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グリーン社会の実現に向けて環境ビジネスを進めるためには、企業は契約等を通じさまざまな協力体制を築いていくことが不可欠です。しかし、それらの行為が独占禁止法(以下、独禁法)上、問題となる可能性はあるのか...。こうした疑問に応える形で、公正取引委員会はグリーン社会を実現するための事業者等の取組みを後押しするべく、2023年3月に「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」を公表しました。今回のCSV経営サロンでは、独禁法、競争法を専門分野とし、「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関するガイドライン検討会」の委員を務めた高宮雄介氏(森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士)をゲストに迎え、環境ビジネスに必要なリーガルマインドについてお話しいただきました。
冒頭、本サロンの座長を務める小林光氏(東京大学先端科学技術研究センター研究顧問/教養学部客員教授)が参加者に向けてこう話しました。
「今年度は趣向を変えて、ケーススタディではなく全体の考え方について議論したいと思っております。第1回目は、環境ビジネスに必要なリーガルマインドということで、高宮先生に考え方を応用が利くかたちで教えていただきたいと思っております」(小林氏)
続いて、当サロン副座長の吉高まり氏(一般社団法人バーチュデザイン代表理事)が登壇し、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)やアメリカのESGに関する動向について紹介しました。
「今、金融庁でも高い関心を集めているのが、ISSBの動向です。サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項案(IFSR S1)と気候関連開示基準案(IFSR S2)の草案がすでに公開されています。IFSR S2は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)そのものであり、今後は統合されていくことになります。またISSBは、スコープ3排出量の報告を開示要求事項の一部として含むことを決定しました。ISSBに準拠した日本の開示基準案は、2023年度中に公表される予定です」(吉高氏)
アメリカのESGに関する動向として、総額4330億ドルのうち、3690億ドルが気候変動対策費用に充てられる「インフレ削減法」について触れ、吉高氏は次のように話しました。
「インフレ削減法は、補助金だけでなく税金の優遇もあるため、この利点を享受するために、欧州でグリーンビジネスを行っていた企業がアメリカに進出する動きもあります。また、連邦政府が入札においてスコープ3までの開示を求める規則案を公表しただけでなく、米国証券取引委員会も、スコープ3までの開示を義務化していそうですがまだ検討中です。そうした状況の中、ESGを推進する州がある一方、反ESGの方針や法律を掲げる州も出てきています。アメリカは、政権によって政策が非常に揺れ動く国なので、自分がビジネスを展開している州の政策がどうなっているのかを把握し、サステナビリティを考える必要があります」(吉高氏)
最後に、吉高氏は、グラスゴー・ファイナンシャル・アライアンス・フォー・ネットゼロ(GFANZ)について取り上げました。
「GFANZは、すべての加盟メンバーが、2050年までに科学的根拠に基づくスコープ3までのネットゼロ目標の設定等が求められている枠組みです。日本の資産運用会社や銀行なども多く参加していますが、ブラックロックに次ぐ世界最大のファンドであるバンガードなど、反トラスト法(米国の独禁法)に抵触する懸念から、GFANZを離脱する金融機関も出てきています。このようにESGに向けた試みと独禁法との関係が注目を浴びる場面も増えている中で、公正取引委員会は、『グリーン社会の実現に向けた事業者等の取組に関する独占禁止法上の考え方』についてガイドラインを示しました。今日は、高宮先生がその内容についてお話しくださいます」(吉高氏)
