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今、世界中が脱炭素社会の実現に向けて動き出しています。その中で一つのキーワードに掲げられているのが「EV(電気自動車)化」です。EV化推進のために、従来主流となっていたガソリン車やディーゼル車の販売に規制を掛ける国も多く、日本でも2035年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売が禁止され、以降国内の新車販売を100%電動車とする目標が設けられました。ただし、その道程は決して簡単なものではありません。EV車のバッテリーに含まれる金属の調達や、廃棄量の増大など、EV蓄電池のリユースに関する新たな問題が出てきているのです。エネルギーや環境問題に取り組んでいく上で避けては通れない課題にどう相対していくか、各国や各企業の姿勢が問われる時代を迎えていると言えます。
環境ビジネスを大きなテーマに据えて実施している2021年度のCSV経営サロン。その第1回目では、本田技研工業株式会社 カスタマーファースト本部 資源循環推進部 部長 橋本英喜氏と、東北大学 名誉教授 / NPO法人環境エネルギー技術研究所 理事 田路和幸氏をゲストにお招きし、「エネルギー×リユース ~EV化の進展に伴う蓄電池の活用~」と題したセッションを開催。EV化や中古蓄電池を取り巻く最新情報を共有しながら、今後日本企業が向かうべき道筋についてディスカッションを交わしていきました。
CSV経営サロン 座長/東京大学先端科学技術研究センター研究顧問、教養学部客員教授である小林光氏
冒頭、CSV経営サロンの座長を務める小林光氏(東京大学先端科学技術研究センター研究顧問、教養学部客員教授)より、今年度のサロンの趣旨と、環境ビジネスが盛り上がりを見せる現状について、次のようにコメントがありました。
「国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)では、2015年のCOP21で掲げられた気温上昇を産業革命以前と比べて1.5℃に抑制する目標の確認がなされ、詳細なルールも完成しました。各国も色々なアイデアを講じて対策に取り組んでいます。こうした動きは世界で大きなビジネスチャンスを生み出していますし、日本もその流れに参加していかなくてはなりません。そのために必要なのは起業家マインド、そして経済社会全体のルールを環境ビジネス奨励の方向に変えていくことです。また今後、新しい環境ビジネスが生まれていくでしょうが、その際に大切になるのは投入産出分析の実施とシミュレーションです。その上で環境対策を行うと、むしろ経済発展が望める可能性もあるでしょう」(小林氏)
CSV経営サロン 副座長/一般社団法人バーチュデザイン 代表理事である吉高まり氏
続いて、COP26に参加した本サロンの副座長・吉高まり氏(一般社団法人バーチュデザイン 代表理事)より、COP26に関する話題提供が行われました。国内の報道では、日本が温暖化対策に消極的な姿勢の国に贈られる不名誉な賞「化石賞」の受賞に焦点が当てられがちでした。しかし吉高氏によると、「日本がアジア諸国に対して、脱炭素の技術革新のために多額の支援金を供出することへの評価もあり、日本が槍玉に上げられるような雰囲気ではなかった」といいます。むしろ、日本の名だたる企業が積極的に多様な技術を展示し多くの訪問者が来ていた様子が印象的だったと言います。
「今回のCOPでは、ジャパン・パビリオンが目立つ場所に置かれていたため、非常に人が多くいました。他国の場合は展示が少なかったのですが、ジャパン・パビリオンでは、パナソニックや三菱重工、日立製作所、IHI、住友林業などの企業が展示をされていました。その甲斐もあって各国の大臣級の方が訪れていました。一方で、1.5℃目標へ向かっていく宣言を発したのはいいものの、具体的に何をやるかについては各国ともに悩み、模索をしている状態にある点も感じました」(吉高氏)
加えて吉高氏は、世界的な関心は石炭から生態系に移っている点も注目ポイントに挙げました。
「全体的に見て、石炭の話しはもう決着がついているんです。それよりも、北極圏など、気候変動による生態系の影響の話がとても多くなっていました。今回のCOPではオーシャンやフォレストに関する対話の重要性が説かれたり、議長提案が出てきたりと、テーマが広がっていると強く感じました」(同)
本田技研工業株式会社 カスタマーファースト本部 資源循環推進部 部長 橋本英喜氏
