9,12
2023年度CSV経営サロン第2回のテーマは、昨今、注目を集めている「ライフサイクルアセスメント(LCA)」。LCAとは、製品やサービスにおける原料の調達から、生産、流通、廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体における環境負荷を定量的に評価する手法のことです。本会では、LCAの専門家である天沢逸里氏(東京大学先端科学技術研究センター特任准教授)をゲストに迎え、LCAへの理解を深めつつ、その可能性や課題についてディスカッションが行われました。
冒頭、本サロンの座長を務める小林光氏(東京大学先端科学技術研究センター研究顧問/教養学部客員教授)が登壇し、SBT(サイエンス・ベースド・ターゲット。パリ協定の水準に整合した、企業が設定する温室効果ガス排出削減目標)を例に挙げ、次のように話しました。
「最近、エヴィデンス・ベィスド・アプローチという言葉をよく聞くようになりましたが、ビジネスも、マクロの挙動に関するファクツや科学的理解に対して忠実に行っていく必要があると思います。ただ、科学がすべて正しいというのではなく、まだ分からないことも多いので、予防原則を働かせた方が良いでしょう。逆に言うと、自分の身の回りに関する主観的な都合だけで判断し、ビジネスを行うのは良くないということです。例えばSBTでは、スコープ1、2、3の排出量が、計40%以上の場合、事業活動における上流・下流すべての排出量を含めて目標設定をする必要があります。つまり、ある企業のスコープ1、2の排出量は、商流の上流・下流の企業のスコープ3の排出量となるわけです。投入・産出の技術的な関係を固定的にとらえて経営判断をしていると、古い技術に固定されてしまうので、もっとダイナミックに考えていただきたいと思います。投入産出に関心を払い、それを革新することに意を用い、商売の種を見出していただけたら嬉しく思います」
続いて、当サロン副座長の吉高まり氏(一般社団法人バーチュデザイン代表理事)が登壇し、2023年9月に発表されたTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言や欧州のサーキュラーエコノミー政策について紹介しました。
「TNFDは、ガバナンス、戦略、リスクと影響の管理、指標と目標の11項目すべてを含む、14の項目によって構成されています。特に重要なのは、自社のみならず、上流・下流のバリューチェーン全体における自然関連の依存関係、影響、リスクや機会を明確にし、それらを地域ごとに評価・管理するための指標を開示することが要求されている点です」
EUのサーキュラーエコノミー政策については、2022年に発表された「ニューサーキュラーエコノミーアクションプラン」のパッケージ内容を紹介しました。
「持続可能なエコデザイン規制案や循環型の繊維戦略などが発表されたのち、さらに拡充され、バイオベース、生分解性、堆肥可能なプラスチックに関する政策枠組み、包装・包装廃棄物司令の見直しが発表されました。欧州でビジネスを展開する場合、今後はこういったことをきちんと考慮していく必要があると思います。サーキュラーエコノミー政策は、欧州が最も進んでいますが、中国も循環経済の計画を打ち立てていますし、今後、アメリカでもマイクロプラスチックに規制がかかってきます。世界的に見ても、まずはプラスチック関係からデザインを考え直す動きが進んでいるといえます」
天沢氏が環境問題に興味を持ったのは、14歳の時に渡米したことがきっかけだったといいます。ワシントン大学の学士・修士課程で次世代型太陽電池の研究に取り組んだのち、環境技術のライフサイクルを通した評価の重要性を感じ、博士課程からライフサイクルアセスメント(LCA)を中心とした環境影響評価手法の開発に従事しながら、LCAの研究を続けています。本講演は、「環境問題を工学的に理解する:LCA入門」と「LCAに残る課題への挑戦」の二部構成で行われました。
「LCAとは、製品やサービスが一生において及ぼす影響を数値で評価する手法です。国際的に規格化されているので、世界中どこに行ってもこのツールを使って評価が行われます。モノやサービスのライフサイクルを追って、各ステージにおいてどんな材料・エネルギーが使われたのか、使われた後に何が出てくるのか、それらを数値で表すことによって、環境問題を見える化する手法です。LCAが評価するのは、主に環境影響です。地球温暖化だけでなく、水の消費やエネルギー消費など、その他さまざまな環境影響を数値で定量化して評価します。経済影響や社会影響を評価する手法も提案されていますが、数値化することが難しいため、開発段階にあります」
