「地球大学×食と農林漁業の祭典『丸の内健康宣言』」が11月11日(月)に開催されました。ファシリテーターは、竹村真一氏(京都造形芸術大学教授)。
ゲストに、専門委員の細川モモ氏(予防医療コンサルタント 社団法人Luvtelli(ラブテリ) 東京&NewYork主宰)、荻原次晴氏(ノルディック複合元日本代表、現スポーツキャスター)、栗原秀文氏(味の素株式会社)、遠藤浄氏(四川豆花飯荘 料理長)を迎え、講演を踏まえたディスカッションが展開されました。
はじめに、井上氏(エコッツェリア協会専務理事)よりあいさつがありました。
『今回の取り組みは都市のなかで、農林水産省とタイアップするという企画です。「都市と農業」を真剣に捉え、具体的にさまざまな取り組みを事業として起こしていくのが、ビジネス街たる丸の内だと考えています。家にいるよりも長い時間、丸の内で過ごされる方も多いと思います。食と健康は地域にとっても大きなテーマ。ぜひ実りあるディスカッションをしていただければと思います。』と話されました。
和食の無形文化遺産登録を目前にしていますが、日本食が世界中でブームになったとしても、日本人の食生活がどんどん劣化・空洞化していくのでは、登録されても意味がない。食生産が6次産業化するだけではなく、食べ手の文化そのものも一緒に育んでいくことが、本当の6次産業化ではないかと思います。そこに届いていない限り、10年、20年後の日本の社会は危うい。
「丸の内健康宣言」ということで、改めて食生活のあり方、食文化のデザインを丸の内から再構築していく足がかりにできないか。この機会が、日本人と日本社会のリデザインに向けた、重要なステップであると考えています。
ワーカーの健康を語る上ではまず「absenteeism(アブセンティズム)」と「presenteeism(プレゼンティズム)」の2つが欠かせません。「absenteeism」は、病気や体調不良により、従業員がたびたび、あるいは無断で欠勤をすること。そして後者の「presenteeism」が今注目を集めています。
例えば、花粉症や偏頭痛。仕事を休むほどではないが、明らかな身体的および精神的不調を抱えることによって、仕事のパフォーマンスが下がる。米国ではこれを"見えざるコスト"と呼んでいます。
これまで企業は、見えるコストの削減に努めてきましたが、21世紀では、社員の健康力をあげることによって、見えざるコストの削減がビジネスの一環になると考えられています。アメリカでは、風邪を引くと4.7%、花粉症で4.1%の作業効率の低下、これが企業に何万ドルの損失を生むのか、金額も発表されています。CEOが人材の健康力をマネジメントしていくことが、コストを解決していくひとつの手段であると言われています。
日本でも、精神疾患、鬱病での損失額が2.7兆円を超えています。社員の健康力は、社会的に大きなコストであるという概念が日本でも必要です。
大正製薬さんが日本人男性ビジネスパーソン30代以降に調査したところ、8割が身体の不調や衰えを実感していて、最も多い回答が肩こりと腰痛。この2つに至っては3人に2人が現在も悩まされていると答えています。女性も9割が肩こり腰痛に悩んでいると回答(日経ウーマン調べ)し、男女とも慢性化しています。国際社会になっていく上で日本のビジネスパーソンは、肩こり腰痛が、圧倒的ハンデになると私は思っています。そして日本特有の季節性のトラブル、五月病や夏場の心身疲労もPresenteeismの低下に挙げられます。
どのような方法、手段でそれらを改善するかというと、大多数の方が栄養ドリンクや疲労回復の医薬品を服用されると思います。
売り上げが高い栄養ドリンクの栄養素を見ていくと、ビタミンB群、アミノ酸が含まれています。その中で注目したいのは、ビタミンB12という、末梢神経の傷を回復する赤いビタミン。眼精疲労にも非常に有効です。
