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【レポート】次なる環境ビジネスの重大テーマ「生物多様性」の現状とこれから会員限定

CSV経営サロン 2022年度 第3回 2023年2月22日開催

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近年、世界では気候変動対策のために脱炭素社会に向けた動きが盛んになっています。今後もその流れは加速していくと思われますが、もう一つ活性化が進んでいるテーマがあります。それは「生物多様性」です。かねてからその重要性は認識されていながらも、定量化の難しさや仕組みの複雑さなどが要因でビジネス化は難しいとされていましたが、2022年12月に開催されたCOP15(生物多様性条約締約国会議)で、これまで以上に具体的な数字目標などが盛り込まれた「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されるなど、国際ルールが進展してきたことにより、ビジネスチャンスの拡大や、金融機関の参入などが盛り上がってきています。

そこで2022年度最後のCSV経営サロンでは、「動き出した生物多様性 国際動向からビジネスのいま」と題して、生物多様性ビジネスを取り巻く現状と未来について考えるセッションを開催。生物多様性分野に関する政策や資金メカニズムに関する研究を行う森田香菜子氏(森林総合研究所 生物多様性・気候変動研究拠点 主任研究員)、環境省・ネイチャーポジティブ経済検討会委員など各省庁の委員を歴任する藤原啓一郎氏(キリンホールディングス株式会社 CSV戦略部 シニアアドバイザー)という2人のゲストをお招きし、それぞれの取り組みをご講演いただきました。後半に実施したパネルディスカッションの様子と合わせて、当日の模様をご紹介します。

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飛躍が期待される生物多様性ビジネスの今

飛躍が期待される生物多様性ビジネスの今

image_event_230222.002.jpeg森林総合研究所 生物多様性・気候変動研究拠点 主任研究員の森田香菜子氏

まずは持続可能な開発、気候変動、そして生物多様性に関する政策や資金メカニズムに関する研究に従事する森林総合研究所の森田香菜子氏より、「自然を基盤とした解決策をめぐる国際的議論とビジネスへの影響」と題し、生物多様性ビジネスを取り巻く政策動向や、欧米諸国の動きについてご紹介いただきました。

生物多様性を巡る国際的な動向のベースになっているものとして、1993年に発効された「生物多様性条約(生物の多様性に関する条約)」の存在があります。生物多様性を保全し、その構成要素を持続可能的に利用していきながら、そこから生まれる利益の公正かつ衡平な配分をしていくという国際条約です。2010年に愛知県で開催されたCOP10では、生物多様性条約から発展させた「生物多様性を保全するための戦略計画2011-2020(愛知目標)」が採択されています。この中では「森林を含む自然生息地の損失が少なくとも半減し、また可能な場合にはゼロに近づき、また、それらの生息地の劣化・分断が顕著に減少する」や「劣化した生態系の少なくとも15%以上の保全と回復を通じ、(中略)気候変動の緩和と適応及び砂漠化対処に貢献する」など、具体的な数値を盛り込んだものも含めて20の目標が掲げられましたが、完全に達成できたものは一つとしてない状況です。

image_event_230222.003.jpeg生物多様性条約と国連気候変動枠組条約、国連砂漠化対処条約の違い

そこで、生物多様性保全を推し進めるために、新しい目標設計が求められるようになり、採択されたのが「昆明・モントリオール生物多様性枠組」です。2030年までに「自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させるための緊急の行動をとる」というミッションを掲げたこの枠組では、2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として保存する「30by30(サーティ・バイ・サーティ)目標」が設定されたり、ビジネス領域や金融領域に関する言及がなされたり、気候変動とのシナジーを強化したりと、愛知目標よりもさらに踏み込んだ記載がなされています。こうした点が盛り込まれた背景には、SDGsやパリ協定が採択された2015年を境に生物多様性を取り巻く状況が変わったことが関係していると森田氏は説明しました。

「2015年以前は生態系ベースの適応や緩和に焦点が置かれ、生物多様性条約が国連気候変動枠組条約に及ぼす影響は限定的でした。しかし、生物多様性の問題は気候変動をはじめとした多くの問題と関係し合っていて、上手く対応しないとお互いに悪影響を及ぼしてしまう恐れがある対策があります。また、SDGsなどが採択されたことにより、大きな社会変革の必要性が謳われるようになったことから、2015年以降は国際環境条約を超えた議論が高まっていきました」(森田氏)

こうした変化が生じる中、生物多様性を巡る動きを加速させるものとして注目が集まっているのが、自然の力を活用して環境に関する社会課題を解決することで生態系や人々の生活を向上させる「ネイチャーベースドソリューション(自然を基盤とした解決策:NbS)」という概念と、そうして自然資本にポジティブな影響を与えていく「ネイチャーポジティブ」というコンセプトです。もともとは生物多様性条約などとは別のテーブルで議論されていたテーマですが、生物多様性と人間の幸福を両立し得るものであることから、2022年の国連環境総会で定義され、昆明・モントリオール生物多様性枠組にも盛り込まれることとなりました。

image_event_230222.004.jpegNbSという概念の登場により、様々な取り組みが束ねられることとなりました

NbSの考え方に基づいたアプローチとしては、生態系保護の他、生態系の回復、インフラ関連などと連携した取り組みが行われています。それぞれ以前からある取り組みではあるものの、それらを束ねて考えられるようになった点が新しいポイントとなっています。現状ではNbSの資金拡大はなかなか進まない点が課題となっているものの、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の設立によって金融機関や企業が自然環境に対する移行リスクや責任リスクの意識を高めるようになったこと、国際連合や気候変動対策に取り組む財務大臣連合やG7などの間でも生物多様性への言及が増えてきていることなどから、NbSは今後のスケールアップが期待されています。実際、欧州では欧州グリーンディールの中に生物多様性に関する項目が盛り込まれたり、多額の研究費を投じてグッドプラクティスを作り出したりしています。また、生物多様性条約に批准していないアメリカでも、バイデン政権下でNbSのロードマップを策定するなどの動きが取られています。その反面、日本やアジアではNbSという新しい概念が浸透し切っていない状況でもあると森田氏は言います。

「2021年のCOP26でNbSに関するファイナンスのフォーラムが開催されましたが、参加者のほとんどが欧州の人たちでした。当時私もオブザーバー的な立ち位置で参加していたので、『日本などではNbSの概念が浸透していないものの、それに類する取り組みは行われている』『欧州だけで進めるのではなく、色々な国を交えて議論してもらいたい』と伝えたところ、翌年のCOP27では私も登壇することとなりました。本来であれば日本政府の関係者が参加した方がいいと思ったのですが、日本ではNbSに関しては省庁が縦割りになっている状況なので、この点も今後の課題と言えます」

もちろん日本政府も手をこまねいているわけではなく、環境省、国土交通省、経済産業省、農林水産省といった関連省庁が連携しながらネットゼロや循環経済やネイチャーポジティブ経済への移行議論や、国土交通省によるグリーンインフラ官民連携プラットフォーム設立、農林水産省による「みどりの食料システム戦略」という持続可能な食料システム構築の動きなどが展開されています。そして、ここからさらに日本でのNbS推進に必要になるのは企業との関わりです。

「日本が取り組む必要のある2つのファイナンスの課題として、『途上国への国際協力』と『金融システムと実体経済の関係』があります。国際協力の文脈でも民間セクターの参画や民間資金動員が求められています。そのため、これからはいかにして民間セクターの協力を得ていくかが鍵となってくるでしょう」(森田氏)

image_event_230222.005.jpegNbSに関して、日本では省庁が縦割りになっている状況であるものの、様々な議論は進んでいると森田氏

先進的にネイチャーポジティブの活動に取り組むキリングループの事例

image_event_230222.011.jpegキリンホールディングス株式会社 CSV戦略部 シニアアドバイザーの藤原啓一郎氏

続いて、キリンホールディングスのCSV戦略部で環境管理・方針・戦略策定などを担当している藤原啓一郎氏が登壇。藤原氏には、「キリングループの日本ワイン事業を通じたネイチャーポジティブ」と題し、キリングループにおける自然資本を取り入れた事業活動の事例を紹介いただきました。

食品を始め、健康や医療に関する事業を展開するキリングループは、醸造担当を中心に「生への畏敬」という言葉が引き継がれており、現在のように環境ビジネスが世界的なトレンドになる以前から自然資本に対する取り組みを展開してきました。例えば1997年には神戸に当時の最先端となる節水工場を設立し、1999年には日本各地の工場の水源地となる森を適切に整備する「水源の森」活動をスタートさせています。また、優れた開示フレームワークに先んじて対応をしていくことで、環境経営のレベルを上げてきました。例えば、企業の環境問題への取り組みを評価する仕組みを構築するイギリスのNGO「CDP」が求める環境問題に対するリスクと機会を開示してきたことがインプットとなって2013年に「長期環境ビジョン」を策定・開示し、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)のシナリオ分析をインプットとして2020年に「環境ビジョン2050」に改訂し、環境戦略を高度化してきました。同社の環境ビジョンの特徴について、藤原氏は次のように説明します。

image_event_230222.006.jpegキリングループの環境ビジョン

「最重要なメッセージとしては、単に環境負荷を低減するだけではなく、社会全体にポジティブインパクトを与える活動をしていこうというものです。そして、『生物資源』『水資源』『容器包装』『気候変動』という4つのテーマに統合的にアプローチすると謳っています。例えば、ペットボトルのリサイクルは海洋プラ問題の解決や温暖化対策につながります。国内飲料の紙容器FSC認証紙100%達成は、貴重な森林を保全し、GHG吸収源の確保につながります。気候変動の分野では、『追加性』と『倫理性』にこだわり、環境負荷や人権の観点でリスクのない再生可能エネルギーを使っていくようにしています。また原材料である生物資源、パーム油、紙、紅茶葉、コーヒー豆、大豆などの素材に関しては、違法に切り開かれたプランテーションで生産したものは調達しないようにしています」(藤原氏)

TCFDのシナリオ分析では、気候変動と生物資源、水資源が密接に関連した課題であり、切り離せないことが経営層を含めて全社で理解され、統合的なアプローチを強化することにつながりました。しかし、TCFDは気候変動を起点にしか論じられない点が課題としてあります。そこで鍵となるのが自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)です。TNFDでは、自然資本の特性である「場所固有の課題」「生態系サービスへの依存」「自然に与える影響」といった点もカバーしていくことが推奨されているため、TNFDの登場によって一層統合的なアプローチが可能になったのです。さらに、2022年3月にβ版のTNFDフレームワークが開示された際に藤原氏が「驚いた」と話したのが「LEAPアプローチ」の存在です。これは、自然との接点を発見する(Locate)、依存関係と影響を診断する(Evaluate)、リスクと機会を評価する(Assess)、自然関連リスクと機会に対応する準備を行い投資家に報告する(Prepare)の順番で分析して自社の経営判断を行ったり、投資家への情報開示に役立てたりするもので、他者に対して説明しづらいテーマである自然資本を客観的に示しやすくすることができるという特徴があります。「我々の10年ほど前からの自然資本への取り組みプロセスが見事に表現されていて、とても優れたツールだと感じた」と藤原氏は話しました。

キリングループでは、従来から場所と依存性という自然資本の特性を理解して取り組んできたことを、LEAPアプローチの考え方に則って整理し、22年7月に発行した環境報告書の中で開示しています。海外に対しては、主力製品のひとつである「午後の紅茶」の紅茶葉の原料依存度が非常に高いスリランカの農園に対するレインフォレスト ・アライアンス認証の取得支援や、水リスクの高いオーストラリアでの節水などをLEAPに当てはめて開示しています。また国内においては、土地の個性がそのまま育てたブドウとワインに反映される「テロワール」という考え方をもつワインの世界で、日本ならでわのワインのために、遊休荒廃地を開拓して草生栽培のヴィンヤード(ブドウ畑)にしたことが、生態系を回復させたことをLEAPで表現しています。

「例えば山梨県の天狗沢ヴィンヤードでは、開拓前の調査では植物が36種、昆虫が14種確認されていました。ヴィンヤードよしてブドウの草生栽培を開始してから5年後には植物が103種、昆虫が28種にまで増加しています。中にはウラギンスジヒョウモンという希少種の蝶々の飛来も確認されています」(藤原氏)

ヴィンヤード開拓に関しては、植生の再生活動や、地域の小学校の参加を募って希少種のチョウの食草を増やす活動なども行っており、長野県椀子ヴィンヤードでの取り組みは、環境省自然共生サイト後期実証事業の中で30by30の「認定相当」に選定されています。

「遊休荒廃地をヴィンヤードに転換し、日本ワインのためのブドウ生産とワイン醸造という経済活動を行うことが生態系を豊かにすることが農研機構との共同研究で確認できました。これはまさにネイチャーポジティブな取り組みだと考えていますし、今後の我々のワイン事業のブランド価値にも寄与するのではないかと期待しています」(藤原氏)