LCAができることは、大きく分けて二つあると言われています。1つ目は、自社製品の環境負荷を減らしたい場合などに、製品のどの段階で環境負荷が大きいのかを把握する「ホットスポット分析」です。2つ目は、一つ以上の製品またはサービスをLCAで評価することによって、どの製品が環境に優しいのかを提示することができる「比較分析」です。
「製品の製造から廃棄まで、ライフサイクル全体で引き起こされる環境影響をきちんと把握する必要があります。私たちは、ここまでご説明した枠組みを、物事をライフサイクルで考える『ライフサイクル思考』と呼んでいます」
ここで天沢氏は、ライフサイクル思考からストローを考えてみることを参加者に提案しました。
「紙、プラスチック、スチール。これらの中でどの素材で作られたストローが環境に優しいかと聞かれたら、皆さんはどんな風に答えるでしょうか。いろんな考えが頭の中をめぐっていると思いますが、ライフサイクル思考的にいうと、"It depends." つまり、ライフサイクルの状況と場合に依ります。そもそも環境に優しいという時、どの優しいを指しているのか、どの環境問題で比較をするのかということです。また、どこで作られているストローなのか、原材料はリサイクル材料なのかなど、ライフサイクル思考から考えると、多くの疑問がわき上がってきます。それらをきちんと客観的に考慮して評価をした上で、その状況なら、こちらの方が環境に優しいという風に言えるのがLCAという手法です」
「世の中では今、LCAがすごく取り上げられていて、嬉しいかぎりですが、課題は多くあります。1つ目は、新規技術の環境影響評価です。LCAは、私たちがすでに日常で使っているような製品を作る際に、どれだけの環境負荷が発生したのかを評価する手法であり、まだ市場に出ていない技術を対象にしていません。2つ目は、消費形態の環境影響です。LCAが前提としている消費形態は売り切り式ですが、近年、シェアリングエコノミーやレンタルなど、多様な消費形態があります。モノを買わなくても使うことができるような社会が、少しずつ再燃していると私は考えているのですが、これらの消費形態をLCAでどのように捉えていくのかということも課題です。そして3つ目は、環境だけでなく、経済面や社会面でも評価する多面的評価手法の開発です」
天沢氏は、LCAに残された課題について、さらに詳しく解説しました。
「新規技術の評価が難しい一番の理由は、インベントリデータが少ないことです。また、民間の製造データは基本的に機密であり、仮にオンサイトのデータがあったとしても、常に不確実性を有しています。もう一つは、スケール効果の不確実性です。ラボスケールのものを評価すると、市場に出たものの影響と比べる時にどちらの方に信頼性があるのかを判断するのは難しく、過大評価となるケースが多いです。加えて、新規技術には比較対象のない場合が多いため、適切なベースラインを設定する難しさもあります」
新規技術のLCAが未確立の中、天沢氏は、「新規技術は、既存の技術と比べてどれだけ環境負荷を減らせるか」を研究テーマに、さまざまなケーススタディを行ってきました。講義ではその一つであるポリマー材料含有率47%の電気自動車「ItoP(Iron to Polymer/アイトップ)」の事例を紹介しました。
「まず一つ言えるのは、ラボスケールだけで計算してしまうと、電力消費は特に過剰評価になることです。例えば、ラボスケールのタフポリマー製造における温室効果ガスの排出量は関連製品に比べて100~1000倍という結果が出ました。タフポリマーを作るには非常に多くのエネルギーが必要と解釈できる一方で、ラボスケールの推算なので過剰に評価されている可能性もあります。さらにItoPのLCAを行ったところ、ボディが車体重量を占めるため、ボディの軽量化が一番効果的であること。そして、車体重量によってバッテリーの容量を縮小することができるので、さらなる軽量化につながることが分かりました。ItoPは環境に優しいのでしょうか。残念ながら、タフポリマーやCFRPなどの軽量材料の製造がエネルギーを多く消費するため、従来技術のライフサイクルではGHG排出量は減らないという結果でした。新しい技術は、各部品の相互作用や生涯走行距離といった前提条件も考えた上で評価する必要があります。LCAでは、比較における設定条件がとても重要です」
続いて、天沢氏が取り上げたのは、シェアリングエコノミーの環境影響評価です。低環境負荷の消費形態を探るために、さまざまなシェアリングサービスの調査を行ったところ、そのビジネスモデルが、製品の所有権、製品の提供者、提供サービスの3つの変数で分類できるという考えに至ったといいます。