小林氏と吉高氏からの話題提供を終えるとセッションは本番へ。まず登壇したのは、本田技研でELV(廃車)から排出される資源全般のリサイクル化の事業企画などを担当している橋本英喜氏。橋本氏からは「自動車とリチウムイオンバッテリー ~リサイクル・廃棄の課題と業界の取組~」と題して、自動車産業におけるEV化とリソースサーキュレーションのトレンドや、HONDAの取り組みなどについてプレゼンテーションいただきました。
自動車産業は、新型コロナウイルス感染症の影響で2020年に大きな落ち込みを見せたものの、国内的にも国際的にも基幹産業として経済を回す原動力なのは変わりません。しかし、冒頭にも記したように今後10〜20年で世界的なEV化の進行を始め、自動運転技術の開発や、シェアリングサービスの浸透など、変革期が訪れているのも事実です。こうした状況に対して、国内のみならず世界的に自動車産業をリードしてきたHONDAでは、環境と安全の2つを軸にした上で持続可能社会に貢献していくと打ち出しています。
HONDAはカーボンニュートラル、クリーンエネルギー、リソースサーキュレーションの3つの取り組みで環境への貢献を目指すと橋本氏
「環境面については、全製品と企業活動を通じて2050年までにカーボンニュートラルの達成を目指しています。電動スクーターなどに試験的に提供しているモバイルパワーパックという入れ替え式のバッテリーパックのグローバル展開や、車載大容量バッテリーの活用拡大など、我々のアイテムを使いながら世の中のシステムを大きく変えていきたいのです。また、水素エネルギー社会の可能性もまだまだあると睨んでいますので、燃料電池システムの活用拡大も考えています。このようなマルチパスウェイを考えながら、エネルギー問題と自社製品を絡み合わせつつ、HONDAならではの答えを導き出していきたいと思います」(橋本氏)
これらの取り組みの中でも、現在進行中のものとして橋本氏が触れたのが電動化についてでした。年間の国内新車登録台数のうち、現在は約6割を電動車が占めている状況にあります。この数字は「約20年かけてここまできたもので、ようやく電動化の礎を築けた」と言えるものの、その6割の内訳を見てみると、ほとんどがエンジンとモーターを活用しているハイブリッド車で、電気自動車(EV)や燃料電池自動車(FCV)はほんの数%にしか達していないのもまた事実です。それでもHONDAでは、2040年までに先進国におけるEVやFCVの販売比率を80%に載せ、2040年までには国内とグローバルにおける同数字を100%にすると掲げています。
「『Tank to Wheel(タンクに燃料が入っている状態から、走行時に発生するCO2排出)』ではありますが(排出指標には、より広域に油田まで含める「Well to Wheel」がある)、2040年までに100%のカーボンフリーを達成するのがHONDAの目標設定です」(橋本氏)
HONDAのリソースサーキュレーションの取り組みの方向性
国内の自動車業界に課せられた命題は電動化だけではありません。自動車の部品を回収・再資源化するリソースサーキュレーションの構築も環境対策における重要なポイントになっているのです。この点について理解を促すために、橋本氏はこれまでの業界におけるリサイクルを巡る課題や方向性について説明をしていきました。
「1990年に発覚した大規模な不法投棄事件・豊島問題など、90年代は不適正保管や不法投棄問題がクローズアップされる時代でした。この問題は、廃棄処理にユーザーがお金を払わなくてはならない逆有償化が原因となっていました。そこで2002年に自動車リサイクル法が制定(施行は2005年から)され、新車を購入いただい際にはリサイクル券を発行するようになり、この券によってリサイクルが行われるようになりました」(橋本氏)
その結果、多くの事業者が関わって国内の使用済み自動車をリサイクルするシステムが構築され、今日では日本の自動車リサイクル技術は世界最高水準に達しています。そのような中にあっても、HONDAではさらなるリソースサーキュレーションに取り組み、2050年までにサステナブルマテリアルの使用率100%到達を目指すと謳っています。
「事業活動を通して出てくる資源は『廃棄物』ではなく『資源』と呼んでいます。それを如何に保有・管理するかがリソースサーキュレーションの難しい点になっていますし、それは単独ではなく、素材メーカー、部品メーカー、リサイクラー、リビルト会社、再生会社、解体会社、といった関係各社と共に循環型サプライチェーンを構築した上で実行すべきというのが基本的な考え方です」(同)