古い栄養学では、ビタミンB12は不足しないものと考えられてきましたが、アメリカでは違う考え方になっています。ビタミンB12は動物性タンパク質に含まれるもので、ベジタリアンの方はもれなく不足します。ストレスにより、胃の働きが悪くなり、胃酸の分泌量が低下すると、ビタミンB12の吸収率も低下。動物性タンパク質を摂る日本人が不足するということは、ストレス社会により胃酸の分泌量が落ちていることが言えるわけです。
食生活は、presenteeismに大きな関係があります。決して姿勢や長時間労働だけがそれを誘発しているのではありません。日本のGDPを支えていく丸の内ワーカーの食事というのは、胃のコンディションを良くしていく、胃炎を予防していく、疲労回復を効果的に行っていく食事であることが大切です。
例えば、栄養ドリンクに見られる、ビタミンB1とニンニクの成分を足したアリチアミンと言われる成分。疲労回復に大変効果的で、中華料理をはじめとした、豚肉とニンニクの料理などがそれにあたります。
私どもの調査では、朝食の欠食がpresenteeismに大きく影響していると言えます。男性は晩婚化による朝食の欠食、また年収も影響しているというデータもあり、食の問題だけで、朝食の欠食が起こっているわけでもありません。
朝食を食べている人は、車に例えるならガソリンが入っている車です。エネルギー充足力もよく、大学への合格率も高い。パフォーマンスと朝食には大きな関係があると、私は思っています。
ニューヨークの朝食には、たくさんのバリエーションがあり、今日はどこの朝ご飯を食べに行こうかという話になります。しかし、丸の内は朝食でお味噌汁とおにぎり、漬け物が出てくる場所がありません。オリンピックも考えると外国人は、「朝食は日本食を食べよう」という話しになると思います。丸の内のワーカー、日本人の健康を考えると、「まず朝ご飯を食べよう」というところから始め、発信していくことが第一歩としてやってみたいと思います。
栗原氏:私はアミノバイタルという、アミノ酸を使ったリティールの商品を担当させていただいています。味の素は、実はアミノ酸を立脚した事業展開をしています。元は昆布です。ダシの旨味がアミノ酸だったわけです。人々のカラダに対して、どういった価値を提供するかという観点でも事業展開を行っています。
大腸に疾患があり痩せ細ってしまった方に、アミノ酸の点滴を加えた結果、3ヶ月後にはふっくらとしたカラダに。
大きく2つの理由があります。ひとつは、20種類のアミノ酸でできているタンパク質が、水分の次にカラダに占める割合が多いためです。
ヒトのカラダでは、常にタンパク質の分解と合成が行われています。排泄物の2〜3割を占めるほどです。分解が多くなってしまうと、カラダのバランスが崩れ、痩せ細ったカラダになってしまいます。
もうひとつは、BCAAというアミノ酸を摂ると、合成の量は増え分解は抑え、カラダにタンパク質が吸収されやすくなります。これは、アスリートがカラダをつくる、カラダが健全な状態になるときの現象です。生物学者の福岡伸一先生は、「タンパク質でできている筋肉は、たった2週間でつくり替えられるほどだ」と、言われています。これは大会が迫ったアスリートによく効く言葉です。
タンパク質摂取量が減ると、筋肉量が落ち、カラダの調子が悪くなります。タンパク質は肉魚に含まれていますが、多く摂ろうとすれば脂質がついてきます。そこで、アミノバイタルなどにあげられるアミノ酸。余分な栄養はついてこず、わずか30分で、タンパク質の元であるアミノ酸のみを摂取することが可能です。
アスリートの練習、競技会中は、分解を促進させている状態です。そんな状態では戦えないので、できるだけ合成を増やすために、前後にアミノ酸を摂取するわけです。
荻原氏:たくさんのビジネスパーソンの方が疲れていて、しっかり食事が摂れていないということですが、私みたいなスポーツをする人間からすると、「それは気合いが足らないからだ」と精神論に行きがちです。ですが、精神論が日本のスポーツを駄目にしている面も大いにあるのではないかと思います。例えば、勝つために試合前、トンカツを食べる。カラダに良いわけありませんね。