「これをもとに、車移動を提供するビジネスモデルを分類すると、新車を販売する売り切り式、中古車を販売するフリマ式、レンタル・リース式、シェアリング式の4つに分かれます。温室効果ガスの排出量を算出したところ、ライドシェアは一番迂回するけれども、乗車人数が一番多いので、1人あたりの移動に発生する環境負荷が最も少なく、逆にその負荷が最も多いのがタクシーという結果でした。このケーススタディでは、乗車人数と迂回距離が、車移動を提供するビジネスモデルの環境影響の主要因であり、消費形態を低環境負荷にするためには、消費行動とサービス提供の条件が存在することが分かりました」
「環境に優しいとは何なのかということを定量的に議論するためにLCAがありますが、どの環境問題や条件に対して優しいのかということをきちんと把握した上で議論することが大切です。結論を出すためだけでなく、トレードオフがどこで起きているのかを理解するためにも、製品やサービスのライフサイクル全体を俯瞰することがポイントになります」
後半、天沢氏と座長の小林氏、副座長の吉高氏が登壇し、質疑応答とパネルディスカッションが行われました。
小林氏: LCAを行う上での難しさはどんなところにありますか。
天沢氏: LCAは、すでにインベントリデータがあるものを評価したいのか、インベントリデータがないものを評価したいのかによって、かかる時間と労力が違ってくると思います。また、データの内容が時代に合っているかどうか、データの地域性といったことも含めて、データの質をきちんと評価した上で行うことが重要です。
吉高氏:LCAのマクロ的なデータはあるのでしょうか
天沢氏:国が発表している産業連関表(※)はマクロな動向が理解できるので、この統計表とLCAを組み合わせた研究も行われていますし、手法として提案しようとしている取り組みもあります。
※産業連関表とは、「国内経済において一定期間(通常1年間)に行われた財・サービスの産業間取引を一つの行列(マトリックス)に示した統計表」のこと(総務省ホームページより引用)
吉高氏: 日本にとって、環境負荷を減らしつつ経済効果も得られそうな技術は何だと思いますか。
天沢氏:世界的に見ても、日本のリサイクル技術は発達していますし、LCAをうまく活用して経済的な価値をもたせることで、欧州に売っていくことのできる技術になるのではないかと思います。日本の企業でも、自社製品の開発・製造などにLCAの手法を導入しているケースはいくつかありますが、ほとんどの場合、結果が開示されていないのが現状です。開示しなければ、その技術や材料に、どれだけ環境負荷を減らせるポテンシャルがあるのかを広く伝えることができません。いろんなハードルはあるとは思いますが、開示することで、自社の製品・技術の優位性が保たれるということを理解していただけたらと思います。
吉高氏:日本は、どこからLCAを始めればいいのでしょうか。始められるところからでいいのか、それとも、より攻めの姿勢で取り組むべきなのでしょうか。
天沢氏:業界に依ると思います。繊維産業のようにサプライチェーンが長い場合は、業界として団結していかなければ、データもなかなか揃わないでしょうし難しいと思います。ただ、産業や製品によっては、インベントリデータやライセンスがなくても、openLCA (LCAのためのオープンソースソフトウェア)を使えば、どんな項目があるかはすべて調べられるので、LCAを活用できるかどうかの判断材料の一つにはなると思います。
吉高氏:環境省が毎年収集・公表している環境統計に、シェアリング、サブスクなどを入れるべきかどうかを議論してきたのですが、天沢先生のお話を聞くと、一概には入れにくいのではないかと思いました。
天沢氏:条件に依るところが大きいと思います。どんな条件であれば、サブスクやレンタルが良いのかを示すことはできますが、Aさんが使ったら良いかもしれないが、Bさんが使うと良くないかもしれないというように、消費の多様性があるので、結論が非常に出しづらいものだと思います。
小林氏:東大先端研としてLCAに力を入れているのは、何か特別な理由があるのでしょうか。
天沢氏:LCAで盛り上がっているのは、たまたまではないかと個人的には思うのですが、ここ数年、「LCAをやりたいのですが、どうすればいいですか」と多くの企業からご相談をいただいています。そうした中、今年度、東大先端研で未来戦略LCA連携研究機構が立ち上がりました。LCAの課題の一つである新規技術のLCAの手法を編み出し、人材育成にもつなげていくことを目指して活動している機構です。
最終回となる2023年度 CSV経営サロン第3回のテーマは、「公民連携まちづくりの実践」。次回も、乞うご期待ください。
エコッツェリア協会では、2011年からサロン形式のプログラムを提供。2015年度より「CSV経営サロン」と題し、さまざまな分野からCSVに関する最新トレンドや取り組みを学び、コミュニケーションの創出とネットワーク構築を促す場を設けています。