高宮氏は、「環境ビジネスに対して何か特定の法律があるわけではなく、ビジネスを行う上での基本的なルールである独禁法が、環境ビジネスにも影響することになると、お考えいただければと思います」と話し、こう続けました。
「環境ビジネスは、社会的に求められていることですが、そのために何をしても許されるわけではありません。環境ビジネスであっても、公正なリーガルマインドに基づき実施する必要があります。日本における公正な取引ルールとしては、主として独禁法と呼ばれる法律が定められています。独禁法は、経済憲法と呼ばれるほどビジネスにおいて重要性の高い法律で、ビジネス活動全般におけるリーガルマインドを基礎づけています。環境ビジネスも、これに違反した場合は役員責任の追求や巨額の課徴金、刑事罰などの深刻な結果を招くことがあります」
では、独禁法を遵守する必要があるので、環境ビジネスを思う存分行うことはできないのかというと、「答えはNoです。公正な取引ルールである独禁法は当たり前のことを定めているに過ぎず、正しいリーガルマインドを持っていれば、環境ビジネスの妨げになることは基本的にはありません」と高宮氏。
独禁法は、さまざまな場面におけるルールを定めていますが、公正な取引ルールを定める法分野「競争法」の一つに過ぎないといいます。
「競争法の基本的な考え方は、『各企業が自由で公正な競争を行うことで最適な状況が実現される』というものとなります。独禁法は、独占を禁止する法律ということではなく、競争を弱めたり、不当な形で競争を行ったりすることを禁止する法律と理解することが適切かと思います。独禁法において典型的に注意する必要がある行為とその理由やリスクを理解することが、独禁法との関係で適切なリーガルマインドを持つためのカギとなります」
独禁法において典型的に注意する必要がある行為は、「競合企業同士で競争を控える行為=カルテルや談合」、「値下がりが起きないように取引相手に要請をする行為=再販売価格維持」、「競合企業のビジネスを邪魔する行為=不当廉売、排他条件付取引」、「取引の相手方に不当に不利益を及ぼす行為=優越的地位の濫用」などです。
「独禁法が定めるルールの中で、カルテル・談合など、競合企業同士で不当な情報交換や合意を行う行為、川下の取引相手に対して価格に関する依頼(値下げ禁止等)を行う行為は、直ちに問題となるリスクが高いですが、それ以外は基本的に実際に悪影響が生じていることが確認された場合に限り、問題になります。
高宮氏は、公正な競争を考える際の視点として、「水平的共同行為」(競合他社とカルテルや談合を行っていないか)、「垂直的制限行為」(取引先に対して不当な要求をしていないか、競合他社のビジネスを不当に邪魔していないか)、「企業結合」(合算シェアが高いライバル同士のM&Aや有力な川上・川下の会社同士のM&Aを行っていないか)の3つを挙げ、環境ビジネスと公正な競争ルールが関係するさまざまな想定場面例を紹介しました。
「繰り返しになりますが、大切なポイントは、独禁法を遵守したビジネスを行わなければ、法令違反になることがあり得ることです。競合他社とカルテルや談合を行ったり取引相手に不当な負担を課したりすると、イノベーションが起きにくくなり、結果として環境ビジネス自体の活気が失われることにもつながります」
続いて、高宮氏は「グリーンガイドライン」を取り上げました。
「グリーンガイドラインは、環境ビジネスを萎縮させるものではなく、ほとんどの環境ビジネスが、競争法・独禁法との関係で問題になるものではないことを具体的かつ豊富な設例を通じて説明しています。さらに、どういった場合に問題になるかについての判断方法も示され、活発なグリーンイノベーションや永続的な環境ビジネスを促進するための取引ルールを分かりやすくまとめてあり、環境ビジネスにおけるリーガルマインドの手がかりとして有用です。この分野において国際的に先進的であると評価されている欧州委員会のガイドラインを大きく上回る具体性・包括性を有したガイドラインが日本の政策当局から発出されたことについて、各国の競争法関係者からは、驚きとともに高く評価する声が多く、世界から注目を集めています」
最後に、高宮氏は、グリーンガイドラインにおいて示された判断の仕方のポイントについて説明しました。