ロンドンオリンピックでは史上最多の38個のメダルを獲得しましたが、その影には、「スポーツ選手への食のアドバイスの充実」というものがあります。私が出場した長野オリンピックのときは、選手たちが少しずつ勉強し始めたところで、なかなか形になりませんでした。しかし北京オリンピックの前、国立スポーツ科学センターと味の素ナショナルトレーニングセンターができたことで、勝つために何を食べたらよいか実践できるようになり、事実、メダルの数が増えてきています。
私の選手時代は、お腹が空いたから食べるのではなく、何のために食べるかを常に考えていました。何のために食べるか。それは、勝つためです。では、勝つためには何を食べればよいか。先ほど車の例えがありましたが、アスリートを車に例えると、F1カーです。チェックしては走らせ、レースを終えたら分解して作り直し、高級オイルを入れる。高級なものを食べれば勝てるというわけではありませんが、どんな栄養を摂ればいいか考えて摂取していました。
現在私はキャスターですが、健康そうに見えるためにも、そして生涯で食べられる食事の回数は限られていますので、1回1回の食事を大事にし、自らもスポーツを楽しむよう心がけています。
アミノ酸を摂っていると、激しい練習、厳しい試合の翌日でも、筋肉痛になっていない、なりづらいとよくアスリートから聞きます。アミノ酸はアスリートには欠かせない勝つためのツールになっていると感じています。
栗原氏:JOCと共同で、オリンピック日本代表選手団が世界で勝つために何を食べるか情報提供しているのが、ビクトリープロジェクトです。ここでも一汁三菜の重要さを伝えています。アミノ酸サプリメントは効率的に栄養を摂取する為のツールであって、あくまでもベースはバランスのとれた食事です。選手たちには、一汁の部分をなかなか食べないという傾向が見受けられます。
汁物は出汁、アミノ酸ですので、胃と腸のエネルギー源になります。夏場に食欲が無くなる選手たちには、炭酸飲料やオレンジジュースを我慢し、汁物を口に運べと伝えています。そうすることで食欲が戻ってきたりもします。「何のために何を食べるか。あなたはあなたが食べたものでできている」というスローガンを掲げていますが、アスリートがやっていることは、皆さまにも同様に当てはまるものなのです。
荻原氏:施設内にあるアスリート専用の食堂に、一般の方を招待するイベントがあります。そのときは、皆さまに驚かれます。「普通の食事を食べているんですね」と。普通の生活を普通に正しくやること。その積み重ねがアスリートをF1カーにし、金メダリストへと繋げていくのです。
丸の内シェフズクラブというのは、丸の内界隈に在籍する30名弱の、各ジャンルのシェフが集まり、食を通じて安心・安全・健康をもう一度考え、お客様に提供していこうじゃないかという集団です。
安心・安全のため、仕入れには生産地まで直接行き、見て食べて確かめています。また、年々増加しているベジタリアンやアレルギー体質の方へも満足いただけるよう、料理はもちろん、コース料理の際もお皿の数がを変えずご提供できるよう、料理に工夫をしています。
低糖質料理が耳に入るようになってきたころ、大学の先生に食べにきていただきました。通常のコース料理をお出ししたところ、これは低糖質料理に理想的だねとお褒めの言葉をいただきました。いくつか改善点はありましたが、普段提供している中華料理でも低糖質料理は可能なのだと気づきがありました。メインディッシュに使われるような牛肉や豚肉、鶏肉も、ほとんど糖質を含んでいませんし、魚介類もそうです。また、中華料理は油っぽいイメージがあるかと思いますが、油自体に糖質はありません。中華料理は低糖質料理に向いている。これは低糖質料理をやっていかなければいけないと思うようになり、現在やらせていただいています。
具体的には、片栗粉を使わない料理に取り組んでいます。片栗粉というのはジャガイモのでんぷん質ですから、糖質が多く含まれます。麻婆豆腐などはスープの量をギリギリまで減らし、片栗粉の量を抑え、砂糖も使わない調理をしています。そして大豆食品、乾燥食材、発酵食品などを積極的に使うことで無駄な調味料の使用を抑え、忘年会シーズンにもカラダにやさしい料理を提供させていただいています。