現状では、金属部品が市中材として流れていってしまうことへの対応や、コストを優先する場合には樹脂部品やリチウムイオン電池は焼却や埋立て、溶解スラグや焼却がなされてしまうため、これらを避けて再利用可能な部品を取り出す方法を探っていると言います。ただし、今後EV化を推し進める上でリチウムイオン電池再資源化の仕組みづくりは早急な対応が求められる領域でもあります。そこでHONDAでは、廃棄物処理やリサイクルを手掛ける松田産業と、合金メーカーである日本重化学工業と連携して次のような再資源化の流れを構築していると言います。
左:旧来のリチウムイオン電池再資源化のフロー
右:HONDAが松田産業、日本重化学工業と構築しているリチウムイオン電池再資源化のフロー
「プロセスとしては、(1)パック解体、(2)モジュール解体、(3)セル分解、(4)正極材の取り出し・分離、(5)正極材の加工、(6)ニッケル・コバルト合金の回収、(7)熱溶解、と非常にシンプルな流れになります。従来のフローで再資源化を図ろうとすると行程が20近くになってコストも割高だったのですが、この新しい手法なら半分程度の費用で再資源化が可能になります」(橋本氏)
この行程でリチウムイオン電池の再資源化が実現できると、まず大型バッテリーを地区ごとのサテライト施設に送って解体・分別し、取り出した正極材はリサイクル工場へ、それ以外の不要物は処理するという流れも作れるため、輸送コストの削減と輸送効率の向上も達成できるといいます。この仕組みによって、経済合理性と再資源化を両立しながら再資源化を図っていきたいと、橋本氏は説明しました。
東北大学 名誉教授 / NPO法人環境エネルギー技術研究所 理事 田路和幸氏
続いて登壇したのは、長年に渡ってエネルギー問題やエネルギー社会システムについて研究をしている東北大学名誉教授の田路和幸氏。田路氏からは「車載用中古リチウムイオンバッテリーの再利用の試行で見えてきたこと」と題したプレゼンテーションをいただきました。
2008年、電池の容量アップに関する研究開発をしていた田路氏は、「電気は貯められない」という考えが一般的だった当時にあって、電気を貯められる初めての蓄電池であるリチウムイオン電池に着目します。その特性を活かしたいと考えた氏は、家の中で使われずに分散している微弱エネルギーを低電圧でリチウムイオン電池に回収・蓄電し、家庭のエネルギーとして利用しながらCO2削減を目指す「エコハウスプロジェクト」を実施します。その他にも、NECトーキン(現在のトーキン)と共に、日産自動車が販売する世界初の量産電気自動車リーフのバッテリー開発などに携わるなど、リチウムイオン電池黎明期からその活用方法を模索し続けていました。
エコハウスプロジェクトの概要
そんな氏が「リチウムイオン電池普及のきっかけとなった」と話すのが、2011年に起こった東日本大震災です。停電が相次いだ地震発生当初はもちろん、避難所が設置された後も、発電機のように大きな音が出ないリチウムイオン電池はとても重宝されたそうです。さらにその後、震災復興に伴って地域自立型エネルギーシステムを導入するスマートシティ構想の検討が進められる中、田路氏はソニー等と連携してBCP対応の発電システムの開発を行います。しかし、こうした構想やシステムはなかなか普及しませんでした。その要因はコストバランスにあったと田路氏は振り返ります。
「技術的にはいいものができても、開発に費用が掛かっているので高価な製品となってしまっていました。どうにかバッテリーを安くしたいと考えていたのですが、そんな頃に日産自動車と住友商事がフォーアールエナジーという、リチウムイオン電池の開発や中古バッテリーのリユースを手掛ける合弁会社を設立しました。そのような会社が誕生するならばバッテリーの価格も下げられるのではないかと考えるようになり、私もNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)や環境省の支援を受けて中古バッテリーの再利用に関する研究を始めていきました」(田路氏)
中古バッテリーの再利用が進むと、コストダウンや環境負荷軽減だけでなく、リチウムイオン電池に用いられる希少金属・コバルトの確保もしやすくなるなど、多くのメリットを得られます。中古バッテリーの再利用は、日産のリーフやHONDAのフィットなど自動車に使われていたものから利用しています。それは、自動車に用いられるリチウムイオン電池のクオリティが非常に高いからです。
