向性がだいぶあぶり出されてきたのではないだろうか」と締めくくりました。
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今回ご参加いただいた会員企業のみなさまは以下の通りです。
エーシーシステムサービス株式会社
シャープ株式会社
スリーエム株式会社
ダイキン工業株式会社
東日本電信電話株式会社
ヨシモトポール株式会社
株式会社リコー
株式会社ワイピーデザイン
<オブザーバー>
三井住友信託銀行株式会社
株式会社アンビシャス
株式会社スマートコムラボラトリーズ
国土交通省
復興庁
<学生>
慶應義塾大学および大学院
東京大学大学院
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エコッツェリア協会では、2011年からサロン形式のプログラムを提供。2015年度より「CSV経営サロン」と題し、さまざまな分野からCSVに関する最新トレンドや取り組みを学び、コミュニケーションの創出とネットワーク構築を促す場を設けています。