先日、丸の内シェフズクラブで事業の一環として、「羅臼祭」をやらせていただきました。羅臼昆布を使った料理を数名のシェフで調理、私は「羅臼昆布と干し椎茸入り特性滋養蒸しスープ」をつくりました。昆布と干し椎茸は、旨味成分たっぷり、アミノ酸たっぷりの食材です。スープですので、カラダにも吸収されやすく、健康的なスープと言えます。
竹村氏:食欲の話がありましたが、食べ物のデザインだけでなく、食欲もデザインする必要があると思います。食事の前に炭酸飲料やオレンジジュースを飲むなどは、食欲のデザインとして損なことをしているのではないかと思いますが、その辺りいかがでしょうか。
細川氏:日本人が世界の舞台で戦っていく上で、肩こり腰痛をあげましたが、胃の負担が大きい民族ですので、何を食べるかの前に、食べ物を受け止める消化器官がどうなっているのか、食欲のデザインとして一番大切なところです。ピロリ菌などのウイルスが繁殖していれば、栄養素を食べられてしまいますし、消化器官のコンディションが落ちていれば、栄養素の吸収率は格段に落ちてしまいます。
アスリートも大会が近づくにつれ、緊張やストレスで胃のコンディションが落ち、食欲がなくなり、肉を食べるともたれてしまいます。その際は、柑橘類を一緒に摂り、胃酸の分泌を促したり、汁物から食べたりするよう勧めています。ちょっとした食事の組み合わせで消化の準備ができ、より一層食べ物のポテンシャルを引き出すことができます。食事を楽しいと思っているか思っていないかでも、アミラーゼと呼ばれる舌の炭水化物を分解する酵素の分泌量も、格段に変わってきます。
よいものを選んだら、それを受け止めていくカラダをつくることは大切ですね。
竹村氏:次は栗原氏、荻原氏に、アスリートとして筋肉痛にならないための食のリテラシーといいますか、アスリートを辞められてからも応用できるのか、その辺をお話しいただきたいと思います。
栗原氏:まさにアスリートを辞められてからの、一般の方にも意義のあるものだと考えています。一般の方がアスリートの食事を見て「普通だ」という反応が、それを表しています。
競技によってさまざまなアスリートがいますが、食事はバランスと量をいかに調整するかが重要になってきます。アスリートを辞めたあと同様の量を摂っていれば、セカンドキャリアで太ってしまう。いまの自分のカラダを理解する、向き合うことができれば、調節ができるものだと思います。
そのなかで補食であるサプリメントも活用する。足りない栄養を補うのではなく、必要な栄養を必要なタイミングで摂るということです。その摂り方を「勝ち飯」という言葉で表現し、そのメソッドを発信しているわけです。勝ち飯は、アスリートのためだけに行っているわけではありません。アスリートのための食事をしっかり翻訳して、多くの皆さまに伝えていきたいと思っています。
さいごに、アミノ酸は特別なものではありません。「私はアスリートじゃないからいらないわ」とおっしゃる方もいますが、健康には欠かせないものなので、ぜひみなさんも試して実感してみてください。
荻原氏:丸の内のビジネスパーソンの方は、7年後のオリンピック、パラリンピックに何かしら関係をされるのだと思います。世界中からたくさんの方が訪れたとき、我々が健康な心と身体で迎えなければ、世界中から心配されてしまいます。まずは食から、そして時間があればスポーツをしながら、健康でいなければいけないのかなと、強く感じています。
竹村氏:さいごに遠藤シェフ。シェフズクラブの今後をどのようにお考えかお話いただけますか。
遠藤氏:シェフズクラブとしては、楽しい食事をしてもらいたい。お店でもそうですが、家庭でも、楽しい食を過ごしていただきたいという願いがあります。あとは大人がまじめに食を考える。それを正確に子どもに伝える。そして、先ほど話させていただいた内容を継続して広めていきたいと考えています。
科学研究の最前線を交えながら、地球環境のさまざまな問題や解決策についてトータルに学び、21世紀の新たな地球観を提示するシンポジウムです。「食」を中心としたテーマで新たな社会デザインを目指します。