「自動車会社は素晴らしい部品を使っていますし、数百万台の規模で製造をしています。数千台の固定用バッテリーをつくるのとは大違いです。それくらい、圧倒的に安くていいものが自動車のバッテリーには使われているんです」(田路氏)
自動車のリチウムイオン電池のメリットとデメリット
では、中古バッテリー実用化に向けてはどんな課題があるのでしょうか。田路氏は「モノを集める仕組みづくり」を挙げました。
「実用化には、1万円/1kWh以下ほどの安価で中古の蓄電池を確保するシステムづくりが不可欠です。この点は、橋本さんの本田技研工業やフォーアールエナジーに期待したいと思います。また、現在は自動車メーカーによって電圧が異なっていますが、再生可能エネルギーの利用効率を上げるには各社で電圧を統一した方がいいでしょう。今は異なる電圧を揃えるために変換デバイスを用いていますが、最初から統一されていればデバイスを用いる必要がなくなり、その分効率的になりコストも下がります。こういった形が取れれば、新しい産業が生まれていくのではないかと思っています」(同)
橋本氏と田路氏のプレゼンテーションを終えたところで、小林氏と吉高氏、並びに受講生を交えたディスカッションと質疑応答へと移りました。まずなされたのは、「自動車メーカーが循環型サプライチェーンを構築する上でどんな課題があるか」(小林氏)という質問です。これに対して橋本氏は次のように回答します。
「自分たちだけで製品を管理し、再び自分たちの事業領域に戻すのは、今の切り売りビジネスでは難しいですし、個社では限界があります。そのため、静脈産業と共同運営での回収・輸送が一つの答えであり、それが国力にもつながってくると思います。また、田路先生がお話してくれたリユースに関する課題としては知財の点があります。自動車の部品は自動車メーカーだけではなく、電池メーカーなど様々な企業の知財が絡んでいますので、その整備や紐解きが必要です。それから、自動車から取り出した部品を使うと、メーカーとしてはその保証はできませんから、誰が担保するのかも整理しないといけません」(橋本氏)
吉高氏からは、「リチウムの採掘にはリスクが伴うため、欧州ではリチウムイオン電池の使用に反対する動きもありますが、それでも欧州ではEV戦略を掲げる動きが強まっている理由をどう考えるか」という質問がなされます。これに対して田路氏、橋本氏はそれぞれ次のような見解を述べました。
「ユーザー目線で見るとEVは走行距離も短いですから、欧州がこんなにもEV戦略を強める理由が実はよくわかっていません。仮に全固体電池のような新技術の実現が見えているのであれば納得ですが、そう簡単なものでもありませんから、資源戦略やビジネス的な駆け引きの意味合いが強いと考えています」(田路氏)
「ディーゼル主体だった欧州が一気にEV化に変えようとしているのは、ディーゼルとEVの中間であるハイブリッドの技術が日本オリジナルなこともあります。欧州としては欧州のメーカーでやっていきたいと思っていますし、もしハイブリッドを用いるとなれば日本の技術を使わざるを得なくなりますから。欧州では『ハイブリッドはガソリン車』と言われますが、あれも日本メーカーの台頭をできるだけ抑えたいとの考えがあるのだと思います」(橋本氏)
また、「自動車業界に限らず、脱炭素化が進むと産業構造が大きく変わり、職を失う人も出てくるかもしれないという点(公正な移行)をどう考えているか」(吉高氏)という質問もありました。橋本氏は「地産地消」をキーワードに挙げながら、次のように返しました。
「これまでガソリン車を作っていただいた方々の職をどう担保するかは重要な問題です。今日紹介した循環型サプライチェーンの中には色々な仕事が発生しますが、大規模工場にたくさんの人が集まって仕事をするというよりは、各地の工場で資源化や部品を取り出す仕事をしてもらうなど、仕事の形態が小さくなるイメージです。そういったように地産地消をキーワードにした再資源化が一つのビジネスになるのではないかと考えています」(橋本氏)
こうして2021年度のCSV経営サロン第1回のセッションは終わりを迎えました。小林氏が「課題はありながらも、色々な企業やプレイヤーが知恵を出し合えば突破できる気がするし、面白いビジネスチャンスが眠っていると感じました」と話したように、この領域には多くのチャンスが眠っていることは間違いなさそうです。
エコッツェリア協会では、2011年からサロン形式のプログラムを提供。2015年度より「CSV経営サロン」と題し、さまざまな分野からCSVに関する最新トレンドや取り組みを学び、コミュニケーションの創出とネットワーク構築を促す場を設けています。