「判断の仕方のポイントには3つのステップがあります。1つ目のステップは、競争にネガティブな影響を及ぼすことが考えにくい行為であると言えるかどうかです。例えば、同業者同士で排出削減のための啓蒙キャンペーンを行う場合は、競争に影響するわけではないので、公正な取引について改めて意識する必要は原則としてありません。一方、競争にネガティブな影響のみを及ぼす行為である場合は、ステップ2へと進みます。判断の難しいところですが、典型的な例はカルテルや談合とされています。環境に優しい製品の販売継続のために、同業者同士で製品の値下げを禁止するといった行為がこれに当てはまります。仮に、環境にとってポジティブな一面があったとしても環境へのネガティブな状況が明確であることから違法とみなされるため、注意が必要です」
3つ目のステップは、競争に一定程度のネガティブな影響を及ぼし得るが、環境に好影響を与えるという面において競争との関係でもそれなりにポジティブな影響が期待される行為といえる場合です。
「これは、相談を受けることが最も多いケースです。たとえば、環境保護のための新サービスについて市場が立ち上がるまでの間、同業者間で共同集客やマーケティングを行う場合がこうした例に当てはまると考えられています。判断基準としては、行為の目的が正当か、目的との関係で手段が相当かを勘案しつつ、競争に生じるネガティブな影響とポジティブな影響とを総合考慮して判断するとされています。ホワイトでもブラックでもないケースであり悩ましいところですが、つまるところ、それなりの理屈が通っていて、正当な理由を提示できるのであれば、公正取引委員会はフレキシブルな判断をしてくれるのではないかと私は思っています」
後半、高宮氏と、座長の小林氏、副座長の吉高氏が登壇し、パネルディスカッションが行われました。ここでは質疑応答の一部を取り上げてご紹介します。
Q企業間における優越的地位は、どのような基準で判断しますか。
高宮氏:グリーンガイドラインにはさまざまな判断要素が示されており、実際にはそれらを総合的に考慮した上での判断になりますが、平たく言うと、「そんなに意地悪を言うのであれば、私たちは他の企業と取引します」と言える場合は優越的地位の濫用はないと判断し、相手の言い分を飲まざるを得ない関係性の場合は、意地悪を言う方が優越的地位にあると判断します。
Qグリーンガイドラインが、世界から先進的なガイドラインとして評価されている理由は何ですか。
高宮氏: 欧州でもカルテルや談合などの水平的共同行為に関するガイドラインは設けられていますが、日本のグリーンガイドラインは、カルテルや談合だけでなく、優越的地位の濫用や価格維持、排他条件付取引といった取引先との間で問題になる各種行為、企業結合も含めて、包括的に取り上げ、競争法が関わるさまざまな場面での具体例を示している点が注目されています。日本の方が他国に比べて視野が広かった点で先進的だと評価されているのだと思います。
Q日本企業が欧米の企業と契約する際に、気をつけるべきことは何ですか。
高宮氏:欧米の企業は、サプライヤーまで遡って、カーボンニュートラルや人権侵害への取り組みを表明保証させるケースが多くあり、こうした企業と契約するサプライヤーにとっては2つの問題があるといえます。一つは、新たに取引を行う段階では、嫌なら契約しなければよいとみなされるので優越的地位の濫用に該当するという議論がしづらいことです。もう一つは、優越的地位の濫用というのは日本をはじめとする一部の国・地域のみで採用されている違反類型であり、海外の多くの国・地域には存在しないということです。欧米の企業が日本の取引相手に対して悪さをしている場合、理論上は日本の独禁法を適用する余地はあるのですが、実際のところ、先方に対して強制的な対応を行うことは難しいため、日本法上は違法になる可能性があるうえを指摘したうえで、当事者間での交渉により解決を図ることになると思います。
座長の小林氏は、総括で次のように結びました。
「環境ビジネスの推進のうえで、市場の機能をうまく利用することは重要であり、その際に独禁法や競争法は重要であると思いました。こうした法的ルールをうまく使っていくと、日本もより良い社会になるのではないかと感じた次第です」(小林氏)
エコッツェリア協会では、2011年からサロン形式のプログラムを提供。2015年度より「CSV経営サロン」と題し、さまざまな分野からCSVに関する最新トレンドや取り組みを学び、コミュニケーションの創出とネットワーク構築を促す場を設けています。