こうした活動を紹介した上で、藤原氏は「今後もCDP、TCFDやTNFDなどの優れた開示フレームワークに対応をしていくことで、統合的な環境に対するアプローチを継続し、深めていく必要があると感じています」と話し、講演を締めくくりました。

image_event_230222.007.jpegヴィンヤードにおける取り組みは、国内のネイチャーポジティブの好事例でもあります

生物多様性ビジネスの鍵は「ベネフィットを評価できるビジネス」の構築

image_event_230222.008.jpegパネルディスカッションの様子。写真左から3人目が一般社団法人バーチュ・デザイン 代表理事の吉高まり氏、同じく4人目が東京大学先端科学技術研究センター研究顧問、教養学部客員教授の小林光氏

森田氏と藤原氏の講演を終えたところで、CSV経営サロンの座長・小林光氏(東京大学先端科学技術研究センター研究顧問、教養学部客員教授)と副座長・吉高まり氏(一般社団法人バーチュ・デザイン 代表理事)、並びに参加者を交えたディスカッションと質疑応答へと移りました。まずは小林氏から森田氏に対して、「環境ビジネスを進める上で企業が注意することは何か」という質問がなされます。森田氏は「国際的な動向を逐一チェックすること」などを挙げます。

「2021年のCOP26では、EUにおけるバイオマス発電への批判が起こりました。二酸化炭素の排出削減などの効果が謳われるバイオマス発電は、たしかに発電を行う地域はクリーンになりますが、そのために途上国の木材が使われるケースがあり、その点を指摘されたのです。こうした国際的な動きを追っておかないと、ネイチャーポジティブに活動しているつもりでも真逆の結果を引き起こしてしまう可能性があります」(森田氏)

吉高氏から藤原氏に対しては、「自社製品をレインフォレスト・アライアンス認証製品とすること」に対する考えを問われます。藤原氏は「既に小さな商品だが認証農園茶葉を使った商品は出している」と前置きした上で、エピソードを交えながら現状と将来の展望を語りました。

「今の時点では、認証製品を増やすことよりも、持続可能性を高めて安定供給を行って消費者の安心感を高める方が我々のビジネスとしての位置づけは高い状態です。ただ、以前東京大学の学生に対して講演をした際、『少しくらい金額が高くても認証製品を買います』と言われたことがあります。この意見は私たちの部内ではとても大きな話題となり、今後の可能性を感じさせてくれました。ただし、しっかりと持続可能な取り組みを展開した上で認証を取得しないと意味がありませんから、まずはそこに力を入れていった方がいいだろうとも考えています」(藤原氏)

会場の参加者からも質問が投げかけられます。ある大学生の参加者が「生物多様性の価値をどのように打ち出し、ビジネスにつなげていくべきなのか」と問うと、それぞれ次のように回答しました。

「日本も色々なことができるだけの技術はあると思いますが、価格に転化することは簡単ではありません。例えば鉄鋼関係などの場合、金額差は莫大なものとなりますし、顧客から絶対に買ってくれるという保証を取り付けないと動きにくい事情はあります。程度の差があれど、それは日用品でも同様です。こうした課題をどうクリアしていくかについて、環境経済学の有識者にも入っていただいて議論をしているところです」(森田氏)

「日本ではどうしても安い方が良いという意向が強いですが、先ほど紹介したように、フローよりもストックを良質にすることで豊かな生活をしたいと考える人も増えてきています。また、自然資本をビジネスにしようという意欲を持ってチャレンジしている方もたくさんいますし、今後若い人々が増えていくと感覚も変わってくるでしょう。価値あるものを売るというのは企業の根源的なテーマであることを理解した上で、我々はこの問題を扱っていく必要があるだろうと思っています」(藤原氏)

他にも多くの質問が寄せられ、生物多様性や自然資本に対する注目度の高さが伺えました。最後に吉高氏は次のようなメッセージでこのセッションを締めくくりました。

「ベネフィットは重要なものですが、民間としてはなかなか評価しづらいものでもあります。スタートアップであっても大企業であっても、ベネフィットをいかに評価できるようなビジネスを作るかが大事になってくるでしょう。この点をクリアしなければ外部経済は内在化しないと思いますので、今後、CSV経営サロンでもこのテーマについて話していければと思っています」(吉高氏)

こうして2022年度のCSV経営サロンはすべての回を終えました。今後もこのサロンでは環境ビジネスに関するディスカッションや情報発信を行っていく予定です。乞うご期待ください。

CSV経営サロン

環境経営の本質を企業経営者が学びあう

エコッツェリア協会では、2011年からサロン形式のプログラムを提供。2015年度より「CSV経営サロン」と題し、さまざまな分野からCSVに関する最新トレンドや取り組みを学び、コミュニケーションの創出とネットワーク構築を促す場を設